17.■呼び出し
披露宴が終わり、しばらく経ったいつもの朝。
朝食を終えるとアルフォードがアリッサに後で玉座に来るようにと伝えた。
朝食中もなにやら深刻な顔をしており、あまり会話をしていなかったのでアリッサが何か問題を起こしてしまったのではとゼロは思っていた。
玉座へ向かう前に着直しをするため部屋へ戻る途中に少しだけ心当たりがないか探ることにする。
「アリッサ様、今度は何をされましたか?」
「何ってなによ?」
「いえ、アルフォード様が玉座に呼ぶという事が今までありませんでしたので、新たな問題を起こしたのかと思いまして……」
「そんなの私が起こすはずないじゃない!」
大きく振りかぶった手がゼロの頬目掛けて飛んできたが―――
「失礼しました」
と頭を下げ、華麗に回避した。
「ちっ! いつも落とされて起こされてるから仕返ししようと思ったのに」
「私もあの起こし方は本望ではないのですが―――あっ! アルフォード様が玉座に呼んでいましたね、早く着付けなどしなければならないでしょう! ささ、ご準備を!」
ゼロがパンパンと手を叩くとどこからともなくメイド達が現れ――――
「あなた達もどこから現れてくるのよ!」
抵抗しているアリッサを部屋へと強引に押し込み――――
「ゼロ!まだ話は終わってないわよーーーーー!」と、扉の奥からアリッサの声だけが響くのであった。
※※※
その後いつものように朝食の片づけを行っていると何やら城内が騒がしい。
どうやら玉座に人が集まっているようだ。
ジョルジュが招集したのか来客があったようだが、いつもであればゼロへ来客対応を命じるか事前に知らせるのだが今回に限っては何も聞かされずジョルジュが対応していたようだ。
ちなみに、なぜ来客があるとわかったとのかと言うと大広間の絵画を取り替えようか確認している最中に階段を上り、玉座へとジョルジュに案内される金髪少年の後ろ姿を目撃したのだ。
稀に来賓で王族が城へと来る際にジョルジュが対応を行う事もあるので、今回もその類のものだとゼロは判断し業務に戻ることにした。
しばらく考えた後に絵画を替えるのは季節が変わった頃にしようと決め、パントリーへ移動し屈みながらワインの在庫を確認していると後ろから誰かに声をかけられた。
「おい、今いいか?」
「はい、なんでしょうか?」
後ろを振り向くとそこには、鎧を着たアルフォードの護衛兵が立っていた。
「すまないが急いで玉座に来てくれないか、アルフォード様がお呼びだ」
「かしこまりました」
すくっと腰を上げ、兵の後ろをついて歩く。
玉座へと向かう中、ゼロは不安に駆られた。
普段の朗らかな顔が引き攣り、額から汗が滲む。
今、彼の頭の中では様々なシナリオを想像していた。
(重役が玉座に集まり、その中で一介の執事が呼び出されるなどそうそうない。
考えられるとしたらバリョッサスとの関係がバレたのかもしれない……もしそうだとしたらいつからバレた? そしてなぜバレた? 騎士に取り囲まれ投獄するのだろうか? そして拷問にかけ、洗いざらい吐かせるのだろうか……)
思慮を巡らせながら玉座の間の扉へと着く。
赤い絨毯が扉から真っすぐ伸び、脇には甲冑を着た騎士が並ぶ。
絨毯の先には黄金に輝く花が咲いたデザインの椅子があり、そこに威厳に満ちた表情でアルフォードが座っている。
そして、その隣にはハートの椅子にアリッサが腰を掛けそっぽを向きなぜか機嫌が悪そうに思える。
玉座の近くでアリッサをチラチラ見て、焦っている様子のアサートン大臣も見受けられた。
アルフォードの前には先ほどみた金髪の少年が跪いている。
少年は革の手袋とブーツ、ベージュのパンツと肌着、青い上着に赤いスカーフを着こんでいる……所謂、冒険者の格好をしていた。
アルフォードの前へ来ると、護衛とゼロは同時に跪いた。
「アルフォード様、ゼロをお連れしました」
「うむ、お前は下がっておれ」
「はっ!」
アルフォードの声で護衛は立ち上がり、後ろへと下がる。
ゼロは跪いたままアルフォードの言葉を待った。
体感的にはどれぐらいの間があったのか定かではないが、アルフォードが言葉を発するまで、随分と長く感じた。
そして、緊張と不安から息遣いが乱れ始めていく。
ゼロの緊張が伝わったのだろうか。
表情までは確認することが出来なかったが、隣の少年も小刻みに震えているように感じた。
「ゼロ、顔を上げよ」
「はい」
アルフォードの言葉でゆっくりと顔上げた。
「このような場へお呼び建て頂きありがとうございます。また、大変失礼ながら私はなぜこの場へ?」
「あーそのことだが……ゼロよ、お前はこの城に来ていつになる?」
「……8年ほどになります」
「そうだ、随分長い間いるな? そしてこの城での生活はどうだ愛着もあるだろう?」
「えぇ、そうですね。ここでの生活は素晴らしいです……」
自分がしている行動は裏切りになるのでチクチクと心を刺してくる。
「では仮にだ。この城から出なければならない事になったらお前はどう思う?」
