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ちらつくんだ

 1



 小春の顔を見つめる。


 夕焼けの赤い光が彼女の顔を彩り、寂しげな表情を際立たせた。


「なんですか?」


「言おうと思って。君と付き合えない、理由を」


 僕がその言葉を口にした瞬間、小春はきゅっと胸の前で手を組み合わせた。


 僕は言葉を選びながら、慎重に話を始める。


 大丈夫。


 遠藤にこのことを話した時も、なんとか納得してくれていた。


 きっと小春も信じてくれる。



「君の好意はありがたいし、君とこうやって一緒に遊んだりするのは楽しかった。でも、はっきり言う。僕は君とは付き合えない」





「どうして、ですか?」







 小春の声に悲痛なものが混じる。







「……同じ、なんだ」







「同じ? なにがですか?」







 ついにこの瞬間がやってきた。








 僕は絞り出すように言葉を紡ぐ。























「名前が」



 2



「え?」


「僕のお母さんと、君の()()()()()なんだ」


「名前?」


「影山小春。それが僕のお母さんの名前」


「そ、それがなんだっていうんですか? 名前が被るなんてのはそう珍しいことじゃないでしょう?」


 理解ができないというように、小春は目を見開き、僕に詰め寄る。


「ダメなんだよ。母親と同じ名前の女の子ってだけで、母親の顔が()()()()んだ」


「ちら……つく?」


「これから先、もし僕が君と付き合ったとして、僕は君を小春と名前で呼ぶよね。小春、小春って。そうしたら、君を名前で呼ぶたびに、母親の顔が頭の隅にちらついちゃうんだよ」


「……分かりません。納得できません」


「僕は君のことは嫌いじゃないよ。人としてはむしろ好きだ。でも、無理なんだ。愛の言葉を囁くたびに、そういう対象でみることのできないお母さんの顔が浮かぶことに、僕は耐えられない」


「そ、そんなの愛があれば――」


「乗り越えられないんだ。これは生理的なものだから」


 小春の目に涙が浮かぶ。


 彼女を泣かせた自分が憎い。あいまいな態度を取り続けた結果、小春を泣かせてしまった。


 なんて最低な……


「……」


「……ごめん。そろそろバスが来るよ、戻ろう」


 僕は踵を返し、バス停に戻る。しかし、小春はその場を動かない。


 これでいいんだ。


 これがお互いのためなんだ。


 少しして戻ってきた小春は目を赤く腫らしていたが、もう涙は止まっていた。


「ごめんね」


「……」


「もう、僕のことは諦めて、新しい恋を探してほしい」


「……」


「君が幸せになれるように、祈っているよ」


「……」


 バスがやってきた。


 それから僕たちは駅に着くまで互いに一言も交わさなかった。




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