22.■壁の境界線
一行はギルド本部があるオルテンシアへ向かう。
道のりとしては町をいくつか経由しオルテンシアへ到着後、港の船からピロカット大陸へと向かう予定だ。
エクリエル王国周辺は定期的に害獣、魔物は駆除され、草木なども排除し道も整備されているため、三キロほど離れた森に近寄らない限り危険はない。
また、魔物は基本的に森で生息をしているため、見通しのよい道で人を襲う危険は少なく、仮に現れたとしても前方の馬車にいる護衛が倒し、後方にいる馬車のアリッサに危険が及ばないように進むため、比較的安全に進行出来ると思われていた。
だが、あくまでも周辺都市の道のりであり、当然のことであるが町から離れれば離れるほど道の整備は疎かになるため森との距離は近づき危険は増すのだ。
―――ヒヒーン!
馬の泣き声と共に馬車が止まると、疑問に思ったアリッサがジルベールへ問いかけた。
「ねぇ、馬車が止まるのはどうして? ポールの運転が下手なのかしら?」
「あぁ、それでしたら前方の馬車が魔物を見つけ退治でもしておるのでしょう」
「え! そうなの?」
「はい、安全を確保し終えてから馬車を進めております。
まぁ、ここら一帯は弱い魔物になりますがな。大方、群れからはぐれたキラーラットなどでしょうぞ」
「そう、なら私の出番ね! アルス、剣を寄こしなさい」
アリッサは立ち上がろうとしていた。
「アリッサ様、弱い魔物でも危険ですのでお止め下さい! 怪我でもされたら大変です」
傍にいたゼロがアリッサを止める。
「大丈夫よ! あ、でも確かに怪我したら困るわね……。そう言えば護衛に治癒師が居ないわね」
「あぁ、それでしたらワシにお任せください。治癒術なら中位まで使えますぞい」
ジルベールは胸に手を当てて答え、さらに話を続けた。
「他の護衛の者も下位であれば魔法も使えますしな。
この”鉄壁のジルベール”がしっかりとアリッサ様をお守り致しますので安心してくだされ!」
「なら、怪我をしても安心ね! アルス、剣を寄こしなさい」
「「アリッサ様!?」」
今度はゼロとジルベールの二人で立ち上がったアリッサを止めた。
アリッサは本当に話を聞いてたのであろうか……。
「そ、、そろそろ、、し出発しま、、、す」
ポールの声で馬車が動き出すと、アリッサは機嫌悪そうに諦めて座った。
それを見ていたアルスがアリッサに話しかけた。
「いやーお姫様残念でしたねー」
「ちっ! アンタは黙ってなさい」
―――バシッ!
「アイター」
頭を叩かれたアルスは満足そうにニチャリとした表情をしていた。
なぜ満足そうな表情をしているのかわからないが、ゼロは不必要にちょっかいを出していたのでアルスに釘をさすことにした。
「アリッサ様を怒らせるような事はあまり言わないでください」
「スマイル執事。申し訳ないと思っている。
だけど、お姫様という属性がどうしても我が愚息を掻き立てようとするのだ」
アルスはニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「はあ、そうですか。……ですが王族と言う立場もありますので気を付けて下さい」
立場を弁えていない反応をしているので、ゼロは真面目な顔でさらに釘をさした。
「は、はい! ごめんなさい、気を付けますぅ」
アルスは深々と頭を下げ、一応謝っていたが念のため警戒を強めるゼロであった。
その後、あまりにも順調に馬車が進んでいくため、旅は危険と聞いていたアリッサは馬車の中で退屈そうに外を眺めていると、遠方に延々と続いている焦げ茶色の壁に不意に疑問を持ち、退屈しのぎに周りに聞くことにした。
「ねぇ、あの遠くに見えるのはなに?」
「鉄の壁でございますか?」
アリッサの質問に反応したのはゼロだ。
「えーと、あの壁みたいなやつよ」
「であれば、鉄の壁でございます」
「お姫様……もしかして知らないのですかな?」
アルスが自信たっぷりに聞いてきた。
「な、なによ! アンタは知ってるの?」
「ふっ……いいでしょう」
アルスは髪をかき上げ凛々しい顔を作り、話し始めた。
「あの大きな壁をごらんなさい。優に30mは超えています。
あれはある者からの侵略を防ぐために作られました。
その者は時にどこから来たのか、なぜ来たのかわからないのです……。
そうです、あれは巨人から人々を守るために心臓を捧げる部隊が作った物です!」
「へーそうなのね!」
アリッサは目をキラキラさせた。
「はい、そうです。しかもその巨人には弱点がありまし――――」
「……アルス様、嘘を付くのはやめて下さい」
ゼロが話を遮ぎり冷たく言い放った。
「ご、ごめんなさい少し調子に乗りました、あの、ボクもわからないので教えてください」
「なによ、アンタも知らないんじゃない! ―――で、結局あれは何なの?」
平伏して教えを乞うアルスを叩きつつ、アリッサは質問を続けた。
「先ほどもお伝えしましたが鉄の壁と呼ばれる壁でございます。
