18.■漆黒
「何度も言わせるなアリッサ! 静かにしておれ!」
「ふんっ!」
拗ねた様に再びそっぽを向く。
「……アサートン続きを頼む」
「はっ!」
アリッサの発言で一時中断されていた説明だが、再びアルフォードの言葉で再開された。
「では続きを説明するが命の危機もあるため、放出されるマナをなるべく早く止めようと考えておる。そして、危険は承知だがアリッサ様に護衛をつけてピロカット大陸へ向かっていただく結論を出したのだ。
簡単な経路を伝えるとオルテンシアから船に乗りピロカット大陸に上陸後、ピョンマリ神殿へと向かう。だが、ピョンマリ神殿については砂漠の不毛地帯にあるとしか記載が無い為、現地へ赴いた際に場所の特定をせねばならん」
「……なるほど、たしかにアリッサ様にとって過酷な旅になりそうですね。砂漠も聞いたことがありますが大変危険な場所と伺っております」
「あぁ、だが待っていても命に関わるゆえ危険は承知のうえだ。
そして、その護衛についてだがお前の隣にいるアルスも同行させる」
あらためて横を見るとアルスと呼ばれた少年は身体の震えも収まり、表情も元に戻っていた。
「アルスは若齢ながらドラゴンを倒し、盗賊団の殲滅やゴールド級モンスターの討伐をたった一人でやってのけたのだ、その功績から太古戦争にて活躍した勇者サエモン・トラーノの再来と言われておる」
「いえいえ、ただの若輩者でございます」
自信に満ちた表情でアルスは答えた。
「それは大変心強いですが、城の護衛も同行させるのでしょうか? 例えばー……ドルフレッド様など」
「今回ドルフレッドは同行しない……いや、出来ないと言おうか。だが、バルテルミー家の者は同行させる予定だ」
「さようでございますか」
「ああ、それでは本題に入るが今回の旅にアルスと護衛兵、身の回りの世話として侍女を同行させようと考えているのだが……」
横目でアリッサを見つつアサートンは話の途中で口ごもってしまった。
「いかがなされましたか?」
「あー……実はアリッサ様より侍女ではなくゼロに同行してほしいと仰られてだな、ゼロさえ良ければ同行をしてもらえないだろうか?」
「……なるほど、事情はわかりました」
ただの執事に極めて重要な内容の話は本来しないであろう、話の流れから何となく自分が同行をする可能性を考えていた。
「護衛もあるが身の危険も伴う、今この場で答えなくてもよいぞ」
「………」
ゼロは目を瞑り、考え込んだ。
旅に出てしまえば、バリョッサスへの報告が出来なくなってしまう。
それは組織としても良くない方向になってしまうだろう。
だが、曲がりなりにもアリッサを幼少の頃から支えてきたのだ。
巡るめく思慮により城での生活が徐々に思い浮かんでくる……。
毎朝お腹を出して寝ているアリッサを起こしたこと、幼少期に授業をさぼり姿の消えたアリッサを探したこと、教師に悪態をついて3日で辞めさせたこと……。
どれもマイナスな物ばかりだ。
だが、そのアリッサも披露宴に向けて努力をした。
ダンス以外でも他の授業に熱心に取り組んだ、特に剣術に関してはどの科目よりも頑張っていた、そして指南者であるゲイルを信用していたであろう。
彼の昔話に惹かれ、指導も上手くみるみる上達したことも事実だったが、信頼していたゲイルの突然の裏切りにより心に傷を負ったのも事実だ。
それでもアリッサは立ち直り、披露宴に向けて精進した。
苦手であったダンスや作法も披露宴で失態しないよう精いっぱい取り組み、成功させたのだ。
披露宴の時にドレスアップされたアリッサは見違えるほど美しかった。
普段の彼女の笑顔は黙っていればとても美しいのだ。
マナ漏れによる死の危険が無ければゼロは今後も彼女を支えていくはずであろう。
だが、この申し出を断ればアリッサの成長も見れなくなってしまう。
そして、危険が伴う旅だ、もしかすると一生アリッサの笑顔や姿を見ることが出来ないかもしれない……。
そう考えるゼロは心臓がキュッと締め付けられる想いに駆られた。
そして、彼の中で答えが出ようとしていた―――
「ゼロ………」
アリッサはか細い声を出して、ゼロを見つめていた。
「………」
ゼロもそれに応えるよう、アリッサを見つめ微笑みかける。
そのやり取りを見ていたアサートンがゼロに話しかけた。
「どうだ? やはり少し考える時間が必要か?」
「いえ、すでに答えは決めております」
ゼロはにこやかな表情を止め、真剣な顔つきをした。
