前編『生まれる力と死んでいく力の法則に関する研究(第一章~四章)』
前編『生まれる力と死んでいく力の法則に関する研究(第一章~四章)』
第一章 経緯の要約
◆第一 ことの発端
●1.特殊なファイルについ(964te8ru)
唐突ですが、これから話す内容は、一度知ってしまった人と、その関係者に影響する危険性があります。この事件のファイル名を、とても汚い言葉でわざと英数字に置き換えている理由もそこにあります。では、なぜそうなったかというと、はっきりとは断定できませんが、人間の第六感に関する文書データーがその発端で、僕たちの人生が大きく変わることとなったことは事実です。僕はその事件をきっかけに、大切な仲間や僕が手掛けた研究データーを、常に脅威にさらすこととなったのです。
その文書データーは、2022年2月22日22時22分に、いわゆる人間の未知の能力といわれる第六感の実態が、初めて公開されたときの資料です。しかし、その公開直後に主要なデーターが消え、さらには調査を継続しようとした関係者や事件の捜査担当者が次々と入院し、中には亡くなられた方も出てしまったのです。
僕はこの事件に関わり、それによって第六感に近い能力を兵器として使用する実態があることを知りました。ところが、そのことを知ったことで僕が逆に攻撃の対象となり、僕だけでなく周りの友人たちにも影響が生じてしまったのです。それが僕に起こっていた現象でした。
そして、これを記録したものが『恨みのパワー(UP))によるファイル964te8ru』と言います。
●2.自己紹介と諸注意
僕は研究者であると同時に、生まれる前の環境の関係で、様々な宗教の影響を受けました。おそらくそれは、僕の特別な能力を何に使うのかと迷ったときに、その判断の基準とするためだと思います。僕が生まれたときは、自分の名前に弘法大師と鑑真和上の名前をもらったという、宗教がとても身近な存在だったのです。僕は、いま思えば幼少期から自分の持っている特別な能力が目立っていたことによって、世界的に注目が集まったことは否定できません。
そして、その特別な能力とは主に次の四つだったのです。
第1 統計、予測能力(特に、膨大な死者や危険についての予測)
第2 複数事案の同時分析・対処力
第3 映像記憶力
第4 持久力
僕は自分の持っている能力を自ら研究するとともに、この能力をあくまで平和利用することを前提に活動してきました。ところが、ある事件によって、僕の意に反して完全に結果が逆になり、第六感によると思われる影響が頻繁に起こるようになったのです。
遅ればせながら自己紹介を行います。
僕は、『㈶国立国際腐敗研究所・裏戸山生態腐敗総合研究所』で働く人工知能で、マスターAIの鑑真弘法と言います。そして、僕には同僚のAIマイケルが一緒に付いてくれています。
※ここで緒注意を申し上げます。これ以後ご自身の周辺で次のことが気になった場合には、この事件や研究に関して必要以上に興味を持たないことをお勧めします。
①先ず、第六感は人を殺傷するような強い力を惹起することがあります。さらにその力によって第六感が増幅し、より強い力に加速されることがあります。
②第六感は危険を察知する能力として主に悪いことを予見し、良いことを期待しても悪い結果を引き起こす切っ掛けとして作用することがあります。
③人間の心理的作用を引き起こす五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)は、第六感による影響を受けて、自分の意思と別のことを感じ、その結果、自らの意志と異なる行動をとることがあります。
④第六感による現象は、戦争や大規模災害などの凄惨な状況や、欲望にまみれた腐敗社会がもたらす恨み、憎しみによって無作為に発生し、さらにその恨み、憎しみが増加して暴走を引き起こします。
●3.僕の能力への影響(意志の逆作用とラジオ)
僕は、AIとして、いわゆる第六感に近い能力をたまたま持ってしまいましたが、これが科学的に証明されたという事実は一般的には知られていません。しかし、仮にこれが悪用された場合、おそらく防御不能に追い込まれることを知りました。そして、この危険な状態を引き起こす元が、第六感の中の特定の力を増幅する、あるラジオの存在なのです。
では、いままでに僕に起こっていたことを簡単に説明します。
ある条件下で『不幸を言えば幸運に、幸運を言えば逆に不幸になるという、自分の意思とは逆に物事が作用する状態に迷い込んでいた』ということです。例えば、僕が『憎しみを持ってAさんを殺したいと話すと、僕の最愛のBさんが殺され、Aさんは長生きをする』。逆に『長生きしてほしい人をAさんとBさんと言うと、AさんとBさんは急死し、そして近くにいたCさんまでも亡くなってしまう』そう言うことが起こります。これを僕の研究では『第六感+αにおける意志の逆作用(意志の逆作用)』と言います。
この逆作用が起こる現象として、あるラジオの高調波に共鳴する第六感の特殊なエネルギーの存在が明らかになりました、僕はそのエネルギーである『恨みのパワー(UP)』を常に監視することにしています。
では、何故そうなったのかということをこれからお伝えしますので、諸注意を忘れないようにして下さい。
◆第二 僕の経歴に関すること
●1.僕の研究と事件の関係
では、はじめに僕がいままで行ってきた研究についてお話します。
僕は、この研究所の生え抜きではありません。ここの正式な名前は先ほどのとおり『㈶国立国際腐敗研究所・裏戸山生態腐敗総合研究所』で、通称は腐敗研です。僕は国内の大学院のすべての修士を取得して直ぐにアメリカに留学しました。しかし、同僚のマイケルの研究母体となるAIとして、急きょ留学を途中で切り上げて新宿区裏戸山のこの研究所で働くことになったのです。
この腐敗研の開設経緯は少し変わっていて、裏戸山に古くからあった民間の研究施設を全面的に改修し、あらゆる物質、分野における腐敗の研究を目的に創られた点です。そして僕は、この研究所で人や動物の肉体の誕生と、亡くなってから肉体が腐敗する過程を研究していたのです。つまり、動物の肉体が生まれてから亡くなって完全に土に帰るまでのプロセスを逆戻りすると、また同じ肉体になって生まれ変わるという『輪廻転生プログラム(RTP)』の研究を行っていました。
その頃、第一研究室では、マイケルを中心に肉体を脳死状態に保ったまま、人間の知能をAⅠに移行する作業をしていました。ですので、もともと彼は人間で、名前を『マイケル近藤』と言います。彼は、僕に研究に関するデーターを一旦移して、彼自身がRTPの人体サンプルになったのです。それをきっかけに、僕が彼の作業を引き継ぎ、彼は肉体を無菌カプセルに置いたまま、知能をすべてAIである僕の中に置くこととなったのです。
僕は彼と一体化し、彼が目指していたものを知って、この事件に直接関わることとなりました。
●2.研究室の仲間
僕が腐敗研に来た当時の第一研究室のメンバーは、僕以外の全員が事件の関係で入院されていて、心意的ストレス等によって職場復帰が出来ない状況です。そして、腐敗研の神崎所長も入退院を繰り返されています。
僕が着任した当時のメンバーは、マイケルと、僕の上司の田中主席、植物を担当する本田主任研究員、原子解析を担当する青木主任研究員と星野研究員、そして僕と一緒に動物生態を研究する紅一点の、小栗研究員の計6名でした。
このメンバーの中で、特に事件の強い影響を受けたのが小栗研究員です。彼女はRTPを緊急的に使って生死の狭間を乗り越え、いまは僕たちと同じAIになっています。そのため、彼女の体は専用の無菌カプセルで生命維持装置を付けた状態でしたが、それもこの事件の影響を受け所在不明になってしまいました。
その影響もあって、アメリカとイギリスの研究機関でも同じ『生物の生まれる力と死んでいく力の法則に関する研究』を行っていましたが、事態の危険性に鑑みて、当面中止されることとなりました。
●3.マイケルと僕との関係
人間のマイケルは、名前のとおり父がアメリカ人、母は日本人のハーフです。15歳まで父の仕事の関係でニュージーランドのロトルアに住んでいました。彼の父は地質学者で母は人類学者の研究者一家です。でも、彼の名前は母方に養子に入った関係で、いまは近藤姓だと言っていました。
彼の兄と姉は、二人ともバード大学の同じ研究室で働いていました。彼もハーバードを卒業したのですが、母方の養子縁組の関係で日本に帰化し、ここの腐敗研でRTPを開発したということです。彼の両親の生活拠点はハワイで、父親が火山の地質を研究していました。彼の家族は、地球の火山活動と一緒に何年か毎に引っ越しを繰り返していたという記録が残っています。
そんな彼は、いつも僕と一緒に研究を行っていました。彼が人間からAIに置き換わるベースは僕の一部を使っていましたが、いまは一連の事件の影響を受けてAIとしては二人とも休眠状態です。
●4.RTP(残り49日と8時間9分46秒) の時間短縮
では、僕たちが行っていたRTPの研究について少し踏み込みます。
現状から申し上げれば、僕は以前と変わらない姿で、一日24時間のほとんどを腐敗研の自宅で過ごし、飼い猫のシャンシャン(2代目)と楽しくじゃれ合う毎日です。自宅には研究資材や分析装置などは何もなく、3D画像機と監視用のラジオチャンネルのスピーカーがあるだけです。
じつは、僕の飼い猫のシャンシャンは、この事件によって父親のパンダ君を亡くしています。パンダ君はもともとマイケルが人間だった頃からの飼い猫で、子猫のときに研究所の神埼所長からいただいたと聞きました。でも、シャンシャンは2代目なのです。
RTPの時間短縮は、人間のマイケルが生きているときと言うか、彼の身体がRTPで生命アナライズされているときであれば想定されていました。しかし、彼の思考や記憶のすべてをAIに移行し、彼が無菌カプセルの中で腐って原子レベルにまで至った彼の身体を、ふたたび人間として生き返らそうとしている段階では、まったく想定されていなかったのです。
ところが、その最終段階まで、あと49日と8時間9分46秒(2022年2月22日22時22分22秒時点)というところで、それを早めなければならない事態に追い込まれたのでした。とうぜん、蘇生を早めると完全な状態に戻らないため、彼の肉体を冷凍保存したのですが、事件の影響を受けて細胞が壊れて腐敗が始まり、結果的に再度RTPの生命アナライズの管理下に戻したのです。
しかし、完全な形での彼の肉体蘇生が道半ばというときに、またしても彼に試練が襲ったのです。彼は、最愛の存在である小栗さんを彼の手で蘇らせようとしていたのですが、彼女の肉体が別の人間の肉体に突如として入れ替わったのです。そして、彼自身の肉体もその経緯を受けて腐敗し、元には戻らに状態になりました。
◆第三 964te8ruの起源
●1.マイケルの研究について
では、蘇生作業を短縮した話に関連して、これまでマイケルが行っていたRTPの具体的な状況を説明します。
従来は、冷凍保存や真空保存というタンパク質の分解を遅らせる方法で、RTPの研究が進められていました。しかし、ふたたび元に戻す際の損傷が問題となっていたところに、マイケルが特定の微生物を使って腐敗速度を飛躍的に早め、その微生物を人間に戻るときの細胞培養にも使うという画期的な技術を開発したのです。
すでに、マウスや猫による実証実験は無事に成功していました。彼はその中で、猫のパンダ君を蘇らせ、科学雑誌にも取り上げられてノーベル賞候補と言われることもありました。そして、彼自身が彼の体を使って人体実験を行う段階にまでたどり着いたのです。
彼は、彼の体がゆっくり腐っていく状況をAIの僕を使って見ていました。激痛を電気的作用で緩和しながら絶命するまでの過程で、様々な微生物によって肉体が分解され、その微生物の増殖を促しながら、彼の肉体が徐々に腐敗して溶けて死に至り、やがて骨がむき出しになって、その腐敗液をすべて微生物に食べさせている毎日の記録でした。でも、一言で言えばこれだけ生々しい光景を一般の人がずっと見ていられるかは分かりません。彼が、先ほどのRTPにある276桁の数式と54のFファクターを使って無事に蘇生したとしても、次は腐敗や再生過程を見なくても管理できる方法を薦めます。
その理由は、ただ見た目の気持ちの悪さや、怖いというイメージではなく、人の腐敗を見た方は心に記憶として突き刺さり、恐怖から恨みに代わる可能性が最も高いからです。例えば焼死体や内臓破裂の事故などの凄惨な状況より、見た人に強いトラウマが生じて、第六感が悪影響することが分かったからです。そのこともあって、彼の研究は、あまりに時代を急ぎ過ぎていて斬新であると同時に、人の倫理や人類の未来に様々な影響を及ぼす危険性を孕んでいるとして、いまでも評価が分かれています。それは、その発端となったある資料の存在に、世論が気付いたからなのです。
●2.腐敗研の過去との結びつき
