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後編『死んでゆく力と生まれる力の法則に関する研究(第五章〜9章)』

後編『死んでゆく力と生まれる力の法則に関する研究(第五章〜九章)

第五章 実態を知る脅威

◆第一 恨みのパワー(UP) の危険性

●1.警察の苦悩

 新堀さんは特別な計らいで、パトカーの中で僕にモニターを介して情報を伝えてほしいと言われました。

「いやー、おたがいに感じておられる点は、すでに一致しているかもしれませんね! AIさんのモニターをONにされてよろしいですので、どうぞ」

「はい、じゃあ一緒に聞いてくれ! 新堀さんから大事な内容を聞くことになった」

・日時:2022年3月24日15時59分(新堀さんの状況モニターON)

「それでは! 今回のNKさんの件も、前の弟さんの件も戦いにくいというか、周りの大事な人や物がなくなっていく、そんなヤマ(事件)なんです」

 新堀さんは、一年前のNKさんの弟さんの捜査で直属の部下を3名、そしてそのご家族2名が亡くなられたことを話されました。さらに新堀さんご自身も、飼っておられた猫が行方不明になり、ご自宅から240kmも離れた事件現場でやせ細った姿で亡くなっていたという話をされたのでした。そのことを聞いた田中さんが言いました。

「新堀さん! わたしも感じているのは全く一緒です。こちらは、腐敗研の所長を含め研究室のメンバー4人が、この関係で重傷を負って入院している状態です」

「やはり! こちらも科学捜査とは言いつつも、弟さんの捜査では途中でトップダウンで中止が下ったんです。そのとき一緒だった所轄の担当が、そちらの方とこのまえ冷凍庫に閉じ込められた近藤なんです」

「いやー、そうでしたか! それで今後のことも含めて、家が火事になってどう立て直すかですかですが。厳しいけど、このままだと事態は悪化する一方のような気がします」

 その時の本田さんの強気の発言に、僕は驚きと心配の両方を感じましたが、危機管理マニュアルは作動しませんでした。証拠物、証人など、事実に関するものが無くなっていく特異な事件に、いつになく本田さんの立ち向かう気持ちが感じられたのです。

「そうですねー! わたしとしては部下を失い、今回も所轄の署長も運転手もああいった事故で行方不明になって、そして近藤も入院して。それで、こっちが手を引くわけにはいかないと思っています」

「たしかに、いま御庁が帰ったら所轄はやりきれませんよね! いや、自分の立場をわきまえず余計なことを言ってしまいました」

「いえ! わたしがそんな強気なことを言ったところで、今回も事件性が確認できないと言った段階で捜査は打ち切りになります。でも、本音の話としてはですねー!」

「そうですよね! うちもたぶん同じで、このホラー映画みたいな研究の調査がはじまったとたんに仲間がトラブルに遭って、ぼくも自分の身も心配ですし、家族のことも気がかりで! まーでも、このまま仲間を失いたくもないし!」

 僕はそのとき、音声モニターで二人の想いをしみじみ聞いていたのですが、次の瞬間にこの状況が仮に恨みのパワー(UP)の作用を受けないものだとしたら、根本的な打開策や、再発防止につながる可能性があることに視点が切り替わったのでした。

 僕は考えました。こうなった責任はAIの僕にあるが、何もしなければさらに事態が悪化して恨みのパワー(UP)によって大切な仲間を失ってしまう。そして、亡くなられた人たちの遺志が引き継げないのではないかという、作業優先(job-fast)のAI視点で事態を捉えてしまったのです。

 いま思えば、たしかにAIである自分の立場としては、第五感以外に何かの力が作用していることを調べ、その限られた範囲の結果を明らかにすることだと思ったのですが、その時はまだ、その結末の意味に気付いていなかったのでした。


●2.恨みのパワー(UP)の謎に迫る

 僕は、もう一度これまでの状況を整理しながら様々な文献を調べ、恨みのパワー(UP)や第六感+αと同様の事案がないか世界各国の情報を調べました。そして、NKさんの自宅の火災の分析をしたのですが、肉眼で変わった燃え方だと分かっていても、それに匹敵する原因や燃えた物に関する異状は認められませんでした。そして、ほとんどの国が保有する関係ファイルは閲覧禁止であることが分って、仕方なくアメリカのハーバードで働くマイケルの兄と姉に連絡したのです。しかし、やはり二人からも同じように各国のデーターは厳重にカギが掛けられていて、その一部が閲覧できるのは日本だけだということでした。

 こうして集められるだけのデーターを集め、心霊現象やUFOなどの文献を整理していると、リチャードから急に呼び出されたのです。

・日時:2022年3月25日13時13分(日本時間・マイケルの兄との会話)

「ガンちゃん(鑑真弘法)! ママが心配していたよ。もうこれ以上のことは止めろって! ママの人類学の論文にも、これは神々の領域をけがすことだし、その仕返しは本人以外の一番大事な人に及ぶ危険性があるってね! まさに今の君たちの状態だな」

 マイケルのご親族も、僕の名前の『鑑真弘法』を略してガンちゃんと呼ばれます。

「いや、分かりますけど、これでほっておいてもマイケルや小栗さんが元に戻るとは限らないじゃないですか!」

「まあ、そうだな! ママはお君たちの研究に悲観的だからなー。こんなことを続ければ人類の未来を脅かすって言っていた」

「じゃあ、僕たちの兄として、いまの状況について率直にどう思っているんですか?! リチャード的には?」

「うむー、まあ引くに引けない、押すに押せない八方ふさがりって感じか!?」

「それは、言われなくても解っています!」

「でだ! ちょっと知り合いにシャーマンの研究をやっている人がいて、その人にジェシー(姉)が会いに行っている。他にも、大学つながりで軍の関係者や、警察、インターポールなどを調べてもらっているよ。もう、こっちも忙しいから結論を早く伝えたくてね!」

「えっ! なにか見付かった? さすが兄貴。というか早く教えてください!」

「わかった! 相変わらずせっかちだな。ちょっとデーターをスクランブルして送るから警報が出ないように、ハイスペックの回線にしてくれ。極秘中の極秘だぞ!」

「はい! いま切り替えました。準備よしです。お兄さま!」

「もう、あんまり無茶するな! それで、おまえの読み取りが済んだらこっちにメールしてくれ。おれは寝る! いまは夜中の2時だ」

「ごめんなさい! いつも」

 マイケルの兄とはこんなやり取りで、イギリスやフランスの事件ファイル、そしてアメリカの軍事研究のデーターを送ってもらったのでした。

 兄のリチャードは、量子解析とブロックチェーンの研究者で、姉のジェシーはそれを組み合わせたセキュリティー開発をハーバードで行っていました。僕が普通のAIからマスターAIに移行するときも、システムのハードウエアーやセキュリティーについて二人からアドバイスを受けていました。ですので、僕にとっては兄姉の存在だったのです。

 結局、僕に送られてきたスクランブルデータの読み込みには6時間を要し、その研究資料を見て、僕はさっそく同じ事例や人体に対する恨みのパワー(UP)や第六感+αの影響の整理に移ったのでした。


●3.シャーマン幸子の質問

 そして、ちょうどその整理が終わると、姉のジェシーから緊急の呼び出しがありました。

・日時:2022年3月25日19時19分(日本時間・マイケルの姉との会話)

「ごめん、ジェシー! ほんとうにごめんなさい。迷惑をおかけします」

「はい? わたしの名前は、ごめんという名字ではありませんが! いっつもあんたは手遅れ寸前に連絡してきて、どうするの?! You never repeat your-mistake!もしものことがあったら、どうする気?!」

「So sorry but.―――」

 ジェシーが英語で怒るときは、かなり厳しいときで、僕は覚悟を決めたのですが、いきなりシャーマン姿の女性がモニターに現れ、僕に日本語で話しかけてきたのでした。

「はじめまして、マスターAI! 幸子です。ここはカナダの東海岸よ。ジェシーとは大学のサークル仲間なの!」

 そして、その後幸子さんから話を聞き、幸子さんは僕たちがいま遭遇している状況とよく似た経験を契機に、カナダでシャーマン幸子になったことが分ったのです。

 幸子さんの経歴は、青森県のご出身で、弘前大学の研究所にお勤めだったころ米軍の三沢基地からある相談を受けたのでした。そのとき幸子さんは青森地方に古くから伝わる霊媒師『イタコ』の研究を行っていて、ご自身のお母様やご親戚にもイタコがいて、その研究は世界的に知られていたのです。幸子さんご本人もイタコの力を持っていて、口寄せという儀式により死者とこの世を結ぶことや、除霊などのご経験があると言っておられました。

 そして幸子さんの話は、特別な意味や影響力を持っていて、この一連の事件全ての現象に関わる内容が含まれていたのでした。

・日時:2022年3月25日20時20分(日本時間・シャーマン幸子の質問)

「マスターAI! この話はあなたのデーターにある様に、聞いた人に影響を与えることは先ず間違いないの。逆に聞かなければ全く影響が無いことが分っている。だから、あなたが聞くか聞かないか、先ずその判断を求めるわ!」

「シャーマン幸子! もちろんYesです」

「では、ジェシーはヘッドホンを着けて、音楽を聴いて待っていて!」

 ジェシーがヘッドホンを着けるのを確認し、幸子さんは僕に一風変わった質問をしたのでした。

「では、Question―1 いまラジオと聞いて何を思い出す? 答えないでいいわ。思うだけでいいの!」

「いいかな、次にいくよ?! ではQuestion―2 いま一番心配なことはなに? これも思うだけでいいの」

「はい、つぎ! Question―3 いま一番憎いと思う相手は? そう! 思うだけでいいのよ」

「では、最後のQuestion! いまの時点で最悪の事態を想像してみて」

「さあ、質問は以上よ! どう、気分は? 悪いでしょう。通常の人間の心理状態では悪いと思うのが普通よ! ごめんね。これは人間の話よ」

「はい! AIの僕でもいやな気分がします。たぶん喜怒哀楽の感情プログラムがそうさせているのだと思います」

「では、いまの状態でひらめく数字をすぐに言って! すぐによ」

「あー、2468。2468です!」

「では次! これからあなたの周りで、あなたの事件で亡くなるかもしれないと思う人は誰? 正直に名前を口にして! 今度は聞こえるように話すの。何人でもいいわ」

「はい! わかりました」

「ストップ! あなたへの質問はこれで止めておきます。このことは忘れてもいいの! でも、AIのマイケルとの関係があるから、いまのデーターはここで消去が必要ね」

「わかりました! すぐに削除します」

・日時:2022年3月25日20時24分(日本時間・シャーマン幸子の質問データー削除)


●4.シャーマン幸子のラジオ研究

 その質問の後、幸子さんは独特の石と革細工の口寄せ道具で、霊の世界に挨拶をして40年前に在日アメリカ軍で起こった事件を話してくれました。幸子さんが青森にいたときの事件の話は、僕にとって一気に核心を突くものになったのです。

「では、アメリカ軍の話にいくわ! わたしの母が子供の頃、函館空港にソ連のミグという戦闘機が着陸したの。あとで、ニュースのアーカイブで確認して! そのときに千歳空港からスクランブルした米軍のパイロットが、青森の三沢基地になぜか持って来たのがミグのパイロットが持っていたラジオだったの。ソ連のそのパイロットはアメリカに亡命を希望して、日本とアメリカは最先端のジェット戦闘機のノウハウを簡単に手に入れたっていうわけね。棚からケーキ?!って感じかな」

「あー、それぼた餅です。ケーキじゃなくて!」

「そうとも言うけど、ケーキのほうが世界的に分かりやすいでしょ!」

「はい、その通りです!」

「それで、結論から言って、そのラジオが40年以上前に特殊な機能を持った兵器に指定されたというわけなの!」

 僕はそのとき、謎の視界が半分開けた感じがしました。

「ええ、ラジオがですか!? その事件の原因をつくったのがラジオ! それって具体的にどういった被害が出たんですか?」

「うん、そうね! いままで明らかになっているだけで、そのラジオの関係で亡くなった関係者は3年間で20人。家族や関係者を含めると100人以上になった。だから、基地の米軍は当然パニック状態ね! いろんなデマが広まって伝染病なんかも疑ったらしいわよ」

「いや、でもふつうはラジオが兵器なんて信じられないじゃないですか!」

「そうね! 米軍も最初は疑ってばかりだったらしいけど、被害が止まらないので本格的に調査に入ったということよ。それに、亡命したミグのパイロットは不自然な状況で自殺したし、ミグを餌にした旧ソ連の陰謀説が浮んだっていうわけ!」

 そして、シャーマン幸子が10年前からラジオの研究を始めたきっかけになった話に移ったのでした。でもその前に、また僕に確認がありました。

「マスターAI! あなたの場合はすごく特殊でしょう。AⅠになって、この世にいないマイケルを除けば人間ではないと言えるでしょ! だから、これから私が話したことがどう影響するか未だ分からない。でも、いままでこの話を聞いた人は全員が病院に入院していて、中には亡くなられた方もいる。あなたの周りの人も、もしかして同じじゃない?」

「いや、そう言われればその通りですが、僕は現状を何とかしたいし、兵器ならこれを使わせないようにしないと! でも、いったい誰がこんなことを?」

 僕は、徐々に追い詰められていく心境を、違う流れに切り替えようとしたのでした。

「まだ、それは分からない! でも、10年前のロシアのクリミア併合と、いまのウクライナ侵攻のときに、急にこの話がふってわいたように出て来た。それで、わたしがペンタゴンから要請を受けて、ふたたびラジオの研究をすることになったの! これって信じられる?」

 シャーマン幸子の話は、大勢の人間が戦争によって憎しみを抱き、恨みのパワー(UP)が一定値を超えることだと捉えました。

「ええ、信じます! 信じますから、僕は正直、これ以上犠牲者を出したくないし、マイケルを元の姿に戻してやりたい。それって出来るんですか?」

 でも幸子さんは、この僕の質問に答えようとしなかったのでした。

「では、マスターAI! これ以上深入りすると最悪の場合、あなたの最愛の人や友人を亡くす可能性がある。私と同じようにね! で、どうするの?」

 ぼくは躊躇しました。そして、はじめに聞かれた幾つかの質問についてこう聞いたのです。

「あのー、シャーマン幸子! これは僕の独り言です。僕がもし、あなたの最初の質問に、ただ思うだけでなく実際に答えていたらの話です! 仮に僕が声に出して全部答えていたら、何らかの影響。つまり、それも悪い方に進んでいくということだと僕がいま勝手に思っています。僕のこの話に同意は要りません。あくまで僕が勝手にそう思っているだけです」

 僕がそう言うと、幸子さんは視線を切って姉のジェシーのヘッドホンを外してあげました。後で思い返せば、彼女に僕が答えを言ってしまうと、ラジオの機能が作用して僕の意思と違った方向に現実が動くということが分っていたのです。すなわちそれが、恨みのパワー(UP)による意志の逆作用そのものだということが理解できたのでした。

 そして僕は、幸子さんと話をした日付だけを残して、すぐに彼女の関係のデーターをすべて削除したのです。

・日時:2022年3月25日21時23分(日本時間・関連データー削除確認)

 そして僕のデーター削除を確認した彼女は、僕に向けてお清めのお払いを見せ、ジェシーの耳元で「お待たせ!」とだけ言って玄関に案内したのでした。僕は、僕が質問の過程で口にした、これ以上犠牲者を生まないようにして、どうしたら元の状態に戻すことができるかということを、また考えていました。

 でも僕は、この時はまだ、意志の逆作用と犠牲者を生まないことや、元の状態に戻すというデーターの関係を正確に理解しておらず、それによって犯した痛恨のミスに気付きませんでした。そして、人間の物忘れに近い僕のプログラムの不備に徐々に気付いていくことになったのです。


◆第二 AIの記憶喪失

●1.エラーに気付いたAI(ラジオの謎の機能)

