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諦めないからね

 1



 私の耳に届いたその言葉は、全く信じられないものだった。


 ごめんなさい?


 ごめんなさいって、なに?


「ど、どうして?」


 思いもよらぬ返答だ。


「どうしてって言われても」


 春樹先輩は困ったように眉をひそめる。ああ、そんな困り顔も素敵……じゃない。まさか断られるなんて想像していなかった。


 勝率100パーセントの勝ち戦だと思っていたのに、まさかNOの返事を貰うことになるなんて。


 いや、落ち着け、私。


 まずは状況の確認だ!


「彼女いないんですよね?」


「う、うん」


 春樹先輩は俯いたまま小声で答える。栗色の髪がうっすらと目にかかり、どことなく頼りなさげな印象だが、その陰のある感じがまたきゅんとくる。


「もしかして、他に好きな人がいるんですか?」


「い、いや、そういうわけでは……」


「じゃあ、なんであの時、初対面の私を助けてくれたんですか?」


「そ、それは困っている同じ学校の子を見捨てておけなかっただけで……」


「私、春樹先輩のことが好きです」


「とにかくごめん」


「あっ、ちょっと」


 春樹先輩は踵を返し、まるで逃げ出すように走り去っていった。


「春樹先輩!」


 一人取り残された私は、その場から動けずにいた。


「……なんでぇ?」


 拒否されたショックと、なぜフラれたのか全く分からないもやもやが、私の胸の内で渦を巻く。


 困惑した頭では考えがまとまらない。


 湿った夕焼け色の空を、一羽のカラスが横切った。



 2



 翌日。


「はぁ」


 私の足取りは重かった。まるで靴に鉄球が繋がれているような感じだ。


 梅雨明けの快晴が嫌味に思えるくらい私の心は淀んでいた。勇気を出して行った、人生初の告白。私ほどの美貌があれば、落ちない男なんていないはずなのに、まさか一蹴されるとは。


「はぁ」


 北にそびえる雄大な富士山ですら、私のことをあざ笑っているような気がする。


「はぁ」


 昨日から数えて何度目のため息だろう。優に百回は越えている気がする。いや、誇張抜きに。


「はぁ」


 教室に入り、自分の席に着く。


「どうしたのよ小春。顔面が死んでるわよ?」


 友人の桐島きりしま美月みつきは会って早々失礼なことを言った。


 黒髪をおさげにし、丸い眼鏡をかけたこの文学少女は私の一番の親友である。


「いや、ちょっとね……」


「やけにふさぎ込んでるわね」


 美月は怪訝そうに首をかしげる。


「話せば長くなるんだけどさ――」


「ああ、フラれたんだってね」


「ちょっ、なんで知ってるの!?」


「学校中で話題だよ。学園のアイドル華山小春が三年の影山かげやま春樹に告って、まさかの玉砕したって」


 美月はさらっと、まるで事情を知らない誰かに説明するかのごとく言った。


「嘘ぉ、みんな知ってるの?」


 私はがっくりとうなだれる。


 だ、誰だ、広めたやつは。っていうか、情報の()()()()はどこよ。盗み見てたやつがいたの……?


「それにしても、あんたの告白を断るなんて、おかしな男ね」


「ねー、なんでフラれたんだろ」


「……」


「ほんとに分かんないよ」


「……」


「この私をだよ?」


「……」


 自分で言うのもなんだが、私、華山小春は可愛い。


 これは本当に自慢とかそういうものではなく、客観的に自分の容姿を他者と見比べてみても、正直、私以上の容姿を持つ女性に会ったことがない。胸だってFカップあるし、週一のペースで告白もされるし……


 そんな私の告白を断るなんて、春樹先輩め……


「男をフったことは山ほどあるけど、フラれたのは初めてだよ」


「その発言は学校中の女子を敵に回すわよ? でもなんでかしらね。見た目だけなら、あんたは学校でもトップクラスなのに」


「ほんとになんでだろう」


「彼女がもういるとか?」


「んー、いないはずだよ」


 その辺りの身辺情報は告白前に調査済みである。


「じゃあ、他に好きな女の子がいるんだよきっと」


「私より可愛い女の子なんていないもん」


「……あんたって娘は」


「ああ、春樹先輩」


 頭の中に春樹先輩の顔が浮かぶ。茶色い髪――地毛らしい――、少し頼りなさげな柔らかい目、そして色白で中性的な顔立ち。


 私が春樹先輩に恋をしたのは、高校に進学して間もない頃。新しい環境に慣れようと街をぶらぶらしていたら、しつこいナンパ男に絡まれてしまった。


 ナンパされるのは正直慣れていたので、やんわりと断ろうと思っていたら、ナンパ男は案外粘る。しかも大柄で声が大きく、人通りも少ない場所だったので、だんだん私は怖くなってしまった。


 春樹先輩が現れたのはその時だった。


 突然横から手が伸びてきた。


 見ると、冴えない細身の男の子が思い詰めた表情で私の手首を掴んでいたのだ。そして彼は震える声で「遅れてごめん」と一言。


 そして知り合いを装って困っていた私の手を引く。


 まるでひと昔前の恋愛漫画の手法に、私もナンパ男もあっけにとられてしまったが、春樹先輩に手を引かれている間、私の心は今まで味わったことのないドキドキとどこか懐かしい安心感に満たされていった。


 それまで会ったこともなければ話したこともなかったのにその一件以来、春樹先輩を意識してしまい、気づいたら好きになっていた。


「まあでも、いい経験になったんじゃないの? 恋なんてのは上手くいかないことの方が多いんだから、酸いも甘いも味わってこそ、次の恋愛の糧になるってもんよ」


「――めない」


「へ?」


「私、諦めないからね」


「諦めないって?」


「春樹先輩、絶対に落としてみせる」


 何度フラれたって、絶対に諦めない。


 春樹先輩よりも魅力的な男の子なんて、この世にはいないんだからっ!


「……ま、頑張んなさいな」


「うん、私、絶対に春樹先輩を落としてみせるから」


 こうして、私の長く険しい恋の闘いが幕を開けた。




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