第十夢:Dull
旅籠の裏にある、厩に入る。
「――どう、どう」
クリフが先に入り、栗毛の〈土馬〉から下りた。
それから、ミリアを宥めながら〈ステファン号〉を厩に誘導してくれる。
馬車から降りて、身体をぐいと伸ばす。
程良い痛みが、鈍った身体には心地良かった。
「さて、いきますか」
旗を畳み、それぞれの相棒の前のバケツに〈ワラグサ〉を詰め終えたクリフが言う。
最低限の荷物を持ち、本日宿泊の旅籠の門を潜る。
――旅籠屋〈グランマ〉。
入り口兼広間を、裸油球の明かりが包んでいる。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から、掠れた声が聞こえてきた。
白髪を後ろでまとめたおばあちゃんだ。
「こんばんは」
柔和そうな顔にはちょこんと眼鏡がのっている。
「こんばんは」
私とクリフも、挨拶を返す。
「おばあちゃん、一泊したいのだけれど」
私の問いかけに、おばあちゃんは目尻の皺を一層深くして答えた。
優しい笑みだ。
「ええ勿論構いませんとも。大歓迎さね」
どうぞこちらへ、とおばあちゃんは私たちをいざなう。
広間を左に折れ、カウンターの前を通り過ぎる。
そこから、扉が連なる廊下に出る。
その一番手前の扉の前で私たちは立ち止まる。
「ここで宜しいかしら?」
おばあちゃんの手によって扉が開かれる。
簡素な造りの部屋だ。
窓には柔らかい色合いのカーテンがかけられ、壁は落ち着いた木目調。
二つのべッドにはまぶしいくらい純白のシーツ。
「ええ。良い部屋ですね」
「ご夕飯もどうぞ。出来たらお呼びするわね」
おばあちゃんは、私に微笑むとゆっくりと去っていた。
見送った後、部屋に入る。
クリフも、おずおずと入ってきた。
「ふ〜、疲れたぁ」
思わずベッドに倒れこむ。
太陽の匂いがするベッドは、とても柔らかかった。
そのままゴロゴロとする。
「あの……」
逡巡した声が耳に入った。
視線を上げると、クリフが所在無げに立っている。
「どうしたの?」
「……相部屋でよかったのでしょうか?」
――しまった。
全然、考えてなかった。
思考が硬直する。
――男女が、同じ部屋で。
いやいや何を考えている私。
やましい事など何も無いじゃない!
彼は、ボディーガードで。
私は、そのガード対象。
それ以上でも以下でもない。
だから大丈夫……なはず。
どうにか、現実世界に舞い戻る。
「べ、別に気にしてないよ?」
いや、なぜ噛むの私。
しかし、クリフには効いたようだ。
安堵した様子で椅子に座り込み、着けていた胸当てなどを外し始めた。
「助かります」
――ど、どういう意味。
「相部屋の方が、万が一の時にも対応しやすいので」
――ま、そりゃそうか。
安心したような、ちょっぴりガッカリしたような。
「ご安心を。何もいたしませんよ」
――その微笑がイラッと来たのは何故だろう。
ようやく10話突破です。
まだまだ先は長いですよ?
さあ、行きましょう。
二人の行方を見守りながら――