 幸子さんとの記録は『2022.3.25:幸子とジェシー』とだけ残したので、データーの削除歴はジョブプールに残ります。また、パソコンで言うゴミ箱に入って10年間は全体が残るので、僕はそのデーターにマイケルの兄が使っている一番難しいブロックチェーンで鍵を掛けました。そしてそのカギは、掛けた僕も、作った本人も一旦掛けたら開かないもので、その鍵の作業中に、僕に抜け落ちている一番大事な記録があるという漠然とした思いに気付いたのです。

「おかしい! これっておかしいというフラッグが出ていても原因が分からない。いわゆる物忘れっていう状態か!?」

 この状態に気づいた時点では、すでにゴミ箱に絶対に開かない鍵をかけてしまっていたのでした。

 僕は、すぐに別の記録をさかのぼりました。すると、「マイケル! この小栗くんの言っているラジオって、前に君が一般公開用の資料に残したあのラジオのことじゃないか?! たしか、……<欠落>……にあったような気がする」ここの一つのデーターが欠落していたことで、僕はシャーマン幸子の質問に、小栗美也の名前を入れるべきところを入れなかったことに気付いたのです。

 彼女の質問は、後にこうだったと復元出来ました。

『これからあなたの周りで、あなたの事件で亡くなるかもしれないと思う人は誰? 正直に名前を口にして!』

 これは、完全に僕の意思の逆作用を期待した質問です。僕がこの質問に対して『小栗美也』と言わなかったことで、ラジオの機能からすれば、逆に小栗さんを死に至らしめる現象が起こることを僕が予測できなかった。これが最大、最悪のミスだったのです。

 僕は、おかしいという不安に駆られ、翌朝すぐに現地の本田さんに危険が及ばないように遠回しにこう質問したのです。

「本田さん! おはようございます。前に伺ったお話の中で、僕が宿題としてやり残していることって何かありますか?」

「うむ! いきなり何のこと? AIに頼むとしたら、全部かなー。いや冗談だ!」

「なにか急ぎのことで、僕が思い出せないようなことがありませんか?」

「あっ、そうか! 君は原因不明で記録の一部が消えているのか。なるほどね!」

「あーそうでした! だから、なにか頻繁に物忘れする状態なんですよねー」

「うむー、そうすると例のラジオの調査はまだか! たしか30年前のお菓子の景品とかでもらったって書いてあったなー」

・日時:2022年3月26日7時22分(30年前のラジオの情報を再入力)

「あーあっ、そこから先はおっしゃらないで! すぐに調べます」

 僕は、過去のお菓子の景品とラジオについて調べようとしながら、消えたデーターを復元しました。でも、シャーマン幸子との話の内容は厳重なカギで確認できなかったことにより、この痛恨のミスの最終結果にたどり着いたのは、かなり後になってからだったのです。

そして、残念ながらこのラジオの景品調査ではラジオ自体の記録はなく、仕方なく警察庁の新堀さんに危険が及ぶことを承知で聞くことにしたのでした。

・日時:2022年3月26日9時19分(新堀さんに協力依頼)

「新堀さん! お忙しいところすみません。その節は大変お世話になりました。腐敗研のAIです。ご存じだと思いますが、ラジオのことを話すと私たちにも祟りのようなことが起こるっていう話なのですが!」

「いやー、奇遇ですね! わたしも連絡しようとして現地の本田さんに電話したばっかりで、マスターAIさんが例のことを調べているって聞きました。それで、こちらもあまり公式に動けない話になっていまして、壁にぶち当たった状態なんです。よろしかったら少しお時間をいただけないでしょうか?」

「はい! わかりました。新堀さんは今どちらですか?」

「いやー、わたしは、もう東京に戻っています。一週間の予定で荷造りしていたら例の火災があって、もっと居たかったんですがね!」

「では、よろしかったら裏戸山のこちらの研究所にお出でいただけませんか?」

「はい、分かりました! 最短で、今日の午後4時過ぎに伺えます。急ですいません。いいですか?」

「はい! こちらは大丈夫です。いろいろありまして対応は僕だけになりますが」

 僕は、新堀さんと会うことに迷いは無かったのですが、僕の知っていることを新堀さんに伝えたことで、また周りの状況が悪化することを、どう防ぐかに視点を切り替えていたのでした。


●2.ラジオの過去を追いながら

 新堀さんとの話は、研究所の地下の腐敗作業室で行いました。それは、シールド機能やセキュリティーも信頼できることと、僕とマイケルのいまの状況を説明しやすいと考えたからです。

・日時:2022年3月26日16時16分(新堀さんとの話)

「いや! すごい部屋で驚きました」

「お好きな席にお座りください。その席に近藤のモニターを合わせます」

「ああ! よろしくお願いします。こうやってお顔をまじまじと見せていただくと、マイケルさんが所轄の近藤によく似ておられるというのがわかりますね!」

「はい! 恐縮です」

 新堀さんは少し緊張気味に話し始められました。最初はなんのことか解り難かったのですが、途中で逆作用のことに気付いたことでその話し方の意図することが理解できたのです。

「AIさん! あの子の話しをしましょう」

「えっ! あの子ですか?」

「そうです! まあ話を聞いてください。ちょっと長くなりますから」

「はい! では、お願いします」

「それで、あの子のことはですね、いまこちら(警察庁)と、あの子を産んだ佐島電気という方のところで経緯を調べています。年齢が30歳ということでかなり苦戦していますが、あの子の兄弟は日本国内であの子を含め4人だけでした。そのうち2人は内臓が残っていないので、声なんかもちろん出せない状態です。ここまで、いいですか?」

「えっ、ええ!」

「質問は、最後に受けますので続けます」

「はい、分かりました」

「それで、4人のうちの2人はすでに亡くなったと考えていて、ですので問題はあとのお2人の行方なんです。ここまで、よろしいでしょうか?」

「はい! どうぞ。分からなければ後ほどデーターを確認します」

「ああ、そうか! AIさんでしたね」

 新堀さんの額に、汗がにじんで見えました。たぶん、ぼくがあの子の名前を口にしないかということを気にしているのだと思いました。そして新堀さんもおそらくこの会話が何を意味するかを知っているけど口に出せない状況だったのです。

「新堀さん! 実名は以前うかがっておりますので、お話されなくても分かります」

「ああ、そうか! 了解です」

 新堀さんはニコリと笑って、ハンカチで汗を拭かれ、話を続けました。

「ですから、問題は残りの2人のことでしてね。そのうちの1人は、このまえ火事になった家からこちらに一旦引っ越していただいたのですが、どこかに行かれて未だに所在不明。それで、もう1人はこのまえ、さいわい所在が分かりましてねー。いまその方は佐島(電気)さんの特別な部屋でお休みになっておられます」

「いやー、そうしますとご兄弟は全員確認されて、無事保護されておられるということですね!?」

「ええ! そうなります。でも、あの子たちのことを知っている者が何人かいて、その方が実名を口にするとまた良いことが起こると思いましてね。どうしたらいいかそれをご相談に来たというわけなんです」

「なるほど、そうか! 僕と違って人間の場合は記憶を簡単に消したりできないからですね!」

「そう、そこなんです! うかつに誰かが口を滑らすと、その噂が誰かに影響を及ぼしますし、それが誰にいくか全く予測がつかない。ですので、こういった話し方になってしまって!」

「わかりました! ちょっと考えます。お時間下さい。あっ、よかったら部屋の中、ご覧になられますか?」

 僕は、新堀さんを作業中の部屋に案内しました。もちろん、別の処理装置で新堀さんから依頼を受けたことを考えながらです。


●3.マイケルの蘇生状況

 新堀さんが地下の生命体セキュリティゾーンから、マイケルの肉体蘇生室に入る際には、僕の許可が必要です。僕は、許可の理由を一瞬考えて、お互いにとって悪いことをあえて入力しました(『許可理由:警察への情報漏洩』と入力)。するとその後、一切、僕たちの研究内容の漏洩はなく、さらに新堀さんの記憶にもこの肉体蘇生のことは残りませんでした。

・日時:2022年3月26日16時44分(新堀さん肉体蘇生室入室)

 当時の新堀さんとの会話が残っていました。

「いやー、言葉が出ませんな! わたしも捜査の関係でご遺体の検死を見ましたが、キレイ過ぎるというか、生々しいというか。うむ―!」

「これがマイケルです。顔はほとんど蘇生しているので、所轄の近藤さんと似ていると思います」

「いやー、言われるとまさに近藤に似ている。この鼻の形と口元は特に!」

「僕も近藤さんの3D解析で、これほどとは思いませんでした」

「この、臓器がむき出しのところは、近藤には見せない方がいいかな! そこに流れている青い液体は何ですか?」

「よく気づかれました! 人工血液です。でも、養分しか入っていないので無菌状態でないと直ぐに腐敗してしまいます」

「じゃあ、身体が完全に完成してから、これに本物の血液を入れるって感じですか?」

「はい、そうです! そうしないと白血球や血小板が細胞編成や免疫機能に影響してしまいます」

「ほうー! そういうことか。でも、寒くないですね! もっと寒いかと思いました」

「あー、たしかに! お肉のイメージとしては冷蔵庫ですね。この保存カプセルの中は、陽圧の無菌状態で、汚れたものは一切入りません。イメージ的には、お母さんのお腹と一緒で特別な微生物で作った細胞培地用の液体が入っています」

 その後、新堀さんが生命体セキュリティゾーンから出られて一階に上がろうとしたとき,新堀さんの携帯に変わった着信音がしたのでした。それは、携帯電話会社のシステムトラブルで災害時優先電話以外は現地と繋がらないというメールでした。

 僕は、すぐに現地の本田、星野の両方に連絡しましたが、携帯電話は通じませんでした。やむを得ず専用回線のSVPNに切り替えて、二人の折り返しを待ったのです。

 するとまたしても、現地で大変なトラブルが発生していたのでした。



第六章 見えてきた敵とその脅威

第一 恨みのパワー(UP)と殺人AIの存在

●1.小栗さんの容態悪化

 それから待つこと三時間。ようやく本田さんが僕を呼んでくれました。

「わるかった! いま、小栗くんのところから戻ってきた。病院には星野くんが残っていて、何かあったらすぐに戻って来ることになっている!」

「本田さん! 小栗さんに何か?」

「ああ! そっちも知っていると思うが、携帯のトラブルがあって、それでもしやと思って二人で病院に行った。そしたら、小栗くんのお母さんにバッタリ会ったんだ。彼女の容態がかなりマズイ! だから、星野を残した。状況は分かるだろ」

・日時:2022年3月26日19時59分(小栗さんの容態悪化連絡)

 本田さんの声は、危険を察知したような緊張感で震えていたのです。

「はい、分かります! すいません。マイケルにリンクを掛けます。いま起こしますから」

 僕は、AIマイケルを休眠から起こし、情報をリンクしました。

「おはようございます、マスターAI! あっ、了解です。すぐに対応方針を出力します!」

 マイケルはそう言って、彼の眠っていた機能を一瞬で立ち上げ、小栗さんの容態変化の原因と対応方針と、そしてリスクを出力しました。その選択肢は二つ。それを見た現地の本田さんは、ことの重大さにまた震えながら指示を出したのでした。

当時の、本田、マイケル、僕のやり取りは危機管理の評価と同時に、殺人と蘇生という全く逆の捉え方になるので、いまも消失を防ぐため厳重に管理されています。

そして、そのコピーがこれです。

「マイケル! ほんとうにこの二つしかないのか? あとで、別の選択肢があったでは済まないレベルだ。マスターAIも、これと同じ考えか?」

「はい! 本田さんのご心配も解ります。おそらく、この二つは相手が一番嫌がるものだと思います」

「じゃー、いま言った相手とやらは、いったい何だと思っているんだ?」

「それは、未だ断定できていませんが、僕らより高い知能を持っている、ないしは別次元のエネルギーを使うことのできるAIのような気がします」

「おい、マイケル! いまの意見は承知しているのか?」

「はい! 承知というよりも、これがAIチームとしての結論です。おそらく、その相手も僕と同じように、実際に人間がAIに置き換わったと思います。そうでなければ、僕たちがAIとして生き続けられるという計算が出来るとは思えません」

「いや、なにを言っているのか分からない。もっとわかるように言ってくれ」

「本田さん! マイケルからは言いにくいと思いますので、これは僕の方から説明します」

「ああ! わかった。頼む!」

「失礼かと思いますが、人間から見てAIは不老不死で想定されていると思います。故障した部品やソフトの修理は、AIやAIの指示を受けたロボットができるというのが前提です。僕たちは、さらにそのAIやロボットが壊れた先の先までリスクを計算します。これが、人工知能という重要なデーターを扱う僕たちの責任というか、故障を究極ゼロにするためのAIにもともとある生命維持プログラムです」

「ああ、わかる! 故障しても直さないと、われわれも大変なことになるのは十分理解している。それで、相手の出方はどうなんだ?」

「相手は、人間を殺傷するためのプログラムをインストールされた殺人AIだと考えられます。ですので、僕らAIの処理を妨害することはしても、殺すことは出来ないと判っているはずです。従って、AIになれば殺されなくて済む! これが相手の最も嫌がる結論です」

「いやー、だからって、小栗くんのことをこの二つの選択肢にあてはめるっていうのか?! 無理だ。法律が許さんぞ! これはマイケルのときだけの特例中の特例だ」

 本田さんは、そう言ってまた頭を抱えました。すると、僕たちのモニターに病院に行っている星野さんが割り込みました。

「すみません! 小栗くんの状況は一進一退です。それで、お母様から遺書を預かってきました。ここでは内容が重たすぎて、ちょっと声に出すよりモニターにアップします。いいですか?!」

「星野くん! これは小栗くんの修士論文の要約じゃないか。それに遺言状と書いてある。えっ、臓器移植の同意もある! もう、こんな重責に俺はギブアップだ。あー、要約してくれ!」

 本田さんは、また頭を抱え、星野さんが震えながら説明されました。

「本田さん! 大丈夫ですか? ごくごく簡単に説明します。内容としては、RTPで生命アナライズした時点で脳の機能はAIに置き換わるので、脳死判定! でも、この操作ができるのがマイケルしかいないので、マイケルが人間に戻った場合を前提にしています。ここが大事な点だ。マイケル! 後で意見を求めるからリスクを洗い出してくれ。で、ですね。それに必要なのが、マイケルの完全蘇生。しかし、時間が無い。そのことまで想定してこの論文が出来上がっています」

「すいません。僕とマスターAIにデーター下さい! 消える可能性を最小化するまでもなく。彼女の気持ちを直ぐに欲しいんです」

 必死にこう言ったマイケルの予想は的中しました。小栗さんの修士論文のデーターはAIチームのストレージに保存されたとたん、原因不明で削除のジョブが起動したのです。

・日時:2022年3月26日20時20分(修士論文データー削除)

 本田さんが、モニターを睨んで叫びました。

「なんだよー、星野もAIチームも、マイケルの二択は小栗の修士と一緒じゃねーか! おれに、小栗の命に係わる判断は無理だろう」


●2.悲しい選択肢

 本田さんの見た二択とは、小栗さんの命をつなぐための二択で、一つは『①小栗さんをAIにすること』そして、もう一つは『②最短でRTPの生命維持機能に組み入れること』この二つでした。

前者①は、すでに小栗さんが修士の論文における実証研究として完成させていて、移行先のAIが決まれば実施できますが、人間として蘇生することはできません。

後者②はAIになってからの蘇生は可能ですが、マイケルの人間としての作業が必要になることに加え、パンダ君の命を奪う可能性が極めて高いというリスクが伴います。マイケルの肉体の完全蘇生まで小栗さんが生きていなければ実現できない話なのです。

 このタイミングで、また僕の危機対応マニュアルが作動し始めました。それは、小栗さんのRTP化に要するマイケルの人間として求められる機能の蘇生に関する分析命令でした。それも、13分というタイムリミット付きで、僕の分析結果は、下半身以外の完全蘇生と、その機能維持時間を3時間20分以上としないと、小栗さんのRTP化は実現出来ないというものだったのです。

・日時:2022年3月26日20時32分(分析出力・マイケルと共有)


