25.■マナとオーラ
「かっかっか! 楽しめましたぞ! オーラを使わずに攻撃を受け続けるとはやりますな。それともワシ相手にオーラを使うまでもないと言うことですかな?」
ジルベールがゆっくりと歩き、アルスとの距離を詰めてきた。
「じゃが、その腕だともう振り回すことも難しいじゃろうて。今更オーラを使って対峙するなど無理よ」
アルスまでの距離は目と鼻の先である。
「ジル爺! まだ勝負はついてない!」
「かか! 何を申すか。その腕ではワシの攻撃を受ける事も難しいぞ」
「ふふふ……あ! あれはなんだ!!!」
「最後の悪あがきか? ワシがそんなものに引っ掛かるわけなかろう」
アルスはジルベールの後方を指差し叫び、それを見たジルベールはニヤリと笑う。
どう見てもバレバレの嘘なのだがどうやらアリッサだけが後ろを向いていた。
「ねぇゼロ、何があるのよ! 後ろに何もないわよ! 早く確認しなさい」
「……はぁ、かしこまりました」
ゼロも後ろを向き何もないことを改めて確認した。
「アリッサ様、今のはアルス様の嘘です。おそらくジルベール様を油断させる嘘かと」
「何よ! 嘘だったのね!」
そして対峙してる二人に顔を戻した。
アリッサに話しかけられた時点で既に勝負がついているはずだった。
ジルベールが木刀を突き付け、アルスが降伏をする様子は容易に想像できたはずなのだが――――
「え? なんで?」
「なぜだ?」
――――二人して驚きの声を上げたのだ。
そこにはなんとジルベールの後方に立ち、彼の首元に木刀を当ているアルスの姿があったのだ。
「こりゃ……たまげたわい」
「だから言ったでしょう。まだ勝負はついてないって」
「首元に当てられたのなら仕方ないのう……こりゃワシの負けじゃな」
ジルベールも何が起きたのかわからず身構えたまま固まっていたが、負けを認めるとゆっくりと構えを止め、木刀を下げた。
その光景を目の当たりにしたアリッサが二人の元へ駆け寄った。
「ど、どういうことよジルベール! どうしてアルスなんかに負けちゃうの! さっきまで勝ってたじゃない!」
アリッサはまくし立てるように詰め寄る。
「いやはや、ワシも油断しているつもりはありませんでしたが、あの状況でしたので油断したのですかなぁ……」
「で、でもさっきまで攻撃を防いでたじゃない! アルスがあんな状態だったら油断してても勝てたんじゃないの?」
「実はいつの間にかアルス殿の姿が無くなったのです。
すぐさま身構え左右を見回したのですが、いつの間にやら背後を取られ首元に木刀を当てられました。背後を取られた気配はなかったのですがなぁ……」
ジルベールはガックリと肩を落とし、その横には自信に満ちた表情のアルスがいた。
「いやー僕も危なかったですよ。もう腕がパンパンで痛いのなんのってはははっ―――あの、お姫様さっきから痛いですよ。ああ、痛い!」
自信に満ちた表情が憎たらしかったのかアリッサはアルスのぎゅっと足を踏んでいた。
「お二人ともお疲れさまでした。あとアリッサ様ももうその辺で……」
ゼロもゆっくりと駆け寄り、アルスの足を踏み続けるアリッサを止めた。
「ジルベール様もエクリエル王国きっての猛者でございます。
最後の方は油断されていましたがそれでも手合わせで勝つのは難しいはずですが……一体何をされたのですか?」
ゼロは気になっていた。
腕重荷を一発くらった時点で常人であれば握る事さえ難しい。
しかもそれを数発くらい手の痙攣だけで済み、さらに尻もちをついた状態であのジルベールの背後を取り勝利したことが未だに信じられなかったのだ。
「ふふふ、奥の手は最後に取っておくものだよ」
笑って誤魔化すあたり、どうやら話す気はない様だ。
「あとのう、ワシも気になることがあるのじゃがオーラを使わんかったのはやはり手加減をしていたのかの?」
「あ、いや、その……」
アルスの自信に満ちた表情が急に曇り始めた。
「うん? どうしたのじゃ?」
「えーと……オーラ使えないです」
「なんと! 使えないじゃと!?」
「はい……」
アルスが申し訳なさそうな顔をしていると、オーラが使えない事に驚いているジルベールの言葉をきっかけにアリッサは質問を思い出したようだ。
「あ、そうだ! さっき聞きそびれちゃったんだけどオーラってなによ?」
そこで近くにいたゼロが説明を行う。
「オーラとは鍛錬を行う事によって増やすことが出来ると言われております。
オーラを纏うことで自らの防御力、身体能力を向上させる事ができます。
また、オーラを消費することで先ほどジルベール様が行った技を使うことも出来ます」
「じゃあ、私もお城で剣を習ってたらオーラを纏うことが出来たの?」
「オーラ自体が若干増えるとは思いますが、体全体にオーラを纏うには厳しい訓練が必要です」
「えー厳しい訓練しなきゃ纏えないの?」
「いえいえ、他にも増やす方法はありますぞい」
話を聞いていたジルベールが急に会話に入って来た。
「他に増やす方法ってなによ?」
「戦闘ですぞ。対人、魔物など出来れば苦戦するか死闘を繰り広げるほど増えるかもしれませぬなぁ。そもそもオーラは冒険者や騎士などが纏っている事が多いのでそれ以外の者がオーラを使うところはあまり見ないですな」
