41.■執事の選択
ポールの死を確認したバルドスは胸に突き刺した剣を引き抜き、護衛達の死を見て絶望しているアリッサへ目を向ける。
「やっと邪魔者は消えたぜ、次は姫様だな」
「い、いや! こ、来ないでよ!」
バルドスは無視して、ゆっくりと近づいて行く。
アリッサは後退りし、距離を取ろうとするが壁にぶつかってしまった。
「安心しろ、殺すのは俺じゃねぇ」
「ど、どういうことよ!」
「さて、やっとお前の出番が来たな――――なぁ、銀狼!」
「…………」
バルドスに名前を呼ばれてもゼロは無言のまま一つも返事をしない。
ゼロの額から汗がダラダラと流れ、口をぎゅっと結んでいる様子から余裕は無さそうだ。
「ど、どういうことよ? アイツはゼロの知り合いなの? それに私を殺すって……ねぇ何とか言ってよ!! ねぇってばっ!!」
「…………」
アリッサから問い詰められているにもかかわらず、ゼロは無言のままだった。
その様子をバルドスは面白おかしく眺めている。
「おいおいゼロ答えてやれよ、お姫様が聞いてるんだぜ? 知り合いも何もゼロと俺は仲間だって言ってやれよ」
「えっ……………」
衝撃的な発言にアリッサは言葉を失ってしまった。
彼女がショックを受けるのも無理は無いだろう。
仲間を皆殺しにしたバルドスは城内での信頼が高いゼロの仲間だと言い放ったのだ。
「ね、ねぇ……嘘、よね? ゼロはこんな奴の仲間なんかじゃないよね?」
「…………」
何も答えないゼロはただ申し訳ない顔をしていた。
そんな無言の彼の表情を見て、答えが出ずともアリッサも悟ってしまう。
「そんな……ねぇ、お願い、嘘って言ってよ……」
「……すみません」
沈黙を保っていたゼロから出た言葉はたった一言の謝罪であった。
「…………っ!」
アリッサの言葉に出来ない沈黙は、怒りや不安、恐怖といった感情ではなく、今まで身近にいたゼロと言う存在に裏切られた事がただ悲しかったのだ。
「じゃ、ゼロそろそろやれよ? わかってんだろ?」
「…………」
腕を組んで二人のやり取りを愉しそうに見ていたバルドスはゼロへ話しかけたが、ゼロは再び黙ってしまった。
「おいおい、どうしたんだよ、情でも出来たのか? 姫様が待ってるぜ?」
「……な、なによ」
「なにって? ふふふ、ならこれから死にゆくお姫様に説明するか! そこの執事は姫様の暗殺をする事になってたんだよ! でも、命令があってからいくら待っても殺さねぇからよ、俺がこんな機会を作ってやったんだ」
「ゼロは、そ、そんなこと……しない……うぅっ」
その場に座り込み泣き出すアリッサを見て、バルドスの顔はさらに邪悪に歪む。
「いやー大変だったぜ、何せユニーク持ちが三人もいるしなぁ。なかなか殺さねぇからゼロが俺らを裏切ってバルテルミーの奴らと結託するのを相手にしてたらこっちがあぶねぇよ……だから、最善の時を狙ったんだ! 海港ギルドを買収して魔法陣も張ってよ! なぁ、お姫様? なんで俺が事前に用意できたかわかるか?」
「………ひっく、知らないわよ」
「ゼロが旅の情報をレターバードで知らせてくれたんだよ! 同行者やオルテンシアまでの道のりもな! おかげでバルテルミーの対策もギルドへの根回しもこの日の為に出来たんだ! いやー、お姫様の執事は優秀だよな! なにせゼロのおかげで大事な護衛達がみんな死んじまったんだからな! はーっはははははは!!!」
「……ひっく」
「はははは、はぁー……さて、もうそろそろいいか。ゼロさっさとやれよ? お前が殺りづらそうだから手伝ってやったんだぜ? さすがにお前でもバルテルミー二人を相手にするのはキツイと思ってよ、それにお前の指令だろ? なら、俺は手出ししねぇよ」
「…………」
ゼロは無言のまま腰元のシルバーダガーを取り出し、構えることなく腕を下げたままアリッサの方へゆっくり近づく。
「嫌よ……ゼロ、私嫌だよぉ……」
「…………」
