間話 逃亡の果てに
「くそ!! 逃げ切れねぇ!!」
深い森の中、ゲイルは人型の靄から逃げていた。
どこまでも走り逃げようが出口は見つからず、いつの間にか追いつかれてしまう。
そして靄は彼の体内の中に入り、内部から圧迫して終わりの無い苦しみを与えるのだ。
「ぐわぁぁぁあぁぁぁぁぁ!! ―――はぁ、はぁ……またいつもの夢か」
そう、いつもそうだ。この夢から覚めることは無い。
エクリエル王国から逃げ出してからと言うもの、散々この夢を見続けている。
朝になると宿の女将であるポーラが朝食を出してくれる。
ゲイルの叫び声に最初は気にかけてくれたが、ほぼ毎日悲鳴を上げているのでここ最近は特に気にもしていない様子だ。
「いつものやつは治んないのかい?」
「はは、女将さん悪ぃな癖みたいなもんなんだ」
ポーラに苦笑いをしつつゲイルが朝食に手を伸ばそうとすると宿屋の扉が勢いよく開いた。
「朝から失礼っと……おお、ジョン! 悪いが頼み事を聞いてくれねぇか?」
宿屋にやって来たのは酒場でよく絡んでくる村の男だった。
ゲイルにとっては名前はうろ覚えであり酒の場で聞いたかもしれないが、あまりよく覚えていない。
アーマーヘルメットの奥で名前を思い出そうとしているとポーラが機嫌悪そうに口を開く。
「なんだい朝っぱらから、ウチはまだ開けて無いよ!! とっと出ていきな、ブロワール!!」
「うぐっ! そう言うなよぉ……大変なんだ、ジョンしか解決できねぇんだ!!」
「……ようブロワール、用件だけなら聞いてもいいぜ」
ゲイルは思い出せなかった名前が出てスッキリしたのか、アーマーヘルメットの開口部を開け朝食である生ハムのサンドイッチを頬張りながら機嫌よく答えた。
「わ、悪いな。……実は森にグリーンフットベアーが出たんだ! そいつを片付けてくれねぇか? 早く退治してくれねぇと村に被害が出るかもしれねぇ!」
「グリーンフットベアーだぁ? シルバー級の魔物でグリーベアの上位種じゃねか……だが、ここらに生息してるとは考えにくいが……」
「で、でも実際に見たんだよ! 森の奥にでっけぇ大木があんだろ? そこにいんだよ!」
「お前森の奥まで入ったのか? あんな危険な場所によく行けたな」
「……あ、ああ、それなら危険を承知で俺が調査をしたわけよ、なんてったって村の危機だからな!」
「ふーん……まぁいいぜ、それで金は出せるんだろうな?」
「酒三杯でどうだ? つまみもつけるぜ!」
「……はぁ、わかったよ。全く割りに合わねぇ仕事だぜ。準備と野暮用があっからそれが終ったら行ってやるよ」
「助かるよ、恩に着る!」
「さあ話は終わったかい? 終わったならとっとと出て行きな! それと飯代のツケを今払うかいブロワール?」
「うっ……ツケはまた今度で頼む! 邪魔したな!」
用件を伝えるとブロワールはその場からすぐさま立ち去った。いつになってもツケを払わないブロワールをポーラはあまり快く思ってないようだ。
武器の手入れや魔物を呼び出すための餌、罠の道具を用意したゲイルは森の中心にある大木を目指す。
大木の付近はグリーンフットベアーの縄張りになっている可能性が高いため、目的地に近づくほど慎重に行動をする必要がある。
だが、警戒しつつ大木までやって来たのはよいが、結局グリーフットベアーの痕跡は見当たらなかった。
ブロワールが見間違えた可能性もあると思い、ゲイルは踵を返し村へと戻ろうとすると――――
「おう、サンダース久しぶりだな! いや、今はジョンって名前だったか?」
警戒していたのにも関わらず、いきなり声を掛ける者が現れたため、ゲイルは慌てて声の主の方向を確認する。
そこには短髪の黒髪にもみあげと髭が繋がっているのが印象的な鋭い目つきの大柄な男がいた―――――迅雷だ。
「……人違いじゃないですかい? 俺はただのしがない傭兵ですぜ」
「惚けるんじゃねぇよ!! 俺は全部知ってんだ! さっさとその似合わねぇ兜を脱ぎやがれ、サンダース!!!」
「くっ……わかりましたよ」
ゲイルは指示に従い大人しくアーマーヘルメットを脱ぎ捨てる。ゲイルの額からは汗が吹き出し、顔は曇っており余裕のない表情だ。
ゲイルを鋭い眼光で睨みつけながらバルドスの詰問が始まる―――――
「おい、サンダース!! てめぇ、王女の暗殺に失敗しやがったな! 殺すだけなのに失敗した挙句、俺から姿もくらましやがって!!」