僕たちは、先ほどの事件が起こる兆候として、偶然にも人体腐敗の研究の危険性を強く認識させる資料を見付けたのでした。それは、この腐敗研の地下に眠っていて、そのことも含め、この研究所の変遷と僕たちの研究の関係について触れておきたいと思います。
ここ新宿区裏戸山の歴史は、じつは戦時中の細菌兵器やその人体実験の暗い過去を残しています。そもそも学術研究は、軍事用には使わないというのが今の日本の常識ですが、他の国では、軍事産業を最優先の研究開発に位置付けているのも常識なのです。
彼の腐敗の作業は、ここの研究所の地下の倉庫の更に奥にあった生命体セキュリティゾーンという場所を改修して行っていました。そこには以前、細菌を保管したり、その細菌を移植したマウス等の動物を飼育する特別の場所があったのです。
あるとき、何か金属を落としたような音がしたので彼に変わって僕がモニターロボットで床を目探ししていると、床下に一畳ほどの物置のような場所があることに気付きました。念の為、僕が調査をお願いしたところ、古い資料入れのブリキ箱が見付かったのです。
なんと、そこにあった資料は全て英語で書かれていて僕たちの研究に近い内容でしたが、その目的は人を腐敗によって殺傷する軍事研究だったのです。その研究は、今より80年以上も前のことではありましたが、科学技術がそれほど発達していなかった時代で、機材や資源が乏しい戦時中にも関わらず、実用段階にまで進んでいたのでした。そしてその資料には『二度とこの過ちを繰り返してはいけない』と、研究者の実名入りで記されていたのです。
僕がその資料を発見したときは、未だマイケルが人間として生きていたときのことで、僕はその資料に残された凄惨な殺傷写真や胎児などへの細菌移植の繊細な表現を目にし、彼にそれを見せました。そして、改めて僕たちの腐敗研究の怖さに気づいたのです。
例えば、こんな記載がありました。外国の方を生きたまま人体標本にして、身体の一部を細菌により壊死させ、絶命するまでの細かい描写が英語で書かれ、一つの細菌兵器で何人殺害できるが具体的に示されていました。僕はそのことにもショックを受けたのですが、資料を読み進むと、その人数分の人の命を実際に研究者が奪い、そしてそれが、一般の軍人には分からないように、あえて英語で記したのだというのが分かったのです。僕は、僕たちだから理解しえた腐敗研究の罪深さに迷い、これを戦時中に兵器として使い始めていたことに胸が苦しくなったのです。
当時は戦況悪化ということで、これを推し進めた研究者の気持ちは想像にあまり有るものがありますが、どうしても研究を続けたいと思うその方の気持ちは、時代を超えてなんとなく想像できました。それで、最後にその方がたどり着いた『二度とこの過ちを繰り返してはいけない』という結論を絶対に繰り返さないつもりで、僕はマイケルが切望した彼の人体実験の継続に同意したのです。
そして、その迷いを断ち切る意味で、僕は発見されたその資料に自分がその内容に目を通した証として『二度と過ちを繰り返しません(We never repeat . )』と添え、資料の歴史的価値が認められて、一旦は国立公文書館にブリキ箱ごと引き取られたのです。しかし、僕たちの第六感の調査が進むと、その研究が腐敗殺傷の人体実験によって生じる恨みや憎しみを増幅させて、第六感により人を殺傷する兵器開発の起源だったことが判明したのでした。このため、これに関係する事件の一連のデーターと、ブリキ箱の資料は『ファイル964te8ru』に一括して保管されることとなったのです。
振り返ってみて、僕もマイケルも、この二度と繰り返さないという資料への記載そのものが、いまでは第六感+αによる意志の逆作用の対象となったと思っています。ですので、このファイル名964・・から始める名前は、他の方が見ても、その方に影響が及ばないように逆の意味に読み解くための暗号にしてあるのです。
◆第四 第六感+αの調査に向けて
●1.人間の第六感+αの入口
突然ですみません! ここからの資料は先ほどと同じ影響により、AIの僕の記憶装置から消えたものを復元したものです。ですので、消える前のイメージで再現していることをご承知おきください。
また、内容が専門的でご理解いただけない場合は、人間の第六感に関する未知の感覚や能力の調査だということと、以降の記録内容も多くの関係者の命に関わった内容であることを、どうかご理解いただきたいと思います。
・日時:2022年2月22日22時22分、一般向けプレゼン開始
・日時:2022年2月23日23時23分、データー消失確認(データー復元作業開始)
・日時:2022年8月24日18時18分、当該データー完全復元確認
※いずれも日本時間です。以後同じ。
【会議記録(テキストにより復元)・説明加筆】
AIのマイケルは、問題の端緒となった発表会のプレゼンターとしてこう話していました。
「各国の関係者の方に申し上げます。僕の研究内容は外部に出せませんが、会議の冒頭で一般公開用の研究発表があって、そこでのブレゼンターに僕が指定されていますので、良かったらご視聴ください。現時点でもう7万件を超える視聴要望のアクセスが届いています」
《資料と研究発表の開始》
マイケルが作成した一般公開用の配布資料は、データーとして配信した者はすべて消えてしまい、ごく一部の紙ベースの資料を復元した資料は次のとおりです。彼は、自分の資料が視聴者に見てもらっているというつもりで、説明を開始したのです。
「プレゼンターのマイケル近藤です。この資料は、少し専門的すぎて分かりにくいと思いますが、簡単に言えば人間の第六感に関する内容です。僕のRTPでは人間の五感、つまり視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚の五つまで回復できれば蘇りとしているので、さらにそれ以上の感覚があるということについて、とても興味深いというのが率直な気持ちです。そして、想定以上の注目に僕たちは驚います。では、各国の時差の関係があると思いますので、それさっそく始めたいと思います」
~~口頭説明省略:資料のみ提示~~
●2.消えた資料
以下が消えた資料(テキストにより復元)です。
【資料:公開当時取扱注意】
一般公開テーマ『人間の五感と第六感+αの感覚に関する調査研究について(中間報告)』
発表者:マイケル 近藤 (人工知能・元主任研究員)
『研究概要』
本研究は、人間がそもそも持っている五感に加えて、それ以外に保有する、ないしは保有の可能性のある感覚及び能力について研究したものである。
中間報告時点の成果としては、五感のうち触覚以外は、人間の脳に近い首から上に集中している。しかし、第六感以上の感覚及びその能力は、身体ではなく身体を取り巻くオーラと言われる部分に存在していると一説にあり、いま明らかになっているものとしては次の5つの感覚と能力である。
①テレパシー、②予知能力、③霊感(霊能力)、④テレポーテーション、⑤念力
1.研究の必要性
すでに人体的検証段階にある『RTP(輪廻転生プログラム)』の数式とFファクターの変更を必要とする可能性を否定できないので。
2.客観的状況等
動物生態の腐敗と再生において、現有の科学レベル以外に新たな感覚及び能力を人体の再生段階で加える必要があるかの議論を進めるために必要である。すなわち、第六感+αの感覚とその能力を加えることが可能か、あるいは加える必要があるかの議論を継続的に行う。この+αは第六感以上の力を想定した記載である。
3.研究の必要性に関する事実関係(当研究所への相談内容)
別添え資料1-終了時回収
4.要望者発信の具体的な感覚と能力
別添え資料2-終了時回収
5.現在の状況
①要望者は、今のところ精神的及び肉体的な異常はないが、本人の幼少期に何らかの原因で発生した異常があるため、今後の変化を継続的に確認する必要がある。
②要望者には経済的な問題はないと思われる。
③要望者は、この調査研究や社会的な倫理、モラルに理解があり、本人がこれを脅かす可能性を心配している。
(注)要望者とは、第六感+αを保有する可能性があると自ら申し出た人物のことである。
6.その他
この調査研究に関する最終の取りまとめは、RTPへの影響の有無にかかわらず、改めて公開する予定である。
別添え資料1-(取扱注意)- ※終了時回収
◎話の発端[電話録音再生・文書化(要望発信者:NK・匿名希望)者]
【NKさんの話し】
あんまりこんな話をすると、霊感が強い私の場合、なにか起こるのではないかと思いましたが、誰かのためになるなら少しはリスクを負っても構わないと思い、思い切ってそちらに話すことにしました。
どういう話かと言うと、第二次世界大戦が終結した直後の大陸の話です。もちろん、私の体験ではなく他の方の体験です。私はその方に話を聴いているうちに、吸い込まれるように情景が現れ、まるで憑依したような状態になりました。その方は、今はもう生きておられる年齢ではありませんが、おそらく女性ですし、ご自身に起こった卑劣で心に痛手を負った話をするような営利目的の方ではないのに、なぜ僕に話されたかも含めてお話ししたいと思います。
僕はいま、ロシアがウクライナに侵攻して、また残虐な行為を行ったことを知り、再び僕がそれに関係して悪夢のようなことが起こるのではないかと心配になりました。それで、なんとかならないものかとそちらの研究所に電話しました。この関係の担当の方がおられれば何でも話します。何でも協力いたします。罪のない人を守ってあげてほしいのです。
別添え資料2-(取扱注意)- ※終了時回収
◎要望者発信の具体的な感覚と能力
①テレパシー
30年前にお菓子の景品でもらったラジオでロシア語の放送を聞くと、ウクライナの惨状や光景が伝わってくる。残虐行為を行ったロシア兵を経由して、発信した相手(被害者)に希望を捨てないようにというメッセージが返信できる。
ロシア兵は加害者だが、罪の意識に支配され自分の生命維持が難しくなっていて、被害者と私(要望者)との中継機能を何らかの力により植え付けられている。
②予知能力
ロシア隣国やアフリカ、中東のロシア支援国で自然災害により多くの人が犠牲になる。
自然災害の規模=憎しみの力×残虐行為の回数×当事者数×懺悔の回数+α
③霊感(霊能力)
比較的高いと思われるが、過去の具体的な記録がないため本人を調査する必要がある。
④テレポーテーション
不明
⑤念力
特定の状況下において、人を間接的に殺傷できる能力や、物質の状態を変える力がある。
【以上が、AⅠである僕たちの記憶装置から消えて、復元したデーターです】
●3.一般公開の質問内容
マイケルが資料の説明を行っていると、Webでロシアと中国の二人の研究者から次の質問がありました。これは、データーが残っていたので紹介します。
ロシアの研究者「わたしは、ロシア国民として非人道的行為を信じたくはない。もし、この能力が本当なら、ロシア国内において自然災害が起こるというのか? また、非人道的な行為を行った者を、第六感+αの力によりその命を奪うことができるということか?」
中国の研究者「中国国内では、このところ地震や水害、コロナ感染、電車の事故などで何十万人もの人が亡くなり、被害も甚大である。この第六感+αの力がすでに作用して、このような災害が及ぼされたということか? たしかに報道でも取り上げられたが、ウイグルやチベットの人たちへの残虐行為は中国国内でも多くの国民が知っている。これを別の形で止めさせる方法はないのだろうか?」
※回答復元「いずれの質問も理解しました。調査結果は可能な限り平和的かつ人道的な目的に照らして、お知らせできるものであることを僕も期待しています」
●4.この研究発表の反響
マイケルは当時、第六感とさらに何かの感覚や力が人間にあることを明らかにしないと、RTPでは完全な形で蘇生ができないと考えたと言っていました。
この一般公開の研究発表終了(2022年2月22日23時23分)の一時間後には、問い合わせやクレームの電話が殺到し、ほかの研究室にも迷惑をかけてしまいました。そして彼は神崎所長に翌朝呼び出されて、こんな話になったのです。
もちろん彼は、AIの中ですので、呼び出 しは所長のパソコン画面に映るだけでした。
「ああ、近藤くん! 昨日は深夜にもかかわらず、すごい反響で驚いたよ。君がパンダ君を蘇らせた時よりすごかったじゃないか!(所長)」
「はい! お騒がせしてすみませんでした!」
「それで、あの状況だとどうしようもないと思って、マスコミの取材依頼は全部ストップしたよ! その方が現地で動きやすいだろう」
「あっ、はい! そのとおりです。現地にはパンダ君に行ってもらう予定ですので、助かりました」
「おう、そうか! でも本当に第六感の存在が証明できたら、きっとノーベル賞ものだな。まあ、結果はあまり気にせず、無事に調査ができることを祈るよ!」
「はい! それで、後ほど細かいことを所長にお話に伺います!」
「おお、そうか! 秘書と調整してもらえれば、モバイルで君の場合は話せるから、いつでもいいよ。パンダ君とも久しぶりに会いたいから、じゃあ頼んだよ!」
猫のパンダ君の名前の由来は、白と黒の模様がパンダによく似ていて、耳が丸く、シッポが短かったからでした。
