間話 偽名生活
「はぁ、はぁ、はぁ……」
男が一人森の中を走っている。
「くそ! また同じ道だ!」
走り続けても森から抜ける事が出来ず、見た事があるような景色が広がっている。
逃げている男は白髪混じりの髪をオールバックにし、左眼が隻眼の男。
そう、かつてアリッサに剣術を教えていた元剣客……ゲイル・サンダースである。
後ろを振り返ると人型をした靄がひたすら追いかけてくるのだ。
出口の無い森を逃げ続け、なぜ追われているのかもわからない。
その靄はどんどん速度を上げてゲイルへと迫ってくる。
「やめろ!! 来るな!!!」
必死に逃げようとするが靄に捕まり、身動きが取れなくなる。
そして靄が体内に入っていき、心臓が握り潰されるほどの力で内部から圧迫され続ける。
――――――死ぬ事も悲鳴を上げる事も出来ない……それは永遠に続く激痛なのだ。
「うわぁぁぁあぁぁ!!!!!!」
悲鳴と共にベットから飛び起きた。
「はぁ、はぁ、はぁ、また同じ夢か……」
どうやら夢だったようだ。
そして再び眠りに就こうと目を閉じるゲイルであったが、また出口の無い森の悪夢を見ると思い寝るのを諦めた。
ピッチャーから水をコップに入れ、一気にグビっと飲み干すと布団に潜り朝日を待つ。城を出てからこれがいつもの日課になっている。
エクリエル王国から逃亡後、指名手配をされ未だに足取りが掴めないのでエクリエル王国の影響が少ないバリョッサス帝国へ逃げたのだと思われていたが、意外にもエクリエル王国統治内にある小さな村へと身を潜めていた。
―――コンコン!
「ち、ちょっと待てくれ!」
ドアをノックする音が聞こえたのでゲイルは一言声をかけると慌ててアーマーヘルメットを被った。
「……どうぞ」
ドアの開く音と共に現れたのは、年配の女性であった。
心配そうな表情でゲイルに話しかける。
「またうなされてたみたいだったけど大丈夫かい? ジョンさん」
「あぁ、問題ねぇ……騒いで悪かったな女将さん」
「ふふ、アンタしかこの宿の客はいないから私ぐらいしか迷惑にならないよ。うちに来てからずっとうなされるけど、なにか悩みとかあるのかい?」
「……へっ! なんでもねぇよ。また寝るからとっとと出て行ってくれ」
「はいはい、あんまり無理すんじゃないよ」
そして部屋で一人になったゲイルはアーマーヘルメットを取るとベッドで横になって朝日が昇るのを待った。
翌朝、ゲイルは朝食を食べに下の階へと降りる。
もちろんアーマーヘルメットを被ってだ。クワン鳥のスクランブルエッグをスプーンで口元に運び器用に食べる様子を怪訝そうに宿の女主人が見ていた。
「ジョンさん、いい加減ご飯食べる時ぐらいは頭の被り物を取ったらどうだい?」
「……まぁ、確かに食べにくいなぁ。だがよ、取るわけにはいかねぇ。傭兵はいつ命を取られるかわかんねぇんだ、用心に越したことはねぇ」
「はぁ……そうかい好きにしとくれ」
―――バンッ!!
