6.■外出事件
翌朝、ゼロはアリッサを起こすため部屋に向う。
いつものようにドアの前にメイド達が群がっており、相変わらずざわついていた。
すると、一人のメイドがゼロを視界に捉え驚愕した声で話しかける。
「あっ! ……ゼロ様、アリッサ様が!」
「ああ、わかっているよ。私が起こすから前を空けてくれ」
メイドの群れを掻き分けドアをノックし、静かに部屋に入る。
「失礼します、アリッサ様……え、そんな! まさかっ!」
あまりの出来事にゼロのさわやかな笑顔が崩れる。
目を見開き、右手で口元を押さえたまま数歩ほど後退りしてしまうほどの出来事が起きたからだ。
「もう、いきなりドアを開けるなんて失礼ね」
なんとそこには、着替えを終えようとしているアリッサがいた。そう、すでに起きていたのだ。
いつもであればベッドのシーツは乱れ、痣のある腹をだし、安らかに寝息を立てているあのアリッサが……。
おそらくメイドが用意したであろうピンクのフリルがついた上着を着て、チュールスカートを腰元で調節していた。
朝に起きている事も珍しいが、一人で着替えを済ませた事も珍しい。
「こ、これは失礼しました! まさか起きているとは思わなかったもので」
ゼロは狼狽えながら部屋から退出すると、メイド達と一緒に着替え終わるのを待つ。
入室した時には既に着替え終わりだったので、さほど待たずに「入っていいよ」と、ドア越しか声がかかった。
その後、メイド達による最終的な着直しを済ませ、ゼロと共に大広間へと向かう。
「む……今日は珍しく早いな、槍でも降るかもしれん」
「おはよう、お父様! 今日は外出だからなんだか目が覚めちゃったのよ、それにしても楽しみだわ! 早く出かける時間にならないかしら」
いつもであれば朝食の時間が遅れるため、寝坊と準備を見越してアリッサを起こしに行き、アルフォードは先に席についている。
その後、本来であればアリッサが眠たそうな顔をして広間に現れるのだが、今日に限りアルフォードが着席したと同時に現れたため、アルファードも驚きを隠せない。
アリッサは朝食を終えると、ゲイルが到着するまで部屋で待ち、その時間に着替えを済ませる必要がある。
だが、既に着替え終えていたため、少し手持ち無沙汰になっていた。
そこで、給仕を終えジョルジュから5ゴルド受取っていたゼロを見つけると急ぎ足で捕まえにいく。
「ねぇゼロ、ゲイルが来るまで私も何か準備した方がいいかしら? 剣術を習ったことだし剣も持って行った方がいいの?」
「王国の外に出る訳でも無いので魔物に襲われる心配もありません。ゲイル様も護衛に就くことですし、大人しくしていれば大丈夫かと思います」
「ちぇ、つまんないの」
アリッサは頬を膨らしつつ、口を尖らせた。
ゼロは暇そうにしているアリッサに、城の入口広間にてゲイルを待つので部屋で待機するように伝える。
だが、アリッサはゼロの言葉を無視してそのまま入口広間までついてきた。
城の門番がいる少し先に入口広間はあり、床には大理石が敷かれ、定間隔で骨董品や絵画も飾られている。
また、天井を見上げると豪華なシャンデリアがぶら下がっており、披露宴もこの場所で行う予定となっている。
シャンデリアの真下あたりでゼロとアリッサはゲイルの到着を待っていると、後ろから弱々しい声が聞こえてきた。
「あ、アリッサ様、ゼロさん、ほ、本日はよろしく、、お願いします」
後ろを振り返ると短めの金髪に薄手の鎧を着た若い青年が立っていた。
その表情はおどおどし、如何にも頼りなさそうな男である。
アリッサはその青年を舐めるように下から上へと眼光を移動させ、最後に睨みつけると口元に手を当て黙考を始めた。
青年はアリッサに睨まれた際に「ひっ!」と、小さな叫び声を上げ、ゼロに助けを求めるように弱々しい犬のような目で見つめた。
「ポールさん、本日はよろしくお願いします」
「ああ、そう言えばお父様が護衛を一人つけると言ってたわね。
でも、こんな弱っちそうな人で大丈夫かしら?」
「ぽ、ポール・バルテルミーと、申します。よ、よろしくお願いします、、、」
「バルテルミー? どこかで聞いたことある名前ね、まあいいわ。今日はよろしく頼むわよ」
「は、はい、、、、」
アリッサは訝しげな顔をしヒソヒソと小声でゼロの耳元へ話かける。
「(ゼロ、あのポールって奴ほんとに大丈夫なの? 私でも勝てそうな気がするんだけど)」
「(彼は問題ありません。あのように見えて腕が立ちます)」
「(そう? なんだかオドオドしてて護衛って感じでもなさそうに見えるわ)」
「(人は見かけによらない事もあります、それに彼の――)」
「ハハハ! いやーお待たせしました!」
アリッサへ耳打ちの途中に大声が入口広間中に響き渡り、ゼロの言葉は遮られた。
「おっ! お嬢さんに、執事に、えーと護衛の坊ちゃんかな? まあ、皆さんすでにお揃いのようですな!」
「私すごく楽しみにしてたんだから、早く行きましょうよ!」
「ゲイル様、本日もよろしくお願いします。ギルドまでのルートですが…」
ゼロ達はギルドまで道のりを相談し始めた。
