35.■オルテンシアにて
「ゼロの様子を見ろと言われた」
「そうなんだ、殺さなくていい?」
「命令にない。それに私たちならいつでもゼロ殺せる」
オルテンシアには二つの大きな門がある。
別名”睨み合う戦士”と言われ、まるで二つの国を象徴するかのような様式だ。
門にはそれぞれ太古戦争で活躍した二人の偉人がモチーフにされており、エクリエル王国側は”クローム・エクリエル”、バリョッサス帝国側には”イシュール・バリョッサス”が描かれている。
また、オルテンシアの中心にはギルド本部があり、二カ国の争いに関せず中立を保つために設けられているのが特徴だ。
先ず一行は門からほど近いエクリエル王国の詰所へと移動を始める。
門をくぐると近くにいた兵が馬車の手綱を握るジルベールに敬礼をして迎え入れた。
詰所はそこまで大きくない建物で兵士が数人寝泊まりをしつつ業務を行っている。
主な仕事は門の見張りであるが、原則一般人の出入りは自由となっている。
ただし、バリョッサス帝国の騎士が門をくぐる際には手続きが必要となり、国家間でレターバードを介し協定に沿って進められる。また、入国時には事前に決められた人数・名前・腕章が必要になる。
だが、他国の騎士が入国する事は稀で基本的には門に立ち危険人物がいないかどうかの見張や、治安維持のため見回りをするぐらいの業務しかない。
それにより、詰所への配属人数は少なく業務的にも暇である。
詰所へ着くとジルベールは馬車から降り、中にいる兵と軽く会話を行う。
そこで現在の乗船方法について聞くと、ピロカット大陸への船は海港ギルドが取り仕切っているため一度港に行き、ギルドと交渉する必要があるとのことだ。
情報を聞いた上で詰所から港へ向かうのだが、その前に野営続きでアリッサに疲れが溜まっている事を考慮し、先に宿へと向かうことにした。
そこで今回泊まる宿だがオルテンシアで一番高級であるカルトンと呼ばれる宿で客室も多く、階層によって部屋のグレードは変わってくる。
勿論アリッサの部屋は最上階となり、広くて大きな部屋にはふわふわのベッドに大きな鏡のついた化粧台も置かれおり、旅の初めに寄ったユフィンの宿よりも豪華な部屋であることは間違いない。部屋の机にはフルーツも置いてある。
「久しぶりに普通のベッドで寝る気がするわ!」
「喜んでもらえて何よりですぞ、ワシはピロカット大陸に渡る船の事を聞いてきますので暫くお待ちください」
アリッサはベッドに飛び込んでご機嫌な様子だ。
その様子を微笑ましく見ながらジルベールが告げ、さり気なく部屋を出ようとしたが――――
「なら、私も行くわ」
ベッドから降りて支度を始める。アリッサにとって部屋で休むことよりも街の中を散策したい事の方が優先されるようだ。
「……はい、だと思っておりました。ではゼロも連れて行きましょう」
街での移動においてアリッサの扱いはゼロが群を抜いて上手い事をこれまでの旅の中で学んだジルベールであった。
三人で海港ギルドが取り仕切っている港へと向かう。
渡航などの九割は海港ギルドの”シャーク・シー”が取り仕切っており、大陸の移動や貿易、大型船舶も持ち合わせている。
残りの一割は他の海港ギルドが請け負い、船を使って街の中を遊覧しつつ細々と活動をしている。
港にある酒場のような建物が海港ギルドの拠点となる。
中に入るとビキニを着てバンダナを巻いた若い女がカウンターに立っており、ペンを指でつまらなそうに回しているあたり、おそらく受付であろうがジルベールは目のやり場に困っていた。
「シャーク・シーにようこそ、仕事の依頼かしら?」
気だるそうに若い女は話す。肘をカウンターに付け顎に手を置いてジルベールに目線を合わせすらしないので、受付にまるでやる気が感じられない。
「あー……ピロカット大陸へ渡りたいのじゃが。いくらぐらいかかるかのぅ?」
「ちょっと、ここって酒場じゃない? 私の想像してたギルドの場所と違う気がするわ。それになんか酒臭いわね……なんか小汚いって言うのかしら」