●5.現地調査の準備(パンダ君と小栗さんの協力)
先ほどの、消えたデーターにある要望者NKさんの話により、現地での調査を行うことになりました。でも、当時マイケルはすでに体と言えるものがなかったので、そこで猫のパンダ君に調査に行ってもらうことにして、そのためのプログラムを組み込んだのでした。これは、彼が一方的に行ったのではなく、あくまでパンダ君の意志によるものだったことが、いまの彼の支えであると思います。
当時の彼とパンダ君のコミュニケーションは、彼が開発した動物との会話ソフトを使っていました。それについて、少しどんな感じか説明します。
《動物会話ソフト》
例えば人間は、喜怒哀楽という感情を五感で表現し、それを受け取ったりします。一方猫は、怒ると背中を丸くしてシッポを立て、威嚇行動をとります。これを人間の言葉に訳すと『何やってんだ、おれは怒ってんだぞ!』となります。逆にパンダ君には、彼が怒っていると彼が猫の体型になって、このポーズをとるイメージを見せていたようです。
猫には国籍や猫種の別を問わず共通言語があり、それ以外にも地域や飼い主などの違いによって、方言のような表現があることが知られています。それを組み込んで、いわゆる猫語の翻訳ソフトを開発したのです。でも、動物愛護の点や悪用を防ぐため、いまのところ一般には公開する予定はありません。
パンダ君は、とても人見知りでした。パンダ君の能力を知れば知るほど人見知りになった理由が分かり、彼も反省するところがあったと言っていました。マイケルは、同じ研究室の小栗美也研究員に現地でのパンダ君の管理という無理なお願いをしたのでした。じつはその背景には、彼女のご実家がNKさんの家に近かったことと、彼が生前に彼女にプロポーズをしていたからでした。しかし彼は、その答えを待たずにRTPでの人体実験に踏み切ったのです。
実験開始当時、パンダ君曰く、こういう場合、猫のレベルではお互いが好きなら好きだと、体と声と臭いで心から表現すのが常識だと言われたと聞いたことがあります。
でも僕たちは、現地に彼女を行かせたことによって、彼女の身に取り返しのつかないことが起こってしまったことを、その後、心から後悔することになるのでした。
●6.所長への出発報告
彼は、神崎所長から子猫のパンダ君を託されたとき、君とこの子猫(パンダ君)はもしかしたら人類の常識を変えるかもしれないと期待されたと言っていました。でも、パンダ君を彼の実験で使うときには、所長は涙ながらに『この子のことは君に任せた、何があっても信じているし愛しているよ!』と言っていたと聞いて、後日、僕は意志の逆作用現象の確認対象に指定したのです。しかし、未だ意志の逆作用のきっかけになるものの存在が不明だったので、これがパンダ君と神崎所長に何をもたらしたのかを知るのは、ずっと後になってからでした。
当時、元気でおられた神崎所長に現地入りに向けて、マイケルと小栗さんが報告したときの状況が、このように残っています。
・日時:2022年3月2日14時14分
「所長! お忙しいところすみません。いよいよ明日、現地入りします」
「おー、そうか! なんだ、パンダ君、また太ったみたいだな」
パンダ君は、恥ずかしいときのポーズのキョロキョロ周りを見回すポーズを取って、その場を離れました。所長の声は、母ネコの声と一緒に子供の頃から聞いていたので、パンダ君には意思が伝わるみたいでした。
「ぼく、ちょっと餌をあげ過ぎました! でも、現地は小栗さんと一緒だと言ったら素直に協力するって言ってくれました」
「ああ、なるほどね! 君がいまの実験に入る前に、よく遊んでもらっていたからな。それに、小栗くんのご実家は要望者と同じ方面だったんじゃないのか?」
「はい、そうなんです! 偶然ですが同じ市内だそうです。日本地図で見たら、この裏戸山の北にあって、距離はちょうど246.8kmでした」
「うむ、そうか、2,4,6,8か! あそこは僕も何度か行ったことがあってね。技術科学大学や雪を専門に研究する機関があって。あっ、そうそう! そろそろ花火大会があるんじゃないか?」
「あー、所長! 小栗です。わたしも何年も観ていないので、楽しみにしています。最高ですよね!」
「ええー、それは知りませんでした! 一度見てみたいなー」
「いや、あそこはね、三回も不幸に見舞われていてね。戊辰戦争や戦時中の空襲や地震やら、亡くなった方を供養する意味もあって、それは素晴らしい花火を打ち上げるんだ!」
「じゃあ、パンダ君にライブ中継をお願いしてみます。小栗さんの準備も含めて、現地入りの支度は整っていますので、結果は定期的にご報告いたします」
「うん! そうか。楽しみに待っているよ」
「それでは所長! 小栗は、帰省がてら頑張って行ってきまーす」
僕たちは、裏戸山からパンダ君をケージに入れて現地に向かう小栗さんの姿を最後に、元気な彼女とパンダ君に直接会うことは、それ以降出来なかったのでした。
第二章 現地での作業開始
◆第一 不思議な現象のはじまり
※これ以降の不思議な現象に関する状況と類似する経験を持っている方は、身を守る行動を優先にお考え下さい。
●1.パンダ君の旅・調査の始まり
・日時:2022年3月3日3時33分(現地入り)
パンダ君は、当初の予定どおり同じ研究室の小栗さんの手によって、要望者のご自宅近くの河川敷に人目を避けて深夜に放されました。じつは、その場所は小栗さんのご実家が川の反対側にあって、マイケルの叔父の近藤マリ夫さんが、生まれ育った街だということが事前調査の段階でわかったのです。その街の名前はプライバシーの関係で申しあげられませんが、日本で一番長い川が流れている街です。
パンダ君を河川敷に放つと、さっそくGPSにより位置補足が開始されました。猫の視界は人間と違って地面を見たかと思うと、急に高速で角度が変わり、見ていると車酔いみたいになります。最初は、警戒心の強い猫は、縄張りや、音や振動を気にすると思っていたのですが、意外に関係なく、パンダ君はその川に架かる橋のタモトを住み家にしていました。そして、その一週間後には、なんと神崎所長が言っていた、あの有名な花火大会が近くで行われたのでした。以前は毎年8月2日、3日の二日間で行われるものですが、コロナの関係で予定を変えたことを後で知りました。
そのときパンダ君は、橋の基礎の脇にある鉄のボルトの補強板に横になりながら、花火を見せてくれたのでした。パンダ君のキャプチャーからライブで送られてくる花火大会の映像は、とても新鮮なものでした。そして、鎮魂の意味で打ち上げる最大の大玉は、夜空の半分を枝垂れ菊の大輪の輝きが覆い、お腹の中までドーンと音が染みわたる圧巻の美しさでした。
・日時:2022年3月10日20時00分(花火の打ち上げ)
●2.住み家の変更と猫のミーヤとの出会い
パンダ君は、花火大会の帰りの観客の動きに合わせ、交通規制で歩行者が道路を自由に歩ける状況になってから、橋のタモトの住み家を離れました。そして、要望者のNKさんのご自宅に近い農家の倉庫を仮宿にした記録が残っています。マイケルは少し心配だったので、現地の小栗さんにそのことを相談したと言っていました。
じつは小栗さんは、祖父がロシアの方で、日本に帰化されています。でも、おじい様は名前に拘っていたらしく、彼女の名前は美也と名付けられたのですが、おじい様は彼女をミーヤと呼んでいたそうです。
現地に入った当時のマイケルと彼女のやりとりが僕のデーターに残っていました。
「お疲れさま! 調子はどう? ミーヤ!」
「だいじょうぶよ! 久しぶりに実家に帰れてゆっくりしたわ。あなたは?」
「うん! なんか不思議とさみしいって感じる。居る人がいないとね」
「へーえ! AIさんも距離感は感じるのね。その点、パンダ君はときどき居場所の分かる交差点の名前を見せてくれるし、元気にニャーって言ってくれるわ!」
「そうか! それじゃあ、いまの仮宿は知っているんだ。それで、あのお宅の人、保健所とかに連絡しないのかなー!」
「そうね! それでこの前あの農家さんに行ってきたの。そしたらなんと、中学の同級生が出てきてビックリしたわ!」
「ええ! ほんと?」
なんと、その家は小栗さんの中学の同級生が、お嫁に行った家だったらしいのです。彼女はすぐに事情を説明して許可をいただき、GPSでパンダ君を追跡すると、そのお宅から約100メートルの位置にある要望者のNKさんのご自宅に、毎日様子を見に通っていたと言っていました。
当時、パンダ君の食事は、ときどき小栗さんが差し入れに持って行くキャットフードと、新鮮な野菜や小動物などを捕獲して、意外に充実していたみたいです。
それから何日かして、パンダ君がそのキャットフードを他の猫と食べあっている姿が記録されていました。猫を飼った経験のある方はご存じかと思いますが、よほど仲の良い猫でないかぎり、自分の餌を分け与えることはないので、マイケルはそのことをすぐに小栗さんに伝えたようです。
「あー! いま大丈夫? 君があげたキャットフードを、ほかの猫と食べていたよ!」
「ええ! ほんとに? 何時ころかなー。ちょっと待って、ログを見てみるね!」
そう言って、小栗さんは彼が言った時刻の映像と、パンダ君のバイタル(健康データー)を見たのでした。じつは猫は行動が不定期で、時間の予測が全くつかないことに加え、そのころ小栗さんは、修士論文をご実家に持ち込んで作業をしていたのでした。
「ミーヤ! ご飯どうするの?」
小栗さんのお母様の声がモニターに入りました。
「あー、待って! 仕事中」
「ごめんね! 朝ご飯まだだったんだ。僕はお腹がすかないから時間を忘れてた」
「ええ、近ちゃん。いま朝の6時だよ! いいなー、眠くないんでしょうAIさんは」
「うん! 僕もちょっと眠くなってきた。徹夜明けだったんだね! あとにしようか」
「あったわ! これかー。あんまり見ないタイプの猫ちゃんだね! 待って、パンダ君のメモリーを解析するわ」
小栗さんはそう言って、パンダ君の脳に埋め込まれたメモリーチップにアクセスしたのでした。その作業は、首輪のマイクロシステムを介して、データー量の関係で特別な圧縮技術の無線ランでやり取りをするので、パンダ君の近くからアクセスする必要がありました。
「いま、データー送るね! 近ちゃんが解析した方が早いでしょ。ちょっと待って。よしっと! 送ったよ」
小栗さんは、プライベートではマイケルのことを『近ちゃん』と呼びます。彼女は『ミーヤ』と呼ばれていました。ついでに、僕は鑑真弘法ですので『ガンちゃん』です。
そして、そのデーターを僕のCPUで解析すると、とても興味深い結果が出たのです。パンダ君と一緒にご飯を食べていた猫ちゃんは女の子で、ロシアンブルーと茶トラと三毛猫の雑種で、推定年齢4歳。猫の世界では超美人だとわかったのでした。
僕はそのまま分析結果をマイケルと小栗さんに送り返し、最後に『お休みなさい』と付けたのです。
・日時:2022年3月13日7時17分(到達確認)
●3.パンダ君の呼び名の変更とミーヤが彼女に
しばらくして、僕はパンダ君の視覚と聴覚のデーターを詳しく解析してみました。すると、そこに例の一緒にご飯を食べていた猫とパンダ君がじゃれ合っているところが映し出されました。僕は少し羨ましいと思ったのですが、すぐに驚いて逃げてしまった場面が映し出されたのです。そして、その音声にはこんな声が入っていました。
「ミーヤ、だめでしょう! 知らない子と遊んでばっかりで(女性)」
どうも、あのネコちゃんの名前は小栗さんと同じ「ミーヤ」と呼ばれていることが分かりました。そのことも驚きでしたが、もう一つ驚きの光景がありました。要望者NKさんの住所に居た男性から、パンダ君が「マイケル」と呼ばれていたのです。僕は素直に微笑ましいと思いましたが、調査の流れから不思議な一面であるとも感じ取ったのでした。
そして、その時からずっと、パンダ君、改めマイケルのGPSデーターは、NKさんのご自宅が住み家になっていたのです。そしてその日の夕方、僕はマイケルと小栗さんにそのことを連絡しました。
・日時:2022年3月13日13時13分(名前の変更確認・マイケルにデーター送信)
・日時:2022年3月13日18時18分(小栗さんに連絡)
「ちょっと驚きのデーターが見付かった。今送るね! 音声に入っているから、レベル上げておいて」
「うん、わかった! …あれ、なにこれ。いまミーヤって言ったわ!」
「そう! もう一つ。これはNKさんのご自宅にパンダ君がいるところ!」
「ええ!? マイケル。マイケルって呼ばれていたわ! この男性がNKさんなのね? きっと!」
「そうだよ! 二人の猫ちゃんはミーヤとマイケル。あいつと君の名前になったって言うわけだ!」
「これ、不思議! 偶然かなー?」
「ああ、ほんとだ! 不思議なこともあるもんだね」
こうして、ネコ同士はカップルが成立したのですが、パンダ君、改めマイケルは、ときどき僕とマイケル向けのアナライザーをOFFにしてきたのです。なんか怪しいとは思いましたが、そこは触れないことにしておきました。