「だ、旦那ぁ、こちとら大変だったんですぜ、確かに姫や城の情報は頂きやしたが執事について何も聞いてないですぜ……あいつがいなけりゃ、俺も問題なく事を運べたんですがねぇ」
「執事? ……ああ、ゼロの事か、確かあいつは別件で城に潜伏していたんだっけな。……そもそもお前、すぐに殺さず誘拐して余計な事をしたみてぇだな」
「ち、違いますぜ! 城だと人目につく可能性があって、安全策をとったまでなんでさぁ!! あの執事の野郎の邪魔がなけりゃ、攫ってさっさと殺してました!!!」
「てめぇ、いい加減にしやがれ……! 調べはついてんだよ……お前、姫は殺さずにバリョッサスの変態貴族に売ろうとしてたよなぁ!!」
「ちょ、ちょっとそんな事ありませんぜ! お、俺はちゃんと旦那に言われた通り――――」
「うるせぇ!! 言い訳はもういいんだよ!! ―――お前今からどうなるか分かってるよな?」
「………ただで帰しちゃーくれねぇですよね?」
「ああ、そうだなここから生かしてはおけない。……だが、見逃してやらない事もないぜ? お前ここ最近レターバード出さなかったか?」
「……ちっ、オルテンシアへ出した手紙でバレちまったのかよ」
「その内容を見る限りお前には……娘がいるよな? ならお前を殺すのは止めて娘を殺すってのもアリだな、はははははは!!」
バルドスの言葉でゲイルの表情は焦りから怒りの表情へと一気に変わった。
「娘は関係ねぇだろっ!!! 手を出してみろ、ただじゃおかねぇぞ!!!!」
「そうだ、それでこそ殺りがいがあるってもんだ!! かかって来いよ! サンダース!!!!!」
「あんたを殺せば逃げる必要もねぇ! 俺もいい夢が見れそうだ!!!」
ゲイルは肩に下げている麻袋から一つの武器を取り出すと腰元に装着した。
細身の刃長、美しいフォルム、特殊な鍔までついてる。
―――そう、取り出したものは刀であった。
抜刀するとすぐさまバルドスへ肉薄し、振り下ろすように斬りかかる。
かろうじて躱したバルドスは距離を取ろうと後ろへ下がるが、ゲイルはすぐさま距離を詰めると無防備な身体に狙いを定める。
だが、バルドスは背中からハンマーの取っ手を掴むとゲイルが近付いて来るのを見越し、脳天へ振り下ろした。
「あぶねぇっ!!」
攻撃を防ごうとしても刀ごと叩き潰されると判断したゲイルは横っ飛びで回避し、バルドスが使う巨大なハンマーと刀の相性が悪いと判断したゲイルは、すぐさま刀を鞘に納めると次の技を繰り出した。
「叉拏一閃!!!」
居合から放たれるその技は間合いに入った者を断ち斬る。
この技は玄人でも間合いに入ると防ぐことすら難しく、当然ゲイルもハンマーを振り下ろした状態で隙だらけのバルドスに居合が当たると思っていたのだが―――
「惜しかったなサンダース!! お前もやるじゃねぇか!!!」
―――そこにバルドスの姿は無く、ハンマーを手放してゲイルの間合いから外れていた。
居合が空振りに終わり慌てたゲイルは少しだけ距離を取ると刀をクロスする様に振る。
「鎌鼬!!」
見えない斬撃がバルドスを襲う。
対象との距離が近いほど威力は増し、ゼロほどの身軽さはバルドスにないため、こちらも確実に当たると思われたが――――
「甘いなっ! ふんっ!!!」
ハンマーを手に取ると思い切り地面に叩きつけ、その威力で斬撃を相殺したのだ。その衝撃は轟音と共に大地を抉り、ゲイルも足に振動が走る。
そして、辺りに土ぼこりが舞いゲイルの視界からバルドスが見えなくなった。
すると、土ぼこりの中からバルドスが一気に肉薄する。
ゲイルも油断していた訳ではないが想定していた以上にあまりにもスピードが速かったのだ。
ハンマーを受けきることは出来ないので急いで身体を捻り回避するが―――
「ハンマーは囮だっ!!!」
避けた矢先にバルドスの蹴りが入る。
なんとか片腕でガードしたのだが、ハンマーとも引けを取らない威力にゲイルは吹き飛ばされてしまった。
「……おいおい、もう死んじまったか?」
「勝手に殺すんじゃねぇ!! はぁはぁ……こんなに強ぇとは思わなかったぜ、だが……これで終わらせる」
ゲイルは垂れ下がった片腕を確かめるように掌で確認すると両手で刀を上段に構えた。
