第二十二夢:Converse
――乾練麦飯を簡易缶詰飲汁で戻したものがメインディッシュの夕食の後。
アイギスは、焚き火の近くで眠っている。
「――大丈夫だった?」
「ええ、勿論。あんな〈グレイ〉に殺られるほど、やわな僕ではありません」
鎧の汚れを落としながら、クリフが答える。
「クリフ強いんだね」
そう言うと、クリフは勿論です、と微笑んだ。
「強くなければ、護れませんから」
――攻撃は最大の防御なり。
そんな言葉が脳裏をよぎった。
「決して殺生が好きな訳ではありませんが、やられるだけというのも性に合いませんから」
「らしいや」
二人して笑う。
「――そういえば、クリフは〈盾旗団〉に入ってどのくらい経つの?」
ふとした疑問だった。
「そうですね……二十四の時に入団しましたから、二年位になりますか」
じゃあ、今二十六なんだ。
「クリフ老けてる。苦労性なんだね」
余計なお世話です、とむくれる彼を笑う。
「そういうエリザはいくつなんですか」
むくれたままクリフが聞いてきた。
「えっと、十九かな」
それを聞くと、彼は鼻で笑う。
「な、何よッ」
「子供」
「う、うるさいッ、余計なお世話よ!」
「お互い様です」
再び、二人で笑う。
こうした何気ない会話が、楽しかった。
とても癒された。
とても安心した。
硬くなった心が、ほぐれていく様。
「クリフは、どんな任務を受けてるの?」
次の質問。
「そりゃあ色々ですよ。庶民から商業キャラバン、要人の警護任務から、原生生物の駆逐任務なんてザラです」
「じゃあ、死にそうになったことは……?」
「勿論あります。……何度もね。けど、死んでません。こうしてエリザと話している。幸運の女神は私を見捨ててはいないようです」
焚き火に映える彼の笑顔は素敵だった。
そして、クリフが冒険譚をいくつか語ってくれた。
「こんな話、誰にもしたこと無いんですからね」
自慢じゃないんだ、と念を押された。
そこがまた可愛い。
――随分と話して、お茶が四杯目に移る頃。
今度は、クリフから質問が飛んできた。
「エリザは、この仕事、どのくらいですか」
先程とは打って変わって、結構な口ベタっぷりだ。
「一年くらいだよ」
「……好きですか」
「勿論」
胸を張る。
それを見て、クリフが笑った。
この仕事には、誇りを持っている。
断言できる。
「色んな所の橋渡しが出来るんだよ?それってとっても光栄なことだし。依頼主さんたちが見せるあの笑顔で全てが報われるんだ。それに、色んな所の美味しい物が食べられるしね」
私のはにかんだ笑みに、彼も釣られて笑う。
「天職ですね」
私は頷く。
「これまで、色んな所に行ったみたいですね」
「うん、そりゃあね。でも、それはクリフもでしょう?」
「ええ、まあ」
クリフは微笑みながら、お茶を傾ける。
そして、再び口を開いた。
「〈キャノンボール〉という競技をご存知ですか?」
きゃ、きゃのんぼーる?
首を振る。
「何それ?」
「乗り物を使って競争をするんです」
クリフがこちらを見つめる。
「乗り物とはいっても、発動機は搭載していないんですけどね」
「動物を使うの?」
「いいえ、違います」
クリフの眼が楽しげに輝いていた。
「坂を下るんです」
「――え?」
「そう、それこそキャノンボール――弾丸のようにね」
「そっか。だから、発動機なんていらないんだ」
「その通り。動力は自動でかかる重力。テクニックが大事になってくる滑走競技なんです」
「へえ……」
なんだか、面白そうだ。
「それは年に一度、坂の街〈ヒルウェルベルク〉という所で盛大に行われます」
そこで言葉を区切る。
心なしか、頬が赤いようだ。
「どうしたの?」
「いえ、別に。その、えっと、ですね――」
要領を得ない。
「……良かったら、今度行きませんか」
――思考が硬直した。
「その、し、仕事という関係では無くてですね……私事で」
もじもじするクリフが、可愛らしかった。
人間らしいところを見せてくれるのが嬉しかった。
誘ってくれたのが、素直に嬉しかった。
「その……私で良かったら、喜んで」
私の台詞に、ホッとクリフは含羞を含む笑みを見せた。
「本当ですか」
「ええ」
本当に、嬉しそうだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「まぁ、この仕事が終わってからですけどね」
そうだった。
二人して、笑う。
「は〜今日も疲れたね。そろそろ寝よッか?」
「そうしますか」
「きゅいッ!」
「あはは、アイギス起きたの?」
「……あいぎ、す?」
「そう〈アイギス〉。この子の名前。えっとね――」
こうして、山の夜は更けて行くのだった――
今回も、普段と比べて多めですね(^^)
増量キャンペーン実施中です(笑)
二人も、以前に比べると大分うちとけましたね。
何よりなことだと思います。
…ファルバンが見たら、「俺の弟子に…!」と師匠バカっぷりを発揮すると思いますが(^_^;)