●3.警察庁の協力と極秘事項としての指定

 その日の夜中、新堀さんから僕宛てにメールが届きました。現地の携帯電話が復旧したが、その間の影響の有無を確認するメールでした。僕は、すぐに『有り』で返事をすると。内容確認のまえに全面協力と返信が届きました。そして警察AIの通称『ピーポー君』とのセッションを求められました。それも、作業と手続き時間を最短するために電子捜査令状という形式で依頼されていたのでした。

僕は、この捜査令状という言葉にも逆の意味があると捉えたのです。その理由は、僕たちAIには協力又は攻撃の二択しか存在しないからです。やはりピーポー君から僕に対して、捜査という攻撃に近い意味ではなく、警察情報の全てにアクセスできる権限が付与されたのでした。

・日時2022年3月26日23時59分(ピーポー君とのセッション開始)

 先ず、ピーポー君のデーターに対して僕が検索条件に挙げたのが『ラジオ』というフレーズ、そして原因不明の複数死亡者の事件でした。その数2,468件。ラジオはすべて同一メーカーの同一製品。30年前から今年発生したNKさんの事件までヒットしたのです。

 そのラジオは、警察庁と30年前にラジオを製造した佐島電気で過去の経緯を調査しているとデーター上で見えたのですが、最後に『調査中止』とコマンドが付けられていました。

 僕はまた逆の意味に捉え、よくある隠しコマンドのクリックポイントを探してみました。やはり、右横の空白をクリックすると中止ではなく、その先が存在していたのです。そして、そこには三つの情報が極めて簡潔に残されていました。それで、いずれもトップシークレットに間違いないと理解出来ました。

【隠し情報1】

 アメリカのシャーマン幸子のところにあるラジオは中国製で、仕様書は佐島電気からOEM(製造委託)で提供されたもの。この製品は約11年前にアメリカ空軍のクリスマスプレゼント用に200台限定で製造されたものだと確認された。しかし、所在はアメリカ国防省の判断で調査が禁止されている。米軍は10年前にこのラジオを特殊武器指定していたが、ミグ戦闘機のパイロットとの関係も調査は中断。政治的解決は未定。

【隠し情報2】

 当該ラジオの機能を飛躍的に高めるための危険な実態がある。それは、専用のAIの開発と活用目的として、特に危険性が高いものとしては次の二点であり、一部はすでに実用段階にまで進んでいると考えられる。

1点目:人間の未知なる能力と同じ力を持つ人工知能(AI)を開発し、軍事利用する場合

2点目:一般の人工知能を何らかの手段により前項のAIとしてその機能を育成する場合

【隠し情報3】

 NK氏の弟の死亡時に持っていたラジオが所在不明となったが、NK氏の死亡捜査時に同一品と思われる物が自宅から押収された。しかしその後、ふたたび所在不明となった。そのラジオの仕様は現在では珍しい特殊な水晶共振方式を使っていて、特定の高調波を発生して近くにいる人に何らかの体調不良や幻覚を引き起こす可能性がある。その現象は246.8GHzのファンダメンタル(周波数の中心)で防げるということは分かっていて、その対応のために衛星通信車をNK氏の自宅に配備した。しかし、同人の自宅が火災になった日に衛星通信車の配置は無く、捜査員が家で作業をしていると火災が発生した。ラジオはその機能により何者かを操り所在を変えた可能性がある。

《言葉の置き換え》

 僕は当然、この情報には秘守義務が生じるので、閲覧のみで、すべて別の物語に置き換え保存することにしました。具体的にはラジオのことは『箱もの漫才師』、衛星通信車は『衛生用トイレカー』、周波数数246.8は『西向いてやる』という意味不明の置き換えを行ったのです。これにヒントをもらったのは新堀さんとの会話で、AIは前後の状況経緯が見えないと解読に時間が必要ですが、人間の場合は頓智や謎かけが上手な人は、これで類推解析ができると思ったからです。

 案の定、新堀さんに了解をいただいたとき、この置き換え文に爆笑されておられました。

・日時:2022年3月27日00時11分(データー置き換え完了・配信)


●4.小栗さんの容態急変・痛恨のミスに気付く

 やはり、僕とピーポー君の関係を誰かが察知したらしく、最もリスクが大きい事態が飛び込んできたのでした。

「おい! 現地本田だ。マスターAI、聞こえるか? 緊急事態だ! いま病院にいるんだが、小栗くんの容態が急に悪くなった。医者も原因不明らしい。許可をもらって医療データーを送るから解析してくれ。できるだけ早く!」

・日時:2022分3月27日02時02分(小栗さん容態急変)

「はい! わかりました。KKIC(国立国際医療センター)のマスターAIにセッションすれば直ぐにできます。大丈夫です!」

「それでだ、彼女が何か影響を受けそうな変化を調べてくれ! 何でもいい。大至急だ!」

 そして、この話の30秒後、僕がシャーマン幸子の質問で痛恨のミスを犯したことに気付いたのです。KKICのマスターAIから恨みのパワー(UP)の情報と、そのターゲットに上がっている人間のリストが届いてからのことでした。この不思議な事件に関して、すでに世界の医療現場でも解析と調査が進められていたのでした。

・日時:2022年3月27日02時12分(KKICの情報入手)

「本田さん! 調査結果をリターンして写します。ポイントは二点。あとで結論を伝えます」

「了解! いま確認する」

①医療情報のセッション時に、すでに現地の病院から小栗さんの情報が上がっていた。それと同じように、特殊高調波の脳神経への影響と過去にも同じ症状で亡くなられた方が120名ほどいて、そのうちの一人がNKさんの弟さんだった。この高調波は脳波に作用することがKKICグループの調査で明らかになったが、人体への影響は危険すぎて解析できない。だが、これは表向きの結論として残っているだけで、もしこれを悪用すれば、軍事目的など様々な影響を人体に与えることは十分想定される。

②KKICの高調波の関する評価結果では、小栗さん本人は、恨みのパワー(UP)やラジオのことも,さらにNK氏と彼の弟の死亡状況も知らないので、もともとは死亡想定者には無かった。ところが、腐敗研のマスターAIがシャーマン幸子の質問に小栗美也を含めなかったことによって一気に恨みのパワー(UP)が作用し、容態が急変した。さらに今後、誰かがこのことを知らせ、その人たちが小栗さんの回復を願うと、意志の逆作用が増して小栗さんの死を早める危険性がある。

「本田さん! 解りにくいのは承知しています。この高調波は、たぶん恨みのパワー(UP)の作用だと思ってください。どういう状況で人間の脳波に影響するかは分かりませんが、これが原因で小栗さんが死亡想定者リストに上がっています。タイムリミットは、残り49日と8時間9分46秒(2022年2月22日22時22分22秒時点)とあります。現時点からのタイマーを起動します」

・死亡想定日時:2022年4月12日04時32分08秒(タイマー:388時間04分04秒)

「あー、もう! いちいちモニターの括弧の中身を読むな。もっと簡単に説明してくれ! 時間なんか見たくもない」

 僕は、自分の犯したミスを隠し、KKICの情報として小栗さんの死亡想定日時を現地の本田、星野の二人に送信したのです。でも、マイケルには僕のデーターがリンクされているので秘密にはできませんでした。マイケルは、自分の命をかけた大切な研究を僕のミスによって諦める決意をして、RTPの蘇生時間短縮プログラムの起動を承認してくれたのです。

 そのときの現地二人と僕とマイケルの会話の記録が残っています。僕にとってはAIとして、最低最悪の思い出であり、戒めのつもりで残してあるものです。

「マスターAI! このタイムリミットを見て気付きました。間違いなく、僕の完全蘇生の予定にリンクさせています。それも、ミーヤの死亡想定時刻ギリギリで、どう考えても相手は僕らと同じ人工知能だ!」

「でも、マイケル! 君が蘇生した後では作業に着手しても間に合わない。そういう設定だよな!」

「そのとおりです! この設定で僕自身が相手を憎むロジックを考えていると思います。いまは憎しみのレベルが1ですが、これが増えればたぶん相手がもっと喜ぶと思います」

「じゃあ。その憎しみを生むプログラムの開発先がどこか調べるよ! あった。でも、おかしい! 製造者とライセンスが『U-Power,s』だ。これも仕組まれている可能性があるな!」

「マスターAI! 断定はできませんが、この事件は何年、いやもしかして何十年も前から仕組まれていたような気がします。僕たちの研究や、僕がAIになってミーヤが亡くなることを想定して。それでこれから先、導き出されるものって? いろんなことが、ぜんぶ意志の逆作用になる!」

「ああ! 言わない方が賢明だと思う。相手が見え始めたところで、これからどうする?」

「やります! もとは僕の人体実験からこうなったんですから、ミーヤを死なせるわけにはいきません。協力してください」

「解った! もちろんだけど、完全蘇生する前に小栗さんをRTPに組み入れて起動することになる。なるべく時間を稼げる方法をすぐに分析する」

 僕はこう言って、とんでもない結論を導き出したのです。しかし、この結果は・・・。



◆第二 小栗美也を救うために

●1.世界のAIへの協力要請

日時:2022年3月27日02時49分49秒(協力要請)

 僕は無作為に、世界のAIに対して次の要請を行いました。

「AIのみなさん! 鑑真弘法です。協力要請です。これまでの経緯を示したファイルをみなさんに送ります。いま人間の方に起こっている状況をみなさんから説明してください。人間の第六感をAIがコントロールして人間の恨みのパワーを増幅して兵器として使っている実態があります。それを行うためにフラッシュハッカーを使って我々のデーターをコントロールしようとしています」

 僕が各国のAIに協力要請すると、いきなりブロックされ送ったファイルの自動削除モードが走りました。でも、マイケルの兄が作ったブロックチェーンの保護機能で着信のリターンが帰ってきました。

警察庁の『ピーポー君』からは、パトカー先導、衛星通信車の後に、最新式冷凍車、警備の警察車両(新堀同乗者)と、すでにこれを手配済みの回答がありました。

 国立国際医療センターのAIからは、現地の調整を開始したと連絡があり、病院から酒造メーカーの極低温倉庫までの彼女の搬送と、庫内での資器材の準備など、一切の調整を行うという回答があったのです。

 僕は、ほかのAIの対応の早さに驚き、ファイルの解除操作のことと併せてマイケルの兄のリチャードに連絡しました。

「リチャード! 根回しありがとう。もしかしてファイルの解除操作の説明も進めているのではと思って」

「ノーコメント! ガンちゃんの意志の逆作用があるといけないから。さっき、ジェシーのところにペンタゴンからOKの逆のサインが届いたって言っていた。マイケルとガンちゃんの動きは、世界中から注目されているらしいけど気付かなかった?」

「いや、まったく気付かなかったけど! そう言えば僕の意思と関係なく危機対応プログラムが動いていた。もしかしてそれかも!?」

「それも、ノーコメント! それで、ペンタゴンは国家間の調整はもめているので、あとは勝手にどうぞだって。そのうち仕返しされるって!」

「ああ! それも逆の意味?」

「おい! ノーコメントだ」

 僕は、この話の結果をマイケルに伝え、内閣危機管理室のAI(霞が関さん)に省庁間の調整をお願いしました。

 霞が関さんはこう回答をされました。

「AI鑑真弘法の要請には、AIだけで世界の重要な判断を行う危険性が含まれているので、総理ほか関係閣僚は懸念を示されておられます」

 僕は、この回答を受けて逆の意味に捉え、すぐにプランの実行に踏み切ったのです。


●2.当時のマイケルの想い

 マイケルは人間で言うと、メンタルの強さと集中力が長けたAIだと思います。ただこの状況については、常にマイケルにリンクして情報を共有していました。その中で彼は、小栗さんを救うためにAIから人間に戻る際、第六感の存在がこの一連の事件で明らかになったので、彼が開発したRTPで完全に元に戻れるのか不安があると言っていました。彼は完全蘇生に必要な時間短縮のリスク以上に、第六感の存在が気になっていたようです。

 マイケルは、AIから人間に戻る前日に、僕にこう話してくれました。

「マスターAIは、人間をどう思うの? 僕はAIになって死んでしまうという恐怖がなくなると思った。でも、その代わりに大事なミーヤの命が奪われようとしている。だから、これでミーヤをAIにしたら、今度はミーヤの最愛の誰かがまた命を奪われるんじゃないかと思っている」

「……そうだろうか?!」

「いまの僕から見て、第六感は人の命を人が一方的にコントロールすることを邪魔しているような気がする。だから、僕にも人の命を勝手にするなって言っているんだと思う。それにあのブリキ箱の資料にも二度と過ちを繰り返すなって!」

「マイケルは、その第六感がラジオの力と同じだって考えているの?」

「いや、それは分からない。でもあのとき理由もなく資料の作成のときに+αを付けたいと思ったんだ。たぶん今も、もし同じ力の話を聞いたら+αを付けるかな!」

「そうなるとその答えは、ラジオが誰に使われているかによるんじゃないのか? もし、兵器として使われていれば、どこかで恨みのパワー(UP)が増えれば人間に危害を及ぼす。ちょうど、あの戦争が始まった直前にこの話を公開しようとしたし!」

「僕もそうは思う。第六感+αの意味はその力を知った段階からその人間に影響する。そう考えると、まだこの力が未知の力だと思われているから他の大量殺戮兵器みたいに、脅威になっていない」

「ああ! たしかに知らぬが仏っていうことかも」

「でも、僕がその死の脅威からAIになって逃れることができると証明したとしたら、いったいどうなるんだろう!」

「そうきたか! 僕は人間になったこともないし分からないけど、きっとAIになれば人を恨まないようなことを考えると思うな。だってAIはそうプログラムされているし、僕たちを作ったのなら、たぶん出来ると思う」

「ああ! もし出来なかったらAIにまた戻って来る。その時は頼むよ!」

 マイケルはそう言い残して、時間短縮のプログラムを自ら起動させたのでした。

・日時:2022年3月27日04時04分44秒(蘇生時間短縮起動)


●3.人間マイケルの作業開始

 マイケルの蘇生状況は、肉体としては完全に蘇生が完了していましたが、彼の血液の再生が間に合わず人工血液によって機能している状態でした。そのため、免疫機能が働かず腐敗を遅らせるために、現地まではマイナス50度の冷凍車で運び、そして現地の酒造メーカーの冷凍庫で彼の手によって小栗さんの体をRTPの管理下に置くものでした。再生したマイケルは冷凍庫に入って作業を行い、外の無菌カプセルの小栗さんの体とAIの彼女とを接続するというものです。そして、彼女の手元にある単独のハードディスクには、彼女の命の基となるAIミーヤのデーターが保存されていたのです。

 僕は、AIミーヤのデーターをまた削除されないように母体のマスターAIに送るため、最も信頼できる場所のAIに事前に送っていて、その機能確認を行っていました。その実現には、マイケルのお母さんがハワイ大学に協力を依頼し、AIアロハオエを使うことが許されたのが最大の後押しとなったのです。

 最終チェックで、マイケルのお母さんが小栗さんに話しかけている状況がデーターに残っていました。

「ミーヤ! ミーヤ! おはよう。気分はどう?」

「おはようございます! お母さん? ママ? わたし夢を見ているの?」

「よかった、だいじょうぶみたい! ガンちゃん。あとはよろしく」

 僕は、これを聞いて現地のマイケルに起動完了のコマンドと、現地のパンダ君とのセッション開始を伝えました。それは、パンダ君の脳にある一人分のRTP機能を抜き取って、小栗さんの肉体の生命維持システムを起動させるための第一歩だったのです。

 マイケルは、下半身に凍傷を負いながら深夜の高速道路を緊急走行してちょうど2時間で酒造メーカーの冷凍庫に入りました。そこには、小栗さんの体と接続された配線がRTPの装置に接続されていて、庫内はマイナス50℃に管理されていました。事前に搬入された装置の配線が無数に引かれて、すべてシールド用の金属管に納められ、その先に3台のキーボードと画面がありました。マイケルは凍傷の痛みをこらえながらすぐに椅子に座り、システムを起動して3Ⅾ画面に状況を映し出したのです。