だがアリッサの目の前に立っているにも関わらず、一向にシルバーダガーを構えもしない。
その様子をみてバルドスは次第にイラつき始めていた。
「おい! さっさとやれよ!」
痺れを切らしたのかバルドスは声を荒げ始めた。
座り込んでいるアリッサにダガーを突き立てようとするのだが、腕が鉛のように重く感じて上げる事が出来ない。
涙で目を腫らしたアリッサを見ていると、どうしても殺意そのものが起きないのだ。
「ねぇ、なんとか言ってよ……ゼロ……」
「…………」
「ちっ、じれったいな! お前が出来ないなら俺がするからどけ!」
頭に血が上ったバルドスは組織の掟など関係なく言い放つ。
その言葉に一気にアリッサの動悸が速くなる。
目の前で惨殺された護衛隊が脳裏に浮かび、無惨にも頭を潰された場面を嫌でも思い出してしまう。
だが、そんな危機的状況で以前にアリッサがゲイルの裏切りで酷く傷つき、ゼロが側に居てくれたことも思い出していた。
「はぁ、はぁ……ねぇ、ゼロ、あなたが私にした約束、覚えてる?」
「…………」
バルドスの言葉にゼロも動揺し、思い出すほどの余裕は無い。
「はぁ、はぁ……わ、私に言ったじゃない、な、何かあった時は命をかけて、助けてくれるって!!! ………うそつき―――」
アリッサの言葉を聞いたゼロは目を見開き、シルバーダガーを持っている腕を高く振り上げた。
「――――――ッ!!!!」
―――ドサッ!
護衛の死、ゼロの裏切り、身の危険が立て続けに起こり、アリッサの精神状態は限界が来ていた。
そして、ダガーを振り上げたゼロを見たのを最後に気を失ってしまった。
「はっはっはっ! やっと片付い――――」
失神したアリッサに止めを刺すことは無く、ゼロのシルバーダガーはバルドスへと向けられていた。
先ほどまでご機嫌だったバルドスは怒りで眉間に皺が寄り始める。
「――――おい、どういうつもりだ?」
「自分でもどうしていいかわからない……なぜこんな行動を取ったのかさえも。
でも、アリッサ様の言葉を聞いて自分には殺せない。……いや、この子は殺すのでは無く守るべき存在と思ったんだ」
「なに意味のわかんねぇこと言ってやがる、城での潜伏が長かったから毒されたか? ……おい、そこをどけ! お前が出来ねぇなら俺が殺す!!」
「いいや、どかない」
「ゼロォォ……テメェ自分が何を言っているのかわかってんのか?」
「少なくとも君の小さな頭よりかは理解しているよ」
―――――バルドスの頭の中で理性という糸がプツンと大きな音立てて切れた。
「テメェェ!!! ブッ殺す!!!!」
脚にオーラを込めて踏み込み、一気に飛ぶことでアリッサに被害が出ないようすぐさまその場を離れる。
ゼロの予測通り、案の定バルドスはアリッサには目もくれず追いかけてきた。
ゼロ一人であればこの場を逃げ切ることが出来るかもしれない。
だが、その場に残っているバリョッサス兵がいるためアリッサから離れすぎず、なるべく視界に捉えるよう位置取りをするが―――
「死ねッ!!!!!」
―――すぐさま肉薄して攻撃をしてくるバルドスを避ける。
怒りで忘れているのであろういつも使っているハンマーでは無く、バルテルミー家の止めを刺した剣を振り回しゼロを追いかけまわす。
「(さて、どうしたものか……)」
バルドスの隙を見つけて攻撃に転じようと画策するが、バルドスの攻撃と動きの速さで最善の策が思いつかずゼロの顔も曇り始める。
「おいおいどうした! 逃げてばっかだなゼロ!! でも、もう謝っても遅せぇ! 俺を怒らせたからな!!」
「あなたはいつも怒ってるけど―――――そんなことよりハンマーは使わないのか?」
「あ?」
バルドスは横目で自分が持っている武器を確認した。
「ハンマーだよ! いつも使ってる武器だよ、忘れたのか?」
「テメェ……!!! いいだろう! ハンマーで潰してやるよ!!」
バルドスは剣を乱暴に投げ捨てるとハンマーを取りに移動した。
―――その隙をゼロは見逃さない。
