邂逅
1
「春樹先輩」
「あっ、小春」
夏期補講を終えて昇降口を出ると、小春が壁に寄りかかって待っていた。
「今から部活?」
バレーの練習着姿だ。
「いえ、もう終わりました。午前練だったので」
「そう」
「午後は完全フリーです」
小春はからっとした笑顔を見せる。
昨日から小春の様子が心配だったが、見る限りではふさぎ込んでいたり、落ち込んでいはいないようで安心する。
自分が連れ子であることに引け目を感じ、小春が華山家で居場所を失くしてしまうことだけが心配だったのだ。
「ちなみに今日はお弁当も持ってきてます」
「じゃあ、一緒にお昼ごはんでも食べようか」
「はい」
中庭で弁当を広げる。
久しぶりに小春と食べるお昼ご飯。
「あの、春樹先輩」
小春は少し言いづらそうに斜めに僕を見上げる。
「どうしたの?」
「私たちの、本当のお父さんって今どこにいるんですか?」
ずしん、と僕の心に重たいなにかがのしかかる。
「……」
「……」
「ごめん。それは、分からない」
「そう、ですか」
小春は少し残念そうに顔を曇らせる。
父――影山大樹は今どこにいるのか……
生きているのか、それとももう死んでしまったのか。
失踪から十年以上が経つが、全く分からないのだ。失踪宣告を済ませているので、法律上は故人ではあるけれど……
僕が六歳の時、父は家を出ていったきり、戻ってこない。
これは勝手な想像ではあるけれど、父は生きている、と僕は思う。僕の中の父の人間像というのは、一つのところに定まっていることが苦手な人、という印象だった。
平たく言えば、家庭を持つことができない遊び人タイプだ。記憶の中の父は、しょっちゅう遊びに出かけて、それが原因で母と喧嘩をすることが多々あった。
家族を顧みなかった、ということではない。父との思い出はどれも楽しいものばかりだ。ただ、父は家庭というものを維持する能力に欠けていたのかもしれない。
結婚をし、子を成しても、自分が人生の主役でいたかったのだろう。
僕の実母――初子と離婚後、すぐに今の母である雪美と籍を入れたが、それも父の失踪により、二年ほどで終わってしまった。
「本当のお父さんって、どんな人でした? 私、全然憶えてなくて」
「僕ももう、昔の記憶は曖昧にしか思い出せないけど、お父さんはよく遊んでくれた」
「へぇ」
記憶の中の父は、ぶっきらぼうで大雑把な人だけれど、僕や小春にはよくしてくれた。
2
食事を終え、僕たちは学校の近くをぶらつく。
バッティングセンターに寄ったり、サー〇ィワンでアイスを食べたり、やっていることはこれまでと変わらないが、妹と関係を偽らずに接することができるのはとても嬉しい。
「あの、春樹先輩……」
「ん?」
「手を繋いでもいいですか?」
「いいよ」
高校生の兄妹が往来で手を繋ぐなど、普通だったらドン引きされる行為だろうし、自分でもそう思う。だが、こうやって失っていた兄妹の時間を埋め合わせることは、今の僕たちには必要なことだと自分に言い聞かせる。
それから夕方まで遊び、小春を駅まで送ることにした。
その時だった。
「春樹?」
聞きなれた声が聞こえ、僕ははっと振り返る。全身から嫌な汗が吹き出し、口の中が急速に渇いていく。
そこには母がいた。
どうしてこんなところに?
我が家とは駅を挟んで離れている場所なのに……
「こんなところで、ど、どうしたの?」
僕が聞くと、
「下村さんちに用事があってね」
母は光の母親と仲が良く、たまに家に遊びに行く仲だった。
しまった。
ここは下村家の近くだ。
「誰ですか?」とこちらの動揺など、どこ吹く風とで言った様子で小春は呑気な声を出す。
「あらやだ、その子、もしかして彼女?」
母は頬に手を当て、茶化すように言った。
ま、まずい。
小春と母が出会ってしまった。
僕は小春の手をやんわりと払い、母に向き直る。
どうしよう。
まさかこんなところでバッティングするとは思ってなかった。いやまだ大丈夫だ。母の反応を見るに、僕の横にいるのが華山小春だとは気づいていないようだ。たぶん、夏休みに距離が縮まった女の子ぐらいにしか思っていない。
まだ挽回できる。
「えっと……」
「やだ、可愛いじゃない」
ここは不本意だが、なんとか彼女扱いで乗り切るしかない。
「そ、そうなんだ。実は前から付き合っ――」
「もしかして、この人が春樹先輩の今のお母さんですか?」
小春はあっさり言った。
「――ばっ!」
どきりと心臓が大きく鼓動を打つ。
場に緊張が走り、僕たちと母との間に、嫌な沈黙が垂れ込めた。
「今、の?」
母は訝しげに眉根を寄せる。
まずい。
誤魔化さないと。
しかし、言葉が出ない。どう説明すればこの状況を乗り切ることができるというんだ。僕は脳をフル回転させ、母を納得させつつ小春の正体を隠す妙案を考える。
そんな僕をあざ笑うかのように、小春は口を開く。
「あ、申し遅れました。私、華山小春です」
目の前が真っ暗になりそうだ。




