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第83話

 いよいよ勢いを増してきた雪が降り続ける中、やって来たのは、斜向かいの上田さんだった。


 オレや兄より少なくとも一回りは歳上の人で、オレはそこまで接点が無いのだが、長くご近所さんだったので、一応はお互いに顔見知りではある。

 兄とはどうやら交流が有ったようで、何やら親しげな様子にも見えた。


「朝早くから、お邪魔しちゃってすいません。いつももう少ししたら、お出掛けしている様でしたので……」


 上田さんは本当に申し訳ないと言った表情を浮かべながら、顔を赤くしている。


「いえいえ、お気になさらず……それで、今日はどういったご用件で?」


 代表して兄が先を促す。


「実は青年会の役員で、あれ以来ずっとメールのやり取りをしていまして。和敏(かずとし)君にも意見を伺ったのですが、それでダンジョン通いが可能な人は、今のうちに行ってみようかという話になったんです」


 兄は黙ったまま、頷いている。

 いつの間にか、そういったやり取りが有ったらしい。


「次からは私達だけで行くにしても、最初は和敏君みたいに慣れている人の案内が欲しいな、という意見の人が多くてですね……それで今日は朝早くご迷惑かなとは思いながらも、こうしてお願いにあがったというわけなんです」


 なるほど……確かに、全くダンジョンの中の事を知らない人達だけで、いきなり探索に行ったり、モンスターの相手をしたりするのは、ハードルが高い。

 兄のダンジョン通いは、世の中が()()なる以前から近所でも知られていただろうし、兄も上田さんには好意的なようだ。

 上田さんからしても、恐らく頼みやすい相手なのだろう。


「僕は1回ぐらいダンジョンを案内するぐらいなら構いませんけど……上田さんと、あと誰が行くんです?」


 お、やはり引き受けるのか……。

 妻が少し驚いたような顔をしてこちらを見ているが、兄は昔からこうだ。

 余計な人付き合いはしたがらないクセに、親しくしている人に頼まれたら、決して嫌だとは言わないタイプでもある。


「私と佐藤さんと鈴木さんですね。鈴木さんは、蕎麦屋の裏の鈴木さんです」


 佐藤さんは、オレの同級生のお父さんで、ご近所では唯一の佐藤さん……50代も後半ぐらいだろうか。

 蕎麦屋の裏の鈴木さんは、あまり知らない人だ。

 他の鈴木さん達は、オレも何となく知っているのだが。


「なるほど……良いメンバーですね。じゃあ、佐藤さんを迎えに行った後に、鈴木さんを迎えに行って…………近くのダン協の武具店が品揃えが良くなったばかりなので、そこで装備を揃えましょうか。その後は……………」


 詳しい打ち合わせをし始めている2人だが、オレ達は蚊帳の外に置かれてしまった感もある。

 目顔で合図して、妻を部屋の外に連れ出す。


「あの様子じゃ、お義兄ちゃん、私とお父さんとの探索は後回しに……っていうことだよね?」


 少しばかり呆れた様子で、妻が言うが、それもある意味では仕方ないだろう。

 オレ達家族だけが生き残り、ご近所さん全滅……となった場合、あまり寝覚めの良い状況とも思えない。

 頻繁にこうやって時間が取られるようだとさすがに困るが、兄もそこまでお人好しでは無いとは思う。

 今日は午前が妻達3人、午後がオレ1人で最寄りダンジョン……夜は兄がソロ探索で温泉地ダンジョンという予定だったが、どうやらそれも変更になりそうだ。


「だな。良かったら留守番中、薙刀を教えてくれないか? 【長柄武具の心得】は、オレも出来たら欲しいし……」


「そっか、それもアリだね。じゃあ、みっちり厳しくビシバシと教えてあげますから、そのつもりでね?」


「お手柔らかにな。……で、昼からは、オレとダンジョンで良いか?」


 兄と違って【短転移】で咄嗟のピンチを救ったりは出来ないが、オレにも【敏捷強化】や【危機察知】といった護衛向きなスキルはある。

 潜る階層を浅くしたり、色々とやりようは有るだろう。


「あ、それも良いね~。じゃあ、お義父さんも居るだろうけど、久しぶりにデートしよっか」


 ◆


 結局、兄は今日の午前中を使って、近所の人達をダンジョンに案内することにしたようだ。


 まずは、最寄りのダン協で彼らの武具を買い揃えて、実際に潜るのは最寄りのダンジョンではなく、柏木兄弟(右京君と沙奈良ちゃん)も通って居るらしい、いわゆるド田舎ダンジョンに挑むことにするのだと言っていた。

 最寄りのダンジョンの通称は『無理ゲーダンジョン』なのだから、確かに素人連れで潜るのには本来なら最適とは言えないだろう。

 父と妻に関しては、武道の心得が有ったから、利便性を重視したと言うだけの話だ。


 そういったわけで今日に限り妻と父は、昼からオレが最寄りのダンジョンに連れていくことになった。


 午前中は巡回やテレビで情報収集をしながらでは有るが、それ以外の時間は全て妻に薙刀の稽古を付けて貰うことにあてる。

 父にも折りを見て杖術(じょうじゅつ)の稽古を頼むつもりだったのだが、妻の気合いが入り過ぎていてそれどころでは無かった。

【長柄武具の心得】は、総合的な長柄武器の習熟が取得条件になるスキルなのだろうから、槍(刺突タイプの長柄武器)はともかく、薙刀(斬撃タイプ)や杖(打撃タイプ)の稽古は、スキル習得には必要な条件だと思う。

 新しい鎗を複合的な武器にしてもらったのも、これを見据えてのことではある。

 仕方ない……杖術は社務所(神社の事務所を特にこう言う)で、夜に習うとしよう。


 しかし、スネを狙う武道って新鮮だよなぁ。


 オレが考えごとをしていると、見透かしたように妻から遠慮の無いスネ撃ちが飛んでくる。


 見慣れない軌道を描く斬撃に、オレは四苦八苦しながらも、どうにかそれを捌いていくのだが、避けるたび……防ぐたび……妻の斬撃が鋭く厳しいものになっていくのは、どういうわけだろうか?


 そして妻の目が、先ほどから据わっているのは何故だろう?


 いつもの、ほんわかとした空気感はどこに行ったんだ?


 オレは仕方なく稽古に集中し、なるべく妻の動きをトレースするように、妻から借りた稽古用の薙刀を振るう。


 妻は得物にしている本物の薙刀を振るう……って、おい!


 今の一撃……【危機察知】が仕事したぞ!

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