第86話
オレがデスサイズ戦中に気付いたことというのは父の魔法攻撃の威力が、どうやらオレのそれに比べた場合に随分と低いようだったことだ。
妻にも尋ねてみたが妻と父とでは、そこまで明確な魔法威力の差は無いのだという。
ではオレと妻達とでは、何が違うのだろうか?
そこまで考えたところで、オレは一つの可能性に思い至った。
おもむろにミドルインベントリーから、あるモノを取り出し【鑑定】する……と、これはどうやら正解なのでは無いだろうか。
『スクロール(魔)……魔力の扱いについての理解を深める。効果(小)』
今までスクロール(魔)の効果を、最大マジックポイントの増加だと思っていたが、それはどうもオレの思い込みだったようだ。
どこにもそんな文言は無い。
魔力の扱い……つまり外部魔力(魔素……マナ)と体内魔力(保有魔力……オド)の扱いに対しての理解を深めるのが本来の効果なわけだから、それで使用可能な魔力総量が増えたとしても、それはあくまでも副次的な効果に過ぎないわけだ。
簡単に言うなら、スクロール(魔)の効果とは、最大マジックポイントの増加でもあるのだが、それよりも重要な効果は魔法の使い方が上手くなるという、いわゆる魔力使用についての理解力の増強こそがメインだったということになる。
これはゲームなどなら、レベルアップなどに伴う知力やインテリジェンス(INT)と言う能力値の増加にパワーソース……つまり魔法威力の増加の根拠を割り振られがちだが、現実に知能がそんなに急成長したら、確実にその人の人格まで変わってしまうことだろう。
少なくとも思考能力の後天的な著しい成長に、人間の精神は耐えられるようには出来ていないのだ。
スクロール(魔)の存在が世に知られ始めた頃、資金力にモノを言わせて100個ものスクロールを集め動画生配信で一気に使用して見せた、さる有名な動画配信者が居たが、彼の知能指数が急成長したり急に人格が変わったりしたと言う事実は無い。
その後の活躍も全く聞かないばかりか世間的には消えた有名人……という扱いにさえなっているぐらいなのだから、単にそれが知られていないだけということも無いハズだ。
これらの推察が正しいとするなら、家族の中で最も魔法威力が高いのは現状ではオレ、ということになりそうだ。
次いで兄だろうか。
これはどうやら、さらに気合いを入れてスクロール(魔)を集める必要があるだろう。
ざっとこれらの考えを、父と妻とに話す。
それなりの激戦だったのでデスサイズが姿を消した階層ボスの部屋で、しばらく小休止という話だったのだが、妻に押しきられてすぐに出発することになってしまった。
父も既に立ち上がり、先へと進もうとしている。
……2人のモチベーションが上がったようで、何よりだ。
わざわざ靴をお互いに履き替えて父が前衛、妻が杖持ちの後衛、オレが妻の護衛という隊型で、第4層を慎重に進んでいく。
ここからはオークにしても武器や防具が立派なものになり、それと同時に連携意識が明確に向上するなど、よりモンスター討伐の難易度が上がっているのだから、いくらやる気になったからと言って慎重な歩みになるのも当然だろう。
精神状態でこうした行動にまで変化が出てしまうのは危険な兆候と言える。
2人にそうした傾向が無いのは何より。
ジャイアントシカーダ(セミ)が聴覚に……ジャイアントバタフライ(チョウ)が視覚や嗅覚に……それぞれ厄介なダメージを残していくので、どうしても注意力を阻害されるのも、この階層の探索が困難な理由の一つだ。
父が【危機察知】持ちなので、それでもどうにか探索を進めているが、どうやら今のところこの階層が2人にとってギリギリの鍛練の場になっていることが見て取れた。
先ほどのデスサイズ戦で、いわゆるマジックポイントをギリギリまで使った父に続き、妻もセミやチョウを落とすのに同じくマジックポイントを消耗。
いわゆる魔力切れの初期症状が出たようで、今は薙刀に持ち換え父のすぐ後ろで黙々と探索に従事している。
ここでオレが翠玉の短杖を持って後衛に付き、2人が危地に陥った場合に備えることになった。
つまり今は……前衛が父、中衛が妻、後衛がオレというフォーメーションだ。
第4層の探索も、もう後半といったところ。
先ほどから行方を阻む敵は、爬虫類系のモンスターが多くなって来ている。
つまり、ジャイアントゲッコ(ヤモリ)や、グラトンコンストリクター(ヘビ)、ジャイアントタートル(カメ)、ジャイアントリザード(トカゲ)といったモンスター達なのだが、ここにきて僅かながら手間取る場面が増え始めて来ていた。
虫型モンスターやアンデッドモンスター、亜人型モンスターと比べた時に、これら爬虫類型モンスターの膂力は比較にならないぐらい強く、身体的にも堅固だ。
単に質量を比較しても、オークとジャイアントタートルでは、ジャイアントタートルの方が倍近く重いだろう。
つまり元々の体格に劣る妻や、大力のブレストプレートの装備権を妻に譲っている父では、今までのモンスター達との差違が影響してかもしれないが、こうした爬虫類型モンスターを相手取るのにはまだパワー不足らしい。
それでもジャイアントゲッコや、ジャイアントリザードは、割りと難なく捌いている。
問題はグラトンコンストリクターに、ジャイアントタートル。
これらが多く出現すると、目先の対処に追われて余裕を失ってしまっているように見えた。
それでもどうにか第4層の探索を、オレの力に頼らず終えてのけたのだから、父も妻も本当に大したものだ。
特に妻はここ数日で爆発的に成長しているのが、以前を知っているだけに痛いほど実感出来てしまった。
母は強し……か。
どうしても、あのほんわかした妻がここまで強くなるなんて……という気持ちにさせられてしまう。
時間的にも、体力的にも、精神的にも、ここが限界というものだろうな。
そうした判断からオレが撤退を告げると、それに対して妻からここで驚きの提案が為されたのだった。




