20.■暗殺指令
ゼロは手紙を何度も読み返したが「アリッサ・エクリエル」の名前に間違いは無い。
本来指令が来たらその日のうちに行動を起こすゼロなのだが、手紙を持ったまま動けないでいた。
なぜこのタイミングなのか?
今までアリッサの傍に居ることを報告していた為、理解が出来なかった。
また、暗殺後のゼロの行動についても記載がない
なぜだ?
なぜこのタイミングで?
どうすればいい?
暗殺するか?
しなければならないのか?
殺さない方法などあるのか?
彼の中で自問自答が始まる。
考えながら手紙を読んだ後、いつもの癖で黒いローブを羽織っている事に気が付いた。
(どれほど時間が経ったんだ? 無意識のうちにローブも着ていた。
……すごく時間が経った気がする。もう夜が明けるのであれば明日に考えよう)
そしてゼロは窓を開け月を見上げるがほとんど傾いていなかった。
(ああ、くそ! ほとんど時間が経っていないじゃないか! だが、仮に殺したとなれば真っ先に城内の者が疑われる。黙っていれば容疑者から外れるのか? いや、ダメだろう。侵入経路なども調べられるので少しでも証拠を残したらダメだ)
(殺したら逃げるか? いやダメだ。バリョッサスへ逃げたとしても容疑者となれば統治している王女の暗殺だけに世界中で指名手配となり逃げ場はないだろう)
(なら、暗殺後に自害するしかないのか? なぜ殺す必要があるんだ?
いや、郊外へ連れ去ればいい……。郊外へ連れ去り魔物に死体の処理をさせれば失踪となる)
(生きたまま……いや、ナイフを胸に刺したまま抜かずに麻袋に入れて運べば……いや、血がベッドに付くかもしれない。そもそも殺すことが正しいのか?)
ゼロは回答が出ないまま窓へから屋根伝いへと移動を始めた。
アリッサの部屋の前にはアルフォードと同様に護衛兵がいる。
常に見張っている訳ではないが就寝後に交代で見張り、朝方のメイド達が動くころに去るようにしている。
そのため、侵入経路は窓となる。
屋根伝いを移動しアリッサがいるバルコニーへたどり着いたゼロは部屋へと侵入した。
ここ最近は暖かくなっているのでカーテンを開け、窓を開けたままアリッサは寝ることが多いのだ。
ゼロはシルバーダガーを手に取った。
月夜に照らされキラリと輝く。
目の前にはアリッサの黄金に輝く髪がシーツに広がり、布団を蹴り飛ばし、猫の顔が散りばめられているパジャマからおへそを丸出しにして寝息を立てていた。
相変わらずお姫様とは到底思えないような寝相である。
腹部には紋章のような痣も見えていた。
ゼロは立ち止ったままその様子を見ていた。
それはアリッサが寝ているいつもの光景なのだ。
だが、今回は違う。
アリッサを眠りから起こすのでは無く、眠りから目覚めなくするのだ。
シルバーダガーを持つ手にグッと力が入る。
そしてシルバーダガーを振り上げた―――
額から汗が止まらない。
振り上げたはいいが、迷いがあるため振り下ろすことが出来ない。
(くそ……どうすればいいんだ)
「………ふぅ」
結局、そのまま腕を下げてしまった。
(……殺すのか? どうやって殺すんだ? 生かす道は無いのか?)
時折、汗を拭いながらアリッサを見つめ続ける。
当の本人は何も知らずに幸せそうな寝顔ですやすやと寝ているのだ。
「ふぅ、ふぅ」
(………やるか)
ゼロは覚悟を決めた。
そして再びナイフを振り上げ、そのままアリッサへ刺そうとしたが―――
「うーん、ゼロォ……」
―――寝言を発したため、寸ででナイフを止めた。
もしかすると、寝言が出なくても彼は突き刺すことが出来なかったのかもしれない。
(びっくりした、こんな時に寝言か……ん?)
よく見てみると、口元に夜食で持って来たフルーツのかけらが残っていたので、ゼロは頬を緩めながら起こさないようそっと拭いてあげた。
(ふふ、夜食を持って来た時の夢でもみているのだろうか?
