第二十一夢:As usual
――それから、どれくらい経っただろうか。
日は既に沈もうとしている。
辺りから光が消え、夜の闇が木々を包もうとしていた。
私は山道の曲がり道、その少し広くなった場所で〈ステファン号〉を停め、火を熾していた。
私の楯を待っているのだ。
草を食んでいるミリアを左に、〈ステファン号〉を背後に、そしてそこにある大きな岩を右に――と私は自分を取り囲むように陣を張っている。
前方には、今まで駆けてきた道が見える。
――未だ、人の気配は無い。
彼と別れて、すでに五時間は経っているだろうか。
「……無事、なのかな」
ぱちぱちと爆ぜる焚火を眺め、あの子を抱きかかえながら呟く。
寂しくて、どうにかなりそうだ。
まだミリアとこの子が居るから良いものの。
一人だったら、とっくに発狂していたかもしれない。
これが、単独任務の怖さだ。
襲われたりしたら、ひとたまりも無い。
――気を紛らわせることにする。
「この子、じゃあそっけないものね」
名前を付けてあげよう。
その子を抱え上げて、視線を合わせる。
「……きゅ?」
吸い込まれそうな瞳。
海の奥底から太陽を眺めたような煌きが散っている。
もしくは、夜空の瞬きかな。
あれ、性別はどっちだろう。
見分ける術を私は知らない。
けど、私より強そうなところから見ると、男の子かな。
「ねぇ君、どんな名前が良い?」
四つの足をぱたぱたさせて、嬉しそうに身を捩じらせる。
「あいた」
その子の甲羅。
ちくっとした。
裏返してみてみる。
まだ柔らかいが、いずれは剣山みたいになりそうだ。
「針みたいだね」
笑う。
きゅきゅ、とその子も笑った。
――そうだ。
「〈アイギール=エギーユ〉、っていうのはどうかな?」
きょとんとされる。
「どっちとも〈針〉って意味なの」
どうかしら、と首を傾げる。
と、その子は満足げにきゅい!と叫んだ。
「決まりね」
笑顔。
「でもそれじゃあ長いから、〈アイギス〉って呼ぶことにするわ」
〈針〉の名を冠する〈アイギール=エギーユ〉改め、〈アイギス〉は満更でもない様子で、ごろごろ、と唸った。
――そんな時だ。
アイギスがピクリと動いた。
私を眺め、それから振り返ろうとする。
疑問に思いながら、アイギスを道に向かせる。
「きゅい!」
遠くから、駆け音が聞こえてきた。
ばっ、と立ち上がる。
アイギスは、この声を察知したらしい。
気が緩みそうになる。
まだ、駄目だ。
クリフとは限らないんだもの。
護身用の銀短剣の柄に手をかける。
お願い、使わせないで。
――音はどんどん近付いてくる。
夜の闇から、姿を現したのは――
栗毛の〈土馬〉。
そして、それに跨る我が騎士クリフだった。
「クリフッ!」
慌てて駆け寄る。
クリフも、安堵の表情を浮かべて馬から下りた。
「無事でしたか」
勢いあまって、躓いた。
そのまま彼の胸にダイブする格好となる。
――ま、いいや。
「そっ、ち、こそ……!」
息が詰まり、声にならない。
「遅れてすみません。まさか、エリザが此処まで逃げているとは分からなくて……」
苦笑するクリフの声を聞いて、ようやく落ち着いてきた。
クリフから、離れる。
「ご迷惑おかけしました」
謝る彼に、首を振る。
「心配だったけど、大丈夫」
帰ってきてくれたから。
「久しぶりの戦いは疲れました」
「クリフ、強かったね」
「いえ、まぁ、仕事ですから」
緑の染みがついた鎧を外しながら、クリフは苦笑する。
「なんだかお腹が空きました」
彼の間の抜けた発言に吹き出す。
――彼は、いつもの彼だった。
化け物なんかじゃない。
普通の人間だ。
安心した。
私からも、笑顔がこぼれる。
「ご飯にしよっか」
「そうですね」
「きゅいッ!」
「ひひん!」
「ぶるるッ!」
――二人と三匹は、夜の暗闇天蓋の下。
暖かい焚き火を囲んで、憩いの一時を過ごした――
少ないゾ、というコメントを頂きましたので、今回は少し多めに行きました(笑)
……それでもまだ少ないのは否めませんが(^_^;)
遅筆魔で申し訳ありませんが、温かく見守ってやってください<(_ _)>