これまでの努力
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家路をとぼとぼ歩きながら、僕は息をつく。
これで小春に僕たちの関係、実の兄妹であるということがバレてしまった。これまでの努力が、これで水泡に帰したわけだ。
実母――初子から久々に連絡が来たのは二月の終わり頃。旦那さんの仕事の都合で静岡に引っ越すこと。そして、小春が僕と同じ高校に通うということを知らされた。
思春期の小春の気持ちを慮ってか、彼女が連れ子であり、父親とは血が繋がっていないことはまだ話していないという。
だからこそ、僕が小春に真実を伝えることはできなかった。
僕が実の兄であるということ、そして複雑な家庭の事情を小春に伝えてしまえば、小春は帰るべき『家庭』を失ってしまうだろう。彼女は華山家こそが我が家であると思っているのだから。
小春にまた『家庭』を失う辛さを味わってほしくなかった。
もちろん、僕も小春に会いたいという気持ちはあったが、彼女はもう僕のことなど忘れているだろう。
だから、学校でも遠目に様子をちらっと見るだけだった。でももう少し彼女の近況を知りたくて、実母から教わった住所の近くに行ってみると、ちょうど小春が散歩をしているところだった。
一目で小春だと分かった僕は、その後をこっそりつけて、そこで彼女がナンパされる場面に出くわしたのだ。
あそこからすべてが始まったんだ。
小春の告白を断った後、彼女が僕にフラれた、という噂をバスケ部マネージャーの六狐に頼んで広めてもらった。六狐は顔が広く、学年に関係なく友人が多いため、うってつけだったのだ。変なこと、と彼女には相当訝しまれたが、結局彼女は引き受けてくれた。
告白された翌日、ギャラリーもいなかったはずなのに一日で噂が広まったのは六狐のおかげだ。これは学校中の噂になることで、万が一小春が僕への想いを諦めてくれなくても、そういう空気を学校内で作れば、その気も失せるだろうという、目論見だった。
だが小春は僕の想像をはるかに超えるメンタルの持ち主だった。
一度断られたぐらいではへこたれず、人目もはばからずに猛アタックを仕掛けてくるようになった。僕としては妹と付き合うなんて倫理的にありえないことなので、当然そのアタックは躱わさなくてはならない。
けれど、ようやく再会できた妹との接点を失うこともできず、ずるずると関係が続く日々。
時にはキープクズ野郎扱いされ、時にはロリコンに間違えられ、散々な毎日だったが、小春と過ごす日常は楽しかった。
きわどかったのは校内で迷ってしまった華山凛と会った時だった。僕は彼女が小春の妹であるということは知っていたので、第二体育館へ送ってやったのだが、あれは凛自身から見たら不自然だったのかもしれない。
『お姉ちゃんのバレーの応援?』
僕はそう尋ねたが、思い返してみれば、凛は第一か第二、どちらの体育館へ行くのかは指定していなかったのだ。
第一では女子バスケ部、第二では女子バレーボール部がそれぞれ練習試合を行う予定だった。
が、姉がバレー部であるとまだ言っていないのに、どうして自分の目的地が第二の方であると分かったのか、という疑問を凛が抱き、それを小春に相談されでもしたら、そこがほころびとなって小春が不信感を募らせるかもしれなかった。
ほかにも光やその部活の後輩など、危険な繋がりはいくつもあった。光は小中高と一緒で、事情の全ては知らないまでも、僕の母親と小春の名前が違うということは知っていた。
名前が一緒だから付き合えない、というのは僕がなんとか小春を諦めさせようと考えたものだ。なかなかそれっぽい理由だったし、遠藤に試した時も納得してくれたのでこれはイケると思った。
まあ、小春に正体がバレてしまった今となっては、もうどうでもいいことだけれど。
「ただいま」
「おかえりなさい、こんな時間にどこに行ってたの?」
心配そうに母は言う。
「ごめん、ちょっとイ〇ンで夜食を買いにぶらぶらしてたら遅くなっちゃった」
アリバイ工作のために帰りにイ〇ンに寄って適当に買い物をしていたのだ。
「そう、夜食ならお母さんが作ってあげるのに」
母はちょっと拗ねたように頬を膨らませる。
「そうだ、お風呂に入っちゃいなさい」
「うんー、あとででいいよ」
ちょっと横になりたい気分だった。
「じゃあ、あとでお母さんと一緒に入る?」
「今入るから!」
「うふふ」




