32.■守るべきもの
新暦64年【ヨワの月】
父ドルフレッド・バルテルミー、母ジョスティル・バルテルミーの長男としてポールは産まれた。
出産当時は長時間にも及ぶ難産となり、産まれたはいいが体重が小さく未熟児として産まれたため命の危機に瀕し、治癒師や医師の力で事なきを得たと母から何度も聞いた。
記憶にはあまり残っていないが幼少期の頃はジルベールの初孫と言う事もあり大層可愛がられ、よく街中をジルベールに抱えられながら散歩していたらしい。
当時のジルベールはエクリエル王国騎士団長に就いており、その息子であるドルフレッドも歴代最高の騎士と呼ばれ、名門バルテルミーの一人息子として周りからの期待も高かった。
そして、その当時は誰もがポールも将来騎士になると思っていたのだ。
ドルフレッドの遠征が続き幼いポールの面倒は召使のリリアナと母親のジョスティルが面倒を見ており、ポールも母親に懐いていた。
ジョスティルの仕事は薬草を調合し薬を生成する薬師をしており、経済面で治癒師や医者を利用できない者の為に怪我や病気に効く調合した薬を格安で販売をしていた。
その仕事を間近でみていたポールはジョスティルの仕事に憧れを持ち始め、将来は薬師になりたいと言い始めた。
ジョスティルは喜んでいたが、ジルベールとドルフレッドはどこか悲しそうな表情をして、時折騎士の魅力について語られたこともあったが当時のポールにはまるで響かなかった。
ポール9歳の時、ジョスティルのお腹にもう一人の子供が授けられ臨月を迎えていた。その後、陣痛が起きポールの時とは違いすんなりと出産を終える。
ポールにとって初めての妹ができ、エリナベルと名付けられた。
この時もジルベールが必要以上に妹を可愛がるが、ジョスティルの代わりに持ち上げるとしばしば泣かれてしまい、召使のリリアナからよく怒られていたとのことだ。結局、妹のエリナベルが言葉を話すまではジルベールに懐くことはなかった。
エリナベルが言葉を話し始める頃にポールは学校へ通うことになる。
騎士クラスでも魔法クラスでもない、薬師クラスとしてノスピネル学校へ入学を果たすのだ。
バルテルミー家の長男が入学したことはノスピネル学校で噂になる。
だが、その名門の息子が入ったクラスが騎士と無縁の関係である薬師であることにクラスメイトや他の学科の生徒からも奇異の目で見られ始めていた。
真面目で寡黙な性格が災いしたこと、また、名門であるが故に最初の頃は友達がなかなか作れずクラスで一人ぼっちになることも多かった。
それでも時間が経てば周囲と馴染むことができ、少しづつ友達もでき始めていた―――
「なぁ、ここが一年の薬師クラスか? バルテルミーはどこだ?」
休憩時間の時に薬師クラスでも見かけないガラの悪そうな男三人が教室のドアの入口から問いかけてきた。
少し大きな体格や身だしなみを見る限り、騎士クラスの上級生だろう。
特に誰に話しかけている訳でもなく、関わらないよう誰も目を見ない様に沈黙を保っていたが―――
「おい、聞いてんだろ! 返事ぐらいしろよ! なぁ、そこのお前、どうなんだ?」
たまたまドアの入口近くの席に座っていた大人しそうなどんぐり頭の男の子へ話しかけると、男の子は怯えたつつ無言のままポールに目線を移し、その様子をみたガラの悪い上級生の口元がニヤッと緩む。
「おい、お前がバルテルミーの息子なんだろ? ちょっと面かせよ」
「はい……」
ポールが男たちに向かって歩きそのままどこかへ連れ去られる様子を申し訳なさそうにどんぐり頭の少年は見つめるのだった。
上級生によって騎士クラスの稽古場へ連れられると、木刀を手渡されドアには鍵をかけられてしまった。