バルドスの意識がハンマーに向いているその刹那、背後から一気にゼロが肉薄する。
「(よし、もらった!!!)」
勝利を確信したかのように思えたがシルバーダガーが当たる直前で躱される。
バルドスは素手でゼロに殴りかかるが、ゼロは身体を空中で捻ってかわす。
そして、そのままバルドスの顔面へ足蹴りを食らわせ、着地と同時に距離を取った。
「痛っ! さっきの蹴りは少し効いたぜ……だが、残念だったなぁ、ゼロ! 今の俺ならテメェの気配さえもわかるぜ!」
「……くっ!」
バルドスは口元から流れた血を拭いつつハンマーを手に取りる。ゼロの表情は一向に晴れずに曇ったままだ。
一方バルドスは思い切り顔を蹴られ口から出血したこと、そして、愛用の武器を手にした事である程度の落ち着きを取り戻していた。
「ふぅ……それにしてもよ、冷静になってみればお前も魔法陣の中にいたならユニークが使えない、そもそも俺に勝てる訳ねぇじゃねぇか。
それにお前と戦っても逃げるばっかりでなかなか勝負がつかねぇしな―――――でもよ、最初からこうすれば良かったんだよな、お前の蹴りで冷静になれたぜ」
「まさかっ!!!」
ゼロは急いで駆け出した――――
「俺がお前の指令を最初から殺しておけばよかったんだ!!」
バルドスの攻撃対象はアリッサへと変わり、一気に肉薄すると大きく振り上げた。
「死ねえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
――――ズドォォォォンッ!!!
勢いよく振り下ろされたハンマーは地面を割り、その威力で辺りには粉塵が舞う。
体の小さなアリッサが潰されたなら原型を止めてはいないだろう。
「………っち! また、邪魔したのか――――ゼロォォォォ!!!」
「はぁ、はぁ……」
ハンマーが振り下ろされる直前の時にゼロがアリッサを抱えギリギリ回避する事が出来た。
だが地面を割るほどの威力に加え、アリッサを守るように抱えたため、壁に激突したゼロの額から血が滴り落ちる。
「ははっ! ボロボロだなぁゼロ! どのみち姫様は死ぬんだからよ、守る必要もねぇよ。今回の事についてはお前が殺したって事にするから安心しな、ボスにはそう伝えとくからよ………なぁ、それでいいよな?」
「はぁ、はぁ………断る!」
「……そっか、わかったよ」
バチバチとバルドスの髪の毛が再び逆立ち始めた。
「俺はよ、知っていると思うが自分の思い通りにいかねぇとイライラすんだよ! なぁ? 俺は何度もお前に機会を与えたがお前は尽く裏切りやがった……もういい! テメェもバルテルミーと一緒に骸骨の土産にしてやるよ!」
「……ッ!!」
ゼロはアリッサを強く抱きしめた。
だが、すでにバルドスはハンマーを振り上げ、ゼロはただ潰されるのを待つだけしかないと思われた―――
「二人仲良く死ねぇ!!!!」
――――だが、バルドスのすぐ傍で一つの閃光が走る。
「なんだ!!? ――――ぐわぁぁぁぁ!!!」
閃光は強い光を放ち、バルドスを包み込むことが出来る大きさまで一瞬にしてなると、バルドスは叫び声をあげ海へと凄まじい勢いで吹き飛ばされてしまった。
ゼロは何が起きたのか理解できなかった。
今まさに窮地に陥っている最中、いきなり強い光が出たと思った矢先に目の前にいたバルドスが吹き飛んだのだ。
だが次の瞬間、誰がバルドスを吹き飛ばしたのかは理解が出来た。
「だ、大丈夫?」
顔面蒼白で小刻みに震えているアルスが心配そうにゼロへと声を掛けてきたのだ――――
そう、バルドスが先ほどまで立っていた場所で―――アルスが吹き飛ばしたのだ。
「と、とりあえず、ここを逃げよう!!!」
「ですが、アリッサ様を担いだままだとすぐに追いつかれてしまいます! それにバリョッサス兵もまだ――――」
「だ、大丈夫だから!! 俺を信じて!」
「は、はい! わかりました」
アリッサを抱えたゼロはアルスと共に港の出口方面へと走り出した。