ルロイ様から歴史の授業で聖魔道戦争を教えていただきましたが、覚えてらっしゃいますか?」
「ええ、覚えてるわよ。エクリエル王国とバリョッサスが戦った話でしょ」
「はい、そうです。
戦争に決着は付きませんでしたが終戦後でも小さな争いが絶えず起きており、争いが続くことで再び大きな争いが起こることを防ぐため、魔術師が土魔法を駆使して作ったと言われております。
言わば、エクリエル王国とバリョッサス帝国の境界線です」
「へー土魔法で出来るなら他の魔術師でも作れそうね」
「当時の上位魔術師が数多く集結し壁を厚く、高く、そしてマナ密度を強く強固に作られた物と聞いております。あそこまでの壁を作り出すのは現在の魔術師でも数が限られると思います」
「おうおう、懐かしいのう。鉄の壁はワシが小さい頃に完成したのぅ」
話を聞いていたジルベールも会話に入って来た。
「当時は戦争が終わったばかりだから、優秀な魔術師も多くてのう、それでも完成までにはたしか……4年ほど掛かったような気がするわい。……あの頃のワシは両親に厳しく育てられたもんじゃ」
ジルベールは顎に手を当て、昔の思い出を懐かしんでいた。
「けっこう完成まで時間が掛かってるわね、魔法でちゃっちゃと作れなかったの?」
「魔法を過信してはいけませんぞ、ましてオルテンシアまで距離もありますし強固な壁を作るには時間もかかりますゆえ」
「ふーんそうなのね。
じゃ、鉄の壁ってどこまで続いてるのよ? さっきから道の先を見てるけど、全然終わりが見えないわね」
「そうですなぁ、オルテンシアまで続いておりますぞ」
「待って、オルテンシアってあとどれぐらいで着くんだっけ?」
「そうですなー……あと3ヶ月ぐらいではないでしょうか」
「そ、そんなにあの壁は続いてるのね! じゃ、オルテンシアはどっちの領地になるのよ?」
「中立の街となっているのでどちらでもありませんぞ。
そのシンボルとしてどの者でも立ち寄れるよう、オルテンシアにはギルド本部もありますからな」
「ギルド……!」
アリッサは鼻息を荒くした。
「アリッサ様、オルテンシアへ着きましたら港には行きますがギルド本部へは立ち寄りませんのでご期待なさらず」
アリッサの行動を前もって予測し、ゼロは先に立ち寄らない事を伝えた。
「えー! いかないの?」
「ギルドには荒くれ者も多いと聞きます、トラブルなどに巻き込まれたら危険ですので」
ギルド本部とは言え、どのような輩がいるかわからない。
屈強な男や無法者も居る可能性もある。ギルドに居たと言うゲイルの品位が無かったため、どうしてもギルドと聞くと偏ったイメージになってしまうのだ。
また、今回の旅は大っぴらにしている旅でも無い為、あまり問題を起こさずに事を進めたいとゼロは考えていた。
「見学するぐらいいいじゃない! ほら建物を見たりとか!」
「ジルベール様、いかがなされますか?」
ゼロは旅の統括をしているジルベールへ意見を仰ぐ。
「ふーむ……大所帯なら目立つが護衛を少数つければ大丈夫じゃろうて。
それに港へ行ったとしてもすぐ船が出発する訳でもないからのぅ、なるべくアリッサ様の要望に応えるとするかのぅ」
「かしこまりました」
「ただゼロの言う通りギルド連中は気が短い奴も多いからのう、建物の中に入らず外観だけ見るなら問題は起きにくいと思うぞい。……アリッサ様もそれでよいかのう?」
「うん! やったわ、オルテンシアに着くのがたのしみね!」
―――ヒヒーン!
アリッサの気持ちが高まっていると、馬の鳴き声の後に再び馬車が止まった。
「お! 馬車が止まったってことは魔物ね!」
「いえ、そろそろお昼ではないでしょうか。
開けた場所で危険もないようなら馬車を止めるよう指示をしておりましたので」
ジルベールはにこやかに答えた。
「あら? もうそんな時間なのね。じゃ、みんなで食べましょう!」
馬車から冷たい箱を取り出す。
ゼロはあらかじめ城から持ってきた食材を皿にのせ、配り始めた。
箱の内部に簡易的な術式を組み、生ものが保管できるよう施しをしてある。
馬車の中でアリッサへ食事を取るように促したが、「みんなで食べると言ったでしょ!」と言い放ち馬車の中から飛び出してしまった為、結局二人ほど馬車の近くに護衛を立たせ、荷台にテーブルクロスを敷いて皆で輪になって立食形式で食事を取ることにした。
※※※
城から持ってきた昼食を食べ終わると馬車は再出発した。
その後、魔物が現れ馬車が止まることもなく安全に道を進んでいると、退屈そうにしていたアリッサはいつの間にか眠りに落ちていた。
馬車は順調に進み、日も傾き夕暮れ時になる。
馬の手綱を握っていたポールが馬車の窓を開けると皆に周知するため口を開いた。
「み、、みなさん、、、間もなく、、ユフィンに到着しま、、す」
旅の初日は特に問題も起きず、一行は無事に最初の町であるユフィンに到着したのであった。




