間話 最強の騎士
ディサイヤ大陸からルータニア大陸へ渡る唯一の港街であるステップールにて、騎士団員を引き連れながら大きな門の前で佇む男が一人いる。
大柄な体格、兜から覗く短髪の金髪、鋭い三白眼―――目を瞑りながら腕を組み、仁王立ちするその姿はまさに威風堂々とした立ち振る舞いであろう。
そう、彼こそが現エクリエル王国騎士団長またの名を”最強の騎士”と謳われるドルフレッド・バルテルミーである。
すると、彼の元へ一人の騎士がやってきた。
「お待たせしました。数ある中からあの家で間違いないと……」
ドルフレッドは報告を聞くと閉じていた目を開き、「うむ」と小さく頷いた。反応を見届けた騎士はサッと隊列の後方へと下がる。
そして、組んでいた腕をゆくっりと下ろすと両手で大きな門を開ける。門の先には噴水のある庭園が広がっているがドルフレッドは見向きもせずにその先にある大豪邸の大きな扉へと向かう。
彼らの歩く姿を見た庭師たちは困惑の表情を浮かべその様子を見ていたのだ。
―――ドンドン!
さほど力を入れてノックをしてないが大きな扉から反響音が響き渡る。
そのまま黙って待っていると執事服を着た初老の男が中から現れた。
「おや? ……どなた様でしょうか? 先ずは門番へご用件を仰せ使って頂けますかな?」
執事はにこやかに説明をすると、扉を閉めようとした。
だが、ドルフレッドは扉を抑えると黙ったまま懐から一枚の紙を取り出しすと執事へと手渡した。
その紙を読んだ執事は血相を変え、すぐさま室内へと案内を始めたのだ。
ドルフレッドは隊員の一人を指名し、残りの隊員には入口で待つよう指示をする。
そして、執事の案内で二階の部屋に通された。
室内には大きな自画像、民族の工芸品、広くて豪華なソファがありドルフレッドは黙ったままソファへどっぷりと腰を下ろした。
―――カチャ
執事がドアを代わりに開き入って来たのは、小太りでちょび髭を生やしているターバンを巻いた男が現れ、「どうもどうも」とにこやかに会釈する。
そして、ドカッとドルフレッドの対面へ座り執事に茶菓子を用意させるよう伝えた。
「いやー、これはこれはどうもお初にお目にかかります。あのかの有名なドルフレッド様がこの私に何用で?」
ドルフレッドは瞑っていた目を開くと睨むように小太りの男を見る。敵意を持って睨んだわけでは無いが鋭い眼差しに小太りの男に緊張が走る。
「……我が王の命令でルータニア大陸へ渡ることになっているが港で船を出せないと言われた。この港を取り仕切っているのがエーゴット殿と聞いている」
「ほうほう、確かにこの街での開港ギルドは私で見ておりますが……それはつまり?」
「お主の権限でルータニア大陸へ船を出して欲しい」
「ほう、なるほど」
―――コンコン、カチャ
ドアをノックした執事が「失礼します」と言いながら両手でカートをひきつつ客間へと入って来た。カートの上にはドライフルーツを使ったヌガーに香ばしい紅茶のポッドが置いてある。
テーブルの上に人数分のカップを置くと静かに紅茶を注ぎ、ヌガーが入った皿も置いた。
エーゴットは紅茶の香りを楽しみながらヌガーを頬張るがドルフレッドとその後ろにいる隊員は口をつける事なく黙ったまま返答を待っていた。
「この紅茶はネアンの乾燥地帯で採れる希少な茶葉なんですよ、これがこの甘ったるいヌガーと合いましてね。まぁ、魔族にはこの価値はわからんかもしれませんがね、ふふふふ」
エーゴットは紅茶とヌガーをひとしきり楽しみながら、どんどんとヌガーを口へと運んでいき、その様子をドルフレッド達は黙って見続けていた。
「……どうなんだ?」
痺れを切らしたドルフレッドが口を開くと、エーゴットはハッと気付いたように紅茶の入ったカップをソーサーに置き、苦笑いをした。
「すみませんね、どうも甘い物に目がありませんでして夢中になってしまいました。えーと、そうですねぇ……ああ、そうだ船の件ですね、いやーそれが非常に申し上げにくいのですが―――」
こめかみ辺りをポリポリ掻きながら口をへの字にして難しい顔をしている様子ではドルフレッドの望みは叶えられない事に気付く、だが彼は落胆する事もなく勇ましい表情のままだ。
「お主でも船は出せないのか?」
「ええ……はい。これには理由がありまして……」
エーゴットは目配せで執事に退出するよう伝えると、執事はコクリと頷くと静かに部屋のドアを閉めた。
