33.■荒野の男
話し終えた頃にはすでにポールは身体を拭き終えており、少し離れた場所に置いてある肌着を着ようと手を伸ばしていた。
「ポールさんありがとうございます、ジョスティル様が襲われた時はドルフレッド様も酷く動揺されていました。その後の話は聞きませんでしたが今も目を覚まされないのでしょうか?」
「ええ、、母は今も、寝たままです」
話しかけられたので肌着へと伸ばしていた手をポールは引っ込めた。
「治癒術では治らないのでしょうか?」
「治癒術も試して、みましたが、効果は無く医者に、よると頭の、打撲で脳への、マナ伝達信号が上手く、出来ないなど、言ってました。で、でも内容が難しくてよく、覚えてま、せん」
「そうですか……ジョスティル様やカリンさんの為にも無事に帰れたらいいですね」
「は、、はい、、、。実は、ゲ、ゲイル殿に襲われた時に、家を倒壊させて、しまって、その後、おじいちゃんに、それが、、バレて怒られました。空き家だった、から良かったですが、もし民家で、、死人が出たら、騎士を、辞めさせられて、婚約が、破棄になるかと、思いまして」
「そうでしたか……あの、よろしければ私が肌着を取りましょうか?」
「あ、ありがとう、、ございます」
肌着を取りポールへと手渡そうとしたその時―――
―――コンコン!
「わっ!!!」
後ろからノックの音に驚いた裸のポールが水桶に足を取られ、ゼロへと覆いかぶさるように倒れた。その際にゼロのシャツを掴んでしまい、倒れた勢いのままシャツが開けてしまい、上半身が露わになる。
ガチャッ!
部屋のドアが開くと―――――
「お邪魔します!! お姫様に怒られちゃって気まずいから一緒に酒場に―――え?」
部屋に入って来たのはアルスだ。部屋の中は裸のポールがゼロのシャツを剥ぎ取って襲いかかっているように見える。
「おやおや、これは薄い本の展開ですね」
と、ぽつりと言い邪魔にならないようそっとドアを閉めたのだった。
その後、着替え終えたゼロたちとアルスの三人で酒場へと向かった。
その道中で何か勘違いをしているアルスに説明をしたが、どっちが受けか攻めかなどわざとからかうように聞いてきたので途中から相手にするのをやめた。
酒場ではすでにジルベールと護衛達が出来上がっている状態で盛り上がっていた。
酒のつまみはオーバの村で取れた野菜をぶつ切りにして香辛料でさっと炒めた素朴な一品だが、味はピリ辛でつまみにはちょうどよい。
ジルベールに勧められたので、ゼロも珍しく酒を飲む事にした。
あくまでも嗜む程度で飲み、ジルベールの昔話に付きあうことにしたが、かなり酒が回っているらしく呂律が回らず何を言っているか理解出来ず少し困惑した。
アリッサは酒を一口飲んだがすぐに渋い顔をし、その後はジュースに変えてオーバの野菜たっぷり定食を不味そうに食べていた。
ちなみにアルスはアリッサと同い年で既に成人を迎えているので、酒を飲んでも問題ないのだが、酒が弱いうえに調子に乗って飲んでしまうため、お開きの頃には泥酔状態になっており、酒場の外で吐しゃ物を撒き散らしながら地べたに倒れたのでゼロが背負って部屋まで運んであげた。
次の日の朝、一同は出発の準備を終え村の入口に集まる。
「出発の前にちょいと討伐の件を伝えますのでここで待っていてください。ほら、アルス殿も行きますぞ!」
「うーん……なんでそんなに元気なんだよ……うー気持ち悪い……」
元気なジルベールとは裏腹にアルスは二日酔いで青白い顔をしていた。
昨夜の酒を飲んで騒いでいたところまでは覚えているが、吐いてゼロに背負われた記憶は失われている。
「かっかっか、昨日は飲んだうちに入らんわい! 無理そうならワシ一人で行きますからそこで待っててくだされ」
