第13話「甘い」
休日のお出かけ。正直に言って、わたしは休日に出かけるのは大嫌いだ。
一人で出かけるのはまだいい。休日の正しい使い方だと思う。
ただ問題は誰かと出かける時だ。
誰かと出かける。すなわちそれは人と待ち合わせをする必要が生じてくる。
その時点でその日は休日ではなくなる!!
もうアラームをセットして起きなければいけなくなる!!
特に土曜日に授業がある日なんかはそれで一週間が終わってしまう。
まぁ行ってるうちはいいんだけれど。帰ったあとちょっと悲しくなる。
そんなわたしは今日、まさかまさかの人と出かけようとしている。この日曜のよき日に。
どうしてこんなことになったのか。時間は遡る……。
――
「ねぇ、美波。どうしてわたしが服こんなんになってんの」
ビリビリになった自分の服を持ち上げながら、額をピキピキさせてわたしは押し入れに向かって話しかける。
すると押し入れが少しだけ開かれる。
「……いや、知らないけど」
わたしの問いに対して答えたのはわたしの部屋の押し入れに住んでいる居候、黒岸美波。
わたしの問いかけにくだらん、と切り捨ててまた美波は押し入れに逃げ込もうとする。すかさずわたしは美波の腕を掴んでそれを阻止。
「な・ん・で・か・なぁ~」
「……い、いや。わ、私じゃない」
「なんでこの期に及んで嘘つくの。まだ怒ってないんだから。ほら、代わりに一緒に買い物行こ」
「……え、それはめんd」
「い・ま・は・怒ってないよ?」
「……あ、はい」
威圧で美波を黙らせる。美波も最近はわたしの沸点を察することができるようになったみたいだ。ありがたいありがたい。
――
そんなこんなで美波に服を貸し続けるとわたしの服がなくなってしまう。逆にどうやって服を着ていたらこんなに破くことになるのか観察してみてもマジでいつの間にか破れている。なんで。
まぁとにもかくにも美波用の服を買いに行くことにした。
美波に破られない服……鉄の服とか売ってないかな。もう脱着不可な服とかでもいいと思う。
やってきたのは家の近くで一番大きなショッピングモール。
うちは比較的都会なので買い物には事欠かないのだが、やはり買い物ならここが一番。
実際のところわたしは人が多いからあんまり自ら行きたいとは思わないけど……。美波に町の紹介をする目的でも頑張ってきました。なんか来ただけで満足してきた。帰ってもいいかな。
それに、美波と他にやりたいこともあるし。
「……?」
「…美波、どうしたの?」
「…いや」
美波はどこか怪しむように周囲を人通り見渡す。
「美波、こんな人がいるとこ初めてでしょ?」
「……まぁ……何度かは来たことあるけど」
美波は心底うんざりした目で周囲を見渡す。ほんとに人多い。
「……でも、一時間以上は居られないかも」
「ふふ、だろうね」
美波のことをわかってくるとその自虐もなんだかおかしいものとしてとえられるようになった。
これも美波と過ごしてきてわかったことだ。
かれこれ美波と過ごして3週間が経とうとしている。
本当に振り回されっぱなしだがなんやかんやとうまくやれている気はする。
「メイ、今日は服買うだけ?……だよね?」
「ふふふ、それだけで済むと思ってるのかい?」
「え」
「まぁまぁ、まずは服見に行こうか」
そういってひとまず服屋さんに美波を連れていく。
ショッピングモールの中でもちょっとおしゃれな服屋にまで連れていく。実はわたしもちょっと緊張してる。
ていうか服屋多すぎ。ほんとにどこ入ればいいかわかんなくなるしこんな数並べて意味あるのって思っちゃう。結局知ってる服屋に行っちゃう始末だし。服屋の蟲毒みたいになってるよ。
「……ちょま、ちょ、ちょっと、まて……」
美波のリアクションは無視していく。
美波の腕を連れたまま勢いで服屋に突撃していく。
――
「うーむむむむ……」
「ねぇメイ。もうよくない?まだ着てすらないよ」
「いやいや、もう一着ぐらい欲しくなーい?」
「いえ、まったく」
