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間話 もう一人の少女

バリョッサス帝国領地内、イスリル教大聖堂があるフィラントの街へゆっくりと入る少女がいた。


黒いローブを頭からすっぽりと被り、背には体格と似つかわしくない大きな禍々しい鎌を背負っている。

少女が道を歩くとお辞儀をする者、畏怖(いふ)する者、無関心な者……フィラントに住んでいる信者達の反応は様々だ。


にこりとした笑顔で体に布を羽織った女神ペエム・イスリルをモチーフにした大聖堂の大きな門が巡礼者を迎える。

門の前には地に頭をつけ祈りを捧げる者も少なくはない、黒いローブの少女はうっとおしそうに祈りを捧げる信者たちを避けつつ大聖堂へと入る。


「ただいま戻りましたー」


「サーヤ様お帰りなさいませ、戻って来るまでずいぶんと時間が掛かりましたね。イルディオ第三王子がお待ちになっております」

少女の気だるそうな声が聖堂内に響くと、一人の優しそうな司祭が少女へと話かける。


「はぁ、やっぱり挨拶しなきゃダメなの?」

サーヤと呼ばれた少女は頭のローブを外す。黒髪、黒目、少し輪郭は丸いがぱっちりとした二重が印象的だ。


「はい、報告をお願いします。あと、イルディオ第三王子の伝言で戻られたらすぐ来るようにと」


「……はーい、帝国には歩いて行くから時間かかるって伝えてもらえる?」


「いえいえ、イルディオ第三王子でしたらすでに大聖堂にいます。四階の部屋にてお待ちになっていますよ」


「げっ! なんでいんの? なんかストーカーっぽいんですけど。……はぁ、着替えたかったけど挨拶だけしてくるかぁ……」


面倒くさそうに会話を終わらせるとサーヤはそのまま四階へ向かう。

豪華なドアの前には屈強な鎧を着た護衛が立っていたがサーヤを見るとそのままドアを避けた。


―――ゴンゴンッ!

大雑把にドアをノックする。


「ああ、うるさいな! せっかくのお茶の時間なのに……僕は忙しいから部屋の外(そこで)で話してくれ!」 


「サーヤですけど簡単に報告済ませますね。ただいま戻りました、はいお終い」


「なに!? サ、サーヤだって!?!」


―――バン!!!!

勢いよくドアが開かれた。


「ふぅ、ふぅ、待っていたよ! マイ! スウィィイィィト!! ハニィィィィィーー!! さぁ、部屋の中へどうぞ! 小さい部屋だから窮屈かもしれないけど!」


中から現れたのはぽっちゃりとした男だった。

脂っぽい金髪にぽってりとお腹が出ている為、ぎちぎちに着た貴族服のボタンが弾けそうだ。サーヤは鬱陶しそうに見つつ部屋の中へと入る。


「小さい部屋って聖堂の部屋だから王子の部屋じゃないと思いますけど? あと、近いので離れてもらいます? キモいんで」


「さぁさぁ、そこに座って! テーブルの上のスイーツも食べていいよ!」


イルディオ第三王子に促されるまま豪華な椅子に着座する。

黒いブーツを脱いで素足になると椅子の上で改めて座り直して胡坐(あぐら)をかいた。その様子をイヤらしい目つきで見つつ、サーヤの対面にイルディオも座る。


「それにしても随分遅かったじゃないか、君ならすぐに帰って来れるのに……僕がどれほど恋焦がれていたのか……そうか、わざと焦らしているんだね! 焦らすことで僕の心がさらに――――」