ダウンしている様子を見て自分一人で行くと決めたジルベールは背を向けてスタスタと歩き始めた。
「あ、あの、、よかったら、、どうぞ、解毒作用がある、クシルスという薬草です」
「ありがとう………って、くそ不味いなこれ!」
ポールに渡された薬草をもしゃもしゃ食べながら苦い顔をする。
「……ちょっと楽になった気がするわ。ジル爺待って! 俺も報告に行くよー」
ジルベールに追いつくと二人でエルネッタの家に向かう。
入口にはちょうどエルネッタが農作業に出かけようとしていたので呼び止め、ファイヤーブルテイルの討伐報告をする。
「エルネッタ殿、例のブルテイルを討伐したのじゃが爆発してしまってのぅ、これしか残らんかったわ」
ファイヤーブルテイルの角のかけらを手渡した。
「まぁ、倒してくださったんですね! なんとお礼を申し上げていいのか……!」
「かっかっか! なーにワシにかかれば余裕でしたぞ! これで旦那殿も報われますな!」
「ええ、やっと会うことが出来ます! 本当にありがとうございました!」
「うん? 会うってブルテイルにやられたんじゃ……?」
「主人は村で獲れた作物を売りに行くため村から離れてまして、例のブルテイルが現れて人を襲う噂が大きくなるにつれ私も不安になり、レターバードを飛ばして村に帰ってくるのを止めていたのです」
「え、生きとるのか? ………ま、まぁこれで旦那殿と会うことが出来てよかったのぅ」
「ジル爺なんか落ち込んでない? アンタ褒美のハグとか期待してただろ?」
「な、なにを言っておる、ワシは落ち込んでなどおらんわい!」
ジルベールをからかいつつ改めてお礼を言われると二人はその場を去り、皆が待つ村の入口へと向かう。
オーバでの滞在期間は少し長かったが、目的地であるオルテンシアまで半分ぐらいの距離は来ただろうか、遅れた分の日数を取り戻すため合流した後は早々と村を出たのであった。
※※※
道中、馬車の中でジルベールは手紙を書いていた。
移動中は当然車内も揺れるので顔を顰めながら書いている。
「ねぇ、なんで今手紙なんて書いてるの? 馬車から降りた時に書けばいいじゃない」
書きにくそうにしている様子を見てアリッサが聞く。
「ワシも歳なので後にすると書くことを忘れてしまう可能性があるので、思いついたらすぐ行動するようにしているのですよ」
「ふーん……誰に出すの?」
「アルフォード様宛に送ります。これまでの旅の報告をする必要があるので」
「どうやって渡すのよ、お城まですごく離れちゃってるじゃない」
「レターバードを使いますぞ」
「レターバード?」
「前方馬車の中に籠に入った鳥がいませんでしたかな? あれがレターバードと言うもので―――」
その後ジルベールはレターバードの説明をする。
旅には二羽ほど連れて来ており、オルテンシアまでの道中とピロカット大陸へ船で出航する際に報告のためアルフォード宛に飛ばすことになっている。
ピロカット大陸到着後は大陸を跨ぐためアリッサの治療を終え再びオルテンシアに戻った際に詰所からレターバードを飛ばすと説明を行った。
それからしばらく移動し日も暮れかけ始めたので野営の準備を行うことになる。
そこで移動中に書いた手紙を送るためレターバードに手紙を括り付けているとアリッサがやって来た。
どうやらレターバードを自分で放ちたかったらしい、ジルベールは手紙を括り付けレターバードを手渡すとアリッサはレターバードを上空へと掲げる。勢いよく飛び立ったレターバードは沈みゆく夕日の中でエクリエル王国へと飛び立つのだった。
次の町までしばらく野営は続く。
