42.■逃亡
アルスの言葉を信じて港の入口へ向かって逃げたはいいが案の定バリョッサス兵が待ち構えていた。
手負いでさらにアリッサを負ぶったまま、バリョッサス兵の攻撃を躱しつつ逃げるのは容易ではない。
「アルスさん、このままでは阻止されてしまいます!!」
「しっ! 喋らないでこのまま兵の脇を抜けて!」
「で、ですが!」
「いいから! このまま走って!」
アルスに促されるままゼロも覚悟を決めてバリョッサス兵の脇を抜けようとする。
なぜかバリョッサス兵はゼロたちに気付くことがないまま、バルドスが飛ばされた海を見る者や、アルスが放った閃光を目の当たりにして混乱する者までいた。
「お、おい、どうする? いきなり海に飛んでしまったぞ!!」
「さっきの光はなんだったんだ!?」
そして、何事もなかったかのようにすんなりとバリョッサス兵の脇を抜ける事が出来たのだ。
―――――その後、三人は無事に港の入口まで戻ることができた。
「はぁ、はぁ、なんとか逃げれた……」
「はぁ、はぁ、、アルスさんなぜ先ほどバリョッサス兵の横を抜けられると思ったのですか? それに私たちの事に気付いてないように思えましたが……」
「説明は……あとでするから今は逃げよう。……俺も色々聞きたいことあるし」
「……かしこまりました」
エクリエル王国の詰所に逃げ込もうとアルスから提案があったが、リスクがとても高いのでゼロは却下した。
詰所の人数はもともと少なく、バルドスと兵士で戦力の差が大きい。
また、アルスの攻撃は当たっていたが致命傷ではない可能性も考えられる。
そして、諦めの悪いバルドスが最初に思いつくのはエクリエル王国の詰所であろう。仮に匿ってもらったとしても、攻め入られるのを待つだけになる。
詰所には王国行きのレターバードがあるが、城への救助要請や緊急事態で知らせを飛ばすことも出来ない――――なぜなら夜間でのレターバードは機能しないからだ。
一旦オルテンシアの裏路地で身を潜めつつ、次の行動を考える事にした。
「……バリョッサス兵がうろうろしてるよ。俺らのこと探してんのかな……? ねぇ、次どうすんの? お姫様はまだ気絶してるし、街の中は危ないし、やっぱ城に戻ってみる?」
「いえ、おそらくそれも想定し、道中で待ち伏せされる可能性もあります」
「じゃあどうすんのさ、大陸に渡る船も出ないよ」
「……このまま旅を続けましょう」
「いや、だから船出ないって言ったじゃん」
「はい、ですのでルータニア大陸を経由してそこからピロカット大陸に向かいます」
「は? それってめちゃめちゃ遠回りにならない?」
「はい、この旅はアリッサ様の痣を治すことが目的になります。私達だけでもそれを全うしましょう」
「うーん……わかったよ」
「ありがとうございます、ではさっそくオルテンシアを出ましょう。……バリョッサス兵がうろうろしてますがこのまま行っても見つかりませんか?」
「うん、大丈夫。俺らの事は見えてないから ね」
「え? 見えてない?」
「説明の前にまずはここを出よう!」
「は、はい」
ゼロは理解が追い付いていなかったがバリョッサス兵がうろつく街中を堂々と歩く。
街中ではバリョッサス兵が目を光らせていたが、何事もなくオルテンシアから脱出することが出来た。
「ねぇ、出たのはいいけどこれからどうするの? 城には戻らないって言ってたし」
「……森を抜けようと思います」
「……わかったよ、急ごう」
そして一行はオルテンシアから少し離れた夜の森へと入る。森の中は真っ暗で所々から魔物の声も聞こえ、いつ襲われるかもわからない。
だが、なぜか一向に襲われる気配もなくゼロたちは森の奥へと難なく進み、少し開けた場所で暖を取ることにした。
アリッサを横に寝かせ、落ち着いたのかアルスもゼロもお互いしばらく黙っていた。
