第三夢:Moving
シリンダーが駆動する蒸気音の後、上昇を始める。
――……私の心拍数も上昇してきた。
会長とは初任務出発の際に、一度会ったきりだ。
この仕事を始めた人なんだもん。
どうしても緊張してしまう。
「なーに緊張してんだ」
カチカチになり始めた私に気付いた先生が、木の幹色の瞳から視線を投げかけてきた。
「あ、当たり前ですッ」
先生とは違うのよ、と頬を膨らませる。
「会長とは言えど、所詮は人だろ」
ゆっくり上昇する箱の中で、先生はからからと笑った。
「な、なんて事を――」
「いやいや待て、勘違いするな。何も会長を侮辱したり軽んじているという訳じゃあ無い」
じゃあどういう訳なんですか、と顰め面で見上げる。
ポリポリと頭を掻いて、先生は続けた。
「尊敬するのは大いに結構だ。年上は敬わなくちゃいけない。けどな、緊張する必要なんて無いだろう。ガチガチで対応するなんて相手にも失礼だ」
――そうか。
そういう考えで、この人は生きているんだ。
だから、こんなにも眩しい。
「こいつは、会長様には秘密だぞ」
茶目っ気たっぷりの笑顔で、私の頭をくしゃくしゃ。
お陰で、緊張も何もあったものじゃない。
チン、と小気味良い音を立てて上昇が止まる。
扉がごろごろと開く。
三階に到着だ。
「さ、行くぞ――」
◇ ◇ ◇
赤い絨毯が敷かれた閑静な廊下を進んで、私たちはひとつの扉の前で立ち止まった。
コレニア(私たちの世界の樹木の一種だ)材で作られた大きな扉。
滑らかな光沢を持ち、表面には荘厳な彫刻が施されている。
「準備は良いな?」
コクリ、と頷きで返すと、先生は扉に取り付けられた〈鍮銅〉製で獅子を模した取っ手を掴み、ノックする。
「ファルド=オーバーン、
イライザ=フォン=ブライドル、
両名、参上いたしました」
先生が、声を上げる。
――イライザ=フォン=ブライドル、というのが私の本名だ。
〈Eliza〉なんて堅苦しく古臭い響きで嫌いなので、私はミドルネームを省略し、スペル的には変わらない〈エリザ〉と普段は名乗っている。
「入りたまえ」
扉の向こうから、耳あたりの良い柔らかい声が朗々とした響きで返ってくる。
「失礼します」
「失礼シマス」
先生が重そうな木扉を開き、私たちは室中へと足を踏み入れた――
なんともサッパリした性格ですねファルバン(笑)
タイトルは、会長室へ「移動中」と共に、
エリザの心も「変わっていった」ってな意味です。
ちょっくら深いですよね…?(苦笑)
あ、ちなみにファルバンは、
ファルド=オーバーン師匠の愛称となります(^^)