下村家にて
1
部屋を埋め尽くす猫、猫、猫。
ベッドの上に、テーブルの下に、本棚の上に。ある猫は何もない場所をじっと見つめ、ある猫は仲のいい猫と身を寄せ合っていたかと思えば、いきなりじゃれ合う。
猫ちゃんたちは己の気分のままに、思い思いに過ごしている。
なんて自由なんだろうか。
「にゃ〜、みんにゃ、ゆとりお姉ちゃんが来てくれて嬉しいにゃあ〜」
光先輩は普段の元気いっぱいな明るさとは打って変わって、まるで自分が猫たちの一員であるかのように振る舞ってるし。
完全にキャラ崩壊起こしてんじゃん。なんか見ちゃいけないものを見てしまった気がしてならない。
「あっ、もうこら」
さっきのエロ助がまたうちのスカートの中に顔を入れてきた。もふもふとした毛並みが太ももに擦れる。
「トランク、ゆとりお姉ちゃんが気に入ったのかにゃ?」
エロ助もといトランクはまだ仔猫の茶トラで、うちはこれ以上スカート内に侵入されないように抱っこしておくことにした。
「ちにゃみにそのトランクは雌だよ」
「マジすか」
うちはトランクの頭を撫でて、
「お前、将来有望だなぁ」
猫にまみれながら他愛もない話に花を咲かせる。
……じゃない。
うちはさっきアルバムの中で見つけた影山春樹のことが気になってしょうがない。あれは小学校の時の卒アルだから、つまり、光先輩と影山先輩は小学校時代からの知り合いということになるのか。
「……」
これ、マジで影山先輩が光先輩に気があるパターンがあり得るんじゃね?
「はにゃーん」
光先輩は見ての通り、誰にでも優しい美少女だ。
「うにゃーん」
まあ、今はちょっとアレな状態だけれど。
こういうクラスのアイドル的存在に地味な男子が恋焦がれるってのはよくある話だろうし、そのまま告白もできないでうじうじ時間だけが過ぎているってのもよくある話だ。
影山先輩が小学校時代から片思いをしていた可能性だってあると思う。その一途な想いを捨てきれなくて、はるっちの告白を断ったってのは、かなりそれらしい理由になるのでは?
ただそれ以上に気になるのは、この前光先輩が言ってた、偉い人、という言葉。
いったいなにが偉いというのか。
悪い印象ではないことはたしかだけれど……
「あぁ、私もねこににゃってずっとお布団の上でずっと寝てたいにゃあ」
「光先輩、そろそろ人間に戻ってくださいよ」
「にゃにを!? 失礼にゃ」
光先輩は足にじゃれてた猫――グッチを抱き上げ、こちらに向き直る。
「そういうのもういいすから」
「はいはい」
「そういや、さっき卒アル見たんすけど、あれ、あの人。華山小春に告られた人――」
「ああ、影山くん?」
「そう、あの人の写真も載ってて、同じ小学校だったんすね」
「そうそう。影山くんとは小中高ってずっと一緒なんだよ」
「へぇ、腐れ縁ってやつすか」
「まあ、そういう感じかな」
「そうなんすか」
これはけっこう仲がいい感じなのでは?
うちは思い切って直球をぶつけてみる。
「影山先輩って彼女とかはいないんすかね?」
反応を窺うも、光先輩は動じることなく斜め上を見上げて、うーん、と唸る。
「いない……んじゃないかなー。少なくとも、影山くんに彼女ができたって話は聞いたことないかも」
「そうすか」
小中高と同じ学校だった人が言うのだから、その信憑性は高いはず。となると、彼女がいるからはるっちをフったという線はとりあえず捨てていいかも。
「だからさ、小春ちゃんに告白されて断ったって聞いた時はびっくりしたよ。ええ、なんで!? って」
光先輩にとっても衝撃的だったようだ。
「ほんとっすよねぇ。そういや、影山先輩のこと偉い人って言ってたじゃないすか。あれはどういうことなんすか?」
うちが尋ねると光先輩は口を閉ざした。
「……」
「……」
「ゆっちゃんさぁ」
光先輩はなんだか少し顔を赤くし、言いにくそうに口をもにょらせる。
「はい?」
「もしかして、影山くんのこと好きだったりする?」
*
「は、はぁ!? いきなりなんすか?」
いきなりなにを言い出すんだ。
「いやだって、この前から影山くんのことばっかり聞いてくるから」
光先輩はグッチの頭で口元を隠す。
「いやいや、うちはあんな地味男興味ないっすから」
「ほんとにぃ?」
とんでもない思い違いだ。うちが男を好きになるわけがない。ちょっとぐいぐい聞きすぎたか。もう少し遠回りに、段階をおいてさりげなく尋ねるべきだった。
「うちはただ、あの華山小春の告白を断った男がどんな男なのか、興味があるだけっすよ。完全な、100パーセントの好奇心っす」
「慌てるところがまた怪しい」
光先輩はジトっとした目になる。
「ほんとに違うんすよ」
「じゃあ、そういうことにしておこうね、グッチ」
「全くもう。それより、偉い人の意味を教えてくださいよ」
「ああ、あれ?」
光先輩は急に真顔になって、
「あれはね――」
2
帰り道。
すっかり遅くなっちゃった。
もう六時半だ。夜になる直前の薄紫色の空に、星がうっすら浮かんでいる。
うちは光先輩に貰ったペットボトルのサイダーを飲みながら、さっき教えてもらったことについて考える。
なるほど、影山先輩はたしかに偉い人だった。
となると、彼女を作らない理由もそのことが関連しているのかもしれない。ただ少しばかりデリケートな話になってくるため、確証なしに適当なことは言えないな。
とりあえずはるっちに連絡を取るとしよう。
うちは携帯を取り出し、電話をかける。はるっちはすぐ出た。
「あっ、はるっち?」
「もしもし、ゆとりん?」
「今さー、光先輩の家に遊びに行ってたんだけど。この後ちょっち会える?」
「うん、大丈夫」
「ちょっと色々収穫があってさ。てか、今どこよ?」
「家。ダッシュで行くから駅で待ってて」
「おっけー」
そしてうちは駅の方向に足を向けた。




