8.■我、闇とて
城内にいる者達が寝静まったとある夜のこと。
机の上に蝋燭を灯した部屋の一室で、ある執事が椅子に座り、蝋燭の灯りで手元が辛うじて見える中、手紙を書いていた。
すると部屋の出窓からコツコツと窓を叩く音がし、その音に気付いた執事は立ち上がり、窓際へと向かう。
窓を少しだけ開けると漆黒のレターバードが窓枠から顔を覗かせ、執事の様子を伺う。
レターバードはその名の通り、手紙を届ける鳥として人々に利用されており、本来であれば白い体毛で覆われ、特定の相手に手紙を届けることが出来る。
また、人物の顔と住んでいる場所を記憶して配達していると考えられているが、小動物のため記憶力はあまり持ち合わせていないので限られた人物しか配達することしか出来ない。
それらの理由から夜間でレターバードを利用することは本来であれば考えられない。
執事は漆黒のレターバードを腕に乗せ、喉元を撫でると窓ぶちにおろした。
「もう少しで書き終わるから大人しく待っててくれ」
返事をするかのようにレターバードはクークーと鳴き、執事は机へと戻る。
手紙を書いている執事はゼロ・スタイン。
エクリエル王国にて王女の側近を務め、その仕事ぶりからメイド、王、騎士からも信頼が厚い人物だ。
だが、彼は王国の執事以外に彼はもう一つ仕事をしている。
「指令の報告と……ああそうだ、あの件についても書いておこう」
そう呟いたゼロは、アリッサの外出前夜の事を思い出していた。
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「……では、メイドに外出用の服を用意させます。明日の事もありますので早めにおやすみください」
「わかったわ、おやすみゼロ」
「おやすみなさいませ」
挨拶を済ませるとゼロはドアを静かに閉めた。
自分の部屋へと戻り、自身の内ポケットの懐から一枚の紙と布切れを取り出す。
普段のにこやかな表情を止め、真面目な顔でその紙を読み始めた。
※※『銀狼に告ぐ、ブッチ・フォルタンを暗殺せよ』※※
「ブッチ・フォルタンか……」
上着を脱ぎ、黒いフードを被ると懐から取り出していた布切れの匂いをくんくんと嗅ぎ始めた。
「なるほどね」
ぽつりと呟いたゼロは出窓から身を乗り出し、城の木々を伝って闇に溶け込みながら市民街へと繰り出した。
※※※
冒険者で賑わっているバッカスという酒場がある。
ギルドから近い場所にあるこの酒場はクエスト終わりの冒険者や、エクリエル王国へ赴いた者達の憩いの場になっている。
つまみのビーフや酒も安価で飲めるため、根強い人気の酒場である。
ただ客層からかあまり一般市民の利用は少ない。
そのバッカスからほろ酔いの男が揚々と出てきた。
周りの喧嘩をつまみに酒を飲み、近くにいた赤の他人にこれまでの武勇伝を語り、満足げに店を出たのだ。
夜も更けているため、大通りから暫く歩くと人気も段々と少なくなってくる。
そして、男が宿へと向かう帰路の途中、後ろから急に話しかけられた。
「ブッチ・フォルタンさんですか?」
後ろを振り返ると、黒いフードを被った男が立っていた。
目を細めて見ようとするが酔いと夜更けのせいか顔もよく見えない。
「あぁ、そうだよ、お前は誰だ?」
訝しみながらフードの男に問いかける。
「先ほどの酒場で近くに居たものです。忘れ物を見つけたので追いかけてきました」
「おぉ、そうか悪ぃな」
フォルタンは男に歩いて近づこうとするが、この状況を少しだけ整理していた。
本当に忘れ物などしたのか、仮に冒険者であれば価値がある物を追いかけてまで本人に届ける事はない。
酔っぱらって物を無くすことはよくあるが、届けてもらったっことはこれまで一度もないのだ。
「ところでその忘れもんってのは何だ?」
「………」
「おいおい答えられねぇのか? お前怪しい奴だな」
「……はぁ、酔ってたのでやりやすいと思ったんですが……さすが逃げ延びただけはありますね」
フードの男は両手を少しあげ、やれやれとため息をついた。
「――ッ! てめぇ、追手のもんか!」
フォルタンは腰元の剣を抜き、フードの男を見据えた。
「死ぬような思いしてここに辿り着いたってのによ、全くついてねぇぜ」
「人に見られると面倒なのでさっさと終わらせます。覚悟はいいですか?」
「はっ! 嘘もつけられねぇ奴に俺が負ける訳ねぇ!」
黒いフードの男はシルバーダガーを取り出すと、一気にフォルタンに肉薄した。
「なっ! 速い!」
―――ドスッ!!