「アリッサ様お静かにお願いできますか? 周りにも迷惑がかかりますので……」
ゼロとアリッサの会話が聞こえていたのか建物の中に居た船乗り風の男達が睨みつけていた。そんな二人を他所にジルベールと受付の交渉は続く。
「……その前に何人乗りたいの?」
「10人と出来れば大型の馬車2台じゃ」
「あなたが引き連れているそこの男と女の子も乗るんでしょ?」
「そうじゃ」
「……ふーん、あっそ、ちょっと待ってて」
無愛想にジルベールに告げると、女はプイッと反対を向いてカウンター裏へ行ってしまった。
「何よあの女! 態度悪いわね!」
「……おそらくアリッサ様にも原因があると思いますよ」
女の機嫌を損ねたと思ったゼロは冷静にアリッサに伝えたが、当の本人はまるで気にせず機嫌の悪いままだった。
しばらくするとカウンター裏から出てきたのは眼帯を付けた大きな男だった。
「おう、待たせたな! あんたらがピロカット大陸に行きたいんだってな」
「ああ、そうじゃ。10人と出来れば大型の馬車2台を乗せてほしい」
「馬車は難しいな、荷物は運んでやるから向こうの大陸で荷物を運ぶ乗り物を探してくれ」
「むぅ、仕方ないのぅ。ところで出発はいつ頃になるのじゃ?」
「うーん……一週間後の深夜帯だな」
「深夜帯か……もう少し早い時間帯にならんのか」
「悪いがそれは出来ない、大体好き好んでピロカット大陸に行く奴なんてそうそういないし、半月に一回の交易で向かうぐらいだ。
たまに冒険者が頼み込んでくることもあるが交易の時に一緒に連れて行くぐらいだから、あんたらも優遇しない」
「うーむ……金をはずむんでもダメか?」
ジルベールが懐から数枚のゴルドを見せつけ、男はそれを見て数秒考え込むように黙った。
「……いや、ダメだ」
「ふーむ、昔ステップールからルータニア大陸へ渡った時は金を積めば優遇してくれたぞ」
「確かに金さえあればルータニア大陸へ行く事も出来る。だが、さっきも言ったがピロカット大陸に行く奴が少ないし運航スケジュールもあるんだ。納得できないなら乗船は諦めてくれ」
「そうか……仕方ないのぅ。では、深夜帯で頼む」
「ああ、そうしてくれ。……代表者はジルベールさんでよかったか?」
「うん? ああ、ワシで構わん」
「わかった。じゃこっちの方で手続きしとくぜ。ちなみに金は一人あたり2ゴルドだ」
ジルベールは人数分のゴルドを支払い、簡単な書類にサインをした。
一週間後の乗船場所などの説明が終わり、眼帯をした男もゴルドを持って満足そうに裏へ戻ろうとする。
「……すまん、最後によいか?」
「うん? なんだよ?」
「呼び止めてしまって申し訳ないが、ちとどうしても気になってしまってのぅ……なぜ、お主はワシの名を知っておるのじゃ?」
「………裏から名前で呼ばれるのを聞いてたんだよ」
「ふむ? 呼ばれたかのぅ……まぁよい、それでは当日頼んだぞ」
ジルベールが疑問を感じつつ、三人はシャーク・シーの拠点から出たのだった。
宿へと戻る道中、アリッサがウキウキしながらゼロに話しかけた。
「ねぇ、一週間後って事は観光ぐらいできるわよね」
「そうですね、向こうでは食べれるものがあるかわかりませんので食材の準備をする期間は十分にあります」
「もう、観光って言ったでしょ! 食材の準備なんてすぐ出来るじゃない!」
「……まぁ、街を見て回るぐらいなら出来るかと思います。ジルベール様も何か準備などなされるのですか?」
「そうじゃのう、今までピロカット大陸に行った事がないから酒場かギルドなどで情報など仕入れてみようかと思っておる。あとは資金もあることじゃ、期待はしとらんがピロカット大陸の地図などがあれば買えるといいのう」
「ギルド!! 私も――――」
「ダ メ で す」
鼻息を荒くしたアリッサが言い切る前にゼロが止めた。
「もうなんでよ!!! いいじゃない!」
