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間話 遺影

ゼロ一行が城を発って約一ヶ月。

エクリエル城のある寝室にて椅子に座りながら月夜を眺めつつワインを飲む男が一人いる――――そうアルフォード・エクリエルである。


上質な机の上には乱雑に散りばめられた洋紙と小さな額縁が置かれている。

白紙の紙の上にインクとペンを置き、外を眺めてワインを飲んでいる事からどうやら執務の途中に息抜きをしているようだ。

するとそこへ―――


―――コンコン

ドアをノックする音が部屋に響いた。


「誰だ?」


ドア越しから初老の声が聞こえてくる。

「ジョルジュでございます」


「構わん、入れ」


「失礼いたします」


カチャ……


ジョルジュは静かにドアを開けると、頭を下げ部屋へと入って来た。

レースに囲まれた豪華で広いベッド、骨董品が並べられた棚、貴族服を入れる大きなチェストも置かれている。また、多くの燭台があるが机の近くにしか灯しておらず、部屋は薄暗い。


「どうした、こんな時間に」


ジョルジュはぺこりと一礼をした。

「夜分遅くに申し訳ございません。二点ほどお伝えすることがございまして、まず一つ目は先ほどドルフレッド様がルータニア大陸から戻られました」


「おお、そうか……どうだったのだ?」


「厳密にお伝えするとルータニア大陸への渡航が難しく時間が掛かるため、港にて亜人達に聞き込みを行っていたとの事です」


「ほう」


「報告については明日正式に行いますが、やはり種族同士の緊張感が高まっているとのことです」


「そうか……こちらに被害が無ければいいのだが」


「お仰る通りで」


「本来ならばアリッサの護衛はドルフレッドを同行した方がよいと皆が言うのだがな……」


「はい」


「ドルフレッドにはそう何年もこの城から離れてほしくはないと思っている。もしもの事態に備えるとドルフレッドの力は必要になるからな」


「ええ、私もそのように思います」


「お前もだジョルジュ、お前も離れてほしくはない」


「ほほ、これはご冗談を」

ジョルジュは目じりが下がり、ご機嫌になっていた。


「ふふ、冗談ではないぞ」


アルフォードはグイっとワインを飲みほした。

それを見たジョルジュはワインボトルを手に取り、注ごうとしたがアルフォードに止められた。


「あまり飲みすぎてもな、今日はこれぐらいにしておこう」


「かしこまりました」


ジョルジュはワインとボトルを下げ、代わりに水を用意し机の上に置いた。


「二点目はご報告が遅れてしまい申し訳ありません、本日夕方ごろにアリッサ様と同行しているジルベール様よりレターバードが届いております」


「ほう、何と書いてある」


「比較的順調に移動されており、オルテンシアまで問題なく行けば一ヶ月もしくは一ヶ月半ほどで到着できるとのことです。

アリッサ様については魔物との戦闘時に馬車から飛び出してくることもあるようですが、怪我もなく対処されているとのことです。

また、アルス様とジルベール様の仲も深まったとも書かれています」


「うむ、概ね順調だな」


「さようでございます」


「ふふふ、いつ聞いてもお前がジルベールに『様』をつけるのは聞き慣れないものよ」


「……今は立場が違いますゆえ」


昔を懐かしんでいたアルフォードの目が机に置かれた額縁へと移る。

すると何かを思うようにジョルジュへ話しかけた。


「ところでジョルジュよ、お前が執事になりどれぐらいになる?」


「はて……? アリッサ様が成人を迎えられたので16年といったところでしょうか」


「そうだな。()()()()()()()()()には驚いたぞ」


「あの時でございますか?」


「ああ、アリッサが生まれた日の事だ」


「……ええ、あの時からアルフォード様を支えようと決めましたので」

ジョルジュも額縁へと目を向け、その視線にアルフォードも気付いた。


「エミリーナのことか?」


「…………ええ、そうです」


「…………」


アルフォードは水を飲み、窓から外を眺めた。

月夜が明るく彼を照らした。


「気分を害されたなら申し訳ございません」


「かまわん。少し思い出していただけだ」


「……さようでございますか。あの時の事は私も今でも忘れられません」


「あぁ、全くだ」


「「…………」」


しばし沈黙が流れジョルジュが引き返そうとした矢先にアルフォードが口を開いた。


「……アリッサが成人になるまで長かった。その間にバリョッサスとの揉め事も起きず、ここまでは申し分ないと思っている」


「わたくしもそのように思っております。……して、アルフォード様。本当によろしいので?」


「なにがだ?」


「今回のアリッサ様の旅でございます」


「ああ、アルスもいるしバルテルミー家の者が2人もいるのだ、問題無かろう」


「いえ、そのことではなく……」

ジョルジュは少し言いにくそうにしていた。


「なんなのだ?」


「本当にアリッサ様を神殿に向かわせてもよろしかったのでしょうか?」


「ああ、そのことか。だが、儂の決断は間違っておらん、それにアリッサも旅に出れてよろこんでおっただろう」


「道中どのような危険があるかわかりません、それに神殿へ辿り着いたとして―――――」


「アリッサの身に危険が及ぶ可能性も知っておる! 旅立つまでの間はバリョッサスと結びたくもなかった平和条約も結んだのだぞ!」


「………かしこまりました」


「何を今さら言っているのだ? これもエミリーナとの約束を果たすためだ。

儂は全てを守る……なぁ、そうだろうエミリーナ」


アルフォードは机の上に置かれていた小さな額縁を手に取る。

そこには笑顔の女性の絵が描かれていた。

金髪の髪の毛、どことなくアリッサと面影のある顔立ちでとても美しい。


「…………」

アルフォードはその絵を見ながら語り掛けるように話しかけ、ジョルジュは無表情のままその様子を見ていた。


「失礼ながら、本当にエミリーナ様はそのようにお望みなのでしょうか?」


「どういう意味だ?」


「……アリッサ様の事でございます」


「何度も言わせるな、儂が決めたことなのだ! 生きていればエミリーナも同じように思っているに違いない! 現に()()()()()()()()()()()()()は他にあるのか?」


「……大変失礼いたしました」


「ふん、わかればいいのだ」


アルフォードは水を一気に飲み干すと空になったグラスをジョルジュは再び水で満たした。


水を飲み少し落ち着いたアルフォードは再びペンを握りはじめ、夜も更けていたためジョルジュは進言することにした。


「アルフォード様、夜も更けてまいりましたのであまり無理をされず本日はお休みになられてはいかがでしょうか?」


「おぉ、もうそのような時間になるのか」


「はい」


「明日も早い、寝るとしよう」


眺めていた額縁を机の上に置き、ベッドへと移動を始めた。

アルフォードが居なくなったため、机の上に置かれた額縁にも月光が当たる。


ベッドへと横になったアルフォードにジョルジュは「失礼します」と一声かけ、毛布をかける。

そのままジョルジュは燭台の灯を一つずつ消していく。


消すたびに辺りは暗くなり、最後の一つを消すと月夜に照らされた机しかわからなくなるほど真っ暗だった。


ジョルジュは燭台の灯を消し終えるとゆっくりと入口のドアを開け――――


「おやすみなさいませ」


一礼と共に一声かけ静かに部屋から去っていった。


ドアを閉めるのと同時に月が雲に隠れ部屋に月光は無くなり、照らされていた机は光を失うと、漆黒の闇が部屋に広がるのだった。

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