状況が呑み込めずにポールは困惑していると、一人の上級生も木刀を持ちポールと対峙する。
「あの一体これは?」
「バルテルミーの息子だろ? だったら俺たちに稽古してくれよ」
「そ、そんなこと言われても出来ません」
「うるせーよ!」
その後、ポールは上級生達によって滅多打ちにされ、暴行がバレるのを恐れて顔には傷をつけず、体中に木刀を打ち込まれ痣が出来たのだった。
上級生の呼び出しは定期的にあり、次第にポールの表情から生気が無くなり始め、ポールの様子がおかしいことにいち早く気付いたのは母ジョスティルだった。
学校で何かあったか色々聞いてもポールは「何もない」と言うだけで答えてくれず、次第に言葉遣いも弱々しく自信の無いものに変わっていき、名前を呼ぶだけでも怯えるような反応をする。
見かねたジョスティルは両親から譲り受けたあるものを渡すことに決める。
「ポールこちらへ来なさい」
「は、はい」
「これを受けとって」
近くに寄って来たポールへ銀色の丸い何かを手渡した。
「こ、これは、、な、に?」
「これは私のお父さんとお母さんからもらったお守りよ。……横の出っ張りを押してごらんなさい」
「あ、、ひ、開いた」
渡されたのは開閉式のロケットペンダントのようだ。
「それをポールにあげる、身に着けておくときっとあなたの事を守ってくれるわ。
中は空っぽだけど……なにかあなたの大切なものが見つかったら入れるといいわ」
「わ、わかった。ありがと、う」
その日からペンダントを首に下げて肌身離さず身に着けたのだった。
学校では上級生に再び呼び出され誰もいない稽古場へ連行されていると、前々から目をつけていたのかその様子を騎士クラスの教師に見つかり、上級生達は退学処分となった。
その後、ポールの身に何か危険な事は起きなくなったのでペンダントを身に着けた事で自分は助けられたのだと思い始めた。
薬師クラスを順調に進学し13歳となる。
休校の日、病気で苦しむ人のため調合の薬草を買いにジョスティルと共にユフィンへ行く事になる。
妹のエリナベルはまだ幼いため、召使のリリアナが自宅で面倒を見る事になった。
馬車を走らせ薬草を購入し、本来ならばユフィンに泊まり次の日に出発するのだがジョスティルが病の苦痛をなるべく早く緩和させたいと思い、すぐエクリエル王国へと発った。
その選択が間違いだったのか事件は起こる――――
深夜にエクリエル王国へと向かう道中、馬車が急に止まると馭者が慌てて馬車の中にいたジョスティル、ポール、ユフィンとのエクリエルまでの往復間で雇った護衛へ話しかける。
「みなさん、起きて下さい! た、大変です、野盗に囲まれました!!!」
「そ、そんな……逃げ切ることは出来ないの?」
「周りを囲まれているので難しいです」
「……どれ、俺が話をつけてこよう」
護衛の男が馬車から降り、会話をすると護衛の男は剣を投げ捨てると両手を上げ手に何も持っていない事を見せると野盗はうんと頷き、塞いでた道を空け護衛は一人で逃げてしまった。
「おい、降りてこい! 金目の物をだせば命だけは助けてやるよ!!」
馬車の外から野党の声が聞こえてくる。
「か、、母さん……護衛の、人が、逃げ、、たよ」
「……大丈夫よ、私がついているわ。さぁ、降りましょう」
「じじいに女とがきんちょか。……まぁいい、さっさと金目のもんだしな」
「お金ならあります、息子だけは助けて頂けないでしょうか……」
ジョスティルは手持ちの全財産を手渡した。
「ちっ、5シルバかよ! シケてるな………ん? おいガキ、首に下げてるもん寄こせ」
「こ、、これ、は、、ダメ」
「ポール渡しなさい!」
「寄こさねぇなら、無理やり頂くけどな」
「い、、嫌だ!!」
―――ドンッ!