「え? じゃあなんでアルスは使えないのよ?」
「ワシもそれを不思議に思っておりました。
ただ、アルス殿はオーラを使用せずマナを使ってワシと手合わせしておりましたな?」
「え? あ、はい……」
ばつが悪そうにアルスは答えた。
「そもそもマナって魔法を使う時に使うものじゃない、魔法を使う以外に何があるのよ?」
「アリッサ様、カーラ様の魔法の授業の時に教えて頂けなかったでしょうか?」
「うーん……覚えてないわ」
ゼロは授業で説明をしたことを把握していたので聞いてみたがアリッサは顎に手を当て、上を見つつ思い出そうとしていたが結局覚えていない様子だ。
「……わかりました、説明しましょう」
ゼロは少し肩を落とした。
「マナは生命エネルギーと言われ、生まれた時から総量は決まっております。
アリッサ様が先ほど仰られた魔法については自身のマナを体外で構成することにより使用が可能です。また、人はマナで構成されていると言っても過言ではなく、常に微弱なマナで身体を覆われています。マナは生物が生きる上でとても大事なものになりますゆえ、体内からマナが無くなるとその者も死んでしまいます」
「そして、マナの総量が多い者は魔術師になり、少ない者は騎士の道を選ぶと言われておりますな」
ジルベールが再び話に入って来た、どうやら話したかったのだろう。
「じゃあ、アルスが何か叫んでいたのはあれも呪文みたいなものなの?」
「お姫様よくぞ聞いてくれました! そうです! あれこそ身体強化を行う魔法なのです!」
ここぞとばかりにアルスも話に入ってくる。
「やっぱり魔法だったのね!」
「ええそうですとも、ただし使うたびにMPを消費してしまいます。
MPを回復するには宿に泊まるか、いやらしい聖水やしずくを飲む必要があるのです。よろしければ私のホワイトな魔法をお姫様にかけてあげましょうか?」
「そうなのね! 私にもその魔法をかけてほしいわ!」
アルスの顔がネチャリとした気持ちの悪い笑顔に歪む。
「ただ、私の消費してしまったMPを回復させる必要があります。先ほどお伝えしたいやらしい聖水で回復することが出来ますのでお姫様の黄金水をわたしに―――」
「アルス様、聖水で回復するなど聞いたことがありません、でたらめな事を言わないで下さい」
アルスの話を遮り、ゼロは冷たく言い放つ。
「え? 嘘だったの?」
「うーん、ワシもこれまでの人生でMPなど聞いたことありませんな」
顎に手を当てながらジルベールも考えていたようだ。
「また嘘ついたのね!! この!!! 噓つき!!!」
アルスはアリッサに蹴られながら「すみません」と謝り、反省したのか正座を始めた。
それを尻目にゼロは説明を続ける。
「すべて嘘と言うわけではありませんが、身体を休める事でマナとオーラは回復します。なので宿に行くと言うのもあながち間違いではありません」
アリッサはふむふむと真面目に聞いていた。
旅を行う事で自然と興味が湧いてきたのであろう、ゼロは説明を続ける。
「ちなみにアルス様は一時的にマナを体の一部へ集中させ、身体能力を強化させてました。
ですが、その方法での強化はマナの消費がとても大きく調整も難しいです。下手をするとあっという間に体内のマナが枯渇してしまいます。
なので原則としてマナの使い方は魔術師であれば魔法を、剣士であれば一時的にマナを使う時もありますが基本的にはオーラを使います」
「そうですなぁ。
剣士にとってマナは相手との距離を一気に詰めたり、あるいは距離を取ったり、剣の手練れだとマナとオーラを組み合わせて特殊な技を使ったりもしますぞ! ですが、マナもオーラも限られますので状況判断が重要なのです」
この手の話が好きなのかジルベールがよく話に入ってくる。
「ありがとうございます、ジルベール様。
つまり先ほどの説明の上で解説しますと、アルス様が使われていたのは魔法でも技でもありません」
「え? でもさっきの手合わせの時に何か叫んでたじゃない? あれはなんで叫んだの?」
正座しているアルスへ問いかけた。
「いや、あれは……技名があるとカッコいいと思いまして………」
「「………」」
アルスが説明をすると皆静かになってしまった。
それもそうだろう、アルスが使ったものは魔法でも技でもない、そして自分の名前を入れながら戦闘中に叫んでいるのだ。
その光景は傍から見れば奇人に見えるであろう。
彼はこの状況を喜びつつも羞恥を感じ、恥ずかしくて耳が真っ赤になっていた。
そして皆が黙っている中、ジルベールが口を開いた。
「アルス殿、そりゃええのう!」
「え! いいの!?」
アルスは驚きを隠せなかった。
「アルス様の虚言癖はともかく、ネーミングセンスは素晴らしいと思います」
「いいなぁ、私もそーゆーの欲しいわ!」
「え! え?」
一瞬、皆に騙されているのかと思ったがアルスに対し冗談を言わないゼロが発言するあたり、本心で思っているのだろうとアルスは確信した。
そしてこの世界の住人の価値観にあらためて驚かされたのだった。