「かっかっかっ! アリッサ様、ギルドは荒くれ者が多いので身の危険が無いようゼロなりに身を案じてくれてるのかもしれませんぞ」
「え、そうなの? ゼロがそこまで考えてるなんて少しはやるじゃない!」
「え……ええ、そうです! 常にアリッサ様の事を思っていますから!」
アリッサは思ったことを口に出してしまう傾向が強く、現にシャーク・シーで乗船依頼をする時も彼女の発言により拠点に居合わせたギルド員達に睨まれていた。
これがギルド連中が集まる本部や酒場に連れて行ったものなら、何かしらの厄介ごとに巻き込まれる可能性が非常に高いであろう。
本心としては厄介ごとが起きた時に対処するのが非常に面倒なのでジルベールのフォローでアリッサが良いように勘違いしてくれて良かったとゼロは思っていた。
その後、ギルドへ向かう時もそうであったが、宿へ向かう帰路もアリッサが興味ありそうな物へと目移りし、露店へ寄り道しそうになるのをゼロが抑えつつ、宿に着くころには日も暮れていた。
部屋へと戻る頃にはちょうど夕食の時間となり、さすが高級な宿だけに食事はアリッサの部屋まで料理を運んでくれた。
港が近くにある為か魚をメインにした料理が多く見られ、ワインも食事と一緒に付けてくれるが要望があればジュースに変更してくれるのだ。
部屋によって宿側で給仕を付けてくれるので、アリッサが泊まる部屋は当然給仕は付くことになるのだが、アリッサの希望で給仕はゼロが行う事になった。
「……久しぶりにちゃんとした料理を食べた気がするわ。さて、ゼロあなたも一緒に食べましょう」
ブレードフィッシュステーキのガルニとしてついているベビーキャロットのグラッセを皿に弾きならが久しぶりにゼロを食事を誘った。
「アリッサ様、城を離れたとしても私は執事という立場は変わりませんので……あと好き嫌いはダメですよ、ベビーキャロットもちゃんと食べて下さいね」
「お父様みたいな事言うわね、私はあんまり野菜好きじゃないのよ。でも、今後まともな料理が出てこない事もあるだろうし、少しは食べれるようになった方がいいかしら……?」
野営時には量が多く調理時間も短い料理をゼロが作っていたため、最初は愚痴をこぼしていたアリッサも終盤は文句を言わず食べるようになっていた。
また、旅の途中でポールやジルベールが食料に困った遠征の話を聞いたのも影響したのかもしれない。
「好き嫌いは徐々に減らしていきましょう。
あと、オルテンシアまでの旅は大変でしたので今日はゆっくり休んでください。
ピロカット大陸は不毛地帯と聞きます、それに慣れない船旅もありますし、さきの大陸では危険な魔物も多いと――――」
「ジルベール達がいるから大丈夫よ!」
「……そうですね。皆さんが付いていれば安心です。護衛の皆さまも心強いですがアルスさんもああ見えて実力はなかなかのモノです」
「アルス? あ、それで思い出したんだけど、ちょっと前に寄った町で犬がいてね。私が近くに落ちてた棒を投げたら犬じゃなくてアルスが咥えて戻って来たのよね。それでね、私気持ち悪かったからその後おもいっきりぶん殴――――」
ゼロとアリッサが楽しそうに旅の話をしている頃、全裸で瞑想をしているアルスの部屋にドアをノックする音が響く。
――コンコン!
「あ、ちょっと待って! ま、まだ開けないで!」
さすがに全裸だとドン引かれてしまうので、慌てて下着を着た。どうやら彼でも幾ばくかの羞恥心は存在するようだ。
「ど、どうぞ……」
「お、おお! 着替え中だったかすまんのぅ」
部屋に入って来たのはジルベールだ。ただいつもの彼と違い、人目を気にするかのようにどこかソワソワとしている。
「え? あー……そう、着替え中だったんだけど、ジル爺どうしたの?」
「いやーそのー……せっかくオルテンシアに着いたんじゃ、ちょっと楽しもうと思ってのぅ」
ジルベールがいやらしく笑う。
それを見てなにかを察したアルスは―――
「なるほど……いいねぇ」
こちらもニチャリとした気持ちの悪い笑顔で返したのだった。