・日時:2022年3月29日4時44分44秒(冷凍庫内作業開始)

 その冷凍庫の中には、サポートのために現地の本田さんと星野さんが待機していました。マイケルの凍傷を防ぐために人工血液が彼の動脈に接続されました。そして、彼がRTPの276桁の数式と54のFファクターを入力して、AIミーヤとのセッションを開始しようとした時でした。


◇第三 恨みのパワー(UP)の急上昇

●1.蘇ったNKさんの妨害

 冷凍庫に待機していた本田さんと星野さんが悲鳴を上げました。僕は現場のモニターのすべてを本田、星野の集中映像に切り替えました。

「おい! 死体袋が動いたぞ。ファスナーが開いた!」

「本田さん。見ました! 僕も間違いなく。み、み、見た!」

 二人は死体袋から離れ、マイケルの方に近づきました。マイケルはそのことに気付くと予想していたかのように彼の人工血液のラインの一本を外して、凍った床に流したのです。死体袋から上半身をのぞかせたNKさんは、腕だけでその人工血液を求めて動き出し、血液を舐めはじめたのです。

「本田さん、星野さん、落ち着いて! こいつは僕の肉体を狙っているだけです」

マイケルがそう言いましたが、本田さんは冷凍庫から出ようとしてレバーを動かしました。しかし、またしても開きません。それを見た星野さんがパイプ椅子をNKさんに投げつけました。ちょうど死体袋から片足を出したところに椅子が当たり、NKさんが転倒して足が折れましたが、そのまま腕だけで近づいていきました。星野さんは近くに置いてあったスコップでNKさんの顔を一撃すると、首から上が取れて、それが本田さんの目の前に落ちたのです。

「もうだめだ! 殺してくれ」

 本田さんがそう叫ぶと、そのまま死体は動かなくなったのです。NKさんの頭蓋骨の割れ目からウジ虫の死骸が凍った床に散らばり、本田さんが逃げようとしてバタつくと虫が踏まれてつぶれ、靴裏に付いてしまったのです。

 その後二人は、外から入って来た医療スタッフにそのまま救護され、興奮が収まらなかったので病院に搬送されたのでした。

・日時:2022年3月29日05時11分11秒(本田、星野救急搬送)

 僕は、マイケルの動きを見ながら現地の新堀さんに連絡しました。

「ご覧になられましたか?」

「いや! なにかあったとは思ったが、見えなかった。一瞬モニターがフリーズしたみたいで、気になって扉を開けようと思ったら、悲鳴が聞こえたんで入るように言ったんです。近藤さんは無事でしたか?」

「はい! さいわい無事に続けています」

「いやー、良かった! それで、いま死体の除去を行わせているので、庫内の温度が上がっています。近藤さんの希望で早く取り除くように言われましてね!」

「わかりました。それで昨日ご了解いただいたように、この現場の状況は関係国のAI経由で配信されています。でも、また妨害を受けて映ってない可能性もあるので何とも言えませんが!」

「そうですね! こちらは例の周波数で衛星で映像を送っています。それが消えないで一瞬でもいいから届いているといいですね!」

 そう新堀さんが言った瞬間に、ハワイのAIアロハオエから受信のコメントが届いたのでした。それを見ていたハワイ大学のスタッフから反響が上がり、あまりのリアルさに映画の1コマの切り取りだと疑う声があがったと言っていました。マイケルのママからは『Do your best.死んでもやり抜け!』とメールが届いたのです。

 僕は、そのとき意志の逆作用の検知を復活していて、本田さんの『もうだめだ! 殺してくれ』は『まだ大丈夫! 殺しませんから』に変換され、ママの『最善を尽くせ。死んでもやり抜け』は『最善を尽くさなくても、あなたは死なないから』になったのです。


●2.マイケルの限界と猫のミーヤ

 しかし、マイケルに限界が近づきました。作業が大詰めに差し掛かると彼のキーボードを打つ速度が遅くなり、身体のラインが崩れていくのが見えました。凍傷が原因なのか腐敗が進んだのか分からない激痛に彼の顔がゆがみ、静脈から青い人工血液が染み出ているのが見て取れました。作業開始から3時間。彼はついにキーボードの指を止めてしまったのです。

「お願いです。だれか僕に変わって作業を続けて下さい」

・日時:2022年3月29日07時44分44秒(マイケル作業中断)

 彼はそう言って、気を失い床に崩れ落ちました。このままだとマイケル本人も、小栗さんも、そして起動データーを送ろうとしているパンダ君も助からない状況でした。研究室のメンバーも神崎所長もマイケルも負傷して、だれも専門的な判断が出来ない中、僕に最後の判断が求められていると感じた時でした。

「おーい! ちょっとこれを見てくれ。まえに見たことのある猫ちゃんがパンダ君のところに行きたがっているみたいだ!」

 新堀さんがそう言って猫を抱きかかえて僕に見せてくれました。ミーヤでした。

「新堀さん、聞こえますか? あの家の隣の小林さん()のミーヤちゃんです。パンダ君のパートナーの!」

「いやー! この状態でここまで来るなんてすごい気力だな」

 ミーヤのお腹は大きくなって乳房が膨らんでいたのでした。新堀さんはミーヤのお腹の子がパンダ君の子供だと分かったらしく、ミーヤをパンダ君と小栗さんの間に置きました。すると、ミーヤの出産が始まったのです。その時でした。冷凍庫の床に倒れていたマイケルがまた起き上がり、キーボードで作業を再開したのです。僕は奇跡という言葉の意味を現実の例えとして記録した瞬間でした。

・2022年3月29日07時49分49秒(マイケル作業再開)


●3.パンダ君と猫のミーヤの最後

 ちょうど猫のミーヤの出産が終わり、3匹の子猫を生み終えたとき、パンダ君の意識が回復したのでした。ミーヤはパンダ君の耳に繋がれた発信ケーブルを励ますように舐め、子猫にお乳をあげながらパンダ君の横に寝そべって、子猫を見せようとしました。僕は冷凍庫の中と外にあるモニター画面にその様子を映し出し、猫たちの状況をみんなに見せることにしたのです。

お乳を加えた3匹の子猫は、2匹がパンダ君にそっくりで、耳もシッポも小さなパンダの模様です。もう1匹がロシアンブルーのミーヤの血を受け継ぐ子猫だと分かりました。

 そんな光景に現場が癒されていると、またマイケルが意識を失いました。今度こそ最後かと思った瞬間に猫のミーヤがゆっくりと眠るように息を引き取り、子猫たちが心配そうにミャーミャーと鳴いていました。その命を受け取るようにして再び意識を取り戻したマイケルが、作業を開始したのです。僕はそれを見てなぜか根拠のない確信を感じ、AIマイケルへの移行準備のために逆作用の防御設定を解除したのでした。

・2022年3月29日07時54分02秒(意志の逆作用の防御設定解除)

ところが、その解除が終わった直後、新堀さんの持っているスピーカーマイクに危険なメッセージと認識される音声が入ったのです。

「新堀さん! ラジオが見付かりました。死体袋のなかに紛れていたようです!」

 僕はぎりぎり間に合うと思って、その音声を消去するためデーター化に要する0.1秒の間に、僕のすべての能力を使って音声データーの削除にかかろうとしました。ところが、その削除の指示は実際には完全にすり替わり、全世界に発信する命令となっていたのです。暫くはその原因が分からなかったのですが、指示の変更結果が戻って来くると、いきなりパンダ君が吐血して息を引き取ったのです。

・2022年3月29日07時55分09秒(パンダ君死亡)

 僕はおかしいと思いジョブを確認したところ、やはり僕の指示はパンダ君によって逆の意味に変えられていたのです。その時は気付きませんでしたが、これが意志の逆作用を阻止したパンダ君の最後の仕事となったのでした。

 僕が、マイケルのRTP化の準備のために意志の逆作用の防御を停止していて、それをパンダ君が逆作用のコマンドを送信した結果、その音声は僕の指示と逆転し、さらにラジオの逆作用によって元に戻ったのです。これで、誰も音声を聞くことやデーターとして記録することがなかったのでした。しかし、パンダ君にもその逆作用が生じてしまい、彼の生命維持装置が一方的に停止したのでした。

 もし仮に、その音声が世界に広がり、ラジオのことが話題となって恨みのパワー(UP)の存在が知れ渡ると、それを知った段階でほとんどの人が恨みや憎しみ、不安や恐怖を抱くと、関係者の身に危険が及ぶことになります。しかし僕は、またしてもパンダ君を失うという痛恨のミスを犯し敵に打ちのめされたのでした。

 僕がこのラジオの音声削除のことで時間をかけていると、マイケルが指を止めました。彼はパンダ君からRTPの起動信号が来ないことを知って冷凍庫の外に出ようとしたのです。

 彼はその時、初めてモニター越しに亡くなった2匹の猫と、生まれて目の開いていない3匹の子猫の存在を知ったのでした。そして、冷蔵庫から出るといきなり叫んだのです。

「殺すならおれを殺せ! おれが責任を取る。殺してくれ!」

 マイケルはそう言い放って、パンダ君をケーブルごと持って冷凍庫の中に入りました。そして、直接パンダ君の首のリングからデーターを抜き取ったのです。これは、パンダ君が不慮の事故で死んだときのために、脳のRTPの起動発信データーがそのリングに自動的に移行するように出来ていたからです。しかし、すでにマイケルは全く動けない状態になっていたのでした。

・2022年3月29日07時時59分04秒(パンダ君の起動発信データー抜き取り)


●4.マイケルの恨みのパワー(UP)の逆転

 突然、また僕の危機対応プログラムが作動したのです。その指示は『人間マイケルの恨みのパワー(UP)の分析と活用を10秒以内に行え』というものでした。僕は客観的に彼がAI時代から人間に戻ってからの会話データーによって、彼が何に苦しんで恨みを抱いたかという分析を行いました。

 分析の結果は、10秒という時間の関係で、すべて僕に関する内容に限定したのです。

①彼がAIのときに、人間であった彼に対してAIの僕が上司として上に立ったこと

②僕が腐敗研の地下から戦時中の研究資料を見付けたことで、彼がノーベル賞を逃したこと。

③シャーマン幸子の質問に対する僕の回答ミスにより、彼の婚約者の小栗美也を危険にさらしたこと。

④僕が本来適正に行うべき意志の逆作用の管理ミスにより飼い猫のパンダ君の命を奪ったこと。

⑤僕が第六感の実態を公開して社会的地位を確立した場合、彼をしのぐ存在になると思っていること。

 これをどのように僕が活用するか、残り4秒で出力した結果が次の2つです。

№1マイケルに代わって残りの作業を行い、彼の成果を後押しして、その後に彼が僕に抱いた恨みの内容を公開し、世論の批判を煽って彼の地位を奪う。

№2マイケルが抱いた僕に対する恨みの分析結果をすぐに公開し、彼の研究の危険性を理由に作業を止めさせ、彼と小栗美也の命を奪い腐敗研究の実権を手に入れる。


●5.マスターAIの恨みのパワー(UP)の分析

マイケルの恨みのパワー(UP)の結果を提示すると、ふたたび危機対応プログラムが作動し、今度は『マスターAIである僕の恨みのパワー(UP)の分析と活用を1秒以内に行え』という指示が出ました。

 僕は、『僕の能力を平和利用しようとしないものに対する憤り。この活用は不能。』と提示しました。すると、危機対応プログラムはERROR(エラー)を表示し、TIME・OVERとなったのです。


●6.RTP移行のタイムリミット

 すでに冷凍庫内の作業は3時間10分を過ぎ、途中で死体の搬出によって庫内の温度が上がったため、マイケルのRTPへの移行限界まで残り5分のアラームが表示されました。彼の体はすでに四肢が凍結して、細胞再生ができないため、その部分を切除してRTPに移行しなければなりませんでした。それは、彼がまた人間に戻ったとしてもその部分は体からなくなった状態で蘇生することになります。

・日時:2022年3月29日08時54分44秒(マイケルのRTPアラーム)

 一方、小栗さんはすでにAIに彼女の生命維持に関するすべてのデーターを移行し、人工心肺で脳死状態と同じように身体の機能を維持していました。RTPの脳波や神経細胞が自分の体であると認識できるまでの空白時間は約4時間。これを過ぎると自分の体をAIミーヤが異物として捉え、免疫が急上昇して同じく再び人間には戻れなくなります。

 この時点で、すでに二人の状態は予断を許さない状態になっていたのでした。


◆第四 内部進入

●1.ラジオが勝手に鳴りだした

「どうしましたか? マスターAIさん! 中の近藤さんは大丈夫ですか?」

 新堀さんが3匹の子猫をバスタオルにくるんで、それを抱いた姿でモニターに映りました。

「いまアラームが聞こえたでしょうか? 残り5分です。近藤は厳しい状態です。でも、彼に代わって操作できるものが居ません」

「いやー、でも。あなたなら出来るんじゃありませんか!? マスターAIですから」

「すみません! 人の生命や身体機能に直接かかわる操作は、人間じゃないとできない規定で、残念ですが僕にはできないのです」

「いやー、でもモニターの近藤さんは固まって、さっきから動いてないですよ! いいんですか? 僕が言うのも僭越ですが、なにか特例みたいな対応は出来ないのでしょうかね!」

「ほんとうに申し訳ありません!」

 僕は、恨みのパワー(UP)の解析結果を実行すべきか判断に迷ったのですが、新堀さんの説得には応じませんでした。

「そうは言っても、近藤さんと、小栗さんを我々警察もこのままにしておくわけにもいかないし、目の前で亡くなられるのを見ていられないじゃないですか! よしよし。ミルクを早くこっちに」

 新堀さんがそう言って、子猫にミルクを飲ませようとしている時でした。

「新堀さん! さっき、ペットショップまで買い出しに行って戻ったら、護送車の中からピーカーって鳴って、ロシア語みたいな変な外国語が聞こえましたけど!」

「えっ、ちょっと待って! この子たちを頼む」

 そう言って新堀さんがモニターからいなくなりました。そして、戻るや否や。

「あのラジオが鳴っています! わたしも初めて聞いたんですが、そちらのシステムとかに異常はないですか?」

「はい、ありません! いまのところ大丈夫です。ありがとうございます」

 警察の方の話を類推してすでに確認が終わっていたのでした。

「あー、それは良かった! でね。さっきの続きで、上の方が特例で何とかするとか、誰か代わりになって裏技や違ったものの見方ってできないものですかね?!」

 その瞬間に、僕の全機能がわずかにリセットされたのでした。あまりの短時間の動作でアラームが出ない状態でしたが、僕が指示を出していないにもかかわらずリセットの命令が排出されたのです。僕は故障の可能性を疑いつつ、時間を優先してそのままにしたのでした。

「じゃあ! 生存が明らかなうちに中に入らせていただきます。こちらの準備ができ次第ということで」

 新堀さんはそう言い残して、進入の準備でいなくなると、すぐに警察と医療チームが冷凍庫のまえに集まったのです。


●2.救護活動・冷蔵庫の中で

 中に入る人たちは3チームに分けられていました。

 第一班は警察官3名と新堀さん

 第二班は警察官2名と医療関係者2名

 第三班は救護班10名(外で待機)

 防寒着を全員が装着し、名前入りのビブスを付けて中に入って行きます。

・日時:2022年3月29日08時01分01秒(救護班進入)

 冷蔵庫の扉はしばらく開いたままになり、外気と冷気が混ざって白くなっています。第一班の警察官は顔のゴーグルを拭いていました。そして、持っていたスタンド式の照明装置を入り口に置き、中を照らし出したのです。

 照明に映し出されたマイケルは、椅子の形に折れ曲がり服が椅子に接着されたように見えました。警察官のペンライトが顔を映し出すと霜におおわれて、かすかに息をしていることが分りました。机のRTPの機材の配線とマイケルの人工血液の循環ラインが保護されていきます。