食事はオーバの村で集めた野菜やミルク、チーズなどの発酵食品、干し肉を使った料理がメインとなる。それでも野菜が多いため、もともと野菜が苦手なアリッサは少し食事に飽き始めていた。
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それから野営を挟みつつ小さな町や村をいくつか経由し、ディサイヤ大陸最初の目的地であるオルテンシアまでの距離が近づいてくる。
そして現在、一行は大きな岩がちらほらある見通しの良い荒野地帯を進んでいた。
「アリッサ様、この荒野を抜けたら間もなくオルテンシアですぞ!」
馬の手綱を握りながら馬車の中へと声をかける。
「やっと、到着するのね……長かったわ。あと何時間ぐらいなの?」
「そうですな、荒野のあとの草原も考えますと……4、5日ぐらいですかね」
「全然まだ先じゃない!」
「はて? ワシの感覚だと近いと思いますがなぁ。……して、この地帯はグランドウルフという魔物も出ますので野営の時は警護を強めますぞ! 奴らは素早く危険ですので馬車の中に居て下され」
「わかったわ」
旅を始める前と比べアリッサはジルベールの言う事を聞くようになっていた。その傾向が現れたのがファイヤーブルテイルと対峙した以降だ。ブルテイルと騎士達が総出で戦う姿を間近で見て、何かしら彼女の中で感じたのだろう。その後は馬車から不用意に飛び出すことは無かったのだ。
そして日が暮れ荒野での野営となり、就寝時はグランドウルフ対策に騎士を多く配置する。グランドウルフは山岳地帯や荒野などに生息し茶色の毛をした魔獣である。
バッドウルフと似ているがスタミナや狂暴性はグランドウルフの方が強く、水源が少ない地域でも活動できるように食べ物から水分を補うことが出来る。夜行性で集団で狩りを行い機動力もあるため遭遇すると厄介な魔物だ。
夜も更けると、護衛を除きアリッサはとうに就寝している。
グランドウルフ対策のため今回の見張りはジルベール、ポール、ネガティー、ジミー、クラーイが担当し、時間ごとに少しづつ見張りを交代するのだ。
ザッザッザッザ―――
「……むっ!」
ジルベールが何か近づいてくる複数の足音に気付き槍を構え、その様子を見た他の護衛も警戒を強めた。
「こりゃ、囲まれておるのぅ……誰じゃ?」
そこに現れたのは――――毛皮を被った上裸の男だ。
「もうバレちまうとはジジイやるじゃん、お前らも出てきていいぞ」
男の呼びかけでぞろぞろとガラの悪い男たちが出てきた。
手にはサーベルや棍棒を持ちへらへらと笑っている。
「どうやらワシらが思っていたものと違うもんが出てきたようじゃのう……主ら悪いことは言わんここから立ち去るがよい」
「何言ってんだジジイ、『はいそうですか』と聞くわけねぇだろ? それにしてもずいぶん良い馬車に乗ってんなぁ、さぞ金目の物もあるだろうよ……貴族の護衛か?」
「じいちゃん……!」
恐怖からなのかいつもよりもポールの声が低い。
「ポール、まだ落ち着くのじゃ! ……おい、野盗ども警告はしたぞ、命が惜しくばここから立ち去るのじゃ」
「ジジイ馬鹿か? いくらお前らがいい装備してたとしてもこの人数に敵う訳ねぇだろ? それによ―――」
――――パチンッ!
と男が指を鳴らす。
すると男の背後から複数の影がぬっと現れる。
辺りが暗いのでジルベールが目を凝らして見てみるとそれはグランドウルフの姿であった。
「俺は魔獣使いなんだぜ! つまり端からお前らに勝ち目はないって訳よ!」
グランドウルフはジルベール達を睨めつけつつ唸りを上げ始める。
馬車の周りを手下とグランドウルフで囲い、ジルベール達に緊張が走るその様子を見て、毛皮を被った男は邪悪に微笑むのだった。