「がはっ!!!!!」
返り血を浴びないよう、一撃で胸へと止めを刺し、死を確認すると死体を麻袋に入れ担いで人目に付かぬようその場から持ち去っていった。
スラム街で事件は日常茶飯事であるが、市民街では殺人があると問題になることが多いので死体を隠す必要がある。
王国郊外へ屋根伝いで移動し、麻袋にオイルをかけて焼却処分を行うのだった。
郊外の魔物が焼かれる匂いにつられ、骨まで処理をしてくれるため死体は消える。
「ふぅ……酒場から出てくるのを待っていたが、思ったより時間がかかったな」
自室に戻り、一呼吸置いたゼロはフードを棚にしまい、寝支度を始めた。
ベッドに横になるが、一仕事終えた後なのか少しだけ寝付きが悪かった。
数時間ほどで日が昇り、窓に朝日が差し込む。
いくら床に就くのが遅くても、いつも通りの時間に起き、業務をこなすのが執事の務めである。
だが、この日はいつもより早く起きていた。
「うーん、寝る前にも気になっていたが、やはり少し匂うな」
ゼロは自分の身体をくんくんと嗅ぐと、汗、煤の匂い、若干の血なまぐささが身体からしていたのだ。
顔をしかめたゼロは水桶を用意し、急いで身体を拭き始めた。
朝食の準備を終えると、ジョルジュとアルフォードに廊下ですれ違い、挨拶を交わした際にいつものようにアリッサを起こすように言づけられた。
アリッサの部屋へ向かう途中、遠巻きからメイド達が部屋の前でいつものように騒いでいた。
いつもは困っている表情をしているが、今日に限っては驚いた表情をしていたので、部屋へと近づいていくゼロも少し気になっていた。
一人のメイドがゼロに気付くと話しかけてきた。
「あっ! ……ゼロ様!アリッサ様が!」
「ああ、わかっている、私が起こすから前を空けてくれ」
そして寝坊せずに起きているアリッサを見て、朝から驚く事態が起きたのだ。
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そう、まさかアリッサが起きて着替えもしていようとは……
その光景を思い出してニヤリと笑うゼロ、あんなにたじろいだのは久しぶりの感覚であったのだろう。
それから、アリッサを攫おうとしたガラの悪い二人組についても考えていた。
大方、貴族を見かけたので攫い、奴隷商に売りつけるつもりだったのだろう。
剣の腕もイマイチでオーラも纏えてないのただのチンピラだ。
アリッサは不運な事に偶然人攫いに巻き込まれてしまったのだろう。
一人の護衛と執事を携えて街中を歩いている最中に目を付けられ、逸れるタイミングを狙っていたのだろう。
万が一アリッサに見られないためにフードを露店で急遽購入し、二人組の前に立ったのだが、内側に忍ばせているシルバーダガーを使うまでもなかった。
「あっ!」
ゼロはフードを買い物袋にこっそり忍ばせたのを思い出した。
あとで回収するつもりが、城に戻った時に買い物袋をメイドに渡してしまい、そのままアリッサを医者まで診せに運んだのだ、今までうっかり忘れていた。
既にアリッサの部屋に買い物袋はあるだろうと考え、近いうちにフードを回収することに決め、手紙を書き進める。
手紙の主な内容については四つほどある。
・ブッチ・フォルタンの暗殺が完了したこと
・アリッサが攫われたが、救出したこと
・披露宴まで二ヵ月を切ったこと
・政策内容の調査は相変わらず進展がないこと
以上の内容をまとめ、書き進める。
特に政策についてはジョルジュに遠回しに聞いても、お前には関係無いと言われはぐらかされる。
大臣との会議を行っている部屋も兵が部屋の前に立っており、分厚いドアからも声は漏れてこない。
アルフォードとアリッサの食事をしている最中に拾うしかないだろう。
以前アルフォードに遠回しに聞いてみたが、ジョルジュからお叱りを受けたため迂闊に聞くことが出来ない。
「よし、こんなもんでいいだろう」
手紙を書き終えると一呼吸置き手紙を丸め、レターバードの足元に括り付けると外へと放つため窓を大きく開ける。
その時、強い風が吹き、机の上の蝋燭の火はサッと消えてしまい。部屋には静けさと闇のような暗さが広がる。
ゼロは気にすることなく空へとレターバードを放つ、夜空へ飛び去ったレターバードは夜の闇と混じり合い、部屋の暗さもあるだろう、あっという間に姿を消してしまった。
レターバードの行き先はエクリエル王国から壁を隔てたある国へと届けられる。
過去に聖魔道戦争を繰り広げ、形式上は平和協定を結んでいるが、
冷戦状態が続くかの国――――――
――――――そう、バリョッサス帝国である。