45.■囚われの少女
村へ戻る頃にはすっかり日も暮れ、辺りは村の数少ない松明がチラチラと周りを照らしていた。
アリッサが攫われたことなど露知らず、ゼロは急ぎ足でケイの家へと向かう。
「ただいま戻りました」
ドアを開けるとそこにはアリッサやケイの姿は無く、机に突っ伏したアルスが座っていた。
家の中にはアルス以外の気配も感じられない為、ゼロは恐る恐る何が起きたのか聞くことにする。
「……アリッサ様はどうなさいましたか? 姿がみられないのですが」
「本当にごめん!!! 山賊みたいな奴らにケイと一緒に連れ去られてしまったんだよ! 俺も止めたんだけど、お姫様が奴らに文句言いに行ったらそのまま馬に乗せられて村の外に……ごめん、俺まだ力が戻ってなくて何も出来なかった」
「……なるほど、アリッサ様らしいですね。いきなり山賊たちが襲ってきたのですか?」
「あぁ、それなら―――」
アルスはケイから聞いた村と山賊の関係性を説明した。
ケイもすでに被害に遭っている事や両親を殺され、弟を人質にとられている事を聞いてるうちに怒りでゼロの拳に力が入る。
「……わかりました。事は一刻を争いますのでアルスさんはここに残っていて下さい。私が助けに行きます」
「でも、アジトの場所とかわかるの?」
「ええおそらく……それで、どちらの方面に行ったかわかりますか?」
アルスは椅子から立ち上がると入口へ向かい、「あっち」と言いながら大体の方角を指さした。
方向を確認したゼロは台所からケイのエプロンを見つけると、自身の顔に押し当てマナの匂いを嗅ぐ。
「おいおい……あんまり性癖は否定しないけど、こんな時にやるの?」
「なにがですか? ―――では、そろそろ私は行きます」
なにか勘違いしているアルスを他所にマナの判別を終えたゼロは指示された方向へ勢いよく駆け出した。
あまりに距離が離れている場合、マナの匂いを追う事は出来ないが対象者のマナに少しでも距離が近づき、僅かに感知する事が出来るのであれば追跡は可能だ。
野を駆け、木々を伝い、ある程度村から離れた場所でほのかにマナの匂いを察知する事が出来た。
――――その微かなマナを頼りにゼロは夜の闇を駆け抜ける。
※※※
「オラ! お前はこん中に入ってろ!!」
ポネの村から離れた深く広がる洞窟が山賊達のアジトである。
洞窟内を歩いている途中にケイとは別の部屋に連れられ、後ろ手に手首を縛られたアリッサは強引に牢屋へと押し込まれた。
洞窟の壁に無理やり牢の扉を溶接した作りで奥行きはあるが、通路の松明の光がそこまで届かないためジメジメして薄暗い。
そして、部屋に置いてあるボロボロの藁の敷物は汚く全体的に不衛生だ。
「ちょっと! 痛いわね!! こっから出しなさいよ!!」
「出すわけねぇだろ! ったく、うっせーな……親分の命令が無ければ黙らせてやれたのによ」
「ケイをどこにやったのよ!! あんたら手を出したらただじゃおかないわよ!!」
「―――ねぇ、ちょっと静かにしてくれる? さっきからうるさいのよっ!」
部屋の奥からアリッサを注意する声が聞こえてきた。
檻の中が薄暗いためその存在に気付くことが出来なかったが、アリッサは振り向き目を凝らしてみるとのそのそと近づいてくる姿があった。
身長は同じぐらいであろうか、ジト目で外ハネしている焦げ茶色の髪が可愛らしいがボロボロのローブを着た、魔術師の格好をしている女の子が姿を現す。
彼女も後ろ手に縛られており、手の自由は利かないようだ。
「あんた誰よ? 魔術師なの? もしかして村の人?」
「いや、アンタこそ誰よっ! いきなりの質問攻めねっ!」
「私はアリッサよ、なんでこんなところにいるの? ―――そんなことよりさっさと出しなさいよ!!」
「えっ? 私のことはもういいの? ち、ちょっとあんまり騒がないで」
「てめぇら、二人そろってさっきからピーピーうるせぇな!! 俺は気が短いけぇんだよ! 黙ってろ!!」
―――ガンッ!