骨が折れているのだろうか左腕は腫れて痙攣している……そして、ゲイルは険しい顔をしながらも刀へと意識を集中した。そして―――
「浸喰魂!!」
―――放たれた浸喰魂はゼロの時とは違い一回り大きい赤い靄であった。力を振り絞って放ち終えたゲイルはその場で崩れ落ち、息を荒げながら膝で身体を支える。
赤黒い靄はバルドスを求めるかのように移動する―――ゼロへ放った時よりもスピードが早い。
当然バルドスは簡単に避けようとするのだが、赤い靄は方向を変えどこまでもバルドスを追ってくる。
「……へっ、旦那ぁ! さっきまでの威勢はどうした? 俺の技にビビっちまったのか?」
「ああ? なんだと……お前の攻撃なんかにビビるわけねぇだろ!! かき消してやるよ、その後お前もすぐこの世から消してやる!」
そしてバルドスはハンマーへ力を込めた。
その様子を見てゲイルの頬が緩む。浸喰魂は対象者のマナが濃ければ濃いほどその威力は増す。
攻撃を当てられた際にゲイルに吸着したバルドスのマナ量は尋常では無かったのだ。
そして浸喰魂が対象者へと触れた時―――
「オラ、消えろッ!!!! ―――――なにッ!!!」
ハンマーに触れた浸喰魂はかき消されることなく、まるでハンマーを包むかのように取り囲むと対象者であるバルドスへ侵食が進む。
バルドスはハンマーを手放したがそれは既に遅く、体を覆うように赤い靄が取り囲んでいく。
マナと浸喰魂が結合を始め、バルドスの体全体が取り囲まれ身動きが取れずもがいている。
そして、この結合が終わると―――
―――ズドオォォォオン!!!!!!
強烈な閃光と轟音が響き渡り爆発した。
ゲイルは爆発する前に木の影に隠れていたが爆風で木は倒れ、ゲイルも吹き飛ばされてしまった。
だが、満身創痍の中でもゲイルは勝利を確信していたのだが―――
「サンダースゥゥゥゥッ!!!!! お前は絶対殺すッ!! 今すぐ殺すッ!!!」
―――バルドスの怒号が森の中を駆け巡ったのだ。
(や、奴は化け物だ! 命がいくつあっても足りねぇ!!)
ゲイルは脇目も振らずその場から逃げた。
もはやバルドスの状態確認すらせず、折れた腕をプラプラさせながら森の中を走る。
腕の痛みなどもはや感じず、一心不乱に走った。
―――すると、ゲイルの頭上に閃光が走る。
(な、なんだ!?)
ゲイルが不意に上空を見上げると―――
―――ドォォォォオオォン!!!!
巨大な雷が落ちたのだ。
森の大木は裂け、辺り一帯の木々及び生物は消滅してしまった。
一瞬で辺りが焼け野原となり、そこに残った者は裂けた大木とその近くに立つ一人の男の姿であった。
※※※
それから数日後、ゲイルが潜伏していた村でも落雷は話題になっていた。
その村からひっそりと郊外に出る一人の男の姿あった。
森の入口でソワソワするように誰かを待っていると、待ち合わせ人が来たのか顔を綻ばせて迎えた。
「いやーお待ちしてましたよ! 早速ですがジョンの奴を森へ誘導させたので賞金の方を……」
その男とはブロワールであった。そして、会いにやって来た者は―――
「ああ、たっぷり礼はするぜぇ」
―――バルドスだ。
「いやーこんな事で褒美をもらえるなんて、へへへへ」
ブロワールは両手を擦り、今か今かと待っている。
バルドスが周囲を見渡し警戒をしていると、ブロワールも村の者に目撃されてないかキョロキョロと辺りを見渡した。
そして、周りに誰もいない事を確認するとバルドスはゆっくりと手を差し出すと――――
「ほらよ、受け取れ」
―――ブロワールの首をいきなり絞めた。
ブロワールは目を見開き、絞めている腕を振り払おうとするが微動だにしない。
「グフェッ!!!」
そして、そのまま首をへし折ると森の奥へと投げ棄てた。
血の匂いに釣られた魔物によりブロワールの死体を貪る咀嚼音が響く。
その後、その場から離れようとするバルドスの元へ一通のレターバードが届くと、ぶっきらぼうに括り付けている手紙を開き黙読する。
「あぁそうだ、忘れてたぜ……ゼロがもうすぐでオルテンシアに着くんだったな……急がねぇと!」
読み終えた手紙をくしゃくしゃにしてポケットへ押し込むとアリッサ殺害の件でオルテンシアへと向かうバルドスであった。
そして、バルドスが立ち去った後、その村では二度とジョンとブロワールの行方を知る者は誰もいなかった。