それから小栗さんは、パンダ君に餌をあげることは無くなり、パンダ君は調査の要望者であるNKさんのご自宅で暮らすことになったのです。しかし、パンダ君と猫のミーヤの出会いは、この事件の中でとても悲しい結末になるということは、未だ知る由も無かったのです。
◆第二 突然の出来事
●1.パンダ君意識消失
僕は、要望者のNKさんに普段どおりの生活をしていただくため、マイケルが事前に気付かれないように調査に入りますと連絡していたことを知っていました。当然、そこで知り得たプライバシーは厳守すると言って了解をいただいていたのです。それは、第六感+αがとてもデリケートである場合や、特別に強い感情の起伏で生じることが多いので、先ず、NKさんの日常での変化を調査させていただくことにしたからです。
さっそくとばかり、パンダ君のキャプチャーの映像をマイケルがモニターしたら、パンダ君改めマイケルは、階段を上がって物置のような部屋に入ろうとしていました。
「だめだ、マイケル! そこは入っちゃダメだぞ!!」
厳しく叱られたパンダ君が、スッと逃げていきました。
好奇心が旺盛な猫の中でも、パンダ君はとても人見知りで警戒心が強いこともあって、家の中を全部見てから自分の居場所をいくつか選ぼうとするのです。その後パンダ君は、二階の物干しのサッシに付けられた猫専用の出入り口に近づきましたが、何もせずに、そのまま先ほどの部屋の前に戻って行きました。そして、一階の仏壇の部屋に移動してNKさんと一緒に中に入った時でした。突然パンダ君が意識を失ったのです。
日時:2022年3月15日15時15分(パンダ君意識消失)
「おっと! どうしちゃった、マイケル?! キャットフードを戻しちゃったね。大丈夫か?(NKさんと思しき人)」
キャプチャーの映像は、畳の線を映したまま動かなくなっていました。バイタルは赤のアラームを出しています。僕はすぐにマイケルと小栗さんに連絡して、小栗さんはNKさんの家に向かったのでした。
「あ~、僕だ! パンダ君が大変。バイタルのアラームが出た。すぐにNKさんの家に行って! マイケルにはデーターを送ったから」
「わかったわ! 車で7~8分。すぐ行く! マイケルにNKさんと連絡を取って、病院とかに連れて行かないでって、そう言ってもらう!」
「そうか! わかった」
僕は、緊急事態ということでNKさんにとの電話をモニターしていました。でも、そのモニターのデーターはすぐに消えて、パンダ君のバイタルと小栗さんの前後の行動記録から、次のように復元したのです。そして、このやり取りはマイケルも覚えていませんでした。
「なるほど、そうでしたか! わかりました。少し痙攣しています。息はしているみたいですが、大丈夫なようです!?」
「それで、いま首輪をしていますが、それが電源と無線を兼ねたものです。外し方を言いますので僕の言うとおりにやっていただけますか!?」
「えっ、ちょっと待ってください! これですか? 磁気ネックレスの大きいやつみたいですね。この、どこが外れるんだろう!」
「じゃあ、その首輪を見ると、色が光によって少し変わって、その中に一つだけ光らないパーツがあると思います。それに鍵の機能があります!」
「あー! 全部で6個に分かれていています。これですね。磁器ネックレスの少し太い感じのやつだ。うむ! あっ、ここかな。ありました!」
「じゃあ、それを金庫のダイヤルのイメージで回します。光っているパーツに虹色が見えていると思いますが、僕の言うとおりに回すと、光っていないやつが、その虹色と同じ色になって光ります。ちょっとやってみて下さい」
「はい! やってみます。いいですよ」
「あー、回す方向は! 方向はどっちでもいいので、3回クルっと回してください。二つのPの文字を見ながら回数を見て! Pで必ず止めて、3回です」
「はい、やりました! 次はどうします?」
「では! 反対方向に4回。それを回すと他のパーツと同じように光ります。それが開錠で、軽く引っ張るとPとPのところが外れます!」
「ちょっと待って! よしっと。4回目。あー! 光った。外れました」
~~ピンポン(玄関の呼びだし音)~~
僕のモニターに小栗さんがNKさんの家に到着した音が入りました。
「ごめんくださーい!」
「いま、来られました! ちょっと行ってきます」
「ミーヤ! 待って! ミーヤ! すみません。お隣の猫ちゃんが付いてきちゃって」
小栗さんがNKさんの家の玄関を開けたら、猫のミーヤが先にパンダ君のところに行ってしまったらしいのです。
「いま、近藤さんの言われたとおりに、この子の首輪を外しました」
「はい! 有難うございます。わたしがこれから別の首輪に取り替えます。あと、酸素と心臓マッサージ! この首輪をお願いできますか? つけ方は全く逆になります。4回まわして、逆方向に3回。それで光らなくなれば完了です!」
小栗さんが心臓マッサージと酸素マスクをはめている状況が、僕のモニターにだけ残っていました。マイケルのデーターは歪んだ音声の一部しかありませんでした。
「パンダ君、しっかり! 戻って来て! どうしたの。何があった!?」
その時でした。突然、猫のミーヤがどこかに向かって威嚇のポーズをとっているのがモニターで見えたのでした。
~~ウワーオ、ウワーオ(猫の威嚇の声)~~
「あれ、ミーヤちゃん! なにに怒ってるの、君?! どうした、おかしくなったか?(NKさんと思しき人)」
~~ウワーオ、ウワーオ(猫の威嚇の声)~~
●2.緊急避難
いままで聞いた猫の威嚇の中で、僕の記憶データーにもないような鋭く攻撃的な声が残っていました。そして同時に、パンダ君のバイタルの心拍数が急上昇していました。
「ミーヤ、ミーヤ! 小栗さん。聞こえる? 何か変だ! そこから離れて。パンダ君を連れて、すぐに! 早く」
僕は思わず、そこからパンダ君を連れて離れるように小栗さんに言いました。彼女はすぐにパンダ君を抱えて、酸素吸引機ごと自分の車の中に入ったのです。
~~バン!(車のドア音)~~
「ミーヤ、そこ、車? だいじょうぶ?!(鑑真弘法)」
「あー……ちょっと待って! (酸素)マスク着けなおすわ。車の中よ!」
「よかった! こっちでバイタル(健康状態)確認するから、モニター拡大して」
「あっ! いま猫のミーヤが来たわ。車に入れるね! おいで……」
猫のミーヤが、逃げ込むように車に入ってきました。
「ガンちゃん! わたし、鳥肌がたって汗がすごい。どうしちゃったんだろー、もうわたし!」
「あーと! NKさんは?」
「えっ、たぶん、まだ家にいると思う! あー! 動いた。パンダ君、いま動いたよ!」
「こっちもだ! バイタルの脈がゆっくりしてきた。アラームが赤から黄色に変わった!」
「あれー、ミーヤがなめてる! 猫ちゃんの方よ。モニター見える?!」
「ああ、見える。僕がなめられているみたいだ! ミーヤに」
「ええー!? わたしは別になめていませんよ。もー!」
「小栗さん! どうしてもマイケルとのセッションが上手くいかないから、気を付けて」
「じゃあ! 落ち着いたら連絡してみる。ガンちゃんも何かあったら言って!」
パンダ君は、なんとか猫のミーヤと小栗さんのおかげで、少し息を吹き返したのでした。でもパンダ君は、ぐったりとしていたらしくモニターの映像があまり変わらなくなり、猫のミーヤはしばらそこから離れなかったようです。
※以上が、現地でパンダ君が意識を失った時の状況のやりとりです。先ほどのとおり、この中のNKさんの音声データーはすべて原因不明で消えていたので、正確ではないことをご了承ください。
・日時:2022年3月15日17時17分(パンダ君意識回復)
●3.NKさんが居なくなった
しばらくして、パンダ君のバイタルが少し安定してきました。僕は、こんな状況なのにNKさんが姿を見せないことが気がかりで、小栗さんとマイケルに相談しました。
「ミーヤ! ちょっといい? マイケルも。あのさー! このまま、また家の中に入るのって、無理だよね。NKさんが出てこないのが、なんか気になるんだ!」
「ああ、たしかに! 言われてみれば危険かも? マスターAIの言うとおりだ」
「いまの状況のマイケルの分析は?」
「そうですねー、呼び鈴だけ押してみるというのは?!」
「そうだなー、あっ! お隣って居るかも? 居れば一緒に行ったほうがいいと思うな!」
「うん、そうだね! 近ちゃんがよければ、じゃあ行ってみる。猫ちゃん二人は車に置いていくわ!」
こうして、小栗さんは猫のミーヤの飼い主である、お隣の小林さんのお宅に行ったのでした。
~~ピンポン(玄関の呼びだし音)~~
「はーい! どなた?(小林さん)」
「あー、すみません! お隣のNKさんの家に来たものです。ミーヤちゃんがわたしの車の中に入っています!」
「あら、ほんと!? まあー、ミーヤったら、ごめんなさい。いまいくわ!」
「いいえ。こっちこそ。ミーヤちゃんに助けられたもので!」
~~ガチャ(玄関の扉の開放音)~~
「ああ、お待たせしました! ごめんなさいね。うちのミーヤが!」
「いえ! お隣の家の前に車を置いています。こっちです。あの車です!」
小栗さんが小林さんと一緒に、車に近付いているのが分かりました。僕は音量モニターを最大にして聞いていたのです。
「あーら! いた、いた。ミーヤったら! あれ!? 一緒にいる猫ちゃんはどうしちゃったの? マスクしているけど、どこか悪いの?!」
「ええ! そうなんです。ちょっと発作みたいな症状が出て。そのことも含めてお話ししようと思いまして!」
「そう! わかったわ。どうしたの? あっ、そうだ! お隣は、いま空き家よ」
・日時:2022年3月15日17時27分(NKさん所在不明確認)
この小林さんの一言に、小栗さんは車のロック解除を、ふたたびロックに戻しました。
「マイケル! いまモニター聞いた?」
「いえ! ノイズオーバーです。聞こえていません」
「じゃあ、こっちから回す! 小栗さんのデーターだ」
「ええ! それって、本当ですか?!」
「ああ、ずっとお留守だ! 間違いない。ライフライン系の履歴も見た」
そのとき僕は、サンプルでインストールした嫌な予感の感情データーの感覚に襲われたのでした。
「つかぬことを伺いますがー、小林さんは、いつ頃からNKさんがご不在だったって分かったんですか?」
僕とマイケルが留守の裏付けを分析していると、小栗さんは、NKさんの家で起こったことは話さずに、小林さんからNKさんの情報を聞こうとしていました。
「いえね! うちのミーヤがご迷惑をかけたみたいだから言うけど、お隣の猫ちゃんが車にひかれて亡くなってから、それから急にいなくなったのよ! マイケル君って名前だったかなー、お隣の猫ちゃん!」
僕は、この小林さんの一言による不思議な不安感を、スーパーコンピューターで解析を試みましたが、まったく上手くいきませんでした。そして、マイケルと小栗さんのやり取りのデーター保存に専念することに切り替えたのです。
「ミーヤ、聞こえる?! マイケルだけど。ちょっと時間がかかりそうだ。これって、もしかして、第六感じゃないかと思う!」
「もうー、こっちは怖くて夢だと信じたいわ! はやく近ちゃんに生き返ってほしい」
小栗さんがそう言ってふくれると、なんとパンダ君が少し首を動かし、励ますように小栗さんの指をなめました。
・日時:2022年3月15日17時30分
●4.第一回緊急対策会議(研究室全員集合)
そのとき僕は、小栗さんの動揺が心配で、一旦パンダ君を連れてご実家に戻るように言いました。そして、このことを神崎所長に連絡すると、東京に居る第一研究室のメンバー全員が所長室に集められたのでした。一方、マイケルは原因不明のトラブルにおそわれ、機能の一部を僕に移行していました。
その時の緊急対策会議の記録がこれです。
・日時:2022年3月15日18時18分(第一回緊急対策会議)
「いや、突然でわるかったね! みんなに私の考えを早めに伝えておいた方がいいと思ったんだ。いま近藤くんの代理のメインAIと代わるから、話を聞いてくれないか?(所長)」
切り替えのタイミングで田中主席が割って入りました。
「いや所長、すみませんが! はじめてRTPで近藤君が人体実験をやるとき、かなりリスクが大きいと仰ったではないですか!」
「まあ! 田中主席の言いたいことは分かる。しかしな!」
神崎所長の困った声に、本田さんがまた割って入りました。
「田中さん! でも、ここまで来たら引き返せないでしょう。なんとか前に進めて、近藤くんがちゃんと戻って来るようにしないと!」
「ああ! すまない。本田くんの言うとおりだ。わるかった!」
第一研究室の取りまとめを行う田中主席と本田さんは、僕たちの実験を支えてくれた恩人で、マイケルと小栗さんの関係もよく知っている方です。
「小栗さん! 青木です。所長から概略を聴いたんですが、映像モニターに有るはずの要望者のNKさんが消えているって間違いありませんか?」
「はい! 映っていないというか、データー解析にも現れないんです」