美波はまったく乗り気じゃないみたいだが、そんなのお構いなし。
こんないい人材がいるのに試さない馬鹿がどこにいるのか。服はわたしだけが持っていて美波は完全に棒立ち。
「お客様~。何かお探しですか?」
「……え、いや、あの、そんな、ことないです」
「こちらなどいかがでしょうか?あ、こちらもおすすめですよ!」
「……ぅえ、いや、あ、ああ」
棒立ちの美波を放置していたらなんだか面白いことになっていた。
「美波ー。じゃ、着よっか」
「あ、うんうん。いくいく」
やけに食いつきがいい美波。そんなに店員さんと話したくないか。わたしも嫌だけど。
……
「美波!美波!可愛いよ美波!!」
「……あ、ちょ、うっさい」
まず着せたのは白のワンピース。美波は基本黒い服しかしないし髪も黒いで基本黒づくめだから、白は逆に貴重。というか黒に白かっわよ。
さっきから可愛いしか言ってないわたし。最初からこんなに飛ばして大丈夫かわたし。
「いや、これもいい!じゃあこれも!」
「……え、いや、やめ、このっ」
美波の細身にあえてのオーバーシャツ、いっつもシュッとしたズボンとかはいてる美波にスカート。高身長を生かしてちょっと足の露出したり。
あっ、これやばいわ。足出しまじでヤバイ。筋肉質だが太過ぎず、引き締まっていてとても健康的。家から全くでないから真っ白な肌も少し異質感を際立たせている。まるでこの世にいる同じ人間とは思えない。ギャルが履くようなピッチピチに短いズボンとかはかせてみるともう本当に高身長のモデルみたい。待って。この足ずっと見てられる。1日分のご飯のおかずにできる。あかん。鼻血でそう。
――
「……ひどい目にあった」
「店員さんも別に悪意があったわけじゃないんだからさー。ま、でもわたしも嫌いだけどね。服屋で店員に話しかけられるの」
「……いや、そこじゃないし」
「?」
美波はいったい何が言いたいのか。結局着た服ほとんど買ってしまった。でも美波はすぐ破るから外に出かける時以外は消せないようにしよう。
でも、美波と話していると本当に相変わらずだなぁと思う。美波が話嫌いなのも、好き好んで人と交流したくないのも知ってる。
知ったのはほんの最近。だが、なぜか前から知っていたかのような感覚になる。それだけ美波との関わりが濃密になったということだろう。
「…………でも美波ってなんでそんなに人と関わりたくないの?」
関わりたくない、関わりたくないと言っているのはもちろん知っているが、そういえば理由は美波の口からきいたことがなかった。
「……私には集団は無理だ」
「?」
「……みんな傷つけちゃったから…………」
「美波ってさぁ……」
「……なに」
美波は不思議そうに首を傾ける。
「意味深なことだけ言うよね」
「……私は普通に話してるつもりだけど?」
「または話が下手とも言う」
「…………」
「いや、反論できないんかい……」
――
「そろそろお昼にしよっかぁー」
「ん、そういえばいつも食べてる時間」
「時間で測ってるの?お腹すかないの……」
「……ん」
ん、でしか会話できない美波を連れてきたのはモール内で見つけたピザ屋だ。いや、ホント何となく。
「美波、どれにする?」
「……メイ、この中で一番辛い奴何」
「え」
「……私、本当は辛いのが好きなの」
衝撃。わたし結構甘党だから美波によくお菓子とか勧めてたけど。本当に辛いのが好きとか初耳だ。
「いや、そこまで辛いやつないんじゃないかな……」
「……じゃあタバスコをよこせ」
「は」
結局美波はドン引きするわたしを尻目にめちゃくちゃタバスコを掛けながらピザを食べてた。恐怖映像だよ。なんか香りが辛い。
「……メイのは」
「わたしのはチーズのやつ。メイプルシロップかけるの。美波にもあげるよ。はい、あーん」
「……ん、ん……うっわ。甘っ」
「いや、わたしからしたら「辛っ」だから」
どうやら美波とは舌が合わないらしい。
――
「美波、本当におなかとか痛くない?」