勢いよく入口のドアが開き、男が慌てて入って来た。
「ジ、ジョンさん!! 食事中すまない! た、大変なんだ!!」
「あら、イジウドそんなに慌ててどうしたんだい?」
「ああ、ポーラすまない、いきなり押しかけてしまって。
そんなことよりジョンさん! うちのシャルクが魔物に襲われて―――ああ、とにかく助けてくれ!!」
「シャルクっていや、おめぇのところの悪ガキか……んで、金は持ってんのか?」
「い、いや……そ、それは、払えるほどうちに余裕は無いんだが……支払いを待ってくれるなら家財を売るから助けてくれ!!」
「……ちっ、わかったよ、今回はサービスでいい。んで、場所はどこだ?」
「す、すまない、恩に着る。私が近くまで案内するから付いて来てくれ!」
イジウドに連れられ、彼の息子が魔物に襲われている森の近くまでやって来た。
危険を考慮し森の奥へはゲイル一人で行くことになる。そして数十メートルほど森の中を歩いていると上から泣き声が聞こえてきた。
「うわーん! ひっく、誰か助けてーーー!!」
『グルルルル!!』
大きな木の上に男の子がしがみついており、下には大きな緑色の体毛に大きな爪を持ったグリーベアが上を見上げながら木を揺らしていた。
「おい、化物こっちを向きやがれ」
声をかけグリーベアの気をゲイルへ向かせ、居合の構えをとる。
「グルル!!」
グリーベアはゲイルへ向かって爪を振り上げた――――
「おりゃ!!」
振りかぶると同時に一閃しグリーベアは断末魔を上げる間もなく肉塊となり、息をしていない事を確認するとグリーベアの爪を剥ぎ取った。
「もう大丈夫だ、さっさと降りてこい!」
「えーん、降りられないよぉ……」
「……お前どうやって上ったんだよ? ったく、世話が焼けるぜ」
その後、シャルクを救出し父親であるイジウドの元へ返した。
イジウドは感謝しお礼を伝えるがゲイルはぶっきらぼうに会話を終わらすと、そのまま馬に乗り大都市メルトへと向かう。
メルトへ行く理由は仕事探しだ。
一人で行える仕事を探す、場合によっては町への移動間で護衛として一時的に雇ってもらう。
メルトから離れた場所にはいくつか町や村があり、ギルトへ護衛の依頼をするよりも直接傭兵と交渉をする方が依頼をする側としては安く収まる。
それにゲイルも傭兵としてギルドに手数料を取られないため割りに合うのだ。
ただ、それはあくまで建前で別の理由としてはギルドを利用する事で身元がバレてしまうので一人の仕事しか出来ないと言うのが彼の本音だ。
行商人の行き来が多い商業区を目指して歩いていると、壁に自身の指名手配のビラが貼られていたのでなんとなく剥がしておく。
商業区入口に到着し護衛を求めていそうな人物に声をかけてみるが「今着いたばかり」「間に合っている」と断られ続けてしまい、夕暮れ時まで粘ってみたが収穫が無さそうなので諦め、今日の朝に獲ったグリーベアの爪を売ることにした。
グリーベアの爪は薬の調合などに使われるので割と高く売る事が出来る。
道具屋に持っていき店主の老人に品物を見せた。
「こいつを買い取ってくれねぇか?」
「うーむ、グリーベアの爪6枚なら1シルバだ」
「たった1シルバかよ、もっと高くならねえのか?」
「ちょっと爪が小さい、この金額に納得できないならギルドへ行って売ってくれ」
「――ちっ! わかったよ、それで買い取ってくれ」
「はいよ」
ゲイルは渋い顔をしつつ、1シルバを受け取った。
そしてシケた顔をしつつ寝泊まりをしている村へと戻るのだった。
村に辿り着いた頃にはすっかり日が沈み、辺りは暗く松明の灯で辛うじて道が見えるほどだ。
村の入口付近にいる見張りがゲイルに気付き、手を上げ陽気に声を掛けてきた。
「やぁ、お帰りジョンさん。今日の成果はどうだったんだい?」
「今日は全然ダメだ、全く稼ぎにならねぇよ。これから一杯引っかけるところだ」
「ありゃ、そうかい。お気の毒に……いつも世話になってるから今度一杯おごるよ」
「ははっ! ああ、そうしてくれ」
見張りとの会話を終え酒場に向かうと仕事終わりの男達が賑わっていた。ゲイルはカウンター席に座り、麦酒とカリコリ豆を頼むと一人で晩酌をする。
「おお! ジョン今日の朝にイジウドんところの倅を助けてたんだって? やるじゃねかよ。一人で飲まずに俺も混ぜろ」
酔っぱらいの村人に絡まれた。この村人は酒場でゲイルによく絡む男である。アーマーヘルメットで表情は分からないが恐らく鬱陶しいそうにしているであろう。
「絡んでくるんじゃねぇよ、俺は一人で飲みたいんだ」
「なーに辛気臭えこと言ってんだよ! 俺が酒を奢ってやるから一緒に飲もうぜ!」
「っち! 分かったよ、ちゃんと奢れよな」
「……ところで、お前ここに来てから三ヶ月――ぐらいだったよな?