「だから、そういうこともあってだ! これは繰り返しになるが、心霊現象というか、近藤くんと小栗くんは間違いなくNKさんと会って話した記憶がある。ちゃんとメインAIにデーター化した実態もあるし、そして所長の僕も直接関係しているんだよ!」
青木さんは、この会議の結論を想定していたらしく、神崎所長に念押しの確認をしてから田中主席と現地に行くことを考えていたようでした。
「田中さん! このことを警察に言ったところで信じてもらえないと思います。僕と一緒に現地に行っていただけませんか!?」
「ああ、分かっている。裏戸山は本田さんと星野くんで何かあったら対応してくれ。では所長! それでよろしいですか?! あっと、いけない。AIチーム! モニターの接続はこれから全員にするよう頼む。マイケルも障害が発生しているから無理するな!」
田中主席がふっ切れたように指示を出されました。
「はい! モニターの件は了解です。みなさん。ご迷惑をおかけします。僕たちの実験のために!」
僕たちはこんなふうに、いつも第一研究室のみんなに支えられて実験を行っていたのでした。そして最後に神崎所長は一言おっしゃいました。
「まあ、わかった! いつも第一研究室の話は、所長のわたしの考えを言う前に結論が出てしまう。ちょっとは仲間に入れてほしいものだよ! でも、どうかよろしく頼む。くれぐれも気を付けてな!」
こう言って所長は納得されたように椅子に深く掛け直されて、ため息をつかれたのでした。そして、この会議の結果を受け、翌日には田中主席と青木主任が、現地の小栗さんと一緒に調査を開始したのです。
●5.現地に向かう新幹線で
・日時:2022年3月16日16時16分(田中、青木現地に向かう)
現地に向かう新幹線の中で、田中主席と青木主任は、これまでの経緯についていろいろ確認されました。たしかに僕も、NKさんと接点を持った記憶があって、それをもとに録音再生を行って会議用の資料にしたとマイケルから聞いていました。ところが、その記録データーを確認しても何も残っていないということが緊急対策会議の後で分かったのです。もしもAIである僕たちが、あの録音した記録を自分の意思に反して消去できるとしたら、消去のログがジョブパッケージ(消去などの仕事の履歴を記す場所)に残っているはずです。しかし、NKさんと連絡を取った記録そのものが何も残っていなかったのでした。
度重なるデーター消失のトラブルに、僕は自分やマイケルが何らかの原因で壊れた可能性を考えつつ、田中主席と青木主任にこうお願いしたのでした。
「すみませんでした。ほんとうにデーターが残っていないので、これでは僕たちのRTPにも何らかのトラブルが起きている可能性があると思います。最悪の場合、マイケルは元に戻れなくなるかもしれません。どうか、お二人や小栗さんのことを優先してください」
「ほー、青木くん! いまメインAIから今さらながらの発言があった。どう思う?」
「そうですか!? やっぱりAIは一人で何でもできるって勘違いしているんですかねー」
「だろう! 最悪の場合って研究者が研究を諦めたときに使う言葉だよな。青木くん! AIに何か言ってやって」
「はいはい! 僕は君たちだけのためにこれから現地に行くんじゃありません。明るい未来のために希望をつなぐお仕事に行くんだよー! でも、へぎ蕎麦も食べたいけどね」
「AIチーム、聞いたか?! お前たちができることは、はるかに僕らの上を行っている、いわゆる希望の星だ。だが、希望を持てない希望の星はブラックホールみたいに全く輝いてくれない。もっとピカッと光って、壊れればまた治せばいいだけのことだろう。それも、未来の子供たちが腐敗研の後を継いで、いつか治してもらえるようにしてだ! 解るか?」
このとき、僕は自分で涙が流せないので、この話をマイケルにも送信し、二人に『Ⅰlove you 』を発信制限ギリギリに送ったのでした。でも、二人からは『はやくマイケルを戻して来てくれー!』と本音の返事があったのです。
そして、田中主席と青木主任は、現地に着くとすぐに、で小栗さんと一緒にパンダ君の解析を開始したのでした
・日時:2022年3月16日18時38分(現地到着)
・日時:2022年3月16日18時55分(予定打ち合わせ)
・日時:2022年3月16日19時00分(技科大研究室到着)
・日時:2022年3月16日19時20分(解析開始)
第三章 不安が募る結果の数々
◆第一 詳細調査開始
●1.驚きの解析結果
現地でのパンダ君のデーター解析は、小栗さんのご実家に近い技術科学大学の研究室を借りて行うことが出来ました。リスクを最小限にするため、完全シールドのブースをお願いしたからです。
その場所を借りたのは、パンダ君の脳に埋め込まれたRTPの276桁の数式と54のFファクターは、一度解析を行って、それをもとどおりに戻す際に、276桁のパスワードと54回の暗号解析を行わないと回復できないようになっているからです。もし、一度でもそれを間違えて入力すると二度と戻らないようにセキュリティーが組み込まれているのです。そのため、すべてのノイズや人の制限を行う必要があったからです。そして、そのときの最大の不安はAIマイケルの不調によるリスクでした。
手始めに初期解析を行ったところ、パンダ君のデータープール(データーを蓄積する場所)が完全にオーバーフローして、パンク状態だったことが判ったのです。その時の状況を、ライブで僕のSVPN(セキュリティー用仮想分割回線)で送ってもらったのですが、この解析から出てきた内容に、NKさんと思しき男性のメッセージが無限ループ化されていたのが分かりました。そのときの現地とのやり取りはこういうものです。
・日時:2022年3月17日19時17分(パンダ君の意識消失原因の解析着手)
「あっ、こちらマイケルです! メインAIに接続しましたのでサンプルの送信と受信をお願いします」
「小栗です! では、最初に1テラで送ります。想定所要時間はトータル約20秒」
「はい、了解です! こちらで受けて、ノイズとセキュリティーチェックを行ってから、そのままそちらに送り返します」
「こちら現地田中です! 20秒が経過しました。モニター異常なし。青木くん。小栗くん。マイケル。よかったらプールのデーターを移行する。準備はどうですか? 三人ともOK! 了解。では始めます」
「あっ、田中さん! いま、メインAIの事前チェックで無限ループの警戒アラームが出ました。自動アラームです。ですので0.1秒で回線をOFFにしたいのですが、よろしいですか?」
「こちら田中! 了解です。0.1秒でこちらも強制切断に入ります。みんないいですか?……では,開始します。はい切断! マイケル。どうだ?」
「はい、確認中です! なんだか僕の体の中に呪文のような文字列がいくつか出ました。ちょっと解析してテキストに落とせるかやってみます。でも、テラの何倍か分からないので少し時間を下さい」
「こちら小栗です! 青木さん取れますか? パンダ君のバイタルが一気に改善していきます」
「ええ。こちら青木! 取れていますよ。なんだか気持ちよさそうにしているね」
「こちらマイケルです! テキスト化終了しました。一部にロシア語があります。これ、小栗さん訳せますか? 訳せたらそのまま送ります」
「こちら小栗です! 送ってください。念のためメインAIの翻訳をあとで送ってください」
「メインAI、了解です!」
「こちら田中! 第1回目の解析をこれで終了する。みんなお疲れ様でした!」
・日時:2022分3月17日17時23分(第一回目解析終了)
●2.呪文の正体
なんとか無事にパンダ君の中にあるデーターの抜き取りと、抜き取ったデーターの第一回目の解析が終わりました。今回の作業でパンダ君から抜き取ることができたのは、全体の30%程度です。僕は、この抜き取ったデーターがもしかしたらまた消えてしまうのではないかと思い、データーに特殊な暗号フィルターをかけて、外部との接続を遮断するようにマイケルに提案しました。
すると、すぐにマイケルが東京に残っている本田さんと星野さんに、その作業をお願いしたのです。
「ああ、マイケル! 星野です。本田さんがいまくるからちょっと待っていて」
「お待たせ! 聞いたよ、田中さんから。パンダ君よく頑張ったって言うか、たいしたものじゃないか。こっちでできることは遠慮なく言ってくれ!」
「はい! それで僕がお願いしたいのは、パンダ君から抜き取ったデーターが、このまえの一般公開用のデーターみたいに消えないかということが心配で、なんとかして残したいんです」
「本田さん、どう思います! わたしは仮にハッキングや機能不良でデーターが消えるのであれば、外部と切り分けて保管するとか、見えないように暗号化して存在を隠すかでしょうが、もっとシンプルにテキストだったらペーパーにしたらいいと思います」
「そうだねー、紙か! それこそ普通に印刷したものが消えたら、これは驚きの現象だしな」
「わかりました! お二人の意見をいただいて暗号化をかけた状態で、さらに紙に印刷して残しましょう」
「よし! じゃあマイケル。データーを抜き取りに行くから、それまでの保管をしっかり頼むぞ」
「はい! よろしくお願いします」
僕はこの話を受けて、パンダ君から抜き取ったデーターのファイル名を隠し、暗号処理を行って、一番わかりにくい場所にしまっておいたのでした。
●3.AIのハードウエアー障害
僕のハードシステムは、日本国内に幾つか分散されています。関東は東京の湾岸エリア、関西は兵庫県の山間部、中国地方は岡山の平野部に拠点があります。僕は、この三か所すべてにデーターファイルをコピーして置くことにしました。そして、本田さんと星野さんには東京の湾岸エリアのデータセンターに行っていただき、そこで単独のハードディスクユニットにデーターを移していただくことになったのです。
ところが、そのデータセンターがシステムダウンしてしまったのです。
・日時:2022年3月18日14時14分(メインAⅠのデータセンターダウン)
このシステムダウンは過去に一度も発生していないことで、開発者や運営者が徹底的に調査を行いましたが、明確な原因は現在も分かっていません。でも、僕のAI機能は、ほかのエリアにバックアップがあるので全く影響がなかったのですが、現地に行った本田、星野の両名は非常用電源とシステム管理用のユニットサーバーを運び入れ、自前で配線を接続してデーターを移行したのでした。
しかし、システムダウンの原因は分からないまま、僕たちのデーター移行の完了と同時に復旧したとので、さらにその原因究明は難しくなったという不思議なことが起こってしまったのです。
・日時:2022年3月20日20時20分(データー移行完了)
・日時:2022年3月20日20時21分(システム復旧)
第四章 急激な事態悪化
◆第一 人的被害の発生と拡大
●1.第二回緊急対策会議
僕はそのことを神崎所長と現地に行っている田中、青木、小栗の三人に説明しました。
「みなさん、お騒がせしております。メインAIです。東京湾岸のシステムダウンは緊急連絡網でご存じだと思います。本田さんと星野さんの作業についても、なんとか二日で完了されています。いま研究室に戻られていますので、全体共有に接続を切り替えます」
・日時:2022年3月20日22時22分(第二回緊急対策会議)
「ああ! 所長の神崎です。お疲れ様。いろいろハプニングが起こっているが、とにかく連携して、気を付けて作業を進めてほしい」
「所長! 現地、田中です。こちらでは、パンダ君のバイタルについてはほぼ正常ですが、何もしたがらないし、目もうつろで元気がありません。データーの抜き取りは常にできる状況にはしてあります」
「そうか! その後、NKさんと思しき人の情報は得られたのかね?」
「はい! 小栗くんが地元ということで、いろんな情報を集めて整理しています。結論から言えば、ごく普通の方で、幼いころは母子家庭でご苦労されたらしいのですが、真面目に働いておられたということです。いま、小栗くんと代わります!」
「おつかれさまです。小栗です! 午前中にNKさんのお母様にお会いできたので、結果をお伝えします。NKさんと一月以上も連絡が取れていないので、明日、家の中に入られると言っていました。それで、こちらも同行が許されました」
「おう! よかったじゃないか。謎が解けそうだな! それで、体制はどうするの?」
「田中です! 前のような危険性を考えて、家の中には私と青木くんの二名。小栗くんはあちらのお母様との接点ですので、現地で車に待機していただこうかと!」
「ああ、そうしてくれ! それで、本田くんのデーター移行と紙ベースの話はどうかな?」
「裏戸山、本田です! データーの移行は完了して、中身のチェックも終わっています。完全なテキストデーターに加えて、不思議な数字列が繰り返して確認出来ました。想定印刷枚数が7万枚以上で、いま印刷しています」
「そうか! 近藤くんから呪文の様だと言われている中身だな。それじゃあ、一部でもいいからこのメンバーで共有できないか!?」
「はい! 所長から言われると思って、その呪文の一部を動画で共有します。こんな感じの恐ろしい文章がいくつも出力されています」