当日に馬車を使っての移動も検討されたがアリッサがそれでは外出にならないと反発し、ギルドまで徒歩で向かうことが事前に決まっていた。
そこでゲイルとゼロ、ポールはギルドへ辿り着くまでのルートを確認する必要がある。
アリッサにとっては楽しい散歩になるだろうがゲイル、ポールはアリッサの護衛になる為、フォーメーションを組むことにした。
フォーメーションはギルドまでの案内を兼ねて前にゲイル、真ん中にアリッサとゼロ、後ろからポールが付いてくる形となった。
「さぁ! 出発よ!」
ギルドまでの相談が纏まったところで、アリッサの張り切った掛け声を皮切りに城を出た。
エクリエル王国は通称山の城と呼ばれている。
頂上から城、貴族街、市民街と道を下っていく必要があり巷では階級社会を表していると比喩される声も出ている。
ギルドがあるのは市民街のため、貴族街はそのまま通り抜ける予定だ。
城から貴族街の門は大通りの一本道になるので迷うこともないため、アリッサたちを見かけた貴族街の門番はそのまま道を譲り、四人は市民街へと入っていった。
「わぁー! これが市民街なのね! それにしても人が多くて賑わってるわね」
「ハハ! お嬢さん、はぐれねぇように気をつけなよ、ギルドは市民街の奥にあるから、ここからしばらく歩くぜ」
市民街は露店などが多く、冒険者や市民などで賑わっている。
貴族街では落ち着いた店が多いため露店や行商人など滅多に見かける事がない。
市民街の活気はアリッサにとって新鮮だった。
貴族街から市民街入口まではすんなりと進んでいったが、四人のギルドまでの足取りは急速に遅くなっていた。
市民街での活気、露店、雰囲気、これがアリッサの興味を引かないわけがない、街中を移動するたびに露店で足を止めていた。
ある宝飾を品定めしている時に、その露店主である親父が気さくにアリッサに話しかける。
「おう! 貴族の嬢ちゃん、うちの商品が気になるのかい?」
「ええ、このアクセサリーとか可愛いわね!」
「ああ、それはルータニア産のイヤリングだ。亜人族のエルフが良く身に着けている品だな、嬢ちゃんに似合いそうだから安くしとくぜ?」
「えっ、本当! ……よし、買いましょう。ゼロお金!」
「アリッサ様、先ほどは服を、その一つ前にはトレビアンフルーツを購入されていましたが」
両手いっぱいに袋を抱えたゼロ。
そうこれまでにアリッサは露店で気になる物に目を止め、道を進むたびに買い物を続け、いつしかゼロの顔まで購入した袋で埋まりそうになっていた。
「もう! まだお父様からもらったお金はあるんでしょ? なら大丈夫じゃない」
「……かしこまりました」
ゼロは荷物を降ろすと渋々支払いを済ませた。
ゲイルがゼロも一緒に連れて来るよう要望したのは、アリッサの買い物を行う事を見越したのかもしれない。
重そうな荷物を担いでいる姿をポールが心配して、自分も荷物を持つと言ったが護衛があるのでゼロは断った。
市民街を顔も隠さずアリッサは堂々と歩けるのは訳がある。
アルファードは王として人々に認知され、顔を知らない者はこの国にはいない。
だが、王に一人娘がいることは有名だが表舞台にはあまり顔を出さないため群衆の認知はかなり低く、まして市民街を歩くなど想像もつかないだろう。
現に貴族育ちのカーラも教師につくまではアリッサの顔を認知出来ていなかった。
「相変わらず人で混んでんなー………おっ! こいつは珍しい武器があるじゃねぇか! 悪ぃけど、俺も少しみていいか?」
ゲイルは足を止め、武器露店の品である歪曲した剣を持つと品定めするように見て後ろの三人に話し始めた。
「そういやー武器にも色々あってな、ただ振り回すだけじゃなくて中には特殊なもんがあるんだ……魔武器って言うんだけどよ。
吸収したり、属性を付けたり、身体強化、中にはもっとすげぇ代物もあるかもしれねぇ。そこの護衛の坊ちゃん、騎士団にもそう言った代物あんだろ?」
「え、あ、、はい。で、ですが、詳しくは、言えません、、」
「フフ、まぁそうだろうな。……魔武器は珍しいからよ、売ればいい金になるんだ。
まぁ冒険者で売る奴はそんなにいねぇかもしれねえがな」
そんなことを言いながらゲイルは手に持っている武器をまじまじと見ている。
ポールも興味があるのか、その光景を見ていた。
ゲイルはしばらく手に持った剣をあらゆる方向から見て、満足した様子でうーんと唸り、剣を元の場所に戻した。
「……まぁ、これは魔武器ではねぇんだけどよ。ちょっと形が珍しかったんで見てただけだ」
「あ、そうなんですね」
顔付近まで来ている荷物の横から片目を覗かせて見ていたゼロはぽつりと呟く。
それと同じく、武器に興味がある雰囲気を醸し出していたポールも少しばかり肩を落とした。
「ああ、なんか期待させちまって悪かったな。さて、少しばかり時間食っちまったがそろそろギルドに向かうか」
くるりと方向を変え、ギルドを目指すために歩き始めようとしたが、足が止まり皆の血相が突として変わった。
――――そう、先ほどまでいたアリッサは姿を消してしまったのだ。