ゼロは座りながら力なくうな垂れており、アルスはぼーっと焚火の火を見つめた。
「ん、うーん……」
―――しばらくするとアリッサが目を覚ました。
「アリッサ様ご無事ですか?」
「―――あれ、私生きてる? それにここはどこよ?」
目が覚めて混乱するアリッサに優しく声を掛けたが、いつものゼロと違い、声に覇気が感じられない。
「……ここはオルテンシアから少し離れた森です、私たちは港から逃げ出すことが出来ました」
「―――ゼロッ!」
アリッサは驚いて少し距離を取った。気絶する直前の光景がダガーを振り上げられたのだから無理もない。
「……お姫様安心して、ゼロなら大丈夫だし何もしないよ……」
驚いているアリッサに少しやつれたアルスが声を掛けた。いつも冗談を言っている彼からは信じられないほど生気がない。
「……………ふぅ」
アリッサは黙ったまま訝しみつつゼロを見つめ、息を少し吐くと口を開いた。
「……でもゼロ、あいつらの仲間だったのよね? 今までずっと私を騙してたんでしょ?」
「………はい、申し訳ございません」
「―――ッ!!!」
謝罪の声を聴いた途端、怒りに満ちたアリッサはゼロの頬をパンッと叩いた。
ゼロも抵抗せずに甘んじて受け入れ、何度も叩かれたがその都度、ゼロは小さな声で「申し訳ございません」と呟く。
「ちょっ、ちょっとお姫様、もうその辺で……ゼロもお姫様を助ける為に命がけで動いてくれてたし――――」
「アンタは黙ってなさいよ!!!」
一方的に叩かれているのを見かねたのかアルスは制止するよう働きかけたが、アリッサに一蹴されてしまい、小さくなりながら地面に『の』の字を書く。
「アンタが裏切らなかったら……誰も死んでなかったかもしれないじゃない……!!」
アリッサはゼロを拳で弱々しく叩いていたが次第に泣き声に変わる。
彼女の言葉を聞いたアルスもジルベールの事を思い出したのか拳に力を入れ、力強く地面を叩いた。
「違うよ、ゼロだけのせいじゃない……俺はみんなの中で唯一魔法が使えてたんだ。
お、俺がもう少し早く行動していれば……でも、人を斬るのが怖くて動けなかった! みんなを助けられたのかもしれないのに……本当に自分が情けない!」
アルスは嗚咽しつつ、手から血がにじむほど何度も何度も強く地面を叩いた。
「アルス……」
「……いいえアルスさん、全ての原因は私にあります。説明させてください――――」
ゼロはゆっくりと口を開くとこれまでの経緯を話した。
バリョッサス帝国の指示でエクリエル王国の情報を流すため暗躍する組織から派遣されたこと。
アリッサの暗殺指令が出ていたが暗殺出来なかったこと。城から出発する前に旅の情報を流したこと。
最後にアリッサを助けたことによって組織自体裏切ってしまい、自分も命を狙われる様になったこと。
――――ゼロが話す間は二人とも黙って聞いていた。
そしてゼロが話し終えるとアリッサが口を開く。
「……大体のことはわかったわ。……でも、なんでその組織を裏切ってまで私を助けたの? 最初からその気持ちがあるならジルベール達のお手伝いする事だって出来たじゃない」
「……はい、申し訳ございません……ですが私の行動次第でどちらも裏切ってしまうと言う葛藤がありまして、すぐに行動が出来ませんでした。……でも、アリッサ様が最後に仰った言葉で目が覚め、アリッサ様をお守りする決心がつきました。
……ですが、これまでの城内で行ってきた諜報活動の数々はアルフォード様も裏切っているので、とても許されることではありません」
「……わかったわ。じゃ、これからは私の事を守ってくれて、もう裏切ったりしないのよね?」
「もちろんです。でも、これまでの事を考えると私の信用を取り戻すことなど――――」