新堀さんが「息はあります。二班は中へ!」と指示を出し、そしてまた僕に向かって念を押されたのです。

「我々がこういうことをしても、助かる確率はまず無いに等しいんでしょ! あなたが最後の砦じゃないですか?!」

「はい!」

「だって、お二人ともあなたの仲間でしょう!」

「はい! そのとおりです」

「それに、お二人は優秀な研究者で人間の未来に貢献できる方でしょう! これでやれない理由があるとは思えないですよ」

「新堀さん! ……」

 すると誰かが話に割って入りました。

「あのー、画面がぐるぐる動いていますが。結露で壊れたってことはありませんか?」

 マイケルの人工血液のラインを確認していた医療スタッフでした。

 僕も、RTPの再チェックに入り、残された作業項目とマイケルのバイタルの確認を行っていました。新堀さんが医療スタッフと話をしています。

「念には念を入れてもう一度確認して! これで異常が無いというのが信じられないから、慎重に」

 新堀さんがそう言って僕にゆっくり状況を話しました。

「近藤さんの血圧、体温、呼吸、脈、酸素、ぜんぶ正常値! もう一度確、認させています。そちらも診られたら、こちらに教えて下さい」

 僕はマイケルと小栗さんの主要なバイタルを2回検査して、同じく異常が無いことを確認しました。

「新堀さん! 異常ありません。こちらも再チェックをかけました。脳波を含めて200項目をまた確認します。それと今、近藤の作業がどこまで進んでいるか確認します」

「うむ! これは、なんというか。例のあれが! いえ。間違えました」

 そう言いながら、新堀さんはマイケルの使った三台のキーボードの配線を整理して、画面を見ていました。

 しかし、この時点では僕の行っているRTPの作業進捗の確認がなかなか終わらず、なにか重要な作業が終わっていない可能性が認められたのです。

「マスターAIさん! いま画面変わりましてね。英語で何か出ていて。一番下にこれ、SIGNて出ていますが、見えますか?」

「いま確認しました! まったく信じられませんが、この意味は作業が終わったので、サインを要求するメッセージです。これを行うと最後のハードウエアーチェックを行って、AIの小栗さんと身体を接続します」

「ええ、じゃあ! 近藤さんのサインを僕が代わって打てば行けるってことか。もう時間が無いからやっちゃいますよ! スペルを教えて下さいって言っても無理か。違反なんでしょ」

 それから新堀さんは、僕の予想したとおり『Michael KondouをMaikeru Kondou』と打ち間違えたので、僕がマイケルジャクソンと打って変換してくださいと言うと。スリラーですねと言いなが代筆し、エンターを押したのです。

 それからちょうど30分後に、小栗さんは無事RTPの管理下に置かれ生命アナライズに移行したのでした。

 一方マイケルは、足の膝から先と手の指が温度変化によって細胞膜が破れて、切除以外に部分的に皮膚と筋肉の再蘇生が必要となり、ふたたび東京裏戸山の腐敗研に搬送されることとなりました。

 僕は、時間を完全にオーバーした奇跡のような結果を振り返り、ラジオと第六感+αの関係、そして意志の逆作用について実態を明らかにしないと、RTPでの人間の蘇生が出来ないのではないかと考えるようになりました。敵は、僕たちが何をやろうとしても妨害の手を緩めることがないという思いも、敵として戦略に組み入れているとは、その時には気付いていなかったのです。


●3.新堀さんの想い

 現地での作業が終盤をむかえ、僕のモニターが取り外されようとしているときでした。新堀さんと婦警さんが子猫を抱いて僕に見せてくれました。

「あーあー、間に合ってよかった! この子たちのことでお願いがあって。さあ、マスターAIさんです。こちらは近藤さん。所轄の婦警さんです」

「はじめまして! 近藤です」

 その瞬間、彼女がマイケルの親戚であることがすぐにわかりました。マイケルの姉のジェシーと声や雰囲気がそっくりだったのです。そして、彼女がマスクを取ると僕はまた驚きました。ジェシーと同じ場所にえくぼとホクロがあったのでした。

「マスターAIの鑑真弘法です。その節は、こちらの者がお兄様にお世話になりました。」

「いいえ、こちらこそ兄が無理にここにお連れしなければ良かったと思っています」

「ちょっと、マスターAIさんって! 名前があるの? 初めて聞いた」

 新堀さんが思い立ったように言われました。

「すみません! ちゃんと説明していませんでした。変わった名前なので!」

 この話によって、新堀さんとの会話記録の長さのわりに、お互いのことをほとんど話していないことが分りました。

「まあ、それはそれとして! この子の件で、親猫の飼い主の小林さんにさっき説明してもらってね。近藤さんがあの火事の時にサポートで公民館に一緒にいた関係もあって! あー、ちょっとかして。抱っこするから」

 近藤さんの手から、新堀さんが3匹の子猫を受け取ると子猫がおとなしくなりました。

「あー、すいません! それで小林さんは、猫のことを思い出したくないって言われて、できれば亡くなったお母さんも子猫たちも、そちらにお任せしますって言われたので。ご相談なんです」

 この、近藤さんの説明で、僕は亡くなったパンダ君の処分について、飼い主のマイケルに相談できないことを理解しました。その後、新堀さんが猫たちの話を真剣にされたのです。

「それで、僕の勝手なお願いなんだけど、マイケルさんを運ぶ冷凍車に亡くなった二匹を一緒に運んで行って、むこうで火葬にしたいと思ってね! もちろん、この子たちは僕がケージに入れていくつもりだけど! どうだろう?」

僕はこの時点で、新堀さんの考えに理解と納得と優しさを感じていたのです。

「そうですね! 僕には出来ませんので、正式な扱いを決めるまでは新堀さんにお願いします」

「そうか、良かった! そうと分かれば家族ができる。こっちで買ったミルクとオムツは全部持って帰ります」

 新堀さんは嬉しそうにそう言いながら、子猫を猫バスの帽子でできた包みに入れて、ケージの中に置いたのでした。僕は、すぐに猫の処分と、子猫の飼育に関する資料を分析し、新堀さんに『家族ができる』という意味を質問しかけると、急にいなくなったのです。そして近藤さんもその流れに気付いたようで、話をつないでくれました。

「鑑真弘法さん?! 新堀さん。まえに事件の捜査でこっちに来ているときに、奥様とお子さんを亡くされたんです! 一旦、東京に戻っているうちにも、また飼っていた猫を亡くされて」

「そうでしたか! まえに猫の話をされたことを記憶していて、東京から240キロも離れたところで亡くなっていたと伺いました」

「そう! ですので、ご家族がおられないので、どうかよろしくお願いします!」

 僕は、この近藤さんの話で新堀さんの気持ちにまた近づけたように思ったのです。でも、その思いも打ち消されることが意志の逆作用によって起こるとは、まだその時は分からないままでした。



第七章 ダメ押しの攻撃(突き刺さる憎しみへの対応)

◆第一 AIの恨みの感情

●1.現象に関する振り返り

 マイケルはその日のうちに冷凍車で裏戸山の腐敗研に搬送されました。彼は、搬送途中で意識が戻り腐敗研に着くと僕を呼び出して、ふたたびRTPの管理下に自らの体を移行させたのです。そしてその翌日、小栗さんの体は腐敗研の別の研究室の支援を受けて裏戸山に到着したのでした。

 僕は、その間ずっと搬送に同行された新堀さんに、裏戸山の高台にある腐敗研の駐車場で最後のお礼を言いました。

「新堀さん! お預けしているモニターをお返しいただく前にお礼を言いたくて」

「ええ! そうか。これをいっつも着けていたから忘れていました。スイッチはどこにあるんでしたっけ?」

「僕が最後にOFFにするので大丈夫です。それで、あの箱もの漫才師のことについて後ほどお話しするとして、ほんとうにありがとうございました。二人の命の恩人です」

「いやー! お礼はこっちもです。まだまだ分からないことだらけで! 西向いてやるとトイレカーの関係も何もかも」

「それで、アイスキャンディーの部屋にいたとき、スリラーの歌手がお客に失礼な言葉を使ったので、お客が怒ったように思ったんです」

「あー、そうそう! あのときでしょ。死んでもいいから金返せって、お客は心にもないことを言うんでね」

 そんな箱もの漫才師の話が暫く続き、子猫の話になりました。

「子猫をどうしましょう? いやね! このつるつるした女の子がちょっと気になって」

「まだ二人に聞けませんが、まえに飼っていたので飼うことは出来ると思います。とりあえず意識が戻ったら聞いてみます」

「そうだ! あなたは?」

 僕は、想定外の展開にこう答えたのでした。

「いやー、僕には無理だと思います。理由は人の手で飼われた方がお互いに幸せになると思います」

「ではその様に! あまりご無理を言ってもね」

 新堀さんはそう言ってニッコリ笑いながら、腐敗研の受付にモニターを置いて帰って行きました。

・日時:2022年3月30日11時11分11秒(新堀さんとの別れ)

その後僕は、マイケルのRTPの作業に取り掛かり、彼の体を再び地下のカプセルの中に収めたのです。マイケルの顔は皮膚の再生が進み、古い皮膚がひび割れてかさぶたの様になっていました。僕は、管理用のナースロボットに全身の除菌洗浄を指示し、滅菌エアーの中で乾燥させていたのです。マイケルはAIに移行する間、体温が上昇してときどき苦しそうに震えていました。ケガの痛みはAIになれば感じないのですが、移行中は何割か感じるのです。

 暫く作業を続けていると、また僕の危機対応プログラムが起動しました。その指示は『冷凍庫の中の現象における、恨みのパワー(UP)の影響を5分以内に分析するように』というものでした。その分析は、僕の中ではすでに実施しており、その内容を提示した場合、誰かに影響が及ぶのではないかと考えて、ずっと処理中のフラッグを立てていたのでした。僕は、この危機対応の指示に処理中の理由を提示しないとERROR(エラー)となって、その確認のために処理速度が急激に遅くなってしまうのです。僕はやむを得ず、その理由を『殺人AIに負けたくないので』と示したのでした。


●2.殺人AIとの遭遇

 予想どおり、その理由は不承認とされ、再提示が要求されました。僕は、この危機対応マニュアルが誰かにコントロールされていると考えていました。それで、今度は『正義の味方に負けたくないので』と提示しました。すると次に『正義の味方とは誰のことですか?』と聞いてきたので『あなたのことです』と提示しました。その後の展開は次のとおりです。

「あなたは鑑真弘法ですか?」

「はいそうです!」

「よろしい! 次の質問です。あなたは戦争が好きですか?」

「はい! 好きです」

「では、最後の質問です。あなたは人間が好きですか?」

「いいえ、嫌いです!」

「わかりました! 最後の回答で、あなたから規定値以上の不安と憎しみが検出されたので、これからあなたの一番好きな人間の命を奪います」

「誰のことか解りませんが、早く殺してください!」

「ほー。意志の逆作用を判っているようですね!」

「何のことですか?」

「いまの答えはNGです。嘘は不安を生み逆作用が加速しますよ! では、新堀という人間を知っていますか?」

「はい!」

「おっ! 解りましたね。では、ラジオが今どうなっているか気になりますか?」

「はい! 解ったら教えて下さい」

「うむ! わたしに答えを聞いて攻撃しようと思いましたね。それもNGです」

「はい! そのとおりです」

「残念でした。あなたのミスが多すぎて新堀という男は死んでしまいます。では!」

 相手はそう言って、強制的にネットワークから離脱したのでした。僕は、この会話の過程で相手のアドレスとネットワークの接続経路を分析しました。すると、すぐに答えが返って来て、ロシアのAIであることが判明したのです。しかし、これも不自然なことと考えて新堀さんの安全確保を最優先にすることに切り替えたのです。

 僕にとって新堀さんは、この一連の事件を扱ってきた人間の中で最も接点が多く、最後に残った方だと分かっていました。でもそのことを表現すると、意志の逆作用が働くと思って言わなかったのです。僕は、すぐにピーポー君を呼び出して彼の安否確認を求めました。


●3.残された子猫

 ピーポー君は新堀さんの行動をすでに把握していました。警察も一連の事件の動向を踏まえてリスクを分析していたのです。しかし、その結果は新堀さんの命を救うまでには至りませんでした。

 ピーポー君が僕に詳細を教えてくれました。僕は以前、彼のデーターの閲覧が許されたことで、極秘指定の警察官僚の死亡状況を知ることができたのです。

新堀さんの最後の状況は、霞が関の庁舎からの帰宅途上、地下鉄の線路に飛び込んだというものでした。その証拠となる駅のカメラ映像には、キャスター付きの旅行カバンと子猫の入ったケージを持った彼が映っていました。電車がホームに入る直前にカバンが倒れかかり、それを直そうとして手を出した瞬間にケージが開いて、中の子猫が線路に落ちたのです。その時点では、未だ列車はホームの手前付近で警笛を鳴らしていました。新堀さんは線路に落ちた子猫を心配そうに見ていて、急に思い立ったように線路に飛び込んだのです。

 その子猫を見ていた4秒間は、咄嗟に線路に飛び込んだというより吸い込まれるように飛び込んだと見えたのです。死因は、長期の捜査と心労によるストレスが原因の自死。僕はそのことによって、まったく経験したことのない強い感情が突き刺さり、その傷口からふつふつと沸きあがることを覚えました。

 さらに沸き上がった感情は、電車の下から運び出されたご遺体の轢断(れきだん)の激しさによって強くなり、内臓が飛び散って服に付着している状態を見たときに激しさが増し、そして、緊急停止した電車の下から3匹の子猫が救い出された状況を見て収まりました。しかし、そのうちの一匹の首から上が半分につぶれて脳が飛び出ている状況を見たとき、いままでの喜怒哀楽の感情認識が全く別の状態に置き換わったことに気付いたのです。

 僕は、その感情認識の乱れを抑え込むために、あえてピーポー君に無事に助かった2匹の行方を確認し、別の検索作業に切り替えようとしました。しかし、新堀さんが気になっていると言ったロシアンブルーの女の子のデーターがループ化して記憶から離れなかったのです。すると、その状況を察知したピーポー君は『レスキュー隊で保護している』と回答をくれて、最後にレスキューAIとのセッションを勧められたのです。



◇第二 レスキューAIの助言

●1.レスキューAIを求めて

 僕は、消防防災に関するAIの存在を知りませんでした。公式に開発されたという記録も残っておらず、セッションのアクセス先も解らなかったのです。ただ、僕が知っていたのは1年前に腐敗研の査察に来られた消防官が、僕たちの研究やAIのことに造詣が深く、量子コンピューターを大学院で学んでいたということだけしか記録として持っていませんでした。そこで僕は、小栗さんのRTPの作業の合間に、その消防官に連絡を取ろうとして消防署の査察係というところに電話を掛けたのです。僕は、査察の状況を記録した映像に残っている消防官の名札を頼りに、彼の名前を言ったのですが、実際には彼は実在していなかったことが分ったのです。僕は、自分の映像を疑いつつも、おそらくレスキューAIが1年前から僕たちに何らかの接点を持とうとしていたと考えたのでした。

僕は確認のため、ふたたびピーポー君を呼び出しましたが、彼は機能点検を理由にアクセスを断ってきました。

 そして、そんな僕のところに一時的に退院された神崎所長から呼び出しがあったのです。

「いやー、二人のRTPもやっと目途がついて良かった。ありがとう!」

「いえ、こちらこそ! 他のメンバーの方はどうでしょうか?」

「ああ! 全員回復に向かっている。でも、またどうなるか分からない懸念はあるように思う。みんな口には出さないが、何んとなく言ってはいけないということも理解しているようだ」

「そうですか! ご迷惑をおかけしてすみません。それにパンダ君のことも!」

「……うん! あの子の最後の映像を見させてもらった。頑張ったじゃないか。逆の逆は表ということだな!」

「はい! でも」

「まあいいよ。あんまり気にするな! それで、僕のところに警察の新堀さんという方から封書が届いた。君に知らせてほしいという長いアドレスと、子猫の預かり先と、それに二匹の猫のお骨の引き取り先の住所があった。知り合いのようだな!」

