48.■闇の会合
ディサイヤ大陸南方にあるバリョッサス帝国領内――――
そのどこかに存在する一つの組織があった。
それはどこにも属することなく、なぜ設立されたのか、どのような活動をしているのかも不明だ。
そもそも組織の存在があることを知らない者が殆どである。
だが、わずかながらその存在を知っている者もいる。
その存在を知る者は彼らをこう呼ぶ――――”例の組織”と。
薄暗い通路を歩く男がいる。
壁に設置された松明の灯りを頼りに脇腹を抑えつつ、ゆっくりと進んで行く。
時折、壁に手を当て少し休憩しながら進み、男の前方には二人の少女がいるが彼女らは男を気にする事なくどんどん前へ歩き進める。
その素振りに男は次第に機嫌が悪くなっていき、ついには声を荒げてしまうのだった。
「おい!! 待ちやがれ、こっちは怪我してんだから少しは労われよ!!」
男の言葉に少女達は立ち止まりると、鏡写のような顔を二人並べて男を無言で見つめた。その目は哀れみも慈しみも無い無感情のままである。
「戻るようにボスに言われた」
「そう、だから早く行くの」
「お、おいっ!!! ちくしょう!!!」
そして、二人は踵を返すと呼び止める男を無視して奥へと進んでいったのだ。
通路の先には大きな扉があり、狭い通路は声が響きやすいので扉の外からでも中の話声が聞こえてくる。
男はやっとの事で話し声が聞こえる扉までたどり着き手をかけた。
ギシギシと軋む音を鳴らしならが扉を開くと、その先の広間は廊下と同様に薄暗い。周りにある燭台の灯を頼りに目を凝らせば周りにいる者の顔がやっと見れる程だ。
壁の燭台の近くには水晶が幾つか並べられており、中心には大きなテーブルが置かれている。
テーブルの上には水晶が一つだけあり、その周りを囲うように椅子が並べられ数人が座っているが、一人だけ椅子に座らず壁にもたれ掛かっている青年もいるようだ。
『遅かったな……迅雷』
水晶から淀んだ声が聞こえ、男に話しかけた。
「ボス、ただいま戻りました。……先日報告をした通りです。ゼロの奴が裏切りました」
「マジかよ……あいつ……」
椅子に座っているうちの一人、全身黒ずくめの男がバルドスの報告を聞いてボソリと呟き、壁にもたれ掛かった青年も身体をピクリと動かした。
―――水晶とバルドスの会話は続く。
『その怪我も銀狼にやられたのか?』
「いいえ、この怪我はあまり情報がなかったアルスって奴にやられました。マナ乱流の魔法陣を展開したのですがなぜか魔法を使われて……いつの間にか俺に近づいていたみたいで気が付いた時には一発もらっちまいました」
『……魔法が使えただと? まさか……同様に…いや、今はいい。永遠お前たちはどうだ?』
「着いた時にはレフがやられてた」
「そう、ゼロに殺された」
「ボスの命令にゼロ殺すの無い」
「アリッサの場所は言わなかった」
『ふむ、銀狼が裏切ったのは間違いなさそうだな』
水晶の中はぼんやりと人影で揺らぎ、水晶から発せられる声はどことなく虚しさを周りに感じさせた。少しの沈黙の後に水晶は再び話し始めた。
『……ところでゼロの消息はわかっているのか? 最後に見かけたのは……レフになるか』
「オルテンシア付近の森で殺された」
『そうか、城に戻られても厄介だ。警戒網を敷くか……』
「ならボス、俺にもう一度チャンスをくれ! 今度こそ任務を遂行出来る! 奴に仕返しをしてやりたいんだ!!」
バルドスはテーブルに乗り出すと水晶へ向けて勢いよく話しかけた。だが、水晶から返答はなくバルドスの荒い息遣いが部屋に響いく。
『………アリッサ姫暗殺の件はもういい。だが、裏切り者には死んでもらわねばならない』
組織に属している者であれば『裏切り=死』であることは掟として決まっている。水晶の言葉にバルドスはニヤリと頬を緩め、その一方でカインは眉をひそめて押し黙った。
『そしてその裏切り者を追う者は――――』
「俺だ、ボス!! 俺にやらせてくれ!!」
『―――漆黒と黒腕で行ってもらう』
「なっ、なんだと!!! 俺じゃねぇのかよ! 俺以外にゼロをぶっ殺せる奴はいるのか!?」
バルドスは更にテーブルへと詰め寄る。彼の目は血走り怒り心頭の様子だ。
「ぷっ、まぁ一回失敗してるから次はないでしょ? 帝国からあれだけ用意してもらったのに失敗する方が難しいよ」
「なんだとっ!!!」
壁にもたれている青年が口元の笑みを手で隠しつつバルドスを挑発した。案の定、彼の怒りは更に上がり髪の毛が逆立ち始めた。
「まぁまぁ、事実なんですから落ち着いてくださいよ」
「おいセト!! テメェの言い方が鼻につくんだよ! 殺されてぇか!」
水晶からもバルドスへ『落ち着け』と声をかけたが、まるで耳に入っておらず、ドンと思い切り拳でテーブルを叩きつけた。
その結果テーブルにヒビが入ってしまい、振動で水晶がコロコロと転がり床へ落ちそうになるが、レフによってキャッチされ、水晶はレフの手の中で落ち着いた。
「ボスも言ってる、落ち着け」
「セトも言ってる、落ち着け」
無表情のレフリーの言葉ですらバルドスの怒り材料へとなるようだった。
「どいつもこいつも、バカにしやがって!!! 俺はバカにされるのが大嫌いなんだよっ!! 追うのが俺じゃねぇって事はボスに信用されてねぇって事だろ! レフ、水晶をよこしやがれ叩き潰してやるっ!!!」