「もう、わかったって言ったじゃない! どっちなのよ! これからは約束守ってくれるの?」
「は、はい! 必ずお守りし、二度と裏切りません」
「そう、ならいいわ!」
「え? お姫様さすがにそれだけだとゼロも納得しないんじゃ……」
「アルス、うるさいわね! 私が『わかった』って言えばそれでいいのよ!」
口では言っていたが必ずしも全てをアリッサは許したわけでは無いであろう。
数年間にも及び内部情報を隣国に流していたのだ、当然すべてを水に流せるはずはない。
だが、気絶をしていて実際に見ていた訳では無いが、命がけで救ってくれたとアルスが証言し、今後は裏切らないと約束をした事で彼女はそれ以上ゼロを咎めなかった。
ゼロにとってはこれから時間をかけ、信用を取り戻していくしかないのだ。
「―――んで、これからどうするのよ? お城に戻るの?」
「……はい、これからの事ですが――――」
ゼロは城に戻ると危険が大きいので船でルータニア大陸を経由しピロカット大陸へ渡り、痣の治療を行う事を提案した。
だが、進むことで城に戻るよりリスクは高くない様に思えるが、ピロカット大陸までの道のりはとても長い。
そして道中何があるかわからないので、進むのも戻るのもリスクが高い事を併せて伝える。
腕を組みながらゼロの説明をうんうんと頷くように聞いていたアリッサが口を開く。
「わかったわ。じゃあゼロの提案で行きましょう。このままピロカット大陸を目指すわよ」
「……かしこまりました」
「……俺も王様から護衛を依頼されてるし最後まで付き合うよ」
この三人であればいつもはゼロが先導するが、明らかに二人は憔悴している状態だった。
アリッサが目覚めた時は、ゼロが護衛達の手助けを行わなかった事に対して感情的になり手を出してしまった。
だがその後、ゼロの話を聞き彼も葛藤の末決断し、いつもならふざけているアルスも悔しさを滲ませている。
当然アリッサも様々な出来事が起きて傷ついているが、二人の様子を見て気丈に振る舞った。
「もうすぐ夜明けね、すぐ出発するの?」
「はい、出来れば出発したいですが少しお休みになられた方がよろしいのでは?」
「うん、そうね……そうするわ」
「では、私は森の先に何があるか偵察に行きます。アルス様、アリッサの護衛をお願いしてもよろしいですか?」
「わかった」
「ゼロも休まなくていいの? 服とかもボロボロだし怪我もしてるじゃない?」
「少し痛みますが動く分には大丈夫です。幸い森の中にいた間は魔物にも襲われなかったので」
「あっ! 言いそびれてたんだけど、魔物に襲われなかったのって俺のユニークスキルなんだよね。港から逃げ出す時も兵士に気付かれなかったでしょ? 狭い範囲であれば認識疎外の対象に入るから」
「認識疎外? 例えば姿が見えないとかですか?」
「うーん……まぁ、それに近いかな」
ゼロは少し距離を取ってみると先ほどいた場所に二人の姿が見えなくなっていた。
鼻に意識を集中することで、ごく僅かだかマナの匂いがやっと感じ取れるほどだ。
組織の中では鼻が一番利くのがゼロであり、魔物でもマナの察知能力がズバ抜けて高いもので無いと気付くことは出来ないであろう。
現にバルドスも近くにいたアルスの存在に気付く事が出来なかった。
「こちらからの声は聞こえますか?」
「聞こえてるよー」
声をかけるとアルスの返事が返ってきた。
「では、アリッサ様をよろしくお願いします」
ゼロは姿の見えないアルスに告げると森の奥へと入っていく。
辺りには大中の木々が所狭しと広がり、徒歩での移動は困難を極める。
そこで、一つの木の枝に登ったゼロは木々の間を器用にジャンプしながら森の奥へと進む。
地図も金も手持ちの持物を失い、戻る事も進む事も危険となる。
―――今、三人にとって真の旅が始まろうとしていた。