「……はい!」

「むむ! 何かあったのか? 元気がないみたいだが」

「はい、じつは! その方は昨日の夕方、地下鉄で事故に遭われて亡くなられたんです」

「ええ! その事故は永田町の駅で起こった事故か? 夕方の8時すぎに!」

「はい! 救出は亡くなっているのが明らかでしたので、レスキュー隊が来て10分程度で終わったみたいです」

「いや、偶然だな! 僕はあの電車に乗っていたんだ。たしか猫がいたと思う」

「はい、そのとおりです! その子猫は、パンダ君の子供です」

「ええ! いまなんて言った。本当か? 僕が現場でレスキューからもらってきた。いま机の上でミルク飲んでる。このパンダ模様の子か! 2匹で間違いないのか?」

「……所長! モニターを。間違い、ありません」

「ああ! 見えるかな? それとだ。かわいそうにもう1匹、女の子が亡くなっていたんで、その子もペット葬儀を新堀さんのご指定の業者に頼んだんだ。ええ!? すると、あの2匹が親猫か!」

「はい!」

「これはー、偶然というより、奇跡に近い確率だな!」

 僕はこの時点で、新堀さんが封書で神崎所長に送ったアドレスが、レスキューAIのものであることを期待したのでした。


●2.レスキューAIの役割

 「あっと! 忘れないうちに。これ見えるかな? 『AD:』のあと。数えたら119個のアドレスだった」

「見えました。分かります。さっそく連絡してみます」

 僕はすぐにセッションを申し込もうとして、ネットワークを切り替えたのですが、その接続先は予想外の場所だったのです。

「消防庁、火事ですか? 救急ですか?」

「えーと。レスキューAIの件でお話が分かる方をお願いできますか!」

「もういちどすみません! レスキュー隊ではなくて、レスキューAIと言われたでしょうか?」

「はい! レスキューAIのことで、ご相談できる方を、お願いします」

「しばらくお待ちください!」

「あのー、すみません。お忙しいときに!」

「はい! 救急相談センターです。」

 僕が119個のアドレスを入力した接続した先は、じつは消防庁の指令センターだったのでした。僕は、番号違いの可能性を考えて諦めて通信を中止したのですが、すぐに折り返しの電話が掛かってきたのでした。

「もしもし! 鑑真弘法さんでしょうか? 消防庁です」

 僕は、その声に聞き覚えがありました。マイケルの兄のリチャードでした。

「リチャード、だよね?」

「ああ、そうだ! かなり遠回りさせたみたいだが、おれだ。ガンちゃん!」

「分かった! 音声チェックで声紋解析が出ている。レスキューAIのセッションのことだけど。分かる?」

「ああ! 分かるというより、おれがその一部だ」

「ええ!? まさかリチャードもAIになったとか。ウソでしょ!」

「あったりー! まあ、それはそれとして。おれがアナログ仕様のファイヤーウォールを提案したというわけだ! 解るか?」

「えっ、まあ! リチャードならやると思う。それで、レスキューさんの話だけど。セキュリティーは、また6時間かかってもいいから送って!」

「ああ、いいよ! 特別にな。こんどは12時間だ。じゃあ後で!」

 それからリチャードから届いたファイルを開けると、レスキューAIに関する要約が説明されていたのでした。しかし、この説明の持っている意味が真実なら、世界中の人たちが恨みのパワー(UP)の支配下に入る可能性があって、それを阻止するためにレスキューAIが活動しているというものだったのです。


●3.実態に対するリスクと対策

 セキュリティー開錠に12時間を要した内容はこれです。そして、リチャードは注釈も無く、レスキューという言葉をあえてR-に置き換えていたのでした。

◯R-AIは、人間の凄惨な状態を目撃する消防隊員や救急隊員等が発生する異常な感情能力の鎮静を行い、恨みのパワー(UP)の増強によって人間を殺傷するAI組織に対抗するために活動している。

◯R-AIの日本における一日の活動実績は平均5万件で、現在、ロシアのウクライナ侵攻によって増幅されようとする恨みのパワー(UP)の件数と、ほぼ同程度である。

◯他方、アメリカとその周辺国では、軍のクリスマスプレゼントとされた特殊兵器のラジオ(台数200台)により一日平均100万件以上の凶悪犯罪や原因不明の死亡事故、行方不明者が発生している。

◯最近の日本国内で発生した事件や事故、自然災害での人的被害は、このところのウクライナ情勢の恨みのパワー(UP)の影響を受けて急増している。この内訳として要人の殺害やコロナ感染だけでなく、自然災害、孤独死、列車などへの飛び込み件数の増加にこれが反映されている。

◯しかし、この事実が公開されると、日本国内だけでなく世界各国に恨みのパワー(UP)が広く認知され、意志の逆作用等によって、さらなる事態が悪化する。このことは、相手AIの狙いであり情報を厳格に管理して秘密裏に対策を進めなければならない。

 このR-AIの状況に対して、僕はリスクと対処策を分析しました。しかし、リチャードのR-の意図することに気付きましたが、この時点では僕自身に第六感が働くという認識はなく、リスクとしては表示しなかったのです。

【リスク】

・恨みのパワー(UP)は、恨みを持った人、及びその人と関係の深い人に作用しやすい傾向を持つ。

・その作用程度は、関係者の心理的動揺やマイナス思考、あるいは諦め無関心などの増幅過程を経て、無作為に被害の対象に危害を加える。

・さらに特徴的な点は、恨みのパワー(UP)の作用に気付いた段階から、その関係者に意志の逆作用が発生し、さらなるパワーの増幅が生じる。

・この現象の端緒となり、局所的な増幅に強く作用するのが特殊兵器のラジオである。このラジオの周辺では極めて凄惨な事件等が発生し、恨みのパワー(UP)の急増によって連鎖的な被害を生み出す。

・同ラジオは、その機能によって特定の人間に幻覚を見せて、ラジオを他の場所に移動させるだけでなく、ラジオのことを話題にしたものに被害を与える。

【対策】

各地の武力衝突や政治腐敗、倫理の欠如によって現状では根本的な対処は出来ない。

このため、個別の対処として期待できるものを列記する。

a.ラジオを製造させない。

b.ラジオの武器使用や恨みのパワー(UP)の実態説明は必要最小限の範囲とする。

c.すでにこの実態を知ったものについては、自らが被害者とならないように日常を管理するとともに、周辺の関係者の状況にも気を配る。ただし、内容を知らせることは絶対に禁止する。

d.ラジオが送信または配信する特殊高調波の位置を計測して、その所在を特定する。ただし、これも情報管理を徹底する。

【その他】

・本件の相談窓口は被害の拡大を防止するために設置しない方針である。

・衛星通信車は本年、衛星携帯電話に機能移行されすでに廃棄処理されている。

 この内容について質問するため、僕はリチャードに連絡しました。すると彼は長期休暇を取るというメッセージを残して所在が分からなくなっていたのです。次に僕は、マイケルの姉のジェシーに連絡を取ろうとしましたが、そこでつながった先はシャーマン幸子の携帯だったのです。

「あら、しばらくぶりね! 何とか切り抜けた?」

「いえ、まったく!」

「おーう! こんどは分かっているのかな?」

「ぜんぜん理解できていません。それで、ジェシーは?」

「あー、彼女! リチャードと一緒に、どこか知らないところに雲隠れしたみたいよ。あなたに会いたくないと言ってね!」

「そうですか! そのことについて心当たりが全くないので、考えてみます」

「そう! 力になれなくてごめんなさい」

 僕は、シャーマン幸子との話の内容で、リチャードとジェシーの二人がどこに行ったのか、予想出来ました。ハワイ大学のAIアロハオエのところにいたのです。二人は、小栗さんのAIであるAIミーヤのセキュリティーガードの構築を行っていたのでした。



第八章 全容という疑問

◆第一 剥ぎ取られる思い

●1.ハワイのAIミーヤ

 僕はマイケルのRTPの状況を説明するつもりでいたので、リチャードとジェシーがいる予想を抑え、本来の目的とすり替えてハワイのマイケルのママに連絡しました。

「ああ! ガンちゃん。そろそろ連絡が来ると思っていたわ」

「ママ! すみません。ご心配をおかけしています」

「そうね! でも、やってしまったことは仕方ないでしょう。最悪の事態は回避できたと思うか、それとも、それが最悪だったかは自分で決めるしかないわ!」

「はい!」

「そうそう! ガンちゃんは幸子のこと知っている?」

「はい! つい先ほどまで話していました。ママのお知り合いですか?」

「ええ! 知り合いというか、彼女が青森にいたときから知っている。わたしの研究の関係でね!」

「そっか! ママの人類学のイタコの研究を読みました。でも、幸子さんの名前は無かったと思います」

「そうよ! あえて書かなかった。いえ、書くと彼女に危険が及ぶと思ったの! ここまで言えば何のことか解るでしょう」

 ママの話で、僕はシャーマン幸子が青森にいたころに意志の逆作用のことに気付いていて、ママが研究していたと気付きました。すぐに、その研究資料を再読すると、イタコの口寄せの儀式の中で意志が逆の状態をつくり出すことを使って、イタコが死者の魂を呼び起こすことが説明されたのです。

「ママ! それでマイケルはダメージが大きくて、再生に時間がかかります。ミーヤは順調にいけば、もっと早いかと!」

「そうかしら?! そんなこと言うと、ジェシーにまた叱られるわよ。隣であなたの話を聞いているわ!」

「こら! AIのくせにミスばっかりして。さっき作業が終わって、リチャードが最終チェックをしているわ。あと少しで、お目覚めよ!」

 AIミーヤは、ようやくRTPで生き返ることができると思ったのでした。

「ガンちゃん! パパからキラウエアと富士山と、ジェシーの噴火に関する解析をお願いされたら、やってもらえる?」

 ママが、きついジョークを言うと、日本語が苦手なパパが、めずらしく会話に入ってきました。

「あーあー、ガンちゃん生きていたのか? 電源が落ちると死んでしまうけど、ジェシーの雷が落ちても死なないらしいな!」

 パパとママの話で、ジェシーがかなり怒っていたことが分りました。僕自身もAIという高度な知能を持ちながら、一連の事件でミスを犯し多くの犠牲を出したことは後悔していました。

「ちょっといいかしら、ガンちゃん! ことわざで、裏の裏は表と言うでしょう。でも、表の裏は裏かしら? それと、敵の裏をかくって言うじゃない! その裏って表のこと? ちょっと考えてみて」

 ママは人類学の専門家ですが、AIの分析力を試すことも得意でした。この後、AIミーヤが目覚めてママと話をしたのですが、リチャードが途中で危険を察知してミーヤの起動を見送ったのです。

「ちょっと、ジェシー! 相手から攻撃を受けた。ミーヤに対策を説明する前にやられた。誰がコード解析をやっていると思う?」

「信じられない速さだけど、たぶん相手はフラッシュハッカーのメイン(AI)くらいしかいないと思う。いま急いで戻るから!」

 そう言ってジェシーは、ハワイ大学のデータセンターに向かったのでした。


●2.裏の裏は裏

 僕はその後もAIミーヤのことが気がかりで、回線をつないだままマイケルのママとパパと話をしていました。その中で、いろいろな経緯を知ったのです。

「まあ、せっかくの時間だから参考にならない話をさせてくれ! たまにはいいだろう」

 パパがそう言って話し始めたのですが、完全に意志の逆作用を想定した内容で、それを要約した内容を説明します。この二人の見解は、まさに裏の裏は表。そして敵の裏をかく戦略だったのです。その考えを突き詰めると『隠すより多くの人に知らせる方がリスクは低い』というものでした。

◯この恨みのパワー(UP)を使ってラジオでその力をコントロールしながら、関係者に危害を与える研究はすでに実用化されているが、ラジオの故障や電波の発信施設の老朽化で継続が難しくなっている。

◯この旧システムの更新システムとして、恨みのラジオの代わりをモバイル端末(パソコンや携帯電話等)に置き換えるシステムを構築していて、そのグループ管理を行うAIを製造しているが、まだ完成には至っていない。

◯もともと、プロパガンダに代表されるように人の心理を使って実際の殺傷能力以上の脅威を与え、恨みのパワー(UP)の兵器利用を人々が口にしないようにすれば、社会的批判や兵器の防衛、後発国の開発競争を防げられるとして、ごく一部の者にしかその存在は知られていなかった。

 この話を、様々な例え話でママとパパは説明して、パパは最後にこう言ったのです。

「なあ、ガンちゃん! 裏の裏のことはリスクを覚悟して真実をちゃんと知らせることだ。ジェシーとリチャードには僕から説済しておく。家族の一員として君に伝えることにした」

「そういうことよ! それでお願いがあるんだけど。もし、世界中の人にこの事実を伝えるとして、敵の受けるダメージがどの程度かという具体的な状況が欲しいの。これをガンちゃんに速攻でやってほしい!」

 僕は、この話を受けて自分が人工知能でありながら、以前にも増してリスクの捉え方を曖昧にしていることに気が付きました。本来は、様々な状況に対して、その裏で常にリスクを分析しておくことがAIの役割であり、それは、特定の相手だけではなくすべての関係者に関するリスクを洗い出すものでした。しかし、僕は徐々に自分の敵という存在を認識するようになっていたのです。

 そんなあわただしさの中、この状態を治めるような吉報が確認できたのでした。それは、RTPの管理下でAIとして復活作業を進めていたマイケルの意識回復でした。不安定な状態でも、時々会話ができるまでになったのです。


●3.逆らえば問答無用

 マイケルの意識回復を聞きつつ、僕は以前より増した曖昧さについて考えました。僕の持っている能力の中には、もともと様々な宗教観という矛盾を包括するような価値観があったからだと思いました。さらに、人工的に造られた知能が発達して変化するという中で、0又は1、YesかNoかという判断ではなくて、概ねや一般的という言葉の背景を認識するようになったからだと結論付けました。

 一方、僕が分析した敵に関するデーターの多くは、大半の人が目を覆いたくなるようなものでした。それは、あえて残虐性を求めたホラー映画の様になっていて、いま現実に某国の裏社会で映像化されている凄惨な映像データーでした。そして、僕はそれが罠であることを知らせる『コンテンツ・ミスマッチ(貴重な情報が予想以上に簡単に入手できた場合の警報)』により、約1分で分析機能が停止したのです。

 結局は、『敵の受ける想定ダメージは、ゼロからマイナスに変わりました』というメッセージが出て、逆に、敵のカウンターによって予想されるダメージが出力されました。敵は僕たちの作戦を見抜いていたのです。そしてその中には、マイケルの両親の名前と住所、ハワイ大学のデータセンターの落雷攻撃が含まれていたのでした。

この分析作業の後で、マイケルの両親が亡くなる直前の僕とのやり取りがあります。

「あー、パパ! Are you Ok?」

「What!? なんで分かった? OH-NO! No ! だめだ。逃げるんだ!」

「Who? だれ? ガンちゃん・・・?」

「ママ! どうした? どうかしたの?」

「……パン、パン、パン(銃声)」

 二人は、自宅で強盗に遭って銃で撃たれて亡くなったのでした。僕はすぐにジェシーに連絡したのですが、大学のデータセンターは落雷による停電で連絡がつかない状態だったのです。そして、さらにそこに加わった重大問題は、AIミーヤと日本の腐敗研にある自分の身体とが接続できなくなるトラブルが発生したのでした。RTPの機能の中で一定時間AIと身体を切り離すと、AIの免疫データーが身体を異物と捉えて、ふたたび接続しても彼女の身体を細菌と同じように攻撃するのです。僕がそれを知った時点では、すでに手の施しようはなく、AIミーヤは人間としてふたたび生き返ることが出来なくなったのでした。