「―――ッ!」
徐々に探りを入れているかもしれない、ゼロは息を飲んだ。
そして、一度落ち着き恐る恐る答えた。
「それがご命令ならば私は従うまででございます……」
「ならいいわよね、お父様! あんなわけの――――」
「お前は黙れ!」
アリッサが隣の少年へ指を差し何か言葉を言おうとしたが、アルフォードに一蹴された。
「ぐぬぬ……ふん!」
さらに機嫌が悪くなった顔でアリッサはそっぽを向いてしまった。
アリッサの発言と行動から今回の呼び出しはバリョッサスとの繋がりを咎められる可能性が低いと判断しゼロの不安は杞憂に終わり、表情も少し和らいだ。
「改めまして今回の呼び出しとは一体何なのでしょう?」
「それなのだが、長期間この国から離れてもらうかもしれん。そして場合によっては二度とこの国へ帰って来られないかもしれん」
「……え?」
目が開き、間の抜けた返事になってしまった。
頭の中で整理が追い付かない。
「アサートン説明を頼む」
「は!」
アサートンはコホンと咳ばらいをすると、ゼロに向かって話し始めた。
「アリッサ様の腹部の痣は知っておるか?」
「はい、存じております」
返事と同時に毎朝お腹を出しながら熟睡しているアリッサを起こす場面を頭で思い浮べた。
「実は先日、ルロイが古い文献を行商人から買い取ってな。
アリッサ様の腹部にある痣とあるページに載っていた紋章が酷似していたのだ。そこで古代語で文献が書かれていたため、時間をみて解読を行ったそうだ」
「ええ」
たしかに腹部には丸い円とその周りに大小の波があり、紋章のようにも見受けられる。
「その文献を要約するとだな、紋章と同じ痣ある者は常に少量のマナがその痣から漏れており、いずれ枯渇してしまうと記載されている」
「マナが身体から枯渇する……もしそうなら――――」
「そうだ、マナが無くなれば生体活動が維持できなくなり、その結果アリッサ様は死んでしまうことになるだろう」
「なんと……!」
「アリッサ様は生まれた時にこの痣の影響でマナが漏れ出していてな。
出産時も命が危なかったのだ。だが、応急処置でその場は何とか防ぐことが出来た」
「では、同様に防ぐことが可能なのでは?」
「コホン!」
アルフォードが咳ばらいをし、アサートンが何か察した。
「いや、それは出来ない。詳しい説明は割愛させてもらう」
「かしこまりました」
ゼロも空気を読んだ。
「マナの総量が不明だったのはこの痣が原因であろうな。
現にゼロよ、魔法の授業を見ているお前ならこの痣が起因しているのもわかるのではないか?」
「ええ……」
目線を下にずらし考え込むように答えた。
たしかにアリッサの魔法構築が上手くいかない理由はマナが漏れ出すことでそれが構築の妨げとなり、魔法の成形が出来ないのであろうと。
だが、それと同時に疑問点が一つ生まれたが発言は控えるようにした。
「このままではアリッサ様が危険な状態かと思われますが、どうすれば……?」
「その文献には続きがある。
ピロカット大陸にあるピョンマリ神殿の祭壇に祈りをささげることで、紋章から解放されると書かれておる」
「ピロカット大陸ですか……」
「そうだ」
「ちなみにマナが枯渇するのは具体的にいつ頃になるのでしょうか?」
「………」
アサートンが考えながら黙ってしまった。
「微量のマナの放出と平均寿命から大体10年もしくは15年後と考えておる」
アサートンが答えなかったので代わりにアルフォードが答えたがいつの間にかジョルジュが王座の側にいたので進言をしたのだろう。
「そうですか……」
成人になったばかりのアリッサには酷な話であろう。
自身の寿命が短くて10年で終わってしまうというのだから。
話の内容だけに一瞬だけ皆の言葉が詰まった。
そして再びアサートンが続きを話をしようと口を開けたところ――――――
「もう! そのチョンマリかピロマリに私が行けばいいんでしょ!」
今まで黙っていたアリッサが機嫌悪そうに言い放った。
「アリッサ様、ゼロが来る前にも説明しましたが、ピロカット大陸のピョンマリ神殿です。
そしてアリッサ様ご自身で行かれ―――――」
「そのピロなんとかって言われてもわからないわよ!」
「お姫様どうぞ落ち着いて下さい」
隣にいた金髪の少年がアリッサへ話しかけた。
青い瞳に幼い顔、よく見ると生意気そうな目をしているがこれは生まれつきの物であろう。
「アンタは黙ってなさい! なんか見てるとアンタの顔はイラつくのよ!」
まるで下劣を見るような目をして少年に言い放った。
「ははぁ! 大変申し訳ございません!」
少年は謝罪しながら顔を伏せた。
ゼロもその様子を横からみていたが、アリッサに言われた恐怖なのか、また少年は身体が震えているように見受けられた。
だが、おそらく少年の真横にいたゼロでしか気づかなかったであろう。
少年の表情は口元が歪み、ネチャッとした気持ち悪い笑みを浮かべながら、その目はアリッサを見据えていたのだった。