「いや、全然違うんでやめてもらえますか。ただ会いたくないからゆっくり帰ってただけです」

サーヤは淡々と答えるとテーブルの上の小さなお菓子(プティフール)に手を伸ばした。


サーヤの態度に部屋の中に居たイルディオ王子の護衛兵がむっとする。

そんな護衛を知ってか知らずかイルディオは紅茶の用意をさせると「二人っきりになりたい」と告げ、部屋から護衛を追い出した。


「これ美味しい……」

護衛が部屋から出たにも全く気にせず、サーヤは紅茶を飲みながらチュイル アマンドに似たお菓子をポリポリと食べ進めていた。


「喜んでもらえてよかったよ、さーて……さっそくだけど、エクリエル王国はどうだったかい?」


「あー……エクリエル王国は寄ってないです。ちょっと別件がありまして、それに王子が帰って来いってレターバードで連絡してきたじゃないですか」


「うぐ! 寄ってなかったのか……まぁ、いいよ! サーヤには助けられてるしさ。……それで()()()は何かわかったかい?」


「いいえ、今回も有益な事はわかりませんでした。でも、唯一私と同じ状況なのであの人なりに何か探っているのかもしれません」


「そうかい……なんだか嫉妬しちゃうなぁ、なんて言う人だっけ?」


「えー教えませんよ」


「なんでいつもそいつの名前や住んでるところ教えてくれないの?」


「名前を教えたら王子が何かしそうじゃないですか」


「そんなぁ、一方的に死罪にしたりとか兵をけしかけて家ごと燃やしたりなんて絶対にやらないよぉ」


「やろうとしてること口に出てるじゃないですか、私絶対に教えませんからね」


「僕と言う婚約者がありながら優先する人がいるなんて信じられないなぁ」


「ねーキモイんでやめてもらえますか? 婚約した覚えもないですよ。でも実はあの人は王子と―――」


「え!? 婚約してないの? 僕とサーヤは結ばれているはずなのに!」


「……やっぱいいです。だから何度も言ってますけど婚約した覚えは無いし、それに私元々ここで結婚するつもりもありませんから」

サーヤは死んだ魚の目をして答えた。


「全く素直じゃないんだから、そんな態度でもサーヤの愛は僕に伝わっているよ」


「はぁ……何を言ってもダメか」

サーヤは諦めた様にため息をつくと、再びポリポリとお菓子を食べ始めた。


「さーて……ところでエクリエル王国は立ち寄ってないって言ってたけど、アリッサ王女の名前は聞いたことあるよね?」


「アリッサ王女……? どこかで聞いたことあるような……。うーん、思い出せないです」


「アルファード王の一人娘にしてここ最近成人を迎えたらしいんだ。まぁ、僕も見たことは無いんだけど大層な美人らしくてね」


「へー……エクリエル王国の綺麗なお姫様って感じですか? それでもまだピンと来てないんですけど」


「うんうん、あまり知らなくても大丈夫! あのさーそれでね、一つお願いを聞いてほしいんだけど―――」


―――コンコン

「失礼します!」

先ほど部屋にいた護衛が戻って来た。


「あぁ、いいところで邪魔が入っちゃったよ」


「イルディオ王子、モスティオ司教がサーヤ様をお呼びになっております」

サーヤを睨むように護衛が伝えるが当の本人はまるで気にしていない様子だ。


「モスティオ司教も来てるの? あの爺さんなんか僕に隠してる気がするんだよなぁ」


「そう? モスティオ司教ってとてもいい人だと思いますけど……ところでさっきのお願いってなんですか? アリッサ王女がどうとか言ってましたけど」


「あぁ、それなんだけどちょっと大きな声で言えないから耳を貸してくれないかな?」


「はいはい、わかりました」

イルディオが護衛を気にしつつ耳打ちするしぐさをしたのでサーヤも仕方なく耳を寄せ、顔をイルディオへと近づけると――――


「はむっ! うまっ!」

イルディオがサーヤの髪の毛を口に入れて頬張り堪能したのだ。


「この豚がぁぁぁぁ! なにすんだよ!!!」

「ぶひひひぃぃぃいぃ!!!! もっとぉぉぉぉぉ!!」


激昂したサーヤは力を込めた拳でイルディオをぶっ飛ばした。

すると―――


「サーヤ様! 今まで王子に対する態度に目を瞑ってましたが、さすがの私も我慢できん!!! 覚悟せよ!!」


「なに? 私とやる気なの?」


イルディオの護衛兵は剣を構え、それを見たサーヤも背中の鎌に手をかけたため、イルディオがおさえながら対峙する二人をなだめた。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。マーヴィンも剣を収めてくれ、あれはサーヤの愛情表現だから気にしないの。それにサーヤもモスティオ司教が呼んでるみたいだし、早く行くといいよ」