野盗の一人が強引にペンダントを奪い取ろうとしたが、ポールは抵抗し男を突き飛ばした。
「痛てぇな、このガキ! ぶっ殺す!!」
男は棍棒を振りかざしポール目掛けて振り下ろした―――
「ポール! 危ない!!」
ポールを庇うように覆いかぶさると棍棒はジョスティルの後頭部に当たった。
ジョスティルはポールの方から崩れ落ち、ピクリともしない。
「か、、母さん? 母さん? ああぁあああぁあああ!!!」
「ちっ、死んじまったか、あとで楽しもうと思ったのによ」
「おい、女は殺すんじゃねぇよ」
「あーあー、勿体ねぇ」
野盗達は下賤な会話をしていたがポールの耳には全く入らず、目の前で横たわるジョスティルを揺すりながら話しかけていたが、反応は返って来ない。
「おいガキ、すぐに母親のところに行かしてやるよ! 俺は優しいからなぁ」
「「ぎゃははっはははは」」
振り上げられた棍棒をポールは睨むように見つめた。
朝日が昇り、騒ぎを聞きつけたエクリエル王国の騎士達が現場へと駆け付けた。
そこにはバラバラになった野党の死体が散乱し、横たわるジョスティルの傍で剣を握りしめたまま呆然と立ち尽くす血まみれのポールと酷く怯えた馭者の男がいた。
異様な光景に騎士達は動揺を隠せなかったがポールを保護し事情を聞いてみると「野盗に襲われた、母が倒れた後の記憶はない」と語ったのだった。
その後、ジョスティルは一命を取り留めたが意識が戻ることは無かった。
ドルフレッドは深く悲しみ、ポールは守れなかった使命感からなのか薬師クラスを辞めて騎士クラスへと入学を果たした。
名門の才能ゆえか騎士クラスをたった2年で首席卒業し、その後エクリエル王国の騎士となる。
家族であるがジルベールの配下となり、騎士として立派に育てる為、その日からポールを厳しく指導をした。
16歳のころキメラ討伐で雪山のふもとにある町で準備を行っている最中、酒場で働いている一人の女性と出会った。
彼女の名前はカリン、母親にどことなく似ており性格も明るくポールにも気さくに話しかけるのだ。
その振舞いにポールは人生で初めての恋をしてしまった。
だがキメラ討伐から戻った後、酒場にはカリンの姿はすでに無かった。
店主の話ではどこかへ移住をしたと聞きポールは酷く落ち込んでしまった。
だが二人は偶然にも出会いを果たすことなる。
なんとカリンの移住先はエクリエル王国だったのだ。暴漢に襲われているところをポールが助け出会いを果たした。
ポールはそこで運命を感じ、何度かデート重ね婚約を伝えるとカリンは喜び、カリンの両親も「騎士と結ばれるのであれば」と考え、反応はよかったのだが――――
「なに……婚約? それはならん! 大体、騎士としても未熟な者が家族を守れるのか! ドルフレッドがなんと言おともワシは認めんぞ!」
――――ジルベールが大反対をしたのだ。
しばらくしても認めようとせず、ドルフレッドの提案で大きな任務を任せそれを果たすことが出来れば認めるよう進言したところ、ジルベールはしぶしぶ了承した。
その後、アリッサ護衛の任務をポールが果たすことでカリンとの婚約が成立する事に決まる。
若輩ながらも剣の腕が立ち、薬師や固有も使えるが、中でも大きかったのはドルフレッドからの推薦があったからだ。
「ごめん、カリン、しばらく帰って、来れない。で、でも……帰って、来れたらじいちゃんも結婚、認めてくれる」
「やっとジルベールさんも認めてくるのね、長かったわ……。戻って来るまでどれぐらいかかりそうなの?」
母に似たプラチナブロンドの髪を靡かせ、首を傾げる。
「ピ、ピロカット大陸に、行くことになるから、早くて2年ぐらい、かかるかも」
「……そう、結構かかるのね。……戻ってこれないかもしれないのでしょ?」
「だ、大丈夫! 絶対に戻ってくる!」
「……ええ、わかった。ポールを信じて待つわ」
「ああ、そうだ! これを……」
ポールは何かを思い出したように袋から一つの花を取り出した。
「あ! これ私の好きなパープルモネの花じゃない! 嬉しいわ! ……ねぇ、この花びらをペンダントに入れてくれないかしら?」
「うん、いいよ」
「その花びらを私だと思ってね、離れていても私たちはずっと一緒よ」
「ありがとう、カリン……」
―――――――――そして二人は最後の夜を過ごした。
母からもらった大切なペンダント、そして自分に出来た守るべき者のため、ポールはアリッサ護衛の旅を成功させ、必ずや帰還すると決意したのだった。




