第十二夢:Nightmare
注意:少々えげつないかもしれません!
目の前に〈白〉が浮かんだ。
其れは、そのまま醜く歪みだす。
――恐ろしい。
眼を瞑る。
「……ッ!?」
駄目だ。
瞼を閉じることが出来ない。
いや、そもそも閉じるのに必要な瞼など持ち合わせていないのかもしれない。
ならば、と眼を背け、逃げるように走り出す。
背後からは気配が湧き立ち、〈白〉が追いかけようとしてくるのが解った。
走る。
逃げる。
追われる。
何処でも。
何時までも。
――何故だ。
どうして、いつもいつも追われなければならない。
もう、終わったはずだ。
――夢は、もう見ぬ事にしたのに。
ユメはまだ、己を捕らえようとやって来る。
――くそ。
腰に差してあった得物を抜き、迫り来る〈白〉を無我夢中で斬り払った。
水を斬ったような感覚。
〈白〉いソレはビシャリと身体を崩すが、幾瞬を待たず再生して、再び迫ってきた。
止めろ。
来るな。
近付くな。
再び得物を振るう。
銀の軌跡が、〈白〉に吸い込まれる。
――……?
生々しい感触。
そう例えるなら――ぐずりみちみち、と有機組成を引き裂いていくような。
その手応えに驚きと違和感を感じ、ついソレを見やってしまった。
――振り返って見てなど、いけないのに。
見てしまった。
見てはいけなかったのに。
今さら後悔しても遅かった。
閉じられぬ瞳は、ソレを直視してしまう。
最早、眼を逸らしても無駄だった。
網膜に灼き付けられた映像が、壊れた映写機のようにリピートを繰り返し繰り返す。
「ッ……!」
〈白〉いソレは、斬線から血潮を噴き出しながら〈白〉い地にズバシャと崩れ落ちた。
臓物が散り、白と赤が混じり、辺りが桃色に霞む。
「ぅぐ、がッはッ……!」
腹が捩れ、胃の内容物が逆流した。
「そんな……嘘、だ」
――ソレは。
〈白〉いソレは。
己が斬り捨てたソレは。
「――エ、エリザ……」
――己が護るべき存在であった。
楯が主に凶剣を振るうとは。
騎士が姫に刃向かうとは。
暫し愕然とした後、恐怖と後悔の念が怒涛の如く押し寄せてくる。
流れ出るものを拭うことも出来ずに、膝から崩れた。
――嘘だ。
――違う。
――信じたくない。
否定を試みるが、結果が目の前にある。
――赦されなかった。
足元がぬかるみ、沈み出す。
〈白〉い地面は、まるで生きているかのように蠕動し、己を取り込もうとしていた。
力が抜けて、抵抗も出来ない。
主を失った楯は、唯朽ちるのを待つのみ。
ずぶずぶと、なす術も無く呑まれて行く。
――そこで。
くたりと伏し浮かんでいた亡骸の首が、ぎちぎちという異音を立てながらこちらを向いた。
血の通いが無くなり青くなった顔にある、くすみ濁った硝子玉のような生気を失った瞳が、ぐわりと見開かれ、じろりと見据えてくる。
「………」
息を呑む。
――みちみち。
不快な音を立てて、口腔が開かれる。
そこから漏れてきた声は――
「――――ダイジョウブ?」
――視界が暗転した。
――救いようの無い悪夢。
皆さんは経験がおありですか?
著者はありがたいことにまだ荒唐無稽なモノしか見たことありません。
願わくば、死ぬそのときまで悪夢は見たくないものです。
たとえ、この世界が悪夢の中だとしても。