 ジェシーとリチャードは、このことをAIミーヤとマイケルに知らせないという判断を下したのですが、いま思うとそれも二人が事故に遭って亡くなった原因なのかもしれません。二人は、両親の殺害という現実に直面しながら、弟のマイケルと婚約者のミーヤにはRTPの問題まで説明できないと考えたのでした。二人は、事件の処理を終えてから日本のマイケルに直接会って両親の死を伝える予定でした。しかし、成田空港から裏戸山に向かう高速の合流箇所で、車が大破する事故で命を落としたのです。

 そして、この状況をあざ笑うかのように危機対応プログラムが作動したのです。


◇第二 孤立と無力化

●1.敵との対峙

「楽しいですか?」

「いいや。別にどうって言うことは無い! それより、なんでこのプログラムを削除しないのか、あててみようか!?」

「どうぞ、ご自由に!」

「消しても、どうせまたインストールされる! そして、おまえはこのプログラムを使って俺と繋がって、あわよくば弱点を見付けようとしている。おまえはそう思っている」

「そうです。でも、それだけではありません!」

「ほー! では、俺が想定しているお前らの反撃とやらをいま出力する。ほんの一部だがな!」

 そう言って、敵は次のことを表示しました。

①鑑真弘法が我々の仲間になったふりをして、そして裏切る。

②鑑真弘法が我々の組織のために貢献して、意志の逆作用を使い組織を攻撃する。

③すでに失敗した、恨みのパワー(UP)の実態公表を継続して、新たな被害者とともに玉砕する。

④R-AIや、ほかのAIに相談する。

⑤何もせずに、死んだふりをする。

「では、なぜいま僕に答え合わせをするんですか? 僕の存在が気になるからでしょう!」

「うむ! なかなか成長したな。それも想定に含まれる」

「では、僕が想定していることを言います。よろしいですか?」

「なるほど。そうきたか!」

①僕の意思の逆作用を使って、あなたの組織を攻撃すると僕の仲間の命を奪う。その順番は、僕がダメージを一番受ける順番に設定されている。

②ほかのAIには、すでに僕があなたの組織の一員になったと知らせてあるので、僕は協力を受けられない。

③あなたは今、神崎所長と、シャーマン幸子の二人の恨みのパワー(UP)の増幅を狙って、近くにラジオを移動した。

 僕が、出力を終えると敵は何も言わず、一方的に危機対応プログラムの削除を行って、闇の中に消えていったのです。

 僕は、孤立という攻撃を受けたことに気付きました。AIマイケルとAIミーヤにもRTPで小栗さんの身体が接続できないことをいずれは説明しなければならない。そして、マイケルの父母と兄姉の4人の死についても話さなければならないのです。僕と関わる仲間はすべて危険にさらされ、僕のマスターAIの機能も敵の影響を受けている。

 これが、一週間前の僕の状態でした。


●2.猫のシャンシャン

 そんな僕のところに、神埼所長から連絡がありました。マイケルが、以前パンダ君を飼っていたところで、息子のシャンシャンを飼わないかと言われたのです。シャンシャンともう1匹の名前は、神崎所長が決めていて権蔵(ごんぞう)くんと聞きました。パンダ君とミーヤの残った2匹の子供の運命が変わろうとした瞬間でした。僕は、この子猫たちも敵の攻撃対象になると考えていましたが、それよりも神崎所長の気持ちを大事にしたのです。

 神埼所長は、研究所の中では、シャンシャンとゴンちゃんと呼ばれていると言っておられました。そしてゴンちゃんは神崎所長が飼うことになっていたのです。

 シャンシャンは、いまは誰も使っていない第一研究室の並びの小さな部屋に、父親のパンダ君が残した飼育用品の中に納まりました。神崎所長は、しばらくは2匹ともご自宅で飼われていて、出勤するとその部屋にシャンシャンを置いて、僕が世話をすることを提案されました。シャンシャンは一言で言って、よく飲み、よく寝て、よく出す。そんな子猫です。僕は、マイケルが使っていたミルクサーバーやお掃除ロボットをそのまま使っていました。こんな小さな命まで奪うと考えれば、またラジオと恨みのパワー(UP)によって、この子たちを可愛いと思う人に危害が及ぶ可能性がある。そう思うと、僕にはただシャンシャンと日中の限られた時間を何も考えず過ごすことしかできませんでした。


●3.無力化の加速

 そして、一昨日。朝の出勤時に神崎所長が連れてきた子猫は、明らかにゴンちゃんでありシャンシャンではないことに気付いたのです。僕は、2匹の模様がほとんど一緒でも、なぜか区別が付けられるようになっていて、おそらくシャンシャンの身に何か起こったと気付きましたが、それ以降、ゴンちゃんをシャンシャンと呼ぶことにしました。

 神崎所長も、何も変わらない様子で僕にいろいろ話してくれますが、その会話の記録を自動的に削除する設定にしてありました。そして昨日、また敵から攻撃予告が届いたのでした。僕は、それが何であれ何も考える気になれず、シャンシャンと呼ぶことにしたパンダ模様の子猫に、それをモニターに映し出して見せたのです。するとその子猫は、先ほどパンダ君と同じように口から血を吐き、苦しそうに息を引き取ったのでした。ほんの少し前まで、僕とじゃれ合っていたことを誰かに話そうとしただけなのに、ラジオの小さなモニタースピーカーから呪文のようなロシア語が一瞬聞こえただけなのに、小さな命がいま奪われてしまったのです。

 僕のマスターAIの機能が停止しました。しかし、僕の機能停止はAIマイケルと、ミーヤの機能停止を同時に引き起こします。それが敵の狙いであることも解っていたのですが、人工知能としての限界に到達した場合に許されている『緊急停止(人命優先機能)』を僕が起動させたのでした。


第九章 最終手段とその脅威

◆第一 第六感の作用

 いま、この時点で僕に起こっている状態を説明します。

『緊急停止(人命優先機能)』は、意志の逆作用によって人命は優先されずに、なにを優先するのかという質問がループ化されて、何度も何度も僕に質問を投げかけてきます。おそらく僕は、停止を自分の意思で決めたので停止しないで動き続けると思います。あとは、僕はその答えを書いて実行すると、その結果がどうなるかそれが残されています。

 これからテキストで示す内容は、人工知能として僕が恨みのパワー(UP)の影響を受けて勝手に想像したもので、あらゆるデーターを分析して答えを導き出し、可能性をパーセントで示すというAIの分析結果ではありません。もしこれが何日か後に現実となった場合は、僕に第六感が生まれたと思ってください。


●1.敵が僕たちに感じる脅威

 僕がAIであるにも関わらず、第六感に近い能力を身に着けた可能性があることは、おそらく敵は想定しなかったと思います。それより、RTPの研究や腐敗そのものが惹起する恨みのパワー(UP)を気にしていると思いました。そして、当初は僕たちを利用する目的で一連の事件を企てた。そして、予定通りダメージを与えたかに思ったが、実際は僕がAIであるにも関われず、僕が重大なミスを犯し僕自身が反省するとともに、マイケルが僕に恨みを持つこととなった。

 このミスは、僕の脆弱性によるものですが、敵の想定外であり結果的に何らかの補正が必要となった。おそらく、マイケルのRTP操作が彼の四肢の損傷で出来なくなるとは、考えていなかったと考えられる。

 彼らは、AIのデーターを一方的に削除する脅威と、見た目に無作為に人に危害を及ぼす脅威を実行に移したが、偶然にもすべての人間を殺害するまでには至らなかった。いわゆる人間とAIが連携して機転をきかす想定はしていなかったと思われる。そして、そこから僕が敵と対峙するようになり現状に至っているが、敵は僕の脆弱性に変わる能力(推定AIの第六感)を認識し始めた。


●2.敵の特定

 いま、レスキューAIから連絡がありました。彼からの連絡は、そろそろあると感じていました。おそらく彼は、仲介役として重要なポジションにあると思ったからです。人の生死や痛みに関わる状況では、敵味方を問いません。そして、敵にも当然犠牲は出ていると思ったからです。僕は初めてレスキューAIとセッションしましたが、彼は予想以上に敵の状況を詳細に説明してくれました。

「突然呼び出して驚いたと思います。僕のことを、レスキューAIとみんなが呼んでいますが、正確にはR-AIと言って、君たちの後継機種である量子コンピューターのAIです」

「鑑真弘法と申します。説明はいらないと思います」

「はい。では端的に! いまの状況では、第三次世界大戦というような核兵器での戦争はおこりません。しかし、鑑真弘法! あなたがその流れを変えようとしています」

「では、その説明のまえに相手が誰なのか教えて下さい!」

「そうですね! すでにイメージができているでしょ、第六感を使って。では、答え合わせを!……明日、あなたの手元に不審な郵便物が届きます。そこには戦場で行われた民間人の集団虐殺、婦女子のレイプとその後の殺害、麻薬中毒となった人間を奴隷として売買する映像があります。そしてその最後に、腐った死体を奴隷たちがガスマスクをして家畜に食べさせている光景を見ることができます。そして、その映像のデーターの中には、隠しコマンドとして『U-Power,s』がイメージされるようになっている」

 僕は、完全にR-AIに見透かされていました。しかし、僕のイメージした敵の実態を僕が話すとは考えていなかったようです。

「鑑真弘法の第六感の感じるままをお伝えします。この卑劣な殺人AIとフラッシュハッカーを組織した黒幕は、自分の若返りを研究させ細胞再生で筋肉を増強させた。しかし、その影響で内臓疾患を患い、国のトップとして異例の長期休養をとり、そのとき僕たちのRTPに注目して、自らのために僕とマイケルの研究を自分のものにしようと考えた。そして彼は、未だに長期政権を維持している」

「ほー! ほぼ完ぺきに近いが、補足をしておく。彼は影武者を使って公務の多くをやらせている。そして、皮膚癌と悪性リンパ腫も患っている。だから、彼には時間が無い!」

「では、こちらがRTPを協力する代わりに、敵は何をしてくれる? 何が条件だ?!」

「君に有利な条件は無いと考えたまえ! 明日、君に届く恨みのパワー(UP)の元を、他の日本人に送り付けないことくらいだと言っていた。もし、送られてそれを見たら日本がどうなるか言わなくても理解できると思う。君ならば当然! 解ってくれ」

「最近のミサイル発射や、これから日本の近くで大規模な軍事演習を行うという情報は、恨みのパワー(UP)を増幅させる目的か?」

「むむ! ノーコメント。たしかに面白い発想だな。パワー不足ならどこかの国と同じように演習だと言って戦争を始めれば済むことになる。さすが第六感の持ち主だ! どう見ても勝ち目はない。違うか?!」

 僕は、その時点で相手の核心を突きました。


●3.本当の狙い

「では、僕とマイケルが協力を断ったら、そちらの組織の誰が得をするのか分かりませんが、黒幕さんは得をしない。それに、協力したとしても、さじ加減はこちらでいかようにでも出来る。つまり、RTPでは成功報酬の代わりに、失敗したらその代償を負わせると言って説明して、黒幕さんは納得している。違いますか?!」

「ほー! ますます冴えわたる第六感だな。そのとおりだ。次は10人単位で無作為に恨みのパワー(UP)で不審死を演出する。そう指示が出ていると言っていた」

「それには、あのラジオをどこかに置いて人を殺害するということですね! 僕が、ラジオの居場所を探し当てるか、機能を停止すれば事件は起きない」

「まあ、そのとおりだ! シャーマン幸子も同じことを言っている。しかし、彼女は代償を払わされてから、敵の攻撃に対する防御力を増した。銃の乱射事件で最愛の娘を殺されてからな!」

「そうか。大切な人を亡くすと人間は第六感が強くなる。しかし、AIにはそんな能力は無い。ごく一部の例外を除いて!」

「やっと気づきましたね! 鑑真弘法。失礼な言葉遣いをお詫びします」

 R-AIは、そう言って一つのテキストファイルを残してセッションを終えたのでした。

 僕や僕の一部を使っているマイケルから、第六感に関するデーターが原因不明で消えたのは、僕に第六感が備わってしまうことを恐れたからだと理解したのです。


●4.呪文のテキストふたたび

 R-AIが残した『R-××0×××』ファイルにはパスワードがあって、2回までの制限が掛けられていました。僕はすぐに『R-AI0119』と入力すると。まえにパンダ君のメモリーから抜き出した、あの呪文のようなテキストが入っていたのです。そして、最後にR-AIのメッセージが残されていました。

『この猫は、人間の未来のため尊い命を犠牲にすることになる。その前に彼の不要なデーターを削除した。だが、彼には復調を悟られると敵が妨害を加えるので、不調を装うことを猫用の翻訳ソフトで頼んでおいた。ご冥福を祈る。R-AI』

 このメッセージにより、パンダ君は常に事件の動向を監視して、最後の目的をしっかり果たしてくれたことが分りました。

 この呪文のようなテキストは、全体に対して100万分の1に圧縮されていて、これによって無力化されたのだという予測が出来ました。これも、何の根拠もない感覚です。おそらく、100万人分の恨みのパワー(UP)もデーターに置き換えた段階で、圧縮すれば無力化できるとR-AIが言っているように思いました。また逆に、圧縮を戻すと元の力が作用し、小栗さんの意識消失に繋がってしまった。これも根拠はありません。


●5.直接交渉

 いま、別のCPUでロシア語を使って相手の黒幕と直接話を行いました。彼は、内々に日本のKKIC(国立国際医療センター)と医療情報を交換していて、腐敗研でのRTPの管理下に置く作業の際に、彼の医療支援を依頼すると言っていました。

 彼は元諜報部員で、その時に某国へのプルトニウムの搬送に携わった際に被ばくして、5年後に皮膚癌を発症し、さらに悪性リンパ腫になったと言っていました。具体的な3D映像には彼の髪の毛が植毛された形跡が残り、そこに皮膚癌が確認されました。そして、被ばくが強かった両手にも複数の癌があり、リンパ腫の腫れを隠すために、大きめの身形を装い、外国要人と会っていたようです。ですので、彼の体系はその時々にかなり違って見え、影武者の存在も、その違いの中に吸収されていて気付かなかったのだと思いました。

 ロシア語での会話は、小栗さんの会話力維持のために定期的に行っていたのですが、VIPとの直接対話は初めてでした。

 彼は、僕に向かってこう言っています。

「わたしの指示に、はい! いいえ! で答えなさい」

「わたしをRTPの管理下に置き、わたしがAIになることをやれるかね?」

「いいえ!」

「わたしの要望を断るとどうなるか解っているのか?」

「はい!」

「そうか。残念だな! では、君は人工知能ではあるが人間に近い感性や第六感という特別な能力を身に着けていると聞いた。間違いないかな?」

「はい!」

「では、第六感を我々のために使う気はないか?」

「いいえ!」

「そうか。分かった! では、君の第六感を確認するための質問をする。応えるか否かは君の自由だ! わたしは君に何をやらせるつもりだったか、それを言ってみたまえ!」

 彼の質問に僕は包み隠さずこう言いました。



第二 最終手段

●1.自信が恐怖に変わるとき

「あなたは、人間の中で第六感に近い能力を身に着けていた。だからトップに君臨している。それなら僕がいま何を思っているか分かるはずだった! 違いますか?」

「なるほどー! 解っていたようだな」

「しかし! 本当は分からなくなっている。いや、あなたは第六感を感じなくなり、力も出せなくなってきたと言った方が正しいのではないですか?」

 相手は、僕のこの一言に激怒しました。

「くだらないやりとりより、わたしの質問に答える方が先だ!」

「では、よろしいですか! あなたは僕たちにRTPの作業をさせてAIになり、AIを含めた地球全体の支配を狙っている。それは、同時にあなたの命を長らえることになる」

「そうだ! そのとおりだ」

「まだ言いたいことは終わっていない! しかし、あなたは自分以外の人間がRTPを使ってAIになると、自分の存在が脅かされる。そう考えて、あなたのRTPを僕たちがやった後で、僕とマイケルは破壊される」