気が立った見張りの山賊が椅子から立ち上がり檻を思い切り蹴りつけると、眼光するどく牢の二人を睨みつけ、殺気だった男の姿をみて二人は息を飲み会話を止める。
「し、静かにするから乱暴しないでよっ! ―――ちょっとアリッサも静かにしてっ」
「……わ、わかったわよ」
「黙ってればいいんだよ……くそついてねぇぜ、なんで俺が見張りなんだよ。俺だって楽しみてぇのによ……くそが」
見張りの男は椅子に座り直すと機嫌悪くブツブツひとり言をいっていたが、アリッサ達にはなんと言っているのか聞こえないほど小さな声だった。
「ほら言ったでしょ、あいつら大人しくしてれば手は出さないわよっ」
「でも、このままだと何も出来ないわ。ケイも酷い目に遭わされるかもしれないのに……」
「ケイ? で、でもたしかにそれはそうねっ! でも、この状況じゃ無理よっ」
「無理って何よ! やってみないと分からないじゃない!」
「だからお前らうるせぇ! 何回言えばわかるんだ!! いい加減ぶっ殺すぞ!!」
「やってみなさいよ!!」
「なんだと……!」
「ちょ、ちょっと! お、落ち着いてっ!」
見張りの男はこめかみをピクピクさせながら牢越しにアリッサと睨み合っていた。
そして、唾を吐き椅子から立ち上がると通路の奥へと消え去って行った。
「ね、ねぇ! 見張りがどっかに行ったわよっ! あぁ、酷い事されたらどうしよう……」
「だ、大丈夫よ……」
「アリッサが大声なんて出すから……あぁ、どうしようっ!」
しばらくすると通路の奥から足音が聞こえてきて二人の緊張感が高まった。先程までいた見張りの男は気が立っており、身動きも取れない状況で痛めつけられる可能性が脳裏に走る。
だが、奥から現れたのは見張りの男と違う一人の男だった。
二人から見てこの男も機嫌が悪そうに見え、男は牢に近づくと気だるそうに話しかけた。
「お前らが騒いだせいで俺が見張りをする事になったじゃねぇか、ったく、せっかく村の女たちと楽しもうと思ったのによ……」
「さっきの見張りはどうしたのよ? 村の娘と楽しむって……その人達をどこにやったの? 教えなさい!!」
「ちょっと、なんでそんなに聞くのよっ!? 大人しくした方がいいわよっ」
「あ? さっきの奴は親分の命令で俺と見張りを交代したんだよ。村の女どもはここらか二つ先の穴に捕らえてるぜ……なぁ、なんで俺がお前に親切にしてるかわかるか?」
「な、なんでよ?」
「お前らは明日奴隷商に売るんだよ、だからよ価値を下げない為に俺達ぁ手は出せなかったんだよ」
「う、嘘ッ!? 大人しくしてたじゃないっ!! そしたら解放してくれるって言ってたわよっ!!」
「そんなわけねぇだろ、大人しくさせるための嘘だったんじゃねーかー? 俺が言った訳じゃねぇから知らんけど」
「そ、そんなぁ……」
ボロボロの魔術師の服を着た女の子はひどく落胆してしまい、その様子を嬉しそうに山賊の男は見ていた。
「さて、話の続きだがお前らがうるさいからこいつを用意したんだ―――」
男が懐から取り出したのは猿轡だった。
「―――こいつでお前らの口を塞ぐ……ホントは村の女どもと楽しむ予定だったのに残念なことに俺は親分の命令でお前らの見張りになった訳だ」
男は舌なめずりをすると二人に近ずく。
「明日出荷すんなら口さえ塞いじまえばちょっとぐらい味見してもいいよなぁ……誰にもバレねぇ、へへへ」
「嫌ッ!! 来ないでっ!!」
山賊の顔がいやらしく歪むと牢の鍵を開け魔術師の口を塞ぎボロボロの藁へと押し倒す。
女の子は「ふがふが」言っていたが、観念したのか涙を流しながらジタバタするのを止める。
「さぁ、次はお前だ金髪の女ぁ」
男の手がアリッサへと向けられた時――――
「ふんッ!!」
「ぐべッ!」
思い切り男の急所を蹴り上げた!
