1.■始まりの朝
「しかも呼吸も乱れてねぇな、ホントに何者だ?
お前みたいな奴がいるなんて、そんな情報聞いてねぇぞ」
「……」
ここは王国を治めるお城の一室。
規則正しく寝息を立てているお姫様がいる。
窓の外からは朝を知らせるかのように鳥のさえずりが聞こえた。
豪華絢爛な部屋の外でメイド達は群がり、困惑の表情をしていた。
その様子を見かねたのか一人の男が廊下の奥からメイド達へと近づいてくる。
「申し訳ございません、私どもでは手に負えません……」
存在に気付いた一人のメイドは安堵の表情を浮かながら告げると、さっとその男にドアの前を譲った。
―――コンコン
ドアのノックオンが響きドアが静かに開かれ、足音の主が寝室に入る。
「おはようございます、アリッサ様」
寝室に入ると、その男は部屋の奥にあるベットに向って言う。
ベットの傍にあるカーテンを開け、カーテンが遮っていた日差しを室内へと招き入れる。
アリッサと呼ばれる少女の顔に陽射しが辺り、唸り声をあげると顔を光が当たらないように背ける。
男は改めてベットの方を向き、寝ているアリッサに話しかける。
「いいかげん起きてください。もう朝ですよ」
アリッサは黄金に輝く髪をシーツに広げ、布団を蹴り飛ばし、猫の顔が散りばめられているパジャマからおへそを丸出しにして寝息を立てていた。
お姫様とは到底思えないような寝相である。
男は慣れているのか、気にすることなくズボンのポケットから何かスイッチのようなものを取り出すと、おもむろにそれを押す。
カチッ……
するとベットが声の主へと傾き、アリッサはゴロンと転がってきた。
「ぎゃふっ‼」
「……お目覚めですか?」
みっともない声を上げて転がってきたアリッサに問いかけた。
アリッサは朝に弱いようである。
目を擦りながら寝ぼけた声で返答をする。
「う、うぅ……お、おはようゼロ……なんか……あ、頭がぐらぐらする……」
「おはようございますアリッサ様。朝食の準備が出来ていますので起こすようにと申し付けられました。私もこのように起こすのは不本意ですが、これも執事の務めですゆえ……」
ゼロと呼ばれた執事は手で銀髪をかき上げ、顔を覆い悲しみを込めた声で伝えると、またすぐにニコリと表情を正した。
「起きたのなら着替えてください、朝食の準備が出来ています」
ゼロはそう言うと、くるりと壁の方を向きメイド達に小声で「あとは任せた」と伝え、部屋から去った。
メイド達はここぞとばかりに部屋に入り、寝ぼけているアリッサをパジャマから普段着へ着替えさせるのだった。
純白のドレスに赤いリボンが腰に巻かれ、さっきとは見違えるような姿になったアリッサは、朝食のある大広間へと向かうため、寝室を出ていくが眠たそうな顔は変わらない。
重い足を引きずりながら朝食のある大広間へと廊下を進むのであった。
大広間では15メートルほど長いテーブルが真ん中に置いてある、大きいテーブルの奥には業を煮やした男が一人座っていた。
その男はアリッサを視界に入れると苛立ちがありつつも、向かってくるアリッサとその少し後ろにいるゼロに小言のように話す。
「今日もまた寝坊か? 髪も少しハネてしまっているな……。まったく寝起きの悪さは誰に似たのやら、ゼロいつも起こしてもらって悪いな」
「アルフォード様、これも私の務めでございます」
アリッサは重い足を引きずりながら声の主の近くに座り
「ふわぁ~、おはよう、ございま、す、お父様……」
間の抜けた挨拶が終わったところでアリッサたちの前には皿が並べられる。
「本日の朝食はパンとスープ、クワン鳥のテリーヌです」
ゼロはその左斜め後方に直立のまま待機する形で、アリッサが食べ終わるのを待っていた。
「いつも思うのだけれど、ここは寂しい場所だわ」
アリッサはテリーヌに添えられているニンジンのグラッセをフォークで弾きながらやたら燭台が置かれている長いテーブルを眺め呟く。
「ゼロも一緒に食べてくれたら少しは軽減すると思うんだけどな……」
横目でチラッとゼロの方を向くアリッサだが、ゼロは目線を合わせることなく給仕に集中していた。
「私は執事である身、ご一緒に食事は出来かねます。
ただ、もし仮に一緒に食べるのであれば、もう少し早く起きるように努力してください」
「うっ……!」
バツの悪そうな顔をしたアリッサには難しい課題のようだった。
アルフォードもそのやりとりを表情をゆるめながら見つめ、ナフキンで立派な口ひげを拭い、一呼吸を置く。
「ふぅ……ところでアリッサよ。もうすぐお前の誕生日が近いわけだが、ダンスの授業は捗っているのか?
分かっていると思うが、あと三ヶ月もすれば成人の義を表して城で披露宴をする予定になっている」
アルフォード・エクリエルが治めるエクリエル王国では16歳が成人として定められている。
成人を迎える日は貴族間で華やかな披露宴が行われるのが常識となっており、国を統治する王の娘の披露宴となれば近隣諸国の要人を国賓として招き、国をあげての一大イベントとなる。
「じ、順調に進んでいますわよ……! お父様……!」
「はぁ……どうなることやら」
顔を曇らせながら話す様子では誰が見ても順調に進んでいるようには見えなかった。
アリッサの様子を見たアルフォードはため息をつき、不安が払拭出来ない日々が続くのであった。
アリッサ・エクリエルは一人娘かつ片親であるせいか、幼少の頃より皆から甘やかされていた。
アルフォードにも原因があるが育ってきた環境により本来習うべき事の進捗は大幅に遅れを取っている。
アルフォードとしては「剣技」、「魔法」、「歴史」、「礼儀・作法」をある程度習得させたいと考えているようだ。
だが、授業の時間になるとアリッサの姿が消え、お昼時にひょっこり現れる事がしばしば起きていた。
また、アリッサの持ち前の性格で教師が長く着任出来ない事も遅れの原因でもある。
ちなみに日によって授業は決められているが披露宴が近いこともありここ最近では「礼儀・作法」の時間が多く取り入れられているのだった。
アリッサは成人を迎えるにあたり、最近になりやっと危機感を感じるようになったのか教師陣を変え、真面目に授業に取り組んでいる様子だが、今までのツケが回ってきたのか、どの科目もイマイチ成長は見られない。
「今日の授業内容はなんだ? ダンスが入っているのはわかっているのだが……イマイチ思い出せぬ、うーむ……」
チラリとゼロを見つめそう呟く。
「本日は午前中に剣技、午後から礼儀・作法ですがダンス中心となっております。
アリッサ様には朝食後、自室にて練習着に着替てもらい、外庭園で剣客ゲイル様にレッスンを受けていただきます」
「練習着が可愛くないのよね……もっとフリフリした服はないのかしら、汗臭くなるし重たい剣なんて振りたくないし、女である私には剣技なんて必要ないわ」
アリッサの苦言は朝食が終わるまで止まらなかった。