7.■フードの男
「おい……どこに行ったんだ! いきなりいなくなっちまった!」
「あ、あぁ……ア、アリッサ様、消えた! 、、、ど、どうしよう、じいちゃんにお、怒られる」
「この人ごみからただ逸れただけかもしれねぇから、狼狽えるんじゃねぇ!」
「とりあえず皆さん落ち着きましょう!」
ゼロはなんとか二人をなだめようとしつつ、今後の対応を考える。
アリッサが消えたのはゲイルが話し始めてからものの数分。
視線はゲイルに集まっていたが、アリッサが別のものに興味を引かれ、人ごみにもまれ離れたのかもしれない。
あくまで予想になるがこの場所に戻ってくるまで待機する方法もある。
ただし、何かしらの事件に巻き込まれていたのなら待つ選択はとても危険となる。
「くっ……! 皆さん手分けして捜しましょう。そして30分後にまたここに集まりましょう」
「わかった。俺はギルド方面を探すから、おめぇらは後ろの方を探してくれ」
ゲイルはそう告げると焦っていたのか返事を待つことなく、ギルド方面へと人ごみの中に消えて行った。
「ゼ、ゼロさん、ぼ、僕はどこへ、、?」
「貴族街に戻る可能性は低いと思いますので、ポールさんは私と一緒に市街地を捜しましょう」
見慣れている貴族街よりも、市街地を巡っている可能性が高いとみたゼロはポールと手分けして市街地を捜すことにした。
ゼロは今まで通ってきた道を、ポールはスラム街付近を担当する事になった。
また、露店を出していた武器商人にもアリッサの特徴と戻ってきたら待つように伝言を言づけて二人は出発した。
市民街を捜索場所とし手分けをして探すも、広く大通り以外にも裏通り、はたまた路地裏と迷路のように市街地は張り巡らされている。
小さい子供も迷子になり衛兵に連れられることは日常茶飯事であり、冒険者でさえ自分の宿から離れてしまうと道に迷ってしまうほど複雑だ。
果たしてアリッサはどこへ行ってしまったのであろうか。
※※※
ゼロ一行が捜索でた頃、大通りから少し離れた場所に怪しげにうごめく二つの影がある。
太陽の日が真上に昇り国内を明るく照らす中、建物の薄暗い路地裏にて如何にもガラの悪い二人組の男達が人一人入る麻袋を担いでスラム街の方向へと向かっているのだ。
それは鮮やかな手口であった。
興味を引きそうなもので誘き寄せ、近くまで来たところでスリプ草をすり潰して湿らせた布で口元を覆う。
アリッサが失神したところで二人係で縛り上げ麻袋へいれた。
人さらいを生業にしている者達にいとも簡単にアリッサは捕らえられてしまったのだ。
ガラの悪い二人は卑下た笑みを浮かべながらスラム街へ向けて路地裏をスルスルと進んで行く。
「へへへ、今日は簡単だったな」
「そうですねアニキ! ガキ一匹攫うだけでしたね! ところで、このガキはどうするんすか? 奴隷として売るんすか?」
「ばかやろう! 奴隷商には売らねぇよ!」
「す、すんません! では、どうするんで?」
「とりあえず目的の場所までお前は運んでりゃいいんだよ」
「へ、へぇ……」
そう会話をしつつ、急ぎ足で進みあと少しでスラム街に到着できる一歩手前で急に足を止めた。
二人の進行方向に見知らぬ男が突如としてぬっと現れたからだ。
「なんだてめぇ? ……衛兵かと思ったじゃねぇかビビらせやがって」
あまりに突然のことなので思わず二人はぎょっとした。
その男は上半身を頭からすっぽりと黒いフードを覆い佇んでいた。
スラリとした体形だったことからスラムの住人と勘違いしたのだろう、男たちは段々と語気を強めていった。
「おい、そこをどきやがれ!」
「アニキがどけって言ってんだろ! ささっと道を空けろ」
幅の狭い路地裏を一向にフードの男は譲らない、ピクリとも動かないので不気味さも漂わせていた。
「てめぇ! 痛い目にあわせなきゃわからねぇようだな? おい、アイツを痛めつけるから下ろせ」
「へい! アニキ、俺もこいつにイラつくんで混ざってもいいっすか?」
「あぁ、いいぜ!」
男達は麻袋を下すと腰からナイフを取り出し、フードの男を脅しつけた。
「おい、金目のもん置いて謝るんだったら見逃してやってもいいぜ?
