第三十三夢:Confession
「――人を殺してしまったからです」
我が耳を疑った。
「僕は知りたかった。白線が何処に続いているのか、どうしても知りたかったんです」
一人旅なら良かった、と彼は言う。
「しかし、僕は同郷の仲間数人と旅をしていたのです」
それが、どうしたのだというのだろう。
人を殺した、とは結びつかない。
それに、信じたくなかった。
「僕は、彼らを率先して先を進んだ。この第四は勿論、〈第三〉や〈第五〉、〈第九〉も廻りました」
調子に乗っていた、と彼はぼやく。
「僕たちは、いつのまにか〈第一〉に入り込んでいた。政府や協会の許可無く、です。油断していた。自分たちなら大丈夫だと。白線の果てまで必ず辿り着けると」
――しかし、それは夢でしかなかった。
クリフは俯く。
「僕らは、見たことも無い原生生物に出会いました。後から知ったのですが、それは〈疾風鳥〉として崇め恐れられる危険度七指定の生物だったそうです」
――彼の支配領域に気付かず入っていたのです。
もはや、その声は懺悔に近かった。
「僕が、あの山まで行こうと言わなければ、縄張りに入ることは無かった。気付けば友人は既にこの世からいなくなっていた。……本当に一瞬のことだったのです」
――反撃する暇などなかった。
「逃げるのに必死でした。僕は、醜くも彼らの亡骸に背を向け走った。〈疾風鳥〉の姿が見えなくなっても、ひたすら走った。その山を出るまで、ひたすら。無我夢中でした」
それで、彼は人を殺したといっているのか。
クリフは、それを自分の責任だと感じているのだ。
「しばらくの間、彷徨していました。第三にある辺境の村で介抱してもらい、第五では〈アルバード〉と呼ばれる団体の幹部二人から勇気付けられ、第九で出会った紅の戦斧使いからは、御守りだとこの紅い小石を貰いました」
ポケットから、炎を受け赤みを増す石を取り出す。
「〈血紅石〉……?」
「ええ。邪気を祓うんだといって、その人はくれました」
みんな優しかった、とクリフはつぶやく。
「だからこそ。……だからこそ、僕は白追者ではいられなかった。いちゃいけなかった」
その瞳は、潤んでいるように見えた。
「夢多き職業である白追者を、業を背負う僕がやっていいはずがないんです」
せめてもの償いにと辞めたようだ。
彼は、そこまで言うとすっかり押し黙った。
でも、そこでそうなんだといえる自分ではなかった。
「――どうして?」
「え……?」
「どうして貴方のせいなの?どうして辞める事が償いになるの?」
私は、思わず身を乗り出す。
「皆が慢心していたんでしょう?クリフだけのせいじゃないよ」
「……ですが――」
「友達は、死の原因をあなたのせいにするような人たちなの?そんな人たちだと思っているの?」
「ち、違います!」
クリフが、心外だというように叫ぶ。
「なら……ッ!」
私も叫び返してやった。
「どうして辞めちゃッたのよ!友達だって同じ志を抱いていたんでしょう!?」
クリフが、ハッとするのが分かった。
「辞めることが償いになんてならない!最後までその志を果たすことが償いになるんでしょう?……いえ、そもそもクリフに罪なんてないの」
一拍おいて、
「……もし。もし、あるとしても――」
私は、言った。
「――私が一緒に背負うから」
クリフは、ぐっと唇を噛み締めた。
泣くのを堪えているかのように。
「一緒に、白線の果てまで行くから」
なんだか気恥ずかしかったが、もうなるようになれだ。
彼が、正直に白状してくれたのだから、こちらも紳士に対応しようじゃない。
「だけど、今では怖いんです」
白線が、僕を捕まえる。
「僕は、白線にずっと追われているんです」
――夢はもう見ないと誓ったのに。
――白線は許してくれない。
そう、クリフは言った。
けど、違う。
そうじゃないよクリフ。
「魅入られてるんじゃないよ。白追者は、皆、自分の意思で進んでいるじゃない。囚われているからじゃないでしょう?行きたいから行くんでしょう?クリフは、その気持ちを忘れているんだよ。それに、白線もきっと戻って来いって、言ってるんじゃないかしら?」
そう言うと、クリフは微かに笑った。
「なんですかそれ」
エリザは全てをポジティブに考える、と言う。
「――私もね、家を飛び出してきたんだ」
クリフが眼を丸くした。
彼の過去だけを聞くなんて、不平等だ。
それに、もっと知ってもらいたかった。
「私の家、けっこう裕福な家庭だったみたいで。何不自由なく暮らしてた。毎日、勉強させられて、礼儀作法習わされて、夜は舞踏会でお世辞を言われるだけ」
耐えられなかった。
「だから、飛び出してきちゃった」
クリフが、クスリと笑う。
「閉じ込められていた籠の中の鳥は自由を求めて大空に飛んで行っちゃいました、って訳」
「ふふ……エリザらしいですね」
大分、元気を取り戻したみたい。
「なんだか、疲れたね」
「……そう、ですね」
「もう、寝よっか」
「そうしましょうか」
「じゃあ、おやすみ」
「はい。……あ、エリザ」
「ん?」
「――色々とありがとう」
「……どういたしまして」
「では、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
クリフの過去話。
なんとも重かったですね。
エリザは吹き飛ばしてしまいましたが(^_^;)
互いに互いのモノを背負える。
良い関係だと思います。