21.■出発の朝
「……言ったでしょう、死にたくなければ立ち去りなさいと」
「あぁ、本当に悪いと思う! お、俺は死にたくねぇ! 頼む許してくれ!!!」
「もう遅い」
出発当日の朝。
豪華絢爛な部屋で規則正しく寝息を立てているアリッサがいる。
窓の外からは朝を知らせるかのように鳥のさえずりが聞こえた。
―――コンコン!
とノックの後に執事であるゼロが入室した。
「アリッサ様、今日が出発の日となります。起きて下さい」
カーテンを開け、日の光が部屋を満たしたがアリッサは全く起きようとしなかった。
ため息交じりにゼロはいつものようにポケットからスイッチを取り出し、おもむろにそれを押す。
カチッ……
「ぎゃふ!」
ベッドが傾きそのまま転がり、情けない声を上げて目を覚ました。
「も、もう朝なの……ま、だ眠いわ……」
「昨日は旅に出れると喜んでおられましたね。大方、夜更かしでもしたんじゃないですか?」
「そ、そんなこと、、ない、、わ……zzz」
「寝ないでください。それに出発準備もありますので急いでもらいますよ」
寝ぼけているアリッサの着替えを行うため、ゼロは手を叩くとメイド達が部屋へと押し寄せた。
「あとは任せた」と告げるとメイド達は頷きはしたが、どことなく寂しそうな表情だった。
ドレスに着替えたアリッサは朝食のため重い足取りで大広間へ向かう。
大広間にはすでにアルフォードが座っており、ゼロもフォークなどをテーブルの上に置き朝食の準備を行っていた。
「今日が出発と言うのに……相変わらず眠そうだな」
「お、おはようございます。お父様……」
眠そうなアリッサが着席すると、二人の前に水を入れたグラスを置き、その後にテーブルの上に皿を並べ始めた。
「本日の朝食はグラハムブレッド、フェーブスープ、ブルテイルの香草炒めです」
並べ終えたゼロはアリッサの後ろで食べ終わるまで待機する。
もちろんグラスの水が無くならないよう注視しながらだ。
「お父様ともしばらく朝食が食べれなくなるわね」
「そうだな……」
「あら? 寂しいの?」
「まぁな……外の世界は危険が多い。お前にもしもの事があると思うと不安なのだ」
「ふふふ、護衛もいるから大丈夫よ! あ、そうだわ。しばらくお父様とも食事が出来ないようだし折角だからゼロ、あなたも一緒に食事をしなさい」
アリッサは付け合わせのオニオンリングをフォークで弾きながら、後方のゼロへ話しかけた。
「ええ、私もご一緒したいのはやまやまですが執事である以上は出来かねます。
それに、私の皿も無いので……」
「なら、私のお皿を使っていいわよ」
「ご遠慮いたします」
「なんでよ! 私が使ったは嫌なの? これは命令よ!」
「はぁ……アリッサ様、出発の時間が迫っておりますので何卒早くお召し上がりください。遅れると出発できなくなるかもしれません!」
手で顔を覆いあからさまに焦った表情を作る、誰が見てもバレバレの嘘だ。
「え! そ、そうなの? じゃあいいわ」
だが、アリッサは引っ掛かったようだ。
「はい、それに今のようなわがままは旅に出たら控えて下さいね」
「ふっふっふ、ゼロが旅に同行するならアリッサも退屈せずに済みそうだな」
アルフォードは二人のやり取りを微笑ましく見ていたのだった。
そして出発前最後の朝食は和やかに終わった。
朝食の片づけはメイドに任せ、アリッサを部屋に送るとゼロも身支度をする。
そこまでの荷物の量ではない為、入口の馬車へ自身の荷物をのせるとアリッサの部屋の前で待機する。
しばらくするとアリッサが部屋から出てきた。
白を基調としフリルのついたシャツに紺色のスカート、足元はパンプスで馬車での移動を考慮し、比較的動きやすい服装をしていた。
メイドともにアリッサの荷物を馬車へと運んでいると、なぜかアリッサはその様子を見ており荷物を運び終えた後に時間が来るまで部屋で休んでもらうよう伝えたのだが、広間で待つと言って聞かなかったため、ゼロと一緒に待つことになる。
すると突如後ろから、嗄れ声でアリッサを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おお、アリッサ様! もうお待ちになられておりますか!!」
後ろを振り返るとそこには短い白髪に薄手の鎧を着た、鋭い三白眼の老騎士が立っていた。
背にかけている槍が印象的な人物―――元王国騎士隊長である彼の名は”ジルベール・バルテルミー”である。
「あら、ジルベールじゃない。どうしたの?」
「おお!? 聞いておりませんか?」
ジルベールがキョトンとしたのでゼロがすかさずフォローに入る。
「アリッサ様、ジルベール様も同行すると前にお伝えしましたが……」
「そうですぞ! 私もアリッサ様の護衛として旅に同行いたしますぞ!」
「あら? そうだったかしら」
ジルベールは快活に笑い始める。
「かっかっか! アリッサ様らしいですな! ところで旅の準備はもうよろしいので?」
「ええ、ゼロたちが荷物を運んでくれたのよ。早く出発したいのに何を待っているのかしら?」
「アルス様がまだ到着されておりません」
二人の話を聞いていたゼロが理由を伝えた。
「あー……あの気持ち悪い奴ね、あとあの顔もイラつくのよね」
アリッサはしかめっ面をする。
「アルス殿か……たしか、ドラゴンを倒したと聞いたぞ。それは本当なのか?」
ジルベールは興味深そうにゼロに問いかけた。
「えぇ、私もそのように聞いております。あと、盗賊団も壊滅させたとも」
「たった一人でか?」