……暗殺する気もどうやら失せてしまったな。一緒に旅に出るならいつでも隙はある、城内で無理に行動を起こす必要もないだろう)
冷静になったゼロは考えた。
今までもとくに期限など記載が無く、手紙が届いたその日に自ら迅速に任務を遂行していた事。
また、城内での暗殺はリスクが高いので組織も旅に同行をする意図を組んだうえで暗殺指令を出し、ゼロ自身が勘違いをしたのではないか。
勘違いの傾向も最近見受けられ、先日の玉座へ呼ばれた時も身元がバレたと勝手に勘違いをしてしまい無駄に心悸が激しくなり、よくよく話を聞いてみたら杞憂で終わった事を思い出していた。
(今回も自分の早とちりの可能性が高いな。……よし、組織にはそのように伝えておこう)
考えを纏めたゼロはアリッサが眠る部屋のバルコニーから屋根へジャンプし、こっそり移動しながら自室へと戻った。
自室へと戻ったゼロは、今まで結果の報告しかしていなかったが今回の指令について指示を仰ぐことにした。
・期限は決まっているのか
・なぜ今になりアリッサの暗殺を命じたのか
・暗殺後、自分はどうすればよいのか(バリョッサスへと戻るのか、エクリエルに留まるのか)
・城での暗殺が難しい為、旅に同行した際に隙を伺い決行してもよいか
ついでに旅の護衛メンバーと大体のルートも追記し、一頻り手紙を書いたゼロはレターバードへ手紙を託した。
おそらく全ての質問には回答は帰って来ないと思いながら、連絡が来るのを待つことにした。
※※※
レターバードを出してから数日が過ぎ、エクリエル王国出発まであと三日となっていた。
まだ組織からの連絡は返って来ないが、旅については大まかな周知はされた。
三日後の午前中にエクリエル城正門より馬車にて出発予定。
アルス、ゼロ、アリッサと護衛が七名ほど同行する。
護衛の内二人はポール・バルテルミーとジルベール・バルテルミーが同行することになる。
馬車は二台用意し、前方に護衛が五人乗り後方の馬車を先導する。
後方の馬車はアリッサへ給仕などをゼロが行い身辺護衛でアルスも同じ同乗し、さらに万全を期してバルテルミー家の二人が乗りそのどちらか一人が馬を操縦する。
資金管理や地図は原則ジルベールが担当し基本は町での食事となるが道中までの食料などは前方の馬車にて管理を行うとのことだ。
ゼロが行っている業務の引継ぎをジョルジュに伝えたが、もともとジョルジュから仕事を教えてもらっていたので在庫関係に留まり、伝える内容は少なかった。
自分が抜ける事で負担にならないか聞いてみたが「全く問題ない、それよりもアリッサ様にご迷惑を掛けないようきちんと仕えるのだぞ」と、逆に心配されてしまった。
アリッサには野宿の可能性も伝え、食事の際に食器など分けて食べれるように提案してみたが、「冒険するのに食器にこだわる必要何てないでしょ、何言ってるのよ!」と一蹴されてしまった。
自身の痣を治す旅なのだが……。
ちなみに出発が近づくつれ、アリッサは自主的に剣術を練習を開始していた。
念のためなぜ練習を始めたのか聞いてみると「外は魔物がいるからに決まっているでしょ、私も戦うわ」と自ら危険に飛び込もうとしていた為、絶対に馬車から出ない様に釘を刺し納得させたが、不安が残る。
アルスは未知数なのでわからないがバルテルミーのどちらかが近くにいれば危険はそこまでないと信じたい。
万が一もあるので護衛にアリッサが馬車から飛び出す可能性があることを共有しておいた。
※※※
出発前日となった。
アリッサが王族でありながらも食器など不要、ドレスも最低限でよくて、練習着は多く持って行きたいとのことで、そこまでアリッサの準備に時間もかからなかった。
また、ゼロも自分の着替え数枚用意するのみで事足りた。
ただ、さすがにアリッサが座る馬車の座席はふかふかのクッション、豪華な背もたれを用意することに決まった。
また、アリッサの持って行く服の内容から護衛には魔物との戦闘時にアリッサが馬車から飛び出す可能性が非常に高くなったことを再度伝えた。
ちなみに出発前日になっても組織からの連絡無かった。
だが、どこか内心安心しているゼロがいたのも事実だ。
連絡が来なかったことで旅に出てからレターバードを受け取ることも難しくなる。
いつもであれば就寝時間に窓からやってくるが、馬車での移動や町の宿についても就寝時に誰かと共に寝るだろう。
ゼロがレターバードの気配を察知し宿から離れたり、馬車から離れることは容易ではない。
アリッサの護衛にあたり常に兵が危険がないか監視を行っているのだ。
組織からおそらく何かしらの接触や通達はあると思うのだが、指令の内容が内容だけに独断行動はリスクも高いため、暗殺については保留にし連絡が来るまで待つことに決めた。
移動経路と帰還予想についてはエクリエル王国からギルド本部があるオルテンシアへ行きそこから船でピロカット大陸へ向かう。
さらに現地はピョンマリ神殿の聞き込みをしなければならない、場合によっては砂漠越えの可能性もある。
順調に行って一年ないし二年ほど掛かる可能性があるので、その期間はエクリエル王国に戻ってこれない。
危険な旅ではあるがアリッサにとって外の世界は未知の領域であろう。
なにせ城の中が彼女の世界だったのだ。
命に関わる旅だが、今まで見ることが出来なかった世界を知る事ができ、浮かれるのも致し方ないと思う。
アルスについてはドラゴンを一人で討伐、盗賊を殲滅した情報しか入っていない。
それに、あのアリッサを見る時の気持ちの悪い笑顔だ。
他の者は気付いたかわからないが玉座でゼロは彼の隣に居たので確認することが出来た。
ゲイルの件があったにも関わらず、なぜ再び外部の者を同行させるのか理解が出来ない。
彼の動向を注意するよう決めた。
外の世界を何も知らないアリッサ、謎の青年アルス、城の要バルテルミー家の同行、組織からの暗殺指令……。
この旅がどのような方向に行くか予測も出来ない。
ただ、どのような結果になろうとも受け入れる覚悟を決めたゼロであった。