「……私もルータニア大陸へ行きたいのは山々ですが、エルフ族が来航を拒んでおりまして船を出したとしても港に停泊が出来ないのです。彼らの工芸品は素晴らしい物で高く売れますからなるべく友好関係を築いておきたいところもありましてね」
「無理やり渡ることは?」
「可能……と言えますが今後の交易に影響がありますので出来ればやりたくありませんね。それに―――」
エーゴットは立ち上がり窓の外を見つめた、庭園の外には大きな港が見え小さな人影が遠巻きにわらわらと動いている。
「仮に渡ったとしてもルータニア大陸からの渡航は全面的に禁止されているので、ドルフレッド様たちがいつ戻って来られるかわかりませんよ」
「…………」
「ただ、私も待っているだけなのも癪なので異種族武闘大会を利用して町長に掛け合ってみようとは思いますが、この大会もしばらく先なので……どのみち今すぐルータニア大陸へ渡るのは難しいでしょう」
「そうか……わかった。協力に感謝する」
その後、豪邸から出る際にエーゴットがにこやかに門までドルフレッドを見送り、港の付近まで歩いたドルフレッドは再び目を瞑って腕を組み始めたため、隊員は恐る恐る話しかけ指示を仰いだ。
「隊長、いかがなさいますか?」
「……手ぶらで帰るわけにもいかんだろう、幸いこの街には亜人族が多い、酒場で情報を集めてみよう」
「はっ!」
ステップールのとある酒場『大森林』には兎の獣人がオーナーであり、店内の客層は亜人族の客層が多い。
ドルフレッド達は水と軽食のコロコロミートを頼みテーブルにて食事を取る。そして聞き耳を立てながら食事をしつつ、話を伺いたい亜人族に目星を立てていると―――
―――バンッ!
と、ガラの悪そうなオーク達が扉を足蹴りにして店内へと入って来た。彼らは入るなり酒を頼むと他の亜人達が使っているテーブルを強引に奪い、うるさく下品に酒を飲む。
「おい! 俺達が先に使っていたろう! そこをどけ!」
追いやられた犬の獣人がオーク達に食って掛かると、その言葉にオーク達は反応した。
「ブヒヒヒヒ、どこを使おうが、俺らの勝手だろう? アルヌル族の分際で俺達に楯突くんじゃねぇよ。お前らは大人しく俺らに統治されてろ!!!」
「なんだと!! この豚どもがァァル!!!」
犬の獣人が飛び掛かろうとするとオークが首を掴むと犬の獣人を床へと抑えつけた。そしてもう一人のオークが腰元の棍棒を手に取り思い切り振り上げると――――
「そこまでだッ!!!!」
―――ドルフレッドの一喝でオーク達を制止させた。犬の獣人は首を離され解放されたがオーク達はドルフレッドをジッと睨みつけていた。
「ここで騒ぎを起こすな。ここで暴れると店にも迷惑が掛かるだろう。……それにお前たちに聞きたいことがある」
「憲兵か? ……人間風情が俺たちに聞きたいことがあるだぁ? 断ったらどうする?」
「断るならそれでいい。ただ問題ごとは起こすな」
オーク達は鼻をひくつかせながらひそひそと話し始めた。そして、会話がまとまったのかニタリと口元の牙を見せた。
「ブヒヒ、いいぜぇ話してやるよ。だがここだと迷惑になるんだろう? 話すのはここじゃなくて外でだ。あと、お前ひとりで来い!」
「た、隊長!! こいつらの話は聞いてはいけま――――」
明らかに罠でオーク達に会話などする気は無さそうだが、隊員たちはドルフレッドに声を掛け止めるように声を掛けようとしたが、ドルフレッド黙ったまま片手を上げて、隊員たちを落ち着かせた。
「別に俺は話さなくてもいいんだぜぇ……ただ、この酒場で気に入らない奴がいたら手が出るかもしれねぇがなぁ、ブヒヒヒヒ」
「……いいだろう、俺一人で行こう」
「ブヒヒヒヒ、じゃ俺らは街のはずれで待ってるぜ―――お前も来い!!」
「ニャッ!?」
オークは近くにいた猫の獣人の腕を強引に掴み酒場の外へと連れて行こうとした。
「来なかったらこいつがどうなっても知らないぞ! 恨むならその騎士を恨め!!」
オーク達が酒場を出た後、静かにドルフレッドは椅子から立ち上がった。周りの隊員がこっそり付いていくなど話していたが、人質がいるなど安全を考慮し一人で向かうことにした。
ステップールの郊外の広場、人通りの多い街から離れているため人気は全くない。
約束通りドルフレッドは一人で行くと、その先にはオーク達がヘラヘラと待ち構えていた。
「さぁ、約束通り一人で来たぞ。先ずはその子を解放しろ」