バルドスはレフから強引に水晶を奪うと、腕を大きく振り上げた。今にも叩き潰されそうな中で水晶が強い光を放ち始めるー
『やめろ』
水晶から発せられた言葉でバルドスは身体をピタリと硬直させると、大人しくテーブルの上に置いた。つい先程まで怒りで我を忘れた男とはうって変わった様子だ。
「すみませんボス、ちょっとやり過ぎてしまいました。つい頭に血が上っちまいまして……申し訳ない」
『わかればいい。裏切り者の処罰にはお前が失敗したから選ばなかったのではない……他でやってもらいたいことがあるのだ』
「他ですか?」
『ああ、そうだ。怪我が癒えたらルータニア大陸へと向かってもらう。詳細については追って説明をする』
「……わかりました。だが、納得出来ない事もあります。今回、裏切り者の報告なのになぜこうも集まりが悪いんですか? 組織にとっても重要だと思いますが」
『うむ、他の者もそれぞれ暗躍している。中には手が離せない者もいるだろう、銀狼の裏切りは私から他の者に展開しておこう』
「……そうですか、わかりました」
バルドスは威勢が無くなったように一言言うと、近くの椅子へ大人しく座った。
『ねぇボス、カインの代わりに私がセトと行動出来ないかしら?』
突如として壁の燭台近くに置かれている水晶から女の声が聞こえた。皆の視線が集まる中、並んでいる水晶の一つが人影でゆらゆらと揺れている。
「おい、居るなら返事ぐらいしろよ」
バルドスが水晶へと声をかけた。『だってあなたが……』と、ブツブツ文句を言うあたり、どうやら途中から話を聞いていたようだ。
どうやら先程起きたバルドスの怒りで声をかけずらかったようだ。
『……追う者はすでに私が決めた。それにお前の任務はどうなっている』
『なんとか目標に接近出来そうです。目標が落とせたらはそこまで時間はかからないかと……でも、今回の任務ってなんか地味な割に長くなりそうなんですよねー……だから気分転換に別の任務もどうかなって思って』
『……引き続き任務を遂行するように』
『ふんっ、なんでマナの補填なんて私がやらなきゃいけないのよ……』
『……何か不満があるのか、妖艶?』
『な、なんでもないです!』
水晶同士が会話をする異様な光景が繰り広げられていたが、周りにいる者たちはいつもの事のためその光景に驚気はしない。
水晶同士の会話が終わりそうな気配を察したカインはタイミングを見計らい口を開いた。
「あのボス……アリッサ姫の側にゼロがいると思いますが、ゼロを始末した後はアリッサ姫も殺す必要があるのでしょうか?」
『姿を見られたのなら殺せ、そうでなければ構わない』
「あーもういっそのこと皆殺しでいいんじゃないですかぁ? 裏切り者とその仲間も殺した方が早いですよ」
壁にもたれ掛かっているセトと呼ばれる青年がカイン達の話に割って入って来た。人を殺すと言うのに面倒くさそうな話し方だ。
「おい、セト! 全員殺す必要は無いだろ!」
「カインさん、なんか文句あるんですかぁ? ボスだって殺せって言ってるじゃないですか」
「それは姿を見られたらの話だ! 一国の王女でもあるんだぞ!」
「でも、元々ゼロの指令もその子の暗殺だったんでしょ? なら僕が代わりにやればゼロの任務も達成することになりなりますよね。まぁ、その頃にはゼロは死んでるかも知れませんけど……ぷふふ」
「お前……いい加減にしろよ、お前にとってゼロは――――」
『そこまでだ』
椅子から立ち上がり今にも殴りかかりそうになっていたカインを水晶が言葉で制止させた。カインは力を入れていた拳を緩めるとセトを睨みつけたまま再び椅子に戻った。
『……相手は銀狼だ。二人とも協力するように』
水晶の言葉でカインも一呼吸置き、落ち着きを取り戻すのだった。
「……カインさん、捜索は二手に別れて別で行いましょう。ただ、始末する時は仲良く殺りましょうね。抜け駆けはしないでくださいよ」
「……ああ、わかったよ」
カインは返事をすると席を立ち、壁にいるセトに見向きもせずに広間から退出した。周りは黙って見ていたがセトだけは笑顔で立ち去るカインを見続けていた。
『黒腕、お前も準備が出来たら行動するように』
「はい、ボス。僕なりにカインさんに気を使ったんですよ。一緒に行くとあの人また怒りそうだし……では、そろそろ行ってきます」
カインの足音が通路から響かなくなったのを確認したセトは軽く手を振りながら広間を後にした。セトの気配が完全に消えたところでバルドスが口を開く。
「ところでボス、あの二人にゼロの始末を任せるなんて酷ですね。あのなかじゃゼロの始末は俺ぐらいしか出来ないと思ってましたが……さすがボスと言ったところです」
『…………』
バルドスの言葉に水晶は答える事はなかった。
辺りはすっかり夜となっている。
ゼロの始末を依頼されたセトは大木の上にいた。月の光に照らされ、山脈の陰からうっすらとアイアンウォールも顔を覗かせている。
「さて、先ずはオルテンシアに行かないと……」
月夜を浴びながら、銀髪の髪をかきあげるとセトはうっとりと不気味に微笑んだ。
それはまるで何か愛おしいのを見つけたように、新たな玩具を見つけた子供のように――――
恍惚な目ではるか先を見据えていた。
「久しぶりに会えそうだねぇ―――兄さん」