お前が来てくれたおかげで色々と助かったぜ。魔物退治に村の手伝いに……あとは忘れちまったが俺もなんかしてもらった気がする」
「……丸太を運んでやったんだよ、忘れんな」
麦酒をグイっと飲むと、もう一杯お代わりをした。
「あぁ、そんなこともあったな。こんな辺鄙な村じゃなくてメルトに住めばいいのによ。その兜みてぇなもんもいつも被って変な奴だと思ったけど、なんだかんだでいい奴だよな」
「変な奴は余計だ。それに住む場所は人がごちゃごちゃしてるとこよりか落ち着いてる場所が好きなんだよ。ヘルメットの事も話したろ? 傭兵だから命がいつ狙わるか―――」
「んな事言って、ホントは指名手配とかされてんだろ?」
「――――ッ!」
「んな、わけねぇか! ガハハハハハ!」
「あ、当り前じゃねぇか……」
不意な発言により思わずたじろいでしまった。
「そういやーイジウドで思い出したけどよ、お前んとこは子供とかいねぇのか? それなりにいい歳してんだろ」
「……ああ、子供が一人いる。久しく会ってねぇから手紙の一つでも書いてやらねぇとな」
「手紙? なら、イジウドの奴がなんか面白れぇ物持ってるとか言ってたな……まぁ、それは俺が聞いといてやるよ。んで、子供はどうしてるんだ?」
「……あるところに預けてるんだ。ただ、うちの子にも事情があってな、なんとかしてやりてぇと思ってるんだけどよ……失敗しちまってなぁ、くそ……あの執事さえいなければ……」
「ジョン?」
「あぁ、すまん何でもねぇよ。さ、飲み直すか!」
―――村人の男の奢りで夜更けまで酒場で楽しんだ。酒場では一緒に飲む事も多いが、酔っぱらってしまうためこの男の名前はいつもうろ覚えである。
翌朝、朝食を食べているとイジウドが宿へと入って来た。
話を聞いてみるとゲイルが手紙を書くと聞いて良いものを持って来たらしい、昨夜の男はイジウドに手紙の件をちゃんと伝えていたようだ。
「ジョンさん、手紙を書くならこれを使ってくれ」
イジウドがポケットから大事そうに何かを手渡すと、ゲイルは目を細めながらジロジロと見る。
「これは? ……なんだ、ただの羽ペンかよ」
「ふふ、マナを込めて書いてごらん」
ゲイルは言われて通り、マナを込める……。
羽ペンは空気のように軽くなり、インクも付けていないのにすらすらと文字を書くことが出来た。
「なるほど……こいつは魔道具だな」
「そうだよ、あまり他人には使わせないんだが息子を助けてくれたお礼さ。
でも、レターバードはどうするんだい?」
「メルトに行ってレターバードを飛ばすよ。経由して運べば問題ねぇ」
「あーポストケージを使うのか。なら遠くの場所に飛ばすんだね」
「ああ、そうだよ。……このペン大事なもんなんだろ書き終えたら返すぜ」
「返す前に売り飛ばさないでくれよ」
「さぁな、売っちまうかもしれねぇ、ハハハハ!」
軽いジョークをお互いに交わしつつ手紙を書き終えたゲイルはメルトへ向かい、手紙を括り付けたレターバードを飛ばした。
レターバードはオルテンシア方面へと真っ直ぐ飛んでいく。
ポストケージに到着間近の上空―――
レターバードの背後に何やら黒い影が忍び寄る。
『グー!!』
レターバードは後ろから攻撃され、速度を落としついには落下してしまったが空中で鷲掴みにされ、そのまま何処かへ運ばれる。
レターバードを上空で襲ったもの、それは――――
純白の色とは真逆の色となる―――
―――漆黒のレターバードであった。