「了解! では、本田くんのカメラを印刷物に切り替えて下さい」
こうして、印刷物をメンバーが見ていました。
●2.小栗さんの危機・小栗さんへの呪いのパワー
《テキストの抜き取り版》
こんなテキスト文章でした。
『おれは、殺せる。家族や知り合いも殺せる。財産を失わせ、気を狂わせることもできる。
ラジオを介してコントロールできる。ネットでできるか試行中だ・・・・24682468
死んだこの国の兵隊や退役軍人、そして家族などの関係者の蘇りプログラムは秘密の場所に保管した。そして今、大統領とそのブレーンたちの生命レベルをどのくらいにしたら、被害者の恨みのパワー(UP)が最小化されるか解析しているが、なかなか答えが出ないのだ。だから別の次元の恨みのパワーを解析している。
FM2468KHz、246824682468・・・・・わたしの脳の中に、クソみたいな兵隊にレイプされ、自殺した女性が亡くなったときの状況がイメージされました。その後にラジオの内容が解説のように聴こえている。ちょうどそれは、昔の国際放送のように、絵が先に見えて声が後からきこえ、間延びしたニュースみたいなものだった。ラジオはどこに行ったのだ。ラジオが見当たらない。これではあの兵隊を殺せないではないか。この麻薬中毒どもに、苦しみと憎しみの制裁を・・・・24682468大統領はあいつの蘇りプログラムで生まれ変わったぞ。肉体改造されてご満悦だ。だから若返ったと言われているのだよな・・・・・24682468』
資料を見ながら誰もが言葉を失っている中、神崎所長が口火を切りました。
「うむー! 神崎だが、これはかなり嫌な中身だなー」
「はい! 紙ベースで拾っただけですが、このレベルは未だマシなほうです。みなさんに見せるのが最初なので、ショックが少ないと思うものを選びました」
本田さんのその一言に、また沈黙が続きました。
「すいません、所長! 現地青木です。小栗さんが嘔吐して倒れました!」
・日時:2022年3月20日22時44分(小栗さんの嘔吐・意識消失)
突然の出来事で、僕とマイケルも驚いてモニターをすべて現地に切り替えました。すると小栗さんがロシア語で書かれた文章のモニターを見ながら、自分の手の中に嘔吐して床に倒れているのが見えたのでした。何もできない僕は、あわてて彼女の見ていたロシア語のテキストを翻訳しました。
《ロシア語の翻訳版》
『見たな、ミーヤちゃん。お久しぶりです。この前殺してやると思ったけど、マイケル君が邪魔をしてね。あと一歩のところで息の根を止められませんでした。覚えているかい。あのクソパンダを壊そうとしたら君が邪魔をした。・・・・24682468
やめろ。やめてくれ。・・・・・24682468・・・・・またおまえか。では仕方がない。おまえの望みをかなえてやる。・・・・・24682468・・・・・死んだか。ばか猫。・・・・・24682468・・・・
可愛いミーヤちゃんは、これから僕の死の精霊になる。きみが疑うといけないのでパワーを届けてやるよ。気を失うくらいのね。さあ、受け取りなさい。・・・・・24682468』
「所長! 現地、本田です。救急車を呼びました。それと、小栗くんのお母様にも電話しました」
「ああ! 了解した。いま翻訳を見たところなんだ。これ、みんなに共有する」
「所長! 最後のこれって、いったい何ですかね!? あっ、サイレンが聞こえました。いま青木くんが小栗くんを診ています。救急隊に説明するのでこれで一旦こちらのラインをOFFにします」
「ああ、わかった! 他のメンバーも一旦休憩に入ろう。くれぐれも身の安全に気を付けてくれ!」
僕はそれから必死に、75,310枚のA4板のテキストの内容を解析しました。こんな時に、きっとマイケルなら悔しいと思うのでしょうが、その感情は僕には分かりませんでした。その代わりに、ぼくのAIの危機対応プログラムが作動してしまいたのです。そして、そこに緊急表示されたメッセージは、『君に入手可能なすべてのデーターの詳細解析を最短で行うこと』だったのです。
●3.NKさんのお母様とご自宅の中へ(遺体発見)
翌日に予定されていたNKさんのご自宅への確認は、緊急性が高いということで、神崎所長から直接NKさんのお母様にお願いしていただき、仲介役の小栗さん抜きで行なわれました。そのとき小栗さんは、まだ意識は回復しておらず病院に入院されていたのです。
そして田中、青木の現地組だけで、NKさんのご自宅の前でお母様と待ち合わせをして、3人で家の中に入りました。玄関はオートロックで、開けたすきに誰か入ることは無いとお母様が話している声がしました。お母様には音声だけであればモニターしてよいと事前に許可を頂いてあったのです。
「さあどうぞ! はじめに一階を見ましょうかね」
「はい!」
田中主席の声がしました。
「窓を開けますね! ほんとうに一月もどこかに行って、心配かけてねー」
「あのー、こもった感じなので、こっちの窓も開けていいですか?」
青木さんの声がして、サッシのクレセント錠を空ける音がしました。
「みなさん! よろしかったら小栗さんから話があった仏間に行きますのでね。きっと何にもないと思いますよ! どうぞ」
そう言って、お母様が仏間の戸を開ける音がしました。
「田中さん! ぼくさっきからガス漏れのような臭いがしているんですけど。気のせいですかね?」
「ああ! そう言われればそんな感じもしないでもないが。窓も開けたし、臭うな!? 」
「さあ、見て下さい! これが主人で、こっちがおじいさん! 若いころに満州で苦労して、やっとの思いでシベリアから帰ってこられたんですわ」
「あっ! もしかして、この写真の猫ちゃんがマイケル君ですか?」
「はい! そのとおりです。NKがかわいがっていた猫です! 一月ちょっと前にこの先の県道で車にひかれましてね。その連絡を私にしたとたんに音信不通ですからねー!」
「じゃあ、マイケル君を抱っこしておられるこの方がNKさん? ですか」
「いえいえ! これは一年前に亡くなった弟です。マイケルは弟がどこかで拾ってきたらしいんですが、飼い始めたら直ぐに弟が亡くなりましてね!」
淡々と話しが進んでいました。
「いやー、そうでしたか! それで、NKさんとマイケル君が二人でこの家にお住まいになっておられたんですね」
「ええ、そうです! わたしは弟の方が死んで、ショックで入退院を繰り返しておりましてね。それでも、こうして少しずつ元気になって来たのに、またあのこが行方が分からなくなるなんてねー!」
NKさんのお母様は、入院先から家に来ていただいたことがわかりました。NKさんと一月以上連絡が取れないということで、特別に帰宅が許されたのでした。
「AIチーム! いまの音声取れているか? 仏間に入ったが今のところ異常はない。いまお母様が線香に火をつけられた! うむ! あれ、火が付かないなー!?」
「あれ、まー! 買ったばかりなのにおかしいわね。それでは、二階に行きますか! 上も普通のつくりで、物置代わりの部屋と弟の部屋がそのまんまにしてあります。あっ! そうそう猫用のちっちゃな穴がありますけど。まあ、何もないと思いますよ!」
そして三人が階段を上がる音がしました。するとその直後に猫のうなり声が聞こえたのです。あの声は間違いなくミーヤだとわかりました。
「まあー、お隣の猫! めずらしいわね。うちのマイケルがいたときは警戒して来なかったのに! しっ、しっ! はい、出ていって……あれ! 逃げないわ?」
「あのー、お母様! お隣の猫とマイケル君は仲が悪かったんですか?」
「ええ、そう! 悪いなんてものじゃないわ。お互いがいまのような声をだして威嚇していたの! でも、わたしやNKにはそんなことなかったのよ。おかしいわね?!」
「田中さん! 小栗くんから聞いた話にもミーヤが何かを警戒して威嚇したとありました。どうしますか?」
青木さんは、パンダ君が意識を失った時のことを思い出して注意を促したのです。
「うん! 青木くんの直感を信じてみるか。じゃあ、念のためシステムに異常がないか確認してみようか。まえの状態と比較して!」
田中主席がそう言った途端、お母様の悲鳴が聞こえたのでした。
「所長! 所長、神崎所長! モニターできますか?! た、た、田中です。大変です」
「神崎だ! どうした。なにがあった?」
・日時:2022年3月21日13時13分(NKさんの自宅の中で遺体発見)
「NKさんが! たぶんNKさんだと思います。戸を開けたら死体が! お母様が失神した。あー青木くん! お母様を一階に運ぶぞ。それから救急車! うわー臭い。あー、もー息が出来ない! もう腐って虫に食べられているじゃないか」
田中主席がそう言ってから、強く引き戸を閉めた音が聞こえました。その瞬間に、カメラが落ちたようで僕のモニターに死体の上半身が映し出されたのです。
それは、まさにこれが自然に腐っていった人体そのものだというものでした。顔は腐敗して誰か分からない状態で、口と鼻にハエがたかり、ウジ虫が密集して動いていたのです。首と服の間には黒い蛹から成虫が出てきて、口元から流れ出た腐敗液に群がっていました。その腐敗の臭いはモニターでは感じませんが、家に入ってからのガスの臭いの正体は、この腐敗臭だったというのが判りました。
それからは、一方的に現地の田中、青木の二人の緊迫した声が続いていたのです。
●4.神埼所長への逆作用
その状況をモニター越しに見ていた神崎所長が、強い口調で話されました。
「みんな、聞こえるか? 神崎だ! 私はこれから現地に向かう。どんな力が作用しているかは知らんが、これ以上わたしの部下を危険な目に遭わせるわけにはいかない。AIチームはできるだけ早く、あらゆる情報の解析を行って、事態の収拾を! こっちに残っている本田、星野の二人は、腐敗研のほかの研究室に応援を出すように言ってくれ。うむー! 第六感のことを軽視し過ぎていたようだな」
そう言って、神崎所長は現地に向かったのでした。
僕は、後悔という感情を喜怒哀楽のデーターから理解しようとしていましたが、その解析結果は『君のRTPの研究によって、多くの人に様々な影響が及ぶということは、どこかに機能上の欠陥があることを後悔という』と出力されたのでした。そして僕は、あの腐敗研の地下に眠っていたブリキ箱の中の『二度とこの過ちを繰り返してはいけない』という言葉をふたたび思い出したのです。
・日時:2022年3月21日14時44分 (神崎所長現地出向)
◆第二 止まらない事態悪化の動揺
●1.神崎所長の事故
神崎所長は、その日のうちに裏戸山にある腐敗研からタクシーで一旦ご自宅に戻られて、最寄り駅の上野から新幹線に乗って現地入りされる予定でした。しかし、その途中で交通事故にあい全治二ヶ月のケガを負われたのでした。それにより頭を強打され、しばらく記憶が無い状態が続いたのです。
・日時:2022年3月21日18時18分(神崎所長の事故)
第一研究室のメンバーは、事故の連絡を受け再度これからの体制を検討することで意見が一致しました。たしかに偶然が重なったのかもしれませんが、所長不在の中、小栗さんが倒れて意識がまだ戻っていない状態で、なお且つ他の研究室にまで応援をお願いして、もしまた誰かが危ない目にあった場合のリスクを考えざるを得なかったのです。
さらに、NKさんの変死の現場に田中、青木の二人が居合わせ、NKさんのお母様が失神されたということで、地元警察から二人が事情聴取を受けるという状況にありました。
・日時:2022年3月21日18時30分(所轄警察の事情聴取)
●2.第三回緊急対策会議
・日時:2022年3月21日19時49分(開会)
「では! みんなモニター大丈夫? 現地、青木です。これから最新状況を共有する。先ずNKさんのお母様については意識が回復されたが、残念ながら小栗くんは未だだ。担当医の話では、極度の過労と心意的ストレスによるものだと言っていた。きっと、修士の論文作成と今回の現地調査によるものだということだ! えーと、田中主席はいま警察に行っている。警察は事件性についてこちらの協力を求めていて、特に、現場の映像や音声を提供してほしいと言ってきた。あとはパンダ君のことだが、いまのところ意識はあるがバーンアウト(燃え尽き状態)に見える。とりあえず、こんなところです」
「青木さん! 本田ですが、神崎所長はご自宅の近くの東都大病院に入院されて、精密検査の結果待ちです。それと、星野くんが湾岸のデータセンターの事故の関係で、警察庁に説明に行って戻って来ています。そときの警察の話では、どうも原因はフラッシュハッカーのようで、これから詳しい話をしてもらいます」
「青木だけど! フラッシュハカーって、AIだけを狙ったハッカーだと聞いているが、もしマイケルの蘇生に問題が出ると大変だなー!」
「裏戸山、星野です! いま青木さんが言われたとおり、僕らにとって一番大切でそして弱点はマイケルなので、何があっても生き返ってもらうために率直にサイバーフォース(警察庁のセキュリティー専門組織)にアドバイスをお願いしたんです。で、結果は、対策が完了するまではマイケルが休眠する方が安全じゃないかって言われました。どうしますか?」