「あああああああ!!! お、俺の玉がぁぁあぁぁぁ!!!!」
そしてアリッサは悶絶する男に追撃するかのように足を振り上げると――――
―――グシャ!!
男の顔を容赦無く踏みつぶし失神させたのだ。
「ふぅ、アルスで練習しててよかったわ――――えーと……あ、あるわね! ねぇ、ちょっと手を貸してくれない? こいつの持ってるナイフで手のロープを切るわ」
魔術師の服を着た女の子はコクコクと頭を上下に振ると泡を吹いて気絶している山賊まで近づき、持っているナイフを後ろ向きで取る。
そしてアリッサにそのままナイフを動かないよう命令され少し時間が掛かってしまったが何とかロープを切る事ができ、今度は交代してアリッサがロープを切ってあげた。
「ふぅーっ、ありがとう助かったわっ! やっとこれで私は自由になれたっ!」
女の子は自ら猿轡を外すと息を吸い込み解放感に浸っている様子だ。
だが、アリッサの表情は険しいままであった。
「ねぇ、ところで名前なんて言うの?」
「私はアナよっ! 道端で助けた人が山賊で騙されてこの有様よ」
「よし、助けてあげたんだから協力しなさい。村の人たちを助けるわよ」
「ええええっ! そんなのまた捕まりに行くようなもんじゃない……」
「あらそう、じゃ私一人で行くわ」
アリッサはそのように告げると一人でトコトコと通路の奥へと歩き始め、残されたアナは焦ったように「ちょっと待ってよっ! 私も行くから」と急ぎ足でアリッサの後を追うのだった。
洞窟内は入り組んでおり、山賊から聞いた二つ先の穴が特定できずにいた。目的の場所を探している間にも山賊達が辺りを徘徊しており、積み上げられた木の箱や岩陰に隠れながら移動を行う。
また、不用意にアリッサが飛び出そうとするのアナが抑えて、なんとか見つからずに捜索が行えていた。
山賊が去って行くその隙に進むと囚われている人影が見えたため、急いで近くへ忍び寄る。
「アリッサ良かったわねっ! これで救出してみんなで脱出しましょう!」
嬉しそうなアナとは違いアリッサの顔は険しいままだった。檻に閉じ込められていたのは―――
「誰? お姉ちゃん達?」
「おぉ、どなたか存じませんがここから出していただけますか?」
―――見知らぬ少年と年配の男が捕らえられていた。
「違う……! ケイじゃないわ!」
「他にも捕まっている人がいるってこと? ―――ちょっとヤバいわよっ!」
通路の先から声が聞こえる。どうやら山賊達が近づいているようだ。そして2人が身を隠せる場所は……ない、逃げようとしてもその先には山賊が待ち構えている。
「うん? お前らなんでこんな所にいんだ?」
二人が焦っている内に山賊がやって来て、鉢合わせてしまった。
「……おい! 脱走だ! 誰か手を貸してくれ!!」
山賊の声に奥からもう二人やってきて、アリッサとアナと対峙し、男達の手にはナイフが握られている。
「ちょっと! ど、どうするのっ? また捕まっちゃうわよっ!」
「て、抵抗するわ! さっきの奴も倒せたし」
「さっきと今は違うわよっ! ああ、どうしよう!」
山賊達は両手を広げるようにナイフを構え、アリッサ達を逃さないようにしている。
「おいおい、いけない子だなぁ。大人しくしてもらわないと困るぜ。あんまり悪戯すると俺らも殺しちまうかもしれねぇぞぉ? フヘヘヘヘ」
山賊達は脅しつけながらいやらしく嗤う。アナは怯えきっていたがアリッサの目は山賊を見据えていた。
「ここで捕まる訳にはいかないわよ……!」
アリッサは自分に言い聞かせるように言葉を吐くと、男達に立ち向かうためグッと足に力を込めるのだった。