まあ、身ぐるみ剥いでパンツ一丁で帰ることになるけどよ! ハハハ!」
フードの男は一言も言葉を発することなく、腰元のフードを捲るとシルバーダガーを見せつけた。
「な、なんだてめぇ! お前もナイフを使うってんなら命の保証はしねぇぞ」
「ア、アニキ! こ いつもナイフ持ってますよ!」
「ばかやろう! こっちは二人で向こうは一人だ、勝ち目なんてねぇよ!」
だが、フードの男は捲るのを止めシルバーダガーを隠すと、右手を上げ指先をクイクイ動かして挑発を始めた。
「てめぇ、どうなってもしらねぇぞ! ぶっ殺してやる!」
「ア、アニキっ!」
一人がフードの男目掛け、ナイフを突き刺しに走った。
フードの男は手首を掴むと同時に肘に掌底を当て、男の腕がぐにゃりと曲がった。
手に激痛が走ったのか男はナイフを放してしまう。
「いでぇ!!!!! 俺の腕がぁ……んなっ!」
叫びと同時に足払いを掛けられ、大柄の身体が地面に落ちていく。
男が放したナイフを空中で掴むと、男の身体が地面に着くのとほぼ同時に喉元にナイフを突き刺した。
地面に横たわった男は動かなくなり目から生気は無くなっていた。
「ア、アニキ!? おい、嘘だろ……」
もう一人の男の額からどっと汗が吹き出し、足がガタガタと震えだした。
フードの男はナイフを突き刺したままその様子を見据えていた。
「なぁ、俺が悪かった命だけは勘弁してくれ! なんなら金も置いてい行くから……ひいっ!」
フードの男がそろりと立ち上がった姿をみて、男は恐怖し急いで後ろを向き走り去ろうとしていたのだが、足が縺れ上手く走ることが出来ない。
なんとか体制を立て直しその場から声を上げ逃げ去ろうとした。
「誰か! たす、ぐぇっ!!」
フードの男が首元のナイフを抜きそのまま投げつけると、逃げようとした男の頭に突き刺さり倒れてしまった。
人気の全くない路地裏で叫び声も届かなかった男達の死を確認したところでスッと麻袋に近づく。
麻袋を開けたフードの男は寝息を立てているアリッサを抱えて路地裏から去っていった。
※※※
日盛りの時、一人の気の弱そうな騎士がスラム街付近を汗をたらして歩いていた。
目は焦点があわず、小声でブツブツと呟いている、風貌から騎士だとわかるがあまりの不気味さで誰も近づけない。
「あぁぁ、、、ど、どうしよう、、、じいちゃんに叱られる、、、お、お父さんに、にも幻滅されるかもしれな、い、、あぁぁあ、、、あの話も、な、無かったこ、ことになるのかなぁ、、」
ポールは俯いたままトボトボと歩いていると背中に石の様な物があたり、「わっ!」と驚いてしまった。
大方、気味が悪いので誰かが石を投げつけて嫌がらせをしているのだろうと思い後ろを振り返ると、道の脇に座った状態で建物に寄り掛かっているアリッサを見つけた。
「あ、あ、あ、アリッサ様!!」
急いで駆けつけ肩を優しく揺らす。
反応が無かったので少し焦ってしまったが、息をしていること、服の乱れも少なく外傷もない為、大事に至らずポールは安堵し、その後も声を掛けながら身体を揺すり続けた。
「う、うーんよくねたわぁ…って、あなた確かポールじゃない? なんでこんなところにいるの?」
「あ、、アリッサ様がいなくなられて、あっ! や、約束の時間もせ、迫っているので、、し、失礼します、、、」
「あっ! ちょっと!」
ポールはアリッサを背中に抱えると、約束していた集合場所へと向かった。
武器露店の前には既にゼロが到着しており、アリッサを見て安心した様子であった。
それからしばらくすると到着に遅れたゲイルも合流し、何が起きたのか皆でアリッサに確認を行った。
「とりあえず大きな怪我も無さそうですので安心しました。では、何があったか話していただけますか?」
「話すも何も道の脇にちょっと気になる物があったから近づいてみてから覚えてないのよ、気が付いたら目の前にポールがいたわ」
「うーん、にわかには信じがたいですが身体の方も心配です、時間も予定よりだいぶ過ぎているので一度城に戻りましょう」
「えー! 戻るの? 私なら大丈夫よ」
「も、戻られた方が、よろ、、しいかと」
「わりぃけど俺はギルドに寄ってからでもいいか? 城に行って説教とか食らいたくねぇんだ」
「かしこまりました。この件については私が責任を負いますので、ゲイル様も時間があれば後ほど城へお越しください」
「えー! 私もギルドに行きたい!」
「ダメです!」
「じゃ、よろしく頼むぜ執事さんよ」
機嫌が悪いアリッサを何とか城へと戻し、医者と治癒士が検査を行ったが特に異常は見受けられず、事件性について第一発見者のポールが疑われた。
だが、不気味に市街を徘徊している様子が逆に印象に残り、大勢の市民に目撃された結果、事件との関係性がないと判断された。
アリッサの記憶も曖昧かつ勝手に離れた経緯もあるため、ゲイル、ゼロ、ポールの三人も特にお咎めが無く終わった。
ちなみにその日、結局ゲイルは城に戻ってこなかった。
アリッサの身体も問題ないが少しの間、大事を取ることに決まった。
その日の夜、アリッサはゼロの両手がいっぱいになるほど購入した物を自分の部屋でご機嫌に開封していた。
「あーこの服もパジャマには劣るけど可愛いわ! イヤリングも綺麗ね。
‥‥‥もうゼロったらメイドに袋渡して私の部屋に置かせたままだからフルーツも袋に入ったままじゃない!」
文句を言いつつも夜食としてこっそりフルーツを食べながらアリッサは着合わせをする。
「あぁ、まだまだあるわね! それにしてもゼロったらよくこんな量を運べたわね……うん?」
袋を漁りながらアリッサはある物を取り出した。
「あれ? わたしこんな物買ったかしら? うーん……まぁいいわ」
首をかしげながら少しだけ今日の買い物を思い出そうとしたが、結局すぐ諦めてしまったアリッサの手の中には黒いフードが握られていたのだった。