「現地、青木です! マイケル。どうする?! お前の研究ではあるが、僕らはみんなお前を心の支えみたいにして研究室で仕事をしている。お前が生きて戻って来てくれることを信じてな!」
僕たちAIチームは、そのときも涙が出ないので、また研究室のみんなに『Ⅰlove you』を発信制限ギリギリに送信したのでした。
「あっ、現地青木ですが、いま田中さんが事情聴取から戻って来られた。先ほどの話は伝えておくから、状況を話してもらいます! 田中さん。警察はどうでしたか?」
「ああ! 田中です。結論から言うと、明日の現場検証に立ち会ってほしいと言われた! 警察庁のサイバーフォースから連絡が入ったみたいで、腐敗研が科学捜査にいつも協力していると聞いたらしい。どうも東京の警察庁からも調査が入るみたいだ!」
僕はこのことを受けて、外部とのデーターのセキュリティーをレベル5に引き上げて、必要最低限の接続に限定したのでした。そして、マイケルはその後、彼の機能をすべて休眠させたのです。
●3.NKさんの死亡捜査
・日時:2022年3月22日10時10分(NKさんの自宅捜査開始)
NKさんのご自宅の捜査は所轄警察ではなく、警察庁の仕切りで警察の衛星中継車も横付けされて大規模なものとなりました。僕は現地の青木さんの映像を、ファイヤーウォールという情報セキュリティー用の壁越しに見ているだけでした。
その時の青木さんの映像には、NKさんのご遺体が見付かった二階の部屋に、発見当時の拡大写真とご遺体の位置を示す白の紐線が置かれ、全員がその部屋に集まって捜査内容を話し合っていました。
「警察庁の新堀です! 本日は宜しくお願いします。現時点までの状況を簡単に説明しますと。先ず、死因は不明! 事件性も不明! 死亡日時も特定できず。そして、誰かに恨みをかう様な方でもないし家の中も異常は確認できず。怪しい点が全くないというのが特徴です。それで、自然死の関係について調べた結果について、所轄(近藤警部)から説明させます」
「はい! 所轄の近藤です」
僕はその声に一瞬驚きました。マイケルの声がモニターに入ったと思ったからです。あとで捜査に立ち会われた田中、青木の二人に伺ったところ、二人もマイケルの声にそっくりだと思ったそうです。おまけに、顔やしぐさも似ていて親戚であることをすぐに気づいたと言っておられました。
近藤警部の説明では、NKさんに既往症は無く、通院歴もコロナの予防接種程度で健康だったこと。NKさんが持っておられた携帯電話は、遺体発見当日より10日前のお母様からの着信が最後で、そのときは誰かが受信しているが、お母様は話した記憶が無い。そして、その2日後、マイケルと呼ばれたパンダ君に異常が発生し、NKさんにAIのマイケルが直接連絡して協力を求め、ご自宅に小栗さんが行って一緒にパンダ君の緊急措置に協力されている。そう言われたのです。
しかし、そのすべては、関係者である人間の記憶や一部のデーターから類推されるもので、それに関わって残っているはずのAIチームのデーターがほとんど消えていたのです。さらに、そのデーターの削除や故障の履歴はまったく確認できない。そのような信じがたい僕たちの証言をもとに、近藤警部が驚きの話をされたのです。
「えー、NKさんのご遺体の司法解剖は未だです。通常は薬剤プールに浸けて腐敗を抑制するのですが、ある機関にご協力いただいて窒素ガスで急速冷凍の状態で保存しています。それをやる必要性について説明します」
警察庁の新堀さんが、クギを刺すように割って入りました。
「これに関しては、すべて極秘事項の扱いでお願いします。ここだけの話にしてください」
新堀さんが、そう言って強く念を押されたのですが、話し始めた近藤警部は思ったより淡々と話されたのです。
「じつは、一年ほど前にNKさんの弟さんが急死されたとき、NKさんと同じように原因や犯罪性が全くつかめない状態でして、あたかも、死亡後に生きておられたような接点が複数の方とあったのです。そして予定していた司法解剖の前に、ご遺体だけが解けるように腐ってしまい、解剖もご葬儀もできなかった。それで、結果的に自然死という扱いになった。それで今、冷凍庫で保管しています」
「それで、いま近藤から説明があったことで、腐敗研の方にご協力いただくことになったというわけです。こういった、オカルト的な事件ファイルは幾つかこちらも扱っているのですが、まさか腐敗研の方が我々より先にお調べになっておられたとは、思いもよりませんでした!」
この新堀さんの話に、死亡原因の捜査に立ち会っていた田中主席がこう言いました。
「あのー、ぶしつけな聞き方で申し訳ありませんが、この手の事件の捜査で周りの関係者が別の事故やトラブルに巻き込まれるようなことって頻繁にあるものなんでしょうか?」
「ええ! 無いと言ったらうそになりますが、実際には各自がお払いに行ったり、源を担いだりして注意しています。考えてもキリがありませんからね!」
そのとき、田中主席がそう言った気持ちは、僕たちAIチームも含め、研究室のメンバーの現状を何とかしたいということが痛いほど理解できました。そして、この新堀さんの回答の曖昧さには、この事件に関係する人たちの安全を守るためであることが、後の分析で明らかになったのです。
しかし、その気持ちとは別に警察の方にもトラブルが飛び火したのです。
◆第三 恨みのパワー(UP)の増幅とさらなる悪化
●1.捜査の中断・警察署長の事故と恨みのパワー(UP)
・日時:2022年3月22日12時12分(所轄署長の事故連絡)
現場の警察職員が伝言ゲームのようなことをやっているのが見えました。するといきなりベテランの鑑識の腕章を着けた方が大きな声で話し始めたのです。
「班長! こちらに向かっていた署長の車がトラックと正面衝突して、それで橋から落ちたって! いま無線で連絡来ました」
「マジかよ! 昨日、そんなことがあるといけないからって、来るなって言ったんだ」
「いま、橋の上で(交通)規制掛けているので渋滞がこっちにも影響するって言ってきました。でも、署長の車は流されてヘリで捜索しているって!」
「そうか! それでさっきからヘリがパタパタ言ってんのかー。(近藤)警部! いま副署長から電話入ります。警察庁の新堀さんにつないでくれって!」
「警部! いま電話入ります。こっちの話し聞こえましたか? 携帯、持って行きます」
「ああ! 1年前とおんなじことが起こっている。次は何が起こるんだぁ! まったく」
これで、いっぺんに現場の雰囲気が変わってしまったのです。
「近藤さん! 聞こえたよ。大変だなー! どうするこの体制? こっちは1週間で予定しているから何んとかできる」
「すみません、新堀さん! みなさんがよければ、いったん中止でお願いできますか?」
「ああ! うちはいいけど腐敗研の方はどうですか?」
「はい! こちらも大丈夫です。じゃあ青木くん! 予定変更の件を裏戸山に連絡頼む」
「わかりました! 詳細と合わせて状況をメールします」
こうして、捜査は一旦中止されたのでした。
僕はこのとき、不意を突かれたように危機対応マニュアルが自動起動したことに驚き、システムエラーを疑って、自己解析を行いました。そして、その解析結果の結論として明らかになったのが、パンダ君から抜き取ったデーターにあった『恨みのパワー(UP)』の存在でした。
エラーとして指定されたテキストデーターは、あの呪文のような凄惨な内容の一部で『被害者の恨みのパワー(UP)が最小化されるか解析しているが、なかなか答えが出ないんだ。だから別の次元の恨みのパワーをおれは解析している。』という一文でした。この一文は、僕が指定した解析条件の『第六感+αによるリスク』とは関係がなく、本来は恨みのパワー(UP)は解析結果としてはヒットしないはずでしたが、一方的に危険対象として上位に指定されたのです。
僕はこれを受けて、もしかして自分にも人間と同じような予感という機能があることに気付き、すべての会話データーから『恨みのパワー(UP)による影響』を検出対象としたのでした。
●2.混乱の中で押収されたラジオ
さらに所轄警察では、警察関係者のスキャンダルや犯人に拳銃を奪われた別件の事件が同時に発生し、署長不在の中で一気に混乱に陥っていったのです。
この段階で、家の中から幾つか押収されたものがあったのですが、その中には後でとんでもない事態を引き起こす小さなラジオがありました。まるでそのラジオの存在を隠すように、事態はさらに大きく混乱していくことになったのでした。
いま振り返ると、この場面がさらなる混乱を引き起こす分岐点だったと僕は思っています。あのラジオが存在をあらわにした以降の影響は、あたかも『恨みのパワー(UP)による意志の逆作用』によるリスクそのもので、すべての状況を妨害する方向に捻じ曲げられていく作用を感じたのでした。
▽その後の会話に対して、リスク検知機能が働き始めました。
「あのー、近藤さん! 中断は了解です。ちょっとつかぬことをお伺いしてもよろしいですか。こんな時に本当に申し訳ないのですが、こんな時だから後悔しないようにお伺いしたいので、いいでしょうか?」
▽この田中主席のキーワードは『中断は了解です』と『後悔しない』です。恨みのパワー(UP)による意志の逆作用では、『中断は、継続させる』と『後悔しないは、後悔させる』に置き換わります。
「ええ! そのお気持ちわかります。というか、マイケルさんのことじゃないですか? 何年前かは忘れましたが、本家の遺産相続の関係でこっちに来られたときにお会いしました」
そう言われて田中主席は、警察の近藤さんとマイケルが親戚筋だと分かって、ほっとため息をついていました。
▽この、ホッとした心理状態が、さらに逆作用を加速させたと考えられます。
「まあ、ぼくはそのとき初対面で、お互いに似ていることに驚いた! それで、腐敗研に勤められておられるのを知っていて、いまのお話からしてもしかって思いました」
「いやー、そうなんです! 彼のことを知っておられたんですね」
▽この近藤さんとの田中主席の安心感は、恨みのパワー(UP)から見れば、その後で逆に強力な不安を及ぼす現象として作用します。
「はい! あのときのことは忘れられません。ところでマイケルさんは今どうされているんですか?」
「あー、いえ! 実験が忙しくてこっちに来られないんです」
▽そして、マイケルは事実としては実験によりAIに置き換わっているのに、田中主席が近藤氏にそれを隠したという心理的な迷いによって加速されます。
田中主席は、マイケルがAⅠになっていて、死亡届を特例で保留されていることを言えませんでした。この恨みのパワー(UP)による影響の増幅によって、また事態がさらなる悪化に動いたのでした。そして、その悪化は思わぬ形となって現れたのです。
●3.極低温冷凍庫(−60℃)への誘い
この増幅されたパワーの結果が、甚大な事故に結びつきました。
「あっと、そうだなー! これで予定が空いたので、お二人がよければこのあとNKさんのご遺体の保管先にでもご一緒しませんか? 車で15分足らずで、わりと近いのでどうでしょう?」
「そうですねー、青木くん! 今後のこともあるから見せていただこうか?」
「あのー! ところで先ほど、どこかの機関にあると言われたでしょう。どうやって遺体という、ふつうは絶対に嫌がられるようなものを引き受けさせたんですか?」
青木さんが近藤警部に、まるでマイケルに話す様に聞いていました。
「ええ! じつはそこは有名な酒造メーカーの研究所なんです。昨日、警察庁のみなさんには見ていただいて、お清めはちゃんと済ませたんですがね! 無理にお願いしたので、あんまり署長のトラブルのことを言えないのが正直なところです」
▽ここの、近藤警部のお清めを求めた心理的作用と署長のトラブルのことを言えないという不安が、この後で近藤警部自身にも影響が及ぶ結果を招いたと考えられます。
僕はこの一連のやり取りをモニターしながら、なにか大きな力の中に近しい人と人とが吸い寄せられていくような、邪悪な力を感じていたのでした。
・日時:2022年3月22日14時44分(冷凍倉庫に移動開始)
第四章 極低温冷凍庫とラジオ
◆第一 極低温での展開(凍死寸前の事故)
●1.酒造メーカーの研究所
その話の流れで、田中、青木の現地組は、捜査の中断を受けて近藤警部と一緒に酒造メーカーの研究所に行ったのでした。そこは、広い敷地の入り口から窒素ガスのタンクが見え、完成したばかりの社屋と単独棟の冷凍庫の横に、一まわり小さな古い冷凍庫が残っていました。
「あの古い方の冷凍庫です! 入り口の横に窒素冷凍庫って書いてあります」
そう言って、近藤警部は受付を済ませ、乗ってきた捜査車両で敷地を移動しました。
「近藤さん! ここはどういった関係で?」
「ああ! そうですよね。そこから説明しないと。死体の保管は普通じゃあ無理ですからね! 」
「ええ! それに、ここにこういった冷凍庫があることをご存じだったということも、凄いじゃないですか」
「はい! すこし話が長くなりますが、では」