そして深く息を吸い込んだ彼は吐き出すように答えを出したのだ―――
――――「お断りします!」
「なんでよ!? さっきのあの私に向けた笑顔は何だったの!!!」
椅子から立ち上がり、ゼロに殴りかかろうとでも言わんばかりに詰め寄り始めた。
「お姫様、お、落ち着いて下さい!」
アルスが立ち塞がり、行く手を塞いだ。
「邪魔よ!!! どきなさい!」
パンッとアルスの頬を叩き、退かせたのだが ――――
「あぁ! ありがとうございます……」
なぜかお礼を言ったアルスにアリッサは嫌悪感を示し、その異様な態度に顔が引きつってしまった。
「アリッサ止めないか! ゼロは行かないと言っておろう!!」
見かねたアルフォードが事態を収拾しようと声を荒げる。
「お父様嫌よ! 私はゼロが付いて来ないなら、なんとか神殿に行かないわ! ここで死ぬ!!」
「わがままを言うな! 本来なら侍女を同行させるのだ、問題なかろう!」
「ダメなの! ゼロがいいの!」
親子の言い争いが平行線になろうとしていた。
アサートンやジョルジュ、騎士が何か言いたげにゼロを見つめる。
その視線が痛いほど突き刺さるのだ。
ゼロも覚悟を決めた。
「……アルファード様、今回の旅に私もお供させて頂きます」
「よいのか? 危険な旅になるぞ」
「ご命令であれば、私は仕えるまででございます」
「お父様! ゼロも付いて行くって言ってるから、これで問題ないわよね!」
「……まぁ、いいだろう」
アリッサは喜び、アルファードは微妙な表情をしていたが、それ以外の者は安心していたような雰囲気を出していた。
一度断りを入れたが、「付いて行かないと死ぬ」とまで言い出したアリッサの事だ、意地でも城を発つ気にはならないだろう。
その結果、強制的にゼロは同行する可能性も高くなるの為、どのみちあの場では拒否権は無きに等しく付いて行かざるを得ない。
その後、アサートンからの説明は出発日時についてのみだった。
出発日時はアルス、アリッサ双方の準備期間を設ける為、一か月後とのことだ。
護衛人数や資金、道のりはアサートンを含めた上層部で行うらしい。
声がかかるまでは今まで通り業務をこなしておけとのことだ。
自身の死の危険があるにも関わらず、ゼロが同行すると決まってからのアリッサは上機嫌だった。
本当に今回の話の内容を理解しているのだろうか……。
※※※
その夜、業務を終え椅子に座りながら手紙を書いているゼロの元に漆黒のレターバードがやってきた。
レターバードに括り付けられている小さい筒をいつものように取り外し、中を取り出すと血のついた布と手紙が入っていたので、先ずは手紙を広げ内容を確認することにした。
※※『銀狼に告ぐ、潜伏する殺人鬼を暗殺せよ』※※
「やれやれ今回も暗殺指令で名前もわからないのか……」
小言を言いながら同梱されていた血の付いた布の匂いを嗅ぐ―――
「血の匂いが強い……被害者の物か? これじゃあ、ほとんど匂いが残っていないじゃないか……」
呟きながら顔を顰めた。
今回の指令は時間が掛かかると判断し、先に報告を送る事にした。
主な報告内容は五つほどある。
・アリッサの痣が原因で最短十年で死の可能性があること
・ピョンマリ神殿にて痣の治療の可能性があること
・オルテンシアからの船でピロカット大陸へ渡り、ピョンマリ神殿へ向かうこと
・自分も同行することになったこと
・旅の同行者はバルテルミー家の者とアルスと言う青年がいること
また、原因など分かればと思い淡い期待を添えて痣の簡単な絵も手紙に描き、レターバードに括り付け夜空へと飛ばした。
レターバードが夜の闇に消えた事を確認したゼロは上着を脱ぎ、黒いフードを被ると窓から身を乗り出し、城下町へと向かった。
静かな夜の中、貴族街の屋根を走っては止まり、走っては止まりを繰り返し、止まるたびに血の付いた布を嗅ぎ確認するのだが、情報があまりにも少ないため思わずため息が出てしまう。
「……そもそもエクリエル王国内にいるのか? ここに居ない者を探しても意味はないのだが」
しばらくの間駆け回ったのだが、全く今回の指令に手応えを感じることが出来ず、屋根の上で途方に暮れていた。
「はぁ……」
今日は諦めようとそう思った矢先、背後から何かを感じ取ったゼロは勢いよく前方に大きくジャンプし、身体を捻りながら着地と同時に後方へ向きを変えた。
「お前は―――」
ゼロが問いかけた視線の先に全身黒ずくめのコートを被り、腰元の剣の鞘に手を置いた男がゼロを見据えていたのだった。




