47.■次の目的地
壁にめり込んだゼロはむくりと首を上げ、何もなかったかのように瓦礫の中から這い上がると肩についた土埃を面倒臭そうにパンパンと払う。
山賊の頭領は言葉を失ってしまった。それはゼロが起き上がった事に対してではなく、全くの無傷であったからだ。
「お、お前バケモノか!? 普通のやつなら死んじまってるはずだぞ!!」
「……正直驚きました、あなたオーラ使えるんですね。通りで攻撃が通らないと思いましたよ。私もちょっとだけ力を出しますね」
体全体の土埃をはたき終えたゼロはいつものニコニコとした笑顔に戻る。
男からすれば顔を覆い隠しているので目元でしか判別はつかないが、この状況で笑っているゼロに恐怖心を感じていた。
「では、行きますね」
「あ、、、あう」
男がたじろいでいる中ゼロは躊躇なく肉薄し、横から抉るようにブロウを入れる。脂肪全体が波打つように衝撃が体を巡り、先のように踏み止まる事が出来ず転倒してしまった。
「いでぇぇぇぇぇぇ!!」
「少し反省してもらいます。まだまだ行きますよー」
男を蹴り上げて宙に浮かすとまるでボールを蹴るかのように横に叩きつけ、石テーブルにぶつかる。
ぶつかった衝撃で肉などの食材が辺りに散らばりながら石テーブルは崩れてしまった。
「あぁ、勿体ないことをしてしまいました」
「………ぐふっ」
男が虫の息になっているにも関わらず、長年執事をこなしていた為かゼロの関心は地べたに落ちた食材にあるようだ。
近くにある白皿を手に取ると、地べたに散乱している肉の切れ端やフルーツなどを拾い上げる。
男に背を向け一心に食材を拾い上げており、満身創痍の中その様子を見つめる。
まったく男を見向きもしないため、今が好機とゆっくりと腰元にある鉈に手を伸ばした―――
「死ねぇぇええぇぇぇえっ!!!!」
男は最後の力を振り絞り鉈にオーラを込めてゼロの背中を狙う。
打撃でダメージを与えることは出来なかったが、鉈にオーラを込めることで切れ味が数段に跳ね上がるのだ。
だが、ゼロは攻撃を回避するべく皿から手を離し、脚に力を込めると男の背後に回り込むように大きくジャンプした。
「これで終わりです……」
「ガハッ!!!」
ズドンと重い足蹴りが男の首筋に入る。
最後の力を出し切っていた男のオーラはすでに残ってなく、厚い脂肪で守られた首周りも足蹴りによる衝撃の前では意味は無さない。
薄れゆく意識の中、男の頭には走馬灯のように過去の出来事が思い浮かぶ――――
憲兵団に属していたこと、悪事を働いた賊を見逃し慕われるようになったこと、それがバレ憲兵団を追放されたこと――――
自ら築き上げた愉悦の楽園はゼロによって崩れ去ったのだ。
頭領の意識が無い事を確認し終えると手際よく他の山賊達の手足をロープで拘束しつつ、檻の傍へ寄せた。
そして、頭領にもある処置を行い終えるとケイたちがいる檻を解放せずに「では私はこれで」と、手を振る。
囚われている女性たちは一瞬あっけにとられて見ていたが、ゼロがその場から立ち去ると「ここから出して!」と、騒ぎ始める。
だがゼロはその声を一切無視して、一度アリッサの元へ戻るのであった。
※※※
「……という事で。アリッサ様。ここからの奥へ進んだ広間に多数の女性たちが囚われています」
「そう、よくやったわね……って、なんで顔隠してるのよ? 助けに来た時は隠してなかったじゃない」
「念には念をいれてますので、あと私の名前は出さないで下さいね……山賊達は檻の近くに拘束しています。彼女たちを救出して代わりに山賊達を檻の中に閉じ込めておいて下さい――――では、私は一旦ここを離れます。村で合流しましょう」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
ゼロはそのまま颯爽とその場を去り、残された者たちでゼロに指示された広間へ向かう。