「はっ!」

「わかりました、では私はこれで」


敬礼する護衛兵の横をサーヤは睨むようにして通り過ぎ、そのまま部屋から出て行った。

そして、護衛は部屋から出た事を確認すると立たせるようにイルディオの肩を持った。


「イルディオ王子、無事ですか?」


「うん大丈夫、気にしなくていいよ」


「ところで先ほどサーヤ様が仰っていたのは、あのエクリエル王国のアリッサ王女の事でございますか?」


「あー……うん、それも気にしなくていいよ。ほんの冗談で言っただけだから。まぁ、実際に僕のお願いを聞くわけはないと思うしねぇ。()()()()()()()()()()()()()()


「はっ! かしこまりました」


「でもまぁ……これからどうなるか楽しみだなぁ……」

イルディオは不気味に微笑むのだった。



※※※



サーヤはモスティオ司教を捜しに広い大聖堂の中を彷徨っていた。

司教がいる場所を知ってそうな信者に話しかけるが手応えを感じず、先ほど対峙したイルディオの護衛に場所を聞かなかった事を少し後悔し始めていた。


右往左往しつつも、たまたま一人の祭司に話しかけやっとモスティオ司教がいる場所がわかったので急いで向かうことにした。



「司教、遅れてごめんなさい!」


「あぁ、サーヤ待っておったよ。ささ、こちらへ」

にこやかな笑顔の老人であるモスティオが部屋へと招き入れた。


部屋の中には司教を中心に魔術師のローブを羽織った信者が複数人おり、(いぶか)しみながらサーヤは部屋へと入る。


「あ、あの……この人たちは?」


「あぁ、今回の協力者達だよ。ささ、すぐ終わるからここに立ってくれるかな?」


指定された場所は紋章が書かれた紙が置いてあり、赤い文字で書かれているため不気味に感じてしまいサーヤは思わずたじろいでしまった。

だが、モスティオの屈託のない笑顔で乗るように促されたので不安を感じつつ紙の上に乗る。


「これは……何かの魔法陣ですか?」


「うむ、まぁ、そのような物だ。大丈夫危険性は無いから安心してくれ」


「……わかりました」


「ではマナを紙に込めてもらえるかな? 今回はサーヤのマナを紙に宿すことでキミの能力研究が進み、望みを叶える事に大きく進展できる」


「ちょっと怖いけど、それなら喜んで協力します」


サーヤは目を瞑り、マナを発動させ紙への移動を集中させる―――

『イーサーラ……ミーサーラ……』

魔術師風の信者たちがサーヤを囲い、謎の呪文を唱えるとサーヤの体内からごっそりとマナが抜ける感覚が身体を走った。


「うぐっ……もういいですか?」


「思いのほか取れたな……もう大丈夫だ。体調はどうだい?」


「一気にマナを抜かれたので、さすがにちょっと疲れました……」


「うんうん、びっくりさせたみたいですまない。こちらでもマナを込める手伝いをしたのだが、多く抜き過ぎたようだ。旅の疲れもあるだろうし、今日はゆっくり休みなさい」


「はい……ありがとうございます」


「今回の協力もありがとう、これで望みが叶うと思うよ」


サーヤは余程疲れていたのかぺこりと一礼すると部屋から退出した。

それを見届けたモスティオ司教は――――




「――――()()()()()()()()

とぽつりとつぶやき、にこやかな表情は変えずに紙を回収したのだった。

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