「ブヒヒ、まだだ。お前が情報量を払ったら解放してやるよ。武器を捨てろ!!」
ドルフレッドは黙ったまま身につけている剣を足元へ置いた。オーク達は「一歩も動くなよ」と伝えるとドルフレッドを取り囲んだ。
オーク達は下品な笑いをしているがドルフレッドの表情は変わらず、堂々と立っている。
「情報量はいくらだ?」
「ブヒヒ、金じゃねぇよお前の命だ!!! オラッ!!」
一人のオークがドルフレッドのいきなり顔面を殴打した。そう、オーク達は話す気などなかったのだ。
オーク族の腕力は人族よりも数倍強いため、人間が頭部を殴られた場合当たりどころが悪ければ死んでしまう。
――――だが、それは普通の人間だった場合の話だ。
「ブヒッ!?」
ドルフレッドは殴られても一切微動だにせず、全くの無傷であった。何事もなかったかのように睨むその姿にオーク達は動揺を隠せない。
「いいか、もう一度言う……その子を離せ。そして、俺からの質問に答えろ。デスベルクがロージアンに攻め入るのは本当の話なのか?」
オーク達は後退りすると酒場で見せた時と同様に鼻をひくつかせながらひそひそと話し始めた。
その結果、彼らが出した結論は――――
「こっちには人質がいる。一歩でも動いたらこいつを殺す!」
―――棍棒を手に取り、武器を持たないドルフレッドをリンチすることだった。
「……俺を殴った件は見逃してもよかったが、武器を取るとなると生かしてはおけんな」
ドルフレッドは腕を組みオーク達の攻撃を待つ。オークの一人が距離を取りドルフレッドの見える位置で人質を取り、残りが棍棒を持って取り囲んだ。
だが、そんな状況でもドルフレッドは臆する事なく人質を見据えている。
「ブヒヒ、騎士が格好つけるからこうなるんだ!! 死ねッ!!」
一斉に棍棒で殴りかかったがドルフレッドは平然としていた。攻撃が当たっている感触はあるのだが全くの無傷なのだ。
そして、ドルフレッドは手で鬱陶しそうに振り払うとオーク達は赤子のように転がった。そしてそのまま腕を上げ、人質を取っているオークへ掌を見せた。
「ブ、ブヒ。動いたら殺すと言っただろう!!」
「安心しろ俺はここから動かん」
「ま、魔法を使ってもこいつを殺―――グヒッ!!」
人質を取っていたオークだけが後方へと吹き飛び、猫の獣人は解放されたがその場でしゃがみこんでしまった。そして、ドルフレッドは足元に置いてある剣を手に取る。
「ブ、ブヒ、こいつ強すぎる!! 逃げるぞ!!!」
棍棒で襲い掛かって来たオーク達は一斉に逃げ出すと、ドルフレッドはその場から一歩も動かずに剣を勢いよく振る。
「ぐぎゃぁぁぁ!!!!」
オークとの距離が離れているにも関わらず、まるで接近で斬りつけたかのように斬撃が当たる。
右往左往に逃げるがそれでもオーク達は悲鳴を上げて立て続けに斬り伏せられ、最後に残ったのは人質を取っていたオークのみとなった。
ドルフレッドは剣を収めると、残ったオークへ向かって歩く。
オークは恐怖し逃げる事を諦め地べたを這いずり回りながら、如何にこの状況を逃れようかと思考を巡らすがオーク族は腕力は強いが知性は弱いのだ。
「ブ、ブヒ俺達が悪かった。アンタが求めてる情報なら答える! ロージアンに攻め入るって話は同族から噂で聞いただけで お、俺も詳しくはわからねぇ!」
「それが本当だとしたら首謀者は誰だ?」
「お、俺達も噂で聞いただけだからわからねぇよ!! 俺達はただその話を聞いて景気付けでエクリエル王国に隠れ住んでるエルフたちを殺そうとしてただけだ!!」
「なに!? エルフを殺すだと?」
「ああ! 噂でもルータニア大陸を統治できるなら手土産も必要だと思っ――――べふッ!!」
会話の途中でドルフレッドはオークを殴って失神させた。
その後、猫の獣人と気絶させたオークを連れて街へと戻るのだった。
後にステップールの憲兵によりオークは収監され、ドルフレッドが斬り伏せた者に関しては人質の証言により不問となった。
また、情報収集のためオークにルータニア大陸の情勢を改めて尋問したが、ドルフレッドに話した以外の情報は得られなかった。
風の噂で嫌でも耳に入るルータニア大陸での種族間の不穏な動き、多発する亜人族同士でのいざこざ―――
亜人族達の種族統一が始まる場合に備え、ドルフレッドはレターバードによってアリッサが城を発つ日の知らせが来るまで調査を続けるのだった。