広間には手足を拘束されて気絶している山賊達が山積みにされており、檻の中へと閉じ込めるため囚われているケイたちを開放した。
「ケイ! 無事でよかったわ!!」
「アリッサも無事で何よりね! でも、ちょっと服が汚れてるわね……あいつらに何かされたの?」
「大丈夫よ! 殴ってやったわ!!」
「ふふっ、あなたらしいわね……ねぇ、気になった事があるんだけど」
「ん? なぁに?」
「……いや、やっぱりなんでもないわ―――――えっ……ギル!? あなたも無事なのね! 心配したのよ!」
「お、おねえちゃん久しぶり―――うわっ!」
ケイとアリッサはお互いが無事であることを喜ぶ。
そして、人質として囚われていた弟とも再会を果たすことが出来た。ケイは弟のギルを手繰り寄せると力強く抱きしめ、涙を流し抱擁した。
解放された者たちで協力して山賊達を檻の中へと運んだ。
時折アリッサが「重いのよ!」と文句を言いつつ足蹴りを食らわせながら運ぶのを手伝っていた。
そして、囚われていた者が女性が多かったのでかなり時間が掛かってしまったが、一人を除いて全ての山賊を無事に檻の中へ移すことが出来た。
その一人と言うのは山賊の頭領だ。
奴だけは壁の穴に突っ込まれ頭だけ出ていた。大柄でかなりの重量があるためゼロの気遣いでこの男だけはゼロによって特別に拘束をしたのだ。
その後、皆で洞窟を出る頃には朝になっていた。
どうやらポネの村以外にも他の村からも人質を取っており少しずつ搾取をしていたようだ。
長い夜となったため皆の疲労は溜まっていたのだが、それでもいち早く村へ帰りたいと思っており、山賊達の馬を使いそれぞれが村へと戻ることになった。
アリッサもケイの馬に一緒に乗りポネの村へと帰還する。
そして、なぜかアナもアリッサ達と同じ方向へと向かうのだった。
「たっだいまー!! 昨日の事なのに久しぶりに帰ってきた気がするわ!!!」
「アリッサ様、ご無事でなによりです。ケイさんも心配していましたが戻られてよかったです」
ゼロはいつもの何食わぬ笑顔で迎え入れた。アリッサは全く気にしてないがケイはその様子を訝しそうに見る。
すると、ケイたちの背後から背の小さな女の子が魔術師の帽子をいじりつつ体をモジモジさせて一歩前に出る。
「あ、あのっ! あなた私のこと助けてくれたよねっ!! どうしてもお礼が言いたくて……」
どうやらアナが付いてきた理由はゼロにお礼を言いたかったようだ。
「そ、そうよ! あんた顔隠してたけど、私達を助けてくれたわよね?」
「……はて、なんのことでしょうか? 私はアルスさんの看病をしていましたよ」
ケイも追撃するかの如く問い詰めが、ゼロはとぼけた様に知らぬふりをする。
「そうよ、ゼロが助けてくれたのよ! よくやったわ! でも、なんで私を置いて帰るのよ! あのあと檻の中へ入れるの大変だったのよ!!」
「あ、アリッサ様ッ!!! い、いえ、私は何も知りませんよ」
「……そう、まぁ何もしらないのならそれでいいわよ。でも、一応お礼は言うわ、ただのひとり言だと思ってね……助けてくれてありがとう」
あからさまに動揺しているゼロを見てケイは何かを察したようだった。
「私もっ! あ、ありがとう……あ、あと、お名前聞いても良いですか?」
「あ、えーと………ゼロ・スタインです」
アナから不意に名前を聞かれた為、少し間を置いてから名前を名乗った。
すでに正体がバレバレなのだが名乗らない方が失礼にあたり余計に不信感を与えるため、名を答える事にしたのだ。
「スタインさんねっ! 私は―――」
「ゼロでいいわよ! そんな事よりお腹が空いたわ。ねぇケイ、ご飯を用意してもらえるかしら」
急にアリッサが割り込んで来たので、アナは口を尖らせながらジト目で睨みつける。
その様子をケイは笑いながら見つつ、人数分の朝食の準備に取り掛かった。
「アンタも食べてくの?」
「えっ!? わ、私は大丈夫―――」
―――グゥ!