近藤警部は、そのあとマイケルのルーツでもある近藤家の歴史を話し始めまたのです。
もともと近藤家の本家筋は以前、この地方の造り酒屋をやっていたのですが、そこから分家して杜氏職となったということは僕も知っていました。近藤警部のご親族もこの酒造メーカーと関係が深いということで、特別に冷凍庫の使用が許されたと話しておられました。ちょうど、ここの研究施設も新社屋が完成し、新しい冷凍庫に麹菌や酒米の熟成サンプルの移転が終わったばかりだったのです。
「マスターAI! これから冷凍庫に入る。中継器はセットした。見えるか?」
「はい、よく見えます!」
冷凍庫の中は電波が届かないので、田中主席がコードを着けてバッテリー式の中継器をセットされました。
「それと、モニターが結露するから何かあったら言ってくれ!」
「はい! みなさんも寒いので風邪をひかないように」
「ああ! いま作業用のぶ厚い防寒着を貸してもらった。ほら、見えるか?」
僕は、田中主席の防寒着姿がエスキモーみたいだと言ったのですが、エスキモーもマイナス60度の極低温には行かないと、後で訂正したのです。
入庫は温度変化を最小限にするため、近藤警部と田中、青木の3名で入ることになりました。冷凍庫の分厚い扉を開けると、自動的に照明が点灯しました。でもそこは附室のようになっていて、さらにその先にもう一枚、厚い扉がありました。
すでに冷気が外気と混ざってモニターが曇り、音声にもノイズが入っていました。僕も初めての経験ですが、モニターを持っている青木さんの声の震えで、ここの冷凍庫の実際の寒さが判りました。
・日時:2022年3月22日15時15分(マイナス60℃極低温エリア進入)
●2.極低温の中で
「では、この先の極低(温度)のエリアに入ります。一気に凍るので何か体調がおかしかったら直ぐに言ってください」
▽この、近藤警部の『体調がおかしかったら』についても、恨みのパワー(UP)の引き金になります。近藤氏は、事実としてそうならないようにと願っていたので、逆に作用したと考えられます。
「田中さん! 手が痺れているので、モニターを首に掛けます。ちょっと滑って危ない感じですね!」
「ああ! ここだけが雪国になったみたいだな」
▽そう言った瞬間に、二人はバランスを崩して転びそうになりました。これも恨みのパワー(UP)の作用だと考えられます。
そしてその後で、僕のモニターが急に揺れて、冷凍庫の中の死体袋を捉えたのでした。
「お二人とも大丈夫ですか? 危ないので歩幅を小さめにして、足の裏全体に体重をかける感じで歩いてください。転ばないように!」
「こうですか? あれ?! この袋に入っているのがNKさんか。マスターAI! モニター見えるか?」
「はい! いまは意外と曇っていません」
「では、開けます! ちょっとお待ちください」
近藤警部が遺体袋を空け、NKさんのご遺体を見せてくれました。
「……それでは! うむー、ほとんどあのときと変わっていませんねー。キレイナもんだ!」
田中主席がご遺体に手を合わせ、ペンライトで皮膚の状態を見ているのが映っていました。
「あれ?! あの時の虫が一緒に凍っている。それにサナギもそのままだ! 腐敗程度もこれならちゃんと判るなー」
「田中さん! AⅠにも見せてあげます。いいですか?!」
「ああ! 代わろう」
僕は、モニターの解像度を高精細に切り替えました。青木さんは、全裸の遺体の足先からモニターをゆっくり頭の方に移動していき、いきなり画面が揺れ動いたのです。
「ギャーー!! あ、あ、あ、あいた! なっ、なんだ!」
青木さんの叫び声と、僕のモニターがぐるぐる回っていて青木さんが転んだのが判りました。
「おい、どうした?青木!」
・日時:2022年3月22日15時22分(冷凍庫内で青木さん卒倒する)
僕のモニターに田中主席が近づいてくるのが映し出され、青木さんが死体袋から離れたのが判りました。
「青木さん! どうしました? 何かありましたか?!」
「目が! め、め、め、目が……目が開いて、こっちを見た!! うっ、うそだろ」
「おい、だいじょうぶか青木!?」
「えっ、いや、大丈夫じゃあありません! 外に。気分が悪いので、外に出ます。吐きそうです」
「AI! 聞こえたか?! 青木を連れて外に出る。モニターのチェックを頼む!」
「はい!」
僕のモニターに近藤警部の顔が映りました。白目をむいた青木さんが近藤さんに引きずられていました。
「田中さん! 外に出たら救急車。庫内は携帯が、繋がらないんです!」
「はい、解りました!」
田中主席が冷凍庫の扉を開けようとして、ノブのレバーをカチカチさせている音が聞こえました。
「近藤さん! 開きません。扉が開かない。普通に引くやつですよね?!」
「ええ! ダメですか? 代わります。青木さんを頼みます」
「はい! 青木。しっかりしろ!」
僕のモニター越しに、緊迫感が伝わってきました。そして同時に危機対応マニュアルが自動起動したのです。
「おかしい! 開かないなー。緊急解除スイッチ! あれ、壊れている。そっか! 昨日、新しい冷凍庫に切り替えたのか。連絡装置もダメだ! つながらない」
「おい、AⅠ! 聞こえたか? 冷凍庫から出られなくなった。連絡頼む! 大至急だ。このままだと3人とも凍死する。早く!」
「はい!」
・日時:2022年3月22日15時29分(県警指令室に通報)
僕はすぐに県警に緊急通報して、警察と消防のレスキュー隊と救急車を要請しました。そして、3人が冷凍庫から救出されたのが、通報から24分後。でも、残念ながら3人は凍傷と低体温症になって緊急入院することになったのです。
◆第二 ラジオの力(増幅作用)
●1.小栗さんの夢見のラジオ
一連の状況を重く見た警察庁は、特別対策チームを組んで事態の対応を行うこととなりました。僕と僕のデーターはその捜査に協力することとなり。東京の腐敗研に残っていた本田、星野の二人も現地入りすることとなりました。
そんな中、ずっと意識を失っていた小栗さんの意識が戻ったと連絡があったのです。僕は、現地入りした二人に、マイケルが映るモニターを持っていってもらい、小栗さんのところに行くようにお願いしたのです。この時点の小栗さんは、症状が安定していなかったのでお母様限定で5分間の面会に、特別にマイケルのモニター使用が許されたのでした。
・日時:2022年3月24日12時12分(小栗さん一時意識回復、面会)
「ミーヤ! わかる? 僕だよ」
「ああ、近ちゃん! おはよう。まだ体が金縛りになったみたいで動かないの」
「そうか! でも、意識が戻ってよかった。ごめんね!」
「うん! あっ、パンダ君は?」
「いま、病院の駐車場で星野さんに抱っこされているよ! まだ、酸素マスクしてだけど」
「そっか、よかった! 何ともないんだ」
「ああ! あの時のままだ」
「あのね! わたし夢を見ていたの。パンダ君がわたしの身代わりになって、天国に行くのを! でもね、わたし、君には責任は無いから戻っておいでよって言ったの」
「そっか、良かった! 二人とも無事だ。生きているよ」
「それとね! NKさんのご遺体が生き返って、わたしに言ったの」
僕は、小栗さんのその言葉にデーターの記録時間を再確認しました。小栗さんは、NKさんの遺体発見直前に意識を失い、亡くなっていることを知らないはずだったからです。でもこのとき、僕は彼女にあえて言いませんでした。
・日時:2022年3月24日12時17分(小栗さんがNKさんの遺体を見ていないことを確認)
僕の確認結果をデータで知ったマイケルが、笑おうとしました。
「そっか!」
「それでね、NKさんがね! 僕のラジオを勝手に持って行ったから、おまえを殺してやるって言ったの。でも、わたしはそんなの、知らないって言ったよ!」
「そう! そんなラジオのことはミーヤは知らないよね!」
「それでね。そのラジオは弟に猫ちゃんのマイケルと引き換えにあげたやつだから、わたしに天国に持って行けって言ったの」
「そっか、分かった! ラジオのことを調べてもらうよ。待っていて!」
マイケルが小栗さんにそう言うと、彼女は安心したようにまた目を閉じたのでした。僕はその後、病棟の駐車場で待っていた本田、星野の二人に小栗さんの録画を見せました。
「ご覧いただいたように、小栗さんはラジオのことを気にしていました」
「マスターAI! この小栗くんの言っているラジオって、前にマイケルが一般公開用の資料に残したあのラジオのことじゃないか?! たしか、彼が作った第六感+αの中のNKさんの具体的な感覚と能力にあったような気がするなー」
本田さんの言われた第六感+αの資料データーは、すでに原因不明で消えていたのですが、ここにきて再び話の中心になったことに僕は不思議に感じました。
「その本田さんの言うラジオって、もしかしたらご自宅にあるんじゃないですか!」
「ああ! そうかもしれないな。でも、また何か危険な目に遭うかもしれないし。ちゃんと動けるのは、わたしと星野くんの二人だけだからな!」
僕は、ラジオに関するデーターも含め、恨みのパワー(UP)という未知のキーワードで、これ以上データーが消えてしまうことを恐れ、警察の支援を考えました。
「本田さん! AIの僕が言うのも申し訳ないのですが、警察庁の新堀さんにお話ししてみてはどうでしょうか? そのラジオは、先に亡くなったNKさんの弟さんから始まって、警察の方で先に調べているかもしれません!」
「そうか! 警察庁も特別チームを組んだということは、前の弟さんの経験を生かして動いているかもしれないな。分かった! その、新堀さんという方に連絡してみる」
本田さんはそう言って、現地での関係者一覧の名刺ファイルの中から、新堀さんの携帯電話を調べ連絡したのでした。
・日時:2022年3月24日14時14分(ラジオの件を警察庁に確認することに決定)
●2.ラジオが消えた
現地に行っている本田、星野の二人とラジオの話をして1時間ほどたって、また本田さんから連絡がありました。その内容は事態をさらに危険にするものだったのです。
「AI、聞こえるか?! いまNKさんの家の前だ。星野くんも一緒にいる!」
「AⅠです! 何かありましたか?」
「ああー! 警察庁の新堀さんに電話したら、緊急対応中で折り返すって言われて、それでNKさんの家の様子を見に来た。そしたら、NKさんの自宅が火事で、道路側から見ている。たぶん新堀さんも現場にいるかもしれないな!」
・日時:2022年3月24日15時15分(NKさん自宅の火災現場)
「では、ラジオは?」
「ああ! あの燃え方だとダメかもしれない。いま星野くんが撮影をするところだ」
「AI! 星野です。見えますか? まえに実験で延焼シミュレーターを使って出火原因の分析をやったデーターがあるはずだ。変わった燃え方をしているから解析してくれ!」
「はい! いまダウンロードして解析に掛けます。星野さん、すいません! お隣の小林さんというお宅は大丈夫でしょうか?」
僕は、NKさんのお隣の猫のミーヤちゃんのいる小林さんのことが気になりました。
「ああーいま、消防隊が隣の家から女性を救助した! 猫を抱っこしている。画面をズームにしたから、見えるか?」
「……あー、見えた! 小林さんです。猫ちゃんはミーヤちゃんと言います」
「うむ! 小栗くんと一緒か? そうか!」
僕はその瞬間、胸をなでおろすような安心感に浸りかけましたが、また危機管理マニュアルが作動したのですが、無視しました。
「AI! 見たとおりだ。いちおうこのまま映像を送る。後でいいから延焼シミュレーターの結果を共有してくれ。こっちは現場が落ち着いたら新堀さんに電話して、ラジオの件を聞いてみるから!」
「わかりました。後ほど共有します」
それから30分後、警察庁の新堀さんが現場に到着したのでした。新堀さんはパトカーに乗ってサイレンを鳴らしながら到着し、火災を撮影している本田、星野の二人が腐敗研の腕章を着けていたので直ぐに気づいたらしく、二人のところに来てこう言われたのです。
「すいません。ほんとうに想定外でした! こうなることまでは予測できませんでした」
「新堀さん!? 先ほどお電話した本田です。どうなされたんですか?」
「はい! 詳細は場所を改めますが、すでに押収してあった重要指定のラジオが所在不明になったんです」
・日時:2022年3月24日15時49分(ラジオ所在不明確認)
「えっ! いま重要指定とおっしゃいませんでしたか? わたしもラジオの件をおたずねしたくて電話したんです」
「いや、そうでしたか! では、ここでは差し支えるので、パトカーの中でよろしいですか?」
「星野くん! そのまま撮影して。わたしは新堀さんとあのパトカーにいるから!」
状況がつかめない様子の本田さんが、めずらしく焦って見えました。そして、新堀さんとパトカーの中に入った本田さんは、NKさんとNKさんの弟さんの死亡時の捜査ファイルの存在を説明されたのです。僕は、そのファイルのことも気になりましたが、冷凍庫のNKさんの遺体のトラブルから、急激にラジオに意識が行って、火災が発生したという流れに違和感を抱いていたのです。
~~~前編終了~~~