雪と春 その3
1
彼は一週間経っても二週間経っても、年が明けて新しい世紀を迎えても帰ってこなかった。
警察に通報し、行方不明者として捜索願を出した。しかし、大樹の自筆の書き置きがあったことから、警察は事件性はないとして大々的な捜査はしなかった。
あまりに突然過ぎた失踪に、私は困惑するばかりだった。怒りや悲しみは不思議と感じない。
そんなことよりも私にはもっと大きな問題があったからだ。
春樹だ。
父親が居なくなった時でさえ、この子は泣かなかった。少し寂しそうに顔を曇らせたが、悲しんでいるのかさえ分からない。
この子をいったいどうするべきだろう。私の子供ではないが、もう養子縁組を組んでしまっている。
大樹の安否に関わらず、私に養育義務が発生してしまっているのだ。
まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。
血も繋がっていない、赤の他人の子供。それも可愛げのない、無感情な子供。
この子供を私が育てる?
私が、育てなきゃいけないの?
冗談じゃない。
ひとまず、私は華山家に連絡を取り、大樹が失踪したこと、そして戻ってくる気配はないことを伝えた。
初子と直接会い、養子縁組を解消し、春樹は華山家で引き取る方向で話をまとめようと思ったのだ。
しかし、思いもよらぬところから反対意見が出た。
「やだ」
春樹だ。
「やだって、春樹くんも本当のお母さんと一緒に生活したいでしょう?」
「いや」
春樹は頑なに華山家に行くことを拒んだ。
なにがこの子にそうさせるのかは分からないが、意地でも行かない、という意志だけは伝わってくる。
春樹の実母、初子はすでに別の男性と再婚していたが、春樹の妹の小春とかいう女の子も一緒なのだから、私といるよりいい環境のはずだ。
初子は最初こそ春樹を引き取ると言っていたが、春樹自身が拒んでいることを知ると、ならしょうがない、とあっさり引き下がった。
華山家はすでに家庭としての形が出来上がっており、春樹の入る余地はなかったのだろう。
仕方ない。
だったらもう、施設にでも預けるしかないか。
私には私の人生がある。
この子には悪いが、赤の他人の子のために自分の人生を犠牲にするほど私は聖人ではない。
だいたい、一番悪いのはこの子の父親の大樹ではないか。
大樹はいつまで経っても帰ってくる気配がない。だんだんと腹が立ってきた。
彼への怒りはやがて失望に変わり、私は一刻も早く自由の身になりたかった。
まさにそんな時だった。
富士宮市に住む私の両親が、火災事故で亡くなったという連絡が入ったのは。
2
どちらが父か母かも分からぬほど、焼け焦げた遺体。
それらが納められた白い棺を前に、私は身を焦がすような悲しみと喪失感に襲われていた。
親の死など、ずいぶんと先の話だと思っていた。まだ親孝行もしていないのに、こんな突然にお別れをしなくてはいけないなんて。
思い出に浸ろうと記憶の引き出しを開けてみても、初めて目にした二人の焼死体の衝撃で思うように思い出せない。
生まれ育った生家は炎によって食い散らかされ、半壊していた。
楽しかった家族の日々が、燃やし尽くされてしまったような心地だった。
全てを失うと、なんだか、もうどうでもいい、という気持ちが湧いてくる。
通夜が終わり、両親たちの前ですすり泣いていた私は、ふと肩にあたたかいものを感じた。
「春樹、くん?」
「雪美さん、大丈夫?」
春樹が私の肩に手を置いていた。
その時、私は大きな衝撃を受けた。あの無感情だった子供が、父が失踪したときでさえ泣かなかったあの子供が、ポロポロと涙を流していたからだ。
春樹は私の頭をそっと抱き寄せ、その小さな胴体に押し当てた。
幼い少年が、私を気遣っている。
春樹の体温が、心音が、冷え切った私の心に染み込んでいく。
この時、私と春樹は初めて心を通わせることができたように思う。
私がこの時感じていた家族を失う苦しみ、そして悲しみを、この幼い少年はすでに経験していたのだ。
親を、妹を、我が家を失った春樹。
私も同様に愛する両親と生家を失った。
苦しみは同じ経験をした者でないと分からない。
私は、春樹の苦しみをようやく理解できた。
失ってしまったものは、自分ではどうすることもできない。
己の無力さ、そして楽しかった日々を振り返り、思い出にはもう二度と触れることが叶わないという現実。
あの無感情は諦めの気持ちだったのだ。
彼は、幼い身にして人生を諦めていたのだ。
「さみしい? 元気出して」
このちっぽけな子供は、同じ境遇に陥った私の痛みを理解し、その上で慰めようというのか。
「春樹くん、私と一緒に住む?」
「うん」
私たちは、互いに帰るべき場所を失った。
もう私たちにはなにも残っていない。
私の痛みを理解できるのは春樹だけ。
この子の痛みを理解できるのは私だけ。
お互いがお互いの痛みを慰め合い、心の拠り所とすることで私たちはようやく母子になれたのだ。