「はい」
「ほーう……どのような奴か楽しみじゃのう。年甲斐もなくワクワクするわい!」
ジルベールの気持ちが高まったところで同行する護衛兵がぞろぞろと集まって来る。その中には金髪のポール・バルテルミーも護衛の陰に隠れるように姿をあらわした。
ジルベールはポールを見るや護衛をかき分け詰め寄りに向かい―――
「ポォールゥゥゥゥ!!!!! 来るのが遅いわ!! 日が暮れると思ったぞ!!」
いきなり怒号を浴びせた。
「じ、じいちゃんが、来るの、、は、早すぎるんだよ。なんで、、僕、だけに言うの?」
「お前が護衛の中では一番若いからだ!! 大体ワシがお前と同じ歳の頃はだな、誰よりも早く行動をしていたもんじゃ! 常に鎧や武器の手入れをし鍛錬に明け暮れ――――」
公開説教が始まるとポールは不貞腐れた顔をしながら話を聞いていた。
そのやり取りを見ていたアリッサがゼロに話しかけた。
「あの金髪の弱そうな奴って前に私の護衛した人よね? ジルベールの知り合いなの?」
「ポールさんの祖父がジルベール様にあたります」
「ふーん、あいつも付いてくるのね。……頼りにならなそうだから、やっぱり私も剣を持って行った方がよさそうね」
アリッサは近くにいる兵士に剣を寄こすように迫り兵士が困り果てていた為、ゼロが全力でアリッサを止めていると城の入口からアルスがゆっくりとやって来た。
アルスは既に集合している皆を見渡すと少し溜めてから発言をした。
「時間通りに来たと思いましたが、どうやら私が一番遅かったようですね。
やはり、勇者たるもの最後に来るのが―――――あの痛い! 痛いです!!」
話の途中でアリッサに足を踏まれた。
「アンタ来るのが遅いのよ!」
「いえ、ここに来るまでとても悲しい別れがありましたので……あぁ!!! 痛い!」
アリッサは関係ないと言わんばかりに踏み続けたので見かねたゼロが助けに入る。
「アルス様も集合時刻に間に合っておりますので遅れていた訳でもありません。
この後、謁見もございますので踏むのをお止めになって下さい」
「ふん! わかったわ」
踏むのを止めると、アルスは少しだけ息遣いが荒くなっていた。
「大丈夫ですか?」
「はぁ、はぁ……少し興奮しましたが大丈夫です。スマイル執事、私に気にせず案内をしてください」
「興奮? スマイル執事? ……わかりました。では私に付いて来てください」
玉座へ案内するため、広間の階段に差し掛かろうとした時にアルフォードが階段上の通路の奥から現れ、それを見たアルスは跪いた。
「かまわん。顔を上げよ」
「はっ!」
そしてゼロがアルフォードへ伝えるため口を開いた。
「アルフォード様、これからアルス様を玉座へご案内いたします」
アルフォードは顎に手を当て、少し考えつつ答える。
「アルスが良ければだがここに皆が揃っておる。アリッサの見送りもしたいので広間で話してもよいか?」
「私は玉座でなくともかまいません」
「おお、そうか」
アルフォードはそのまま階段をゆっくりと下り始めた。
広間へ下りる頃には旅に同行する護衛もいつの間にか綺麗に整列し、表情も硬くなっていた。
「今回の旅だがとても危険な旅になると思う。
アルスやジルベールが付いているのだが、やはり一抹の不安もある……
皆無事に戻ってくる事を信じておる。そしてアリッサの事を任せたぞ」
「はっ! このジルベール身を挺してアリッサ様をお守り致します!」
「お姫様の護衛は私にお任せください」
ジルベールとアルスは同時に答えると、アルフォードの視線はアリッサへと移った。
「アリッサよ、あまり皆に迷惑を掛けるでないぞ?
外の世界には魔物もいるのだ。危険になったらすぐに助けを呼ぶのだぞ」
「わかってるわよ」
ぶっきらぼうにアリッサは答えたので本当にわかっているのかどうか不明だ。
そして、アルフォードは今回の旅の統括であるジルベールへ視線を移す。
「それと最後に……ピョンマリ神殿へ到着し、祭壇へ祈りを捧げたらどのような事があろうともすぐさま城へ戻ってくるように……よいな?」
「は! かしこまりました!」
「うむ、では行くがよい」
その後、城の入口に止められている馬車へと次々と乗り込んだ。
ゼロも馬車に乗ろうとしていると、入口にはいつの間にかメイド達が集まっており「ゼロ様、ご無事で!」と、涙ぐみながら全員が手を振っていた。
ジョルジュもメイドの後ろに見え、頷きながらゼロを見ていたので彼なりの見送りの仕方かもしれない。
また、見送りについて本来であればメイド達に業務に戻るよう言うのだが、ジョルジュなりに彼女たちに気を使ったのだろう。
ゼロはぺこりと頭を下げ、いつものにこやかな笑顔で手を振って別れを告げる。
そして馬車へ乗ると腕を組みながら不機嫌そうに座るアリッサがいた。
「なんで私もいるのにゼロだけなのよ!!」
アリッサが自分には挨拶されないのかと機嫌が悪くなっていた。
ゼロがなだめていると前方では―――――
「さぁ、いざ出発!!!」
アルスが馬の手綱を握るポールに出発を促す。
「ちょっと! まだ出発はダメよ!!」
出発の声を聞きつけたアリッサが大きな声を上げながら手綱を握るポールへと近づく。
「そして、なんでアンタが仕切るのよ!」
ついでにバシッとアルスの頭を叩いた。
「コホン……では改めて、ポール! 出発よ!!!」
どうやら自分で出発の合図を出したかったようだ。
アリッサの声と共に馬車は動き出す
―――彼女にとって初めての外の世界の旅が今始まるのだ。