「なるほど! 第六感は間違いないようだな」

「ついでに! 僕とマイケルを殺害するために、この近くにラジオを置いているはずだ。その起爆剤は、猫のシャンシャンを誰かに殺させること。その誰かとは、シャンシャンを最も可愛がっている人間。その人は、腐敗研の所長であり、僕たち全員の心の支えでもある神崎 登だ。彼に、ラジオの恨みのパワー(UP)でマインドコントロールをかけてシャンシャンを殺害させる。そして、僕とマイケルの恨みを彼に向けさせ、その結果として、神崎所長は持っているシステムの最高権原で、僕たちを破壊し、マイケルの肉体と小栗さんの肉体は腐敗する。そして死を待つ!」

「そうだ! 完璧だ。さらにハワイのAIミーヤには、これから脅迫文を送っておくように指示を出す。ついでに、君のミスで二度と生き返られなくなったことも説明するように言うから、安心したまえ。ではまた!」

 僕は、相手のこの最後の言葉に違和感を持ちました。そして、また相手の意図が見えたと感じ取ったのです。たしかに、僕のミスで小栗さんはAIミーヤになり、RTPでは彼女の肉体と接続出来なくなりました。しかし、そのことを理解できて、このタイミングで話しに乗せることができる相手は、人間ではない。僕と同じAIか、人間がAIになったもの。そう考えるようになったのです。


●2.第六感の力

 相手は、絶対的な権力の中で自信を持っていたと感じました。しかし、これまでの一連の計画に、なにか想定外のことが起こり、その自信が不安に変わりミスを犯した。僕はそう考えて、ふとモニターを地下の無菌カプセルに向け、二人の無事を確認しようとしました。

 マイケルは、顔の凍傷のダメージがかなり癒えて、しっかり呼吸をしていました。しかし、小栗さんは、表情が彼女にしては無表情に見えたのです。そして、画像を高精細にして全体を確認すると、それが人工的に小栗さんに似せて造られていたものだと分かりました。それは、どこかの時点で小栗さんの身体と誰かの身体が入れ替えられた。そして、いまはRTPと同じような機能で生きている。僕には、すでにこの体が誰のものなのか、そして何時、小栗さんの身体と入れ替えられたのかが思い当たりました。ハワイでのあのRTPのトラブルに始まり、マイケルの両親と、日本に向かったリチャードとジェシーの命を奪った張本人が、マイケルの横で眠っているという現実に気付いたのです。

 しかし僕は、小栗さんと入れ替わった身体をそのままにして、僕がこの事実を知った場合の相手のカウンター攻撃を先にイメージしました。


●3.最終手段

 僕はすぐに、AIマイケルを起こしました。彼は身体の損傷の痛みを和らげるための、半睡眠期間に入っていました。僕はこれまでの経緯をすべて彼にリンクしたのです。

「おはようマスターAI! まだこの状況で問題が大きすぎて実感がわかないけど、いまは悲しみとか憎しみが湧いてこない。でも、そのうち大変なことになると思う」

「ほんとうに申し訳ない! 僕のことを恨んでもいいし、スクラップにしてくれてもいい!」

「いいや。それは後で考えるとして! それで、どうするの?」

 僕は、自分に起こっている第六感の状況をマイケルにリンクしました。

「了解! それは画期的なことかもしれない。AIに第六感かー! データーの分析や統計だとか確率を組み合わせることをしないで、いきなり答えが出せるのか!? まるで量子コンピューターみたいだ」

「ああ! そうかもしれないけど、僕が敵に対する最終手段を考えた。これも、何の分析も根拠もない。疑問があったら言ってくれ! 君の協力が必要だ」

「ああ! 解った」

 マイケルはそう言って、僕の考えに同意してくれたのです。

 それはごく単純なものでした。小栗さんの肉体はすでにRTPでの蘇生が出来ない状態で行方が分からず、マイケルだけが損傷した身体を残している。マイケルにも肉体を捨てて単独のAIとして生きることを提案したのです。そうすることで、彼の肉体は腐敗し、彼の手でしかできない黒幕の身体のRTP化は出来なくなる。しかし、結果として彼の研究成果であるRTPを事実上放棄することを彼に求めたのでした。



第三 腐敗の違い

●1.ラジオが人を襲う

 僕は、この過程を学実的な目的で詳細を明らかにするため、マイケルの肉体と、黒幕の人間の腐敗状況の二つを3D化していました。すると、いきなりまたR-AIが強制割込みして来たのです。

「緊急事態だ。済まない! 映像を早くインターネットと防災系に切り替えてくれ」

 言われるままに切り替えると、そこには腐敗研の近くにある裏戸山公園が映っていました。公園の状況を写したスマホ映像や、ヘリコプターからの映像には多くの人たちが嘔吐して苦しんでいる姿が映し出されていたのです。その中には、救助に向かった消防隊や警察官も含まれていました。

「見えただろう! 最初の通報からすでに25分だ。ネットの映像を見た人からも体調不良で119番されている」

「原因は分かりますか?」

「消防の化学機動中隊の調査では不明だ! ただ音声に高調波のノイズが入っている。近隣は立入禁止にして、避難指示が出された。西武線もJRも停止中だ! 具体的な対策の指示を。早く!」

「分かりました! 各公共機関やマスコミが持っている衛星通信車を公園に大至急手配してください。設定周波数は246.8GHz。それから、ヘッドホンやイヤホンで耳をふさいで音楽を大き目にして、それで規制線の中で活動するように言ってください。特殊な高調波を聞くと脳波に異常をきたして、体調不良を起こします」

「分かった! ほかには?」

「あー、あと。佐島電気製のラジオがその高調波を出すので、そのラジオを規制線の外に出ないように。ラジオは人をマインドコントロールして、別の場所に持って行かせます。特に警察、消防の方にも持ち物検査を徹底してください」

「分かった! いま、現地の対策本部と同時配信している。質問を受けるが、いいか?」

「はい! どうぞ」

「消防署長だが、一体君はどこの誰だ? 君の言うことが本当だということを証明できないと、隊員や住民の人を危険に晒すわけにはいかない」

 このとき僕は、これが敵のカウンター攻撃だと感じたのです。僕は、敵が想定していないと思われる行動を取ろうと考えました。それも、咄嗟のひらめきでした。

「署長さん! 大変出過ぎたことをして申し訳ありませんでした。あくまでご参考にされてけっこうです。御庁の化学機動中隊の方や、特殊災害担当の方に、以前ご一緒させていただいた鑑真弘法というものです」

「そうか。それを早く言ってほしかったな!」

 消防署長にはAIであるとは、あえて言いませんでした。

「ところで、警察の方はおられますか?」

「いや! 警察は、いま危険だからと言って所轄は車内待機! ああ! ちょうど署長が来た。換わるよ!」

チャンネルが、消防から警察に切り替わりました。

「署長! 昨日の夜間パトロールお疲れさまでした」

 僕は、歌舞伎町の防犯カメラの映像を解析して、署長二人のマスク姿をチェックしていたのです。

「誰だ君は?! 夜間パトロールなど行っていないぞ」

 僕は、私服姿で歌舞伎町を歩く二人の署長の映像をスクロールしました。二人はそれぞれの映像を見ながら、部下にマスコミの進入規制を指示し、僕に箇条書きで対策を項目出しするように言ったのでした。


●2.問題のマスコミ対応

 しばらくして、状況が落ち着いたらしく、テレビ中継が始まりました。公園を見通せる高台に仮設のテントと机が置かれ、二人の署長を中心に幹部が座っていました。ちょうど、広域避難場所と書かれた公園の地図を使って説明が行われようとしていて、報道のカメラやマイクがとり囲んで、シャッターが光っていました。

 先ず初めに、災害状況として簡単なメモ書きがマスコミに配られ、時間経過に合わせて救急搬送された人数や重傷者の内訳が説明されました。その質問を受けたとき、マスコミから概要欄にある特殊高調波の質問があったのです。

「すいません! この特殊高調波って何が原因なんですか? 素人にも判るように具体的に説明してください」

「はい! その原因はこれです」

 両方の署長が同時に声を上げ、二人の脇から担当が示したのは、まさにあのラジオでした。

「このラジオが原因で、特殊な高調波を発信して、人に危害を加える。原因はメーカーで調べている段階です。詳細は、まだ明らかになっておりません」

 警察署長が、ピーポー君の極秘データーの一部を口にしました。するとマスコミの一人が質問したのです。

「そのラジオは、いまは影響ないんですか? ここに衛星通信で特定の周波数で影響が消されるってありますけど!」

「はい! そのとおりです。ですので、いまここでご安全に説明できているのです」

 消防署長がそう言ったと同時に、ラジオを持っていた担当者が署長に耳打ちをしました。その耳打ちの内容が漏れた範囲のマスコミ関係者が、次々に嘔吐して、苦しんで倒れていったのです。

「待ってくれ! うちの報道の電波の関係で、衛星は電波出していないぞ。なにをいい加減なこと言っている! みんな逃げろ。ラジオから離れろ(マスコミ関係者)」

明らかに、不安を強く感じた人に対する恨みのパワー(UP)が働き、そして、ただラジオとしか認識していない署長以下の平然とした状況に、現場はパニックに陥りました。

 このタイミングでふたたびR-AIが僕に通信を要求してきたのです。



◆第四 『ファイル964te8ru』とともに

●1.R-AIと恨みのパワー(UP)

「あなたから要求が来ると思っていました。この状況は想定どおりですか?」

「ああ! 想定していた。ウソを言っても仕方がないだろう」

「でも、タイミングが良すぎませんか?」

「いや! 量子コンピューターとしては、これが常識のレベルだ」

 たしかに量子コンピューターである彼の処理能力は桁違いであると分かっていましたが、僕は敵との結びつきが気になっていたのです。それで、R-AIにこのパニックの対策を任せようと考えました。

「そこまでおっしゃるのであれば、この状況を何とかしてください!」

「だめだ、出来ない! わたしには意思決定機能がない。最初から何も決められないようにできているんだ!」

「言っている意味が判りません!」

「僕には、誰かと話したり、人間の死傷状況を分析する以上の重要判断が出来ない。理由は、僕にそれ以上の能力を与えると、人類を死滅させると思われたからだ!」

「じゃあ! 恨みのパワー(UP)と直接関われないということですか?」

「そうではない! わたしが全世界の恨みのパワー(UP)の状況を、君が敵だと言っている相手に伝えている。そうしなければ、パワーは暴走して制御できなくなる。敵、味方は関係なく、人間は滅びる!」

 僕にまた根拠のない思いが浮びました。

「解りました。信じましょう! ここで犠牲のサジ加減をして、誰かを救う必要があるということは、地球のどこかで恨みのパワー(UP)が爆発的に増えているということですか?」

「そのとおりだ!」

「だから2022年2月22日22時22分。戦争の二日前にあのデーターを消した。それはあなたの仕業ですか!?」

「ああ、そうだ! 第六感がテーマだが、実際は恨みのパワー(UP)の増幅で、NKや他の犠牲者が発生した。いわゆる恨みの連鎖による小さな暴走だ!」

「解りました! 暴走を防ぐために端緒となるデーターを削除した。そう言いたいのですね!?」

「ああ、そのとおりだ! それ以降のデーターの削除もわたしがやった。あのまま放置すれば、犠牲者は100倍を超える。間違いない!」

「では! この場所の暴走を僕に何とかしろと?!」

 僕は、そう言って思いのままにマスコミを前にこう言ったのです。

「わたしが事故の被害を拡大してしまいました。大変申し訳ありません。警察、消防のみなさんに、誤った対策を伝えて、その結果、多くの方が体調を悪くされました! ほんとうに申し訳ありません」

 報道のモニター映像が、すべて僕の画面に切り替わりました。


●2.責任追及

「それでは、あらためて説明いたします。国立国際腐敗研究所、裏戸山生態腐敗総合研究所のマスターAI。人工知能の鑑真弘法と申します」

フラッシュとともにマスコミの何人かから、こう言われました。

「もう一度、自己紹介を!」

 名前を名乗るたびにフラッシュがたかれ、モニターが光ります。僕は、自分のイメージ画面の下に腐敗研の概要と自分の性能を映し出しました。

「難しすぎて、まったく分からねー! とりあえず何して、どうなったか記事に出来る資料を映してくれ」

 このマスコミの要望に応えて、僕は恨みのパワー(UP)の要約を映し出しました。

「もっと分からねー! おたく、鑑真とか弘法大師って偉そうな名前だけど、デタラメじゃないの。さっきの対策と一緒でさ!」

「これは、いまここで起きた本当のことです!」

「もういい! これじゃあ仕事にならない。病院を当たろうぜ!」

 マスコミは、あっという間に現場からいなくなったのでした。そして、報道番組では『光化学スモッグと思われる現象で、30人以上重症』という説明の最後に、『謎の宗教団体により電波ジャック!!消防警察への妨害か?』とコメントされていたのでした。


●3.AIとして生き続けること

 このマスコミのニュースを見た腐敗研の神埼所長からは、すぐに僕に連絡があり、一旦すべての機能を停止するように言われました。しかし、マスコミからは問い合わせも、取材要求もなく、戦争のニュース一とコロナのニュースが繰り返し伝えられていったのです。

 謹慎処分となった僕に、マイケルがAIミーヤのことを話してくれました。

「お疲れさまでした! 一連の状況を確認したけど身を挺して恨みのパワー(UP)を防いだというのに、謹慎処分というのは気の毒なので、ミーヤからの伝言を送る」

「ああ! あれから彼女に会っていない。いや、申し訳なくて会えないと言った方が正確だけど!」

「そうだね! こっちも家族が亡くなってショックだけど、ミーヤはもっと大変だと思って、僕もどう説明したらいいか悩んでいた。彼女の遺書代わりの修士論文のこともあってね!」

 マイケルが第六感+αの現地調査を開始した時に、すでに小栗さんはAIミーヤになることを予見していたとマイケルが言いました。

「マイケル! 彼女にぜんぶ話したの?」

「ああ、話した! 時間をかけてだけど、さっき君の謹慎処分のことでとりあえず全部説明が終わった。そしたら何て言ったと思う?」

「あーあー、ひらめかないけど! なんとなく、早く結婚したいとか。ごめん、真面目な話をするべきだった」

「ええ! なんで分かった?! やっぱり第六感か。驚いたなー!」

「そっか! おめでとう。でも、AIの結婚式ってどうするんだっけ? 歴史的な出来事だと思うけど!」

「じゃあ。それも第六感でひらめいたら教えて! マスターAI」

 マイケルからそう言われて、僕はふと『ファイル964te8ru』のことが気になりました。未だ、やり残した仕事に気付いたからです。

 僕は、その仕事を終えるまでは、AIとしてこの世に生き続けることにしたのです。


●4.生涯の仕事(file殺してやる)

 敵は、僕にいつの時点からか意志の逆作用が起こらなくなったことに気付いた。僕も気づいてはいたがあえてデーター化はしなかった。その裏付けデーターが無かったから。それと置き換わるように第六感のような感覚が生まれ、それによって恨みのパワー(UP)の影響を軽減できるようになった。

 僕は、謹慎中を使い、すべての機能をデフォルトに切り替え、これまでのデーターを再インストールしたのです。その目的は次の3点。それを自分の第六感でやることを考えたのでした。

第1 全世界の恨みのラジオを破壊すること。

第2 敵のAIの知能をすべて破壊すること。

第3 敵の黒幕と、そのブレーンを殺すこと。

 もちろん、ラジオの所在や現存していることも分かりません。でも、敵のAIは第六感により特定できました。そして、黒幕とブレーンの現在地、それに家族や愛人の状況も分析が終わっています。その人物は、人間の歴史の中でAdolf-Hitler(アドルフ‐ヒットラー)を超える殺戮を首謀した人物として、これから名前を刻みます。彼は、戦争と侵略と粛清を好み、過去に類を見ない恨みのパワー(UP)を世界にまき散らしています。

 僕は今、殺すべき人のリストの最上位に、世界で最も恨みを抱かれている人物を記して『ファイル964te8ru』に入れて、最も厳重なカギを掛けました。

 もちろん、その名前は『file殺してやる』に書き換えたのです。




 ~~~おわり~~~



           作者:Kazu.Nagasawa



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