あんまりにも美波は辛そうなのを食べていたんで何回もおんなじことを聞いてしまう。
「……大丈夫だってば。てかそれ何回目」
美波は本当にケロッとした様子で平気にしている。
こいつの胃はどうなってるんだ。
「…………」
「…………メイ、この後は?」
美波はまだなにかすると思って若干うんざりしながらこちらに聞いてくる。
美波は本当に感情を隠す気がないな。こんなすぐにわかっちゃうんだもん。もう帰りたいということが。
しかし、当のわたしも何も考えていない。
まだお昼だけど、もうぶっちゃけ帰りたい。
でも、最後になんか買っていこうかな。こんなところに来るのはめったにないし。確かが帰りまでの道にあったはずだ。
「あ、美波最後になんか買っていこ」
「……」
なんか嫌そうだけど連れてくわ。
「あ、これいいじゃん!!」
見つけたのはピンク色のヘアピンだ。私普段ピン留めないけど。気になるのは美波の方。
美波はいっつも髪をセットしないでボッサボサのままで外出ようとするし。まぁわたしが毎回セットしてるんだけれども。
それにしても二人とも朝に弱いから時間がないので大したことができないがこれつけちゃえばいいじゃん。
「……じゃあメイも買おう」
「え」
「……おっけ、二人でお揃いにしよっか」
なんかちょっと気恥ずかしい気がするけど、美波が外に出た記念ということで。
「じゃ、かえりますかー」
「ん、賛成」
記念品も買ったことだしもう満足。帰って寝よう。
わたしもあんまり長くこの人ごみの中にいたくない。美波と珍しく同意見だった。
――
「……ん?」
帰ろうとバス停まで向かおうとするわたしの後ろについてきていた美波が何かに気が付いたのか、ふと動きを止める。
この反応は以前にも見たことがある。美波が初めて学校に登校した時のことだ。あの時は柳さんが男たちに絡まれてたんだっけか。
「またなんかあった?美波」
とりあえず聞かないと答えてくれないので美波に聞いてみる。
「……んん、わからないけど……。何か良くない気がする」
「気がする?」
「……うん。そのうち……」
『きゃああああああ!!』
どこからか女性の叫ぶ声が聞こえた。声の出どころは下の階だ。
急いで声のする方を見下ろすと、そこには一人の男とそこから逃げる人たちが数人。さっきまで人でにぎわっていたはずのショッピングモールだが、もうほとんどの人は逃げたということなのか。まったく状況が読めない。
「……メイ、あれ見て」
美波に言われた方に目を向けると、そこには目出し帽をかぶり銃を持った男の姿があった。
「美波、あれって!」
「間違いなく、悪意を持つもの」
そういうと美波は塀から身を乗り出した。
「ちょいちょい、なにすんの!?」
「?何って……」
「あいつを殺しに行くだけだけど?」
「え……」
つい、言葉を失ってしまう。
明らかに、わたしの知っている次元ではない考え方。
確かに相手は銃を持っているけど……。
「で、でも殺すことはないんじゃない、銃を奪うことだって……」
「でもそいつがまた銃をもって人を殺しに来たら?それが絶対にないって保証できるの?」
「……っ」
「人は殺された後じゃ二度と戻らないんだよ。じゃあ、どっちが死ぬべきかは明白だよね?」
「……!そんな、どっちも殺さないって選択肢は……!」
「ないよ。そんなの。人は人に明確な殺意を持った時点で殺されても文句は言えない」
「…………でも、気の迷いとか……」
「気の迷いで人を殺す選択に走るなら私は殺す。また気が迷ったら人を殺すってことでしょ?」
「………………っっ」
「…………だいたいさ、メイは」
「甘いんだよ。何もかも。人が死ななきゃいいとか私が面倒起こさないでとか。そんなんで本当に人が死ななかったら何も苦労はない」
「……美波っ…………!!」
そういって美波はデパートの一階へと飛び降りていった。
その時見た一階の景色は、わたしには二度と戻ってこれない暗闇のように見えた。