第十一夢:Lie back
――広間にて。
おばあちゃんの料理は、とてもおいしかった。
〈殻無豆とクレサのサラダ〉。
〈グライン麦の焼きたてパン〉。
〈寝床魚の蒸し焼き〉。
〈淡青魚の塩味スープ〉。
〈鈍行牛の串焼き〉。
〈ロトベリーのムース〉。
ボリュームたっぷりのフルコースだ。
その日のお客は私たちだっただけに関わらず、手を抜かないでくれている。
私とクリフが、おいしそうに料理を口に運んでいるところを、おばあちゃんは微笑みながら眺めていた。
『ごちそうさまでした』
両手を合わせて、斉唱。
うん、ホント満足です。
「おさまつさまでした」
おばあちゃんは、お皿を片付けながらなんだか嬉しそうに言う。
――なんだか、いてもたってもいられなくなった。
「おばあちゃん、手伝うよ!」
小走りで歩み寄り、お皿を半分持つ。
「あらあら、良いのよ無理しなくって」
戸惑い困ったように笑うおばあちゃんに、大丈夫、と笑いかける。
「私、こういうの得意だから」
――片付けだけが得意って訳じゃなくて。
食べるのが好きなら、作るのも好きだ。
おいしいものを食べるためなら、努力は惜しまない。
それに、おばあちゃんはあんなにもおいしいご飯を私たちに出してくれた。
この際、商売人とお客という立場は関係無い。
せめてもの、お礼をしなくては。
「おやおや。じゃあ手伝ってもらおうかね」
「ぼ、僕も」
クリフが意を決したように席を立って、私たちに近付いてくる。
「ほんにありがとうね、お二人さん」
私たちは、三人で和気藹々と食事の後片付けを行ったのだった――
ほんわかとした気分で、部屋に戻る。
クリフも、満更ではない様子だ。
「ほんと、おいしかったね」
ベッドに寝転がりながら、つぶやく。
「全くです。ここにして良かったですね」
ニコリと微笑まれる。
――正直、今ではクリフがいて良かったのかもしれないと思っている。
初の単独任務。
心細かったのは確かだ。
最初、そっけない奴だとは思ったけれど、いざ話してみれば中々気さくな人だった。
師匠とは違う人の旅も、新鮮でまた面白い。
「汗でも流して、そろそろ寝ますか」
「そうだね、朝も早いことだし」
「お先にどうぞ」
「どうも。――覗くなよ?」
「―――?」
「……何でもない」
彼にこの手の話は通じないようだ。
私は着替えとタオルを持って、浴場へと向かった。
「ふぅ、すっきりしました」
鏡台の前に座り、櫛で丁寧に髪を解きほぐしていると、頭をタオルで拭きながらクリフが戻ってきた。
白いシャツに紺の半ズボンと、随分ラフな格好である。
淡い黄色のパジャマ姿の私を見て、クスリと笑う。
なによ、と私が軽く睨むと、クリフは、なんでもありません、と苦笑しながら椅子に腰掛けた。
それから、窓を開き、鎧を磨き始める。
――夜風が、火照った身体に心地良かった。
「やはり、女の子ですね」
クリフが、ポツリと言った。
「……え?」
「いえ、先程の事と言い、今の事と言い」
先程、とはさっきの皿洗いのことらしい。
今、とはどうやら服装や、この身だしなみを整えていることのようだ。
「別に普通だよ」
なんだか気恥ずかしくなり、そっけない返事をしてしまう。
「まぁ、女の子だから、という訳ではないでしょうね」
鏡に映るクリフが、窓の外を眺めた。
消炭色の髪が、風に揺れる。
「あなたがあなただからでしょう」
――さらに気恥ずかしくなった。
馬鹿。
そんなこと言われたら、照れるって。
「あなたは良い人のようです」
鏡の騎士が、こちらを見つめてきた。
慌てて、眼を逸らす。
「エリザを護る使命を頂き、光栄ですよ」
鏡の中からも背中越しからも、クリフが微笑む気配が伝わってきた。
――さっきよりも、顔が熱い。
もう!
どうして私が照れないといけないの。
「そ、そろそろ寝ましょうかッ」
櫛を置き、窓をおざなりに閉める。
「そうですね」
クリフが鎧を磨く腕を止める。
「じゃ、じゃあおやすみッ」
ベッドにもぐりこむ。
おばあちゃんの、やわらかい優しさが伝わってきた。
「はい、おやすみなさい」
背からはクリフが、ベッドにもぐりこむ気配。
――消灯。
ようやく。
長かった一日が終わりを告げようとしていた――
……鈍感少年クリフ。
エリザは手を焼かされそうです(笑)
エリザの方は少々ノリが良すぎるでしょうか(^_^;)