アナの空腹の音が響き渡ると彼女の顔が真っ赤に染まった。ケイは「遠慮しないでいいから」と、食卓へと招き入れた。
朝食はゼロも手伝い、皆で食卓を囲んでご飯を食べる。アリッサが山賊を殴った話やアナを檻から出した話で盛り上がった。
お腹も満たされて、その日はケイの提案で一行は一晩泊まる事になる。アナは遠慮していたがケイが強引に泊まるように伝える。
満腹感と安心感からなのかアリッサやアナ、弟のギルは泥のように眠りについた。
翌朝。
ケイはしばらく残っても良いと提案したが、いつまでも迷惑を掛ける事は出来ずない。
アルスも戦闘は無理だが同行ぐらいは出来るほど回復したのでケイの家を発つことにした。
「もう行くの? もうちょっと残ってもいいんだよ?」
「いえいえ、さすがにこれ以上はご迷惑をかけられません。あと……申し訳ないのですが、手持ちがなくお世話になったのにお支払いできる程の待ち合わせがございません」
「ははは! いいのよ、ゼロにはこの村を救ってもらったし! それに比べたら随分安いものよ! ところで次はどこに行くとか決めてるの? 待ち合わせも無いんでしょ?」
「い、いえ私は何もしてませんよ。ただ、持ち合わせがないのも事実です……」
「なら、ここから北西に行くとメルトという街があるわ。そこにはギルドがあるから情報収集や仕事とか見つけてもいいかもね、あと、ほらこれ!」
ケイから小袋を渡され、中身を除くとそこには僅かながらお金が入っていた。
食事や寝床を無償で提供してくれたにも関わらず、お金も手渡されたためゼロは受け取りを拒否しようとする。
「こ、これは受け取れません!」
「いいのよ、それ山賊らから取ってきたやつだし、お金がないなら少しは持ってた方がいいわよ」
「そうよ! ケイもそう言ってる事だしありがたくもらっておきなさい!」
「アリッサ様!?」
「ハハハ、アリッサは相変わらずね」
「何から何までありがとうございます。……では、私達はこれからメルトへと向かいたいと思います。短い間でしたが色々とご面倒見ていただき、ありがとうございました」
一行の次の目的地が決まった。それは三大都市の一つメルトである。ある程度の方向や目印を教えてもらい旅立とうとすると―――
「メルトには私も行こうと思ってたから、私もついて行くわっ! 魔法だって使えるし役に立つわよっ!」
―――囚われていた際にアリッサの傷を癒した事もあり、同行するメリットは大きいためアナもメルトまで同行する事になった。
「あの、ゼロさんっ! 言いそびれちゃったけど改めてお伝えしますと私の名前はアナ・ルーデンスですっ! よ、よろしくお願いしますっ!」
ピクッ!
その時アルスが何かを察知したように身体を反応させた。
アナは照れながらゼロと話しており彼の反応には誰一人気付いていない。
そして―――
「ふふ、アナさんこちらこそよろしくお願いします。ゼロだけで大丈夫ですよ」
―――ニタリとした気持ちの悪い笑みを浮かべながら、ブツブツとひとり言を呟く。
「アナ……ルーデンス、アナルーデンス、あな……る」
「えっ!? じゃあ、お、お言葉に甘えて……ゼ、ゼロ! 道中よろしくお、お願いしますっ! あの、私もアナって呼んで大丈夫よ」
「よし、決めた!! 君のあだ名は『アナルン』だ! よろしくな、『アナル』!!」
「なんかすごく嫌なあだ名な気がするわね……あと、早速つけたあだ名が間違ってるわよっ!」
アルスが興奮気味で呼び名をつけたが、さっそくアナは嫌悪感を示していた。
メルトまでの道中、アナが加わり一行は次の目的地まで足を進めていく。
彼らがポネから去るその後ろ姿をケイは微笑ましく見つめる。
「ありがとうアリッサ……それにゼロ」
ケイはゼロ達の姿が見えなくなるまで見送ったのだった。
※※※
山賊達は村人の通報によりオルテンシアからの憲兵により捕らえられた。
その後、憲兵により誰によって壊滅させられたのか取り調べが行われたが、人物の特定は出来なかった。
ただ、山賊達は「恐ろしく早くて強いにやられた」と口を揃えて言っていた。
被害状況の確認でポネにも複数の憲兵がやってきた、そのうちの一人は長身で整った顔、黒髪黒眼で漆黒の剣を携えている―――漆黒だ。
カインが人を探しているとの事で長老に聞き込みをしていたが、有力な情報が得られず先日客人を招き入れていたケイの家へとやってきたのだ。
「失礼、貴族服を着た女の子と銀髪の執事……あとは風貌が冒険者の男を見なかったか?」
「……知らないわ」
「あなたの家で初めて客人が泊まったと聞いたが――――ん?」
カインは家の入り口で話をしていたが、ふいに何かに気付いたのか考えるように俯く。
匂いを嗅ぐように鼻を口元に手を置いて隠し、その仕草をケイに見られない様にした。
「確かに止まったけど、ただの友人よ。もういいかしら?」
「……ではこの名前に聞き覚えは? 『ゼロ』と『アリッサ』」
「―――ッ! だから知らないって言ってるでしょ!」
「……そうか、協力ありがとう」
家のドアを閉めるとカインは『フッ』と口元を緩めつつ、何も言わず静かにポネの村から立ち去るのだった。




