第76話
無事にリポップしていたギガントビートルを倒して、戦利品を回収している時のことだった。
最近、すっかり聞きなれてきている感もある、硬質かつ機械的な【解析者】の声が脳内に響いたのは。
『スキル【敏捷強化】のレベルが上がりました』
これで【槍術】に続いて【敏捷強化】もスキルレベルが3になった。
しかし……そもそもスキルレベルの上昇自体、世間的には『無い』ものと思われている。
それでいて、スキルレベル1と2とでは、スキルから受ける恩恵が単純に倍加しているのが、実感として分かるのだ。
もちろん同じスキルレベル1でも熟練すれば、スキルを覚えたての人よりは間違いなくスキルを使いこなしているように思うし、実際にスキルを得てから今までの体感上、オレ自身も同じスキルレベルなら熟練度が高くなってからの方がスキルに振り回されているような感覚が、ぐっと薄れているように思える。
スキルレベルが上がるスキル……今後のことを考えると、これは非常に大きなアドバンテージだろう。
何もこのアドバンテージを独占したい訳でもないのだが、どうすれば【解析者】というスキルを得られるのかは、当のオレにも分からない。
可能であれば身内だけでなく出来る限り多くの人にこの恩恵を分け与えたい……そうした気持ちが朝の柏木さんの【鍛冶】スキルを上げるという行動に出たことの根底にあったのだろうと、今さらながら思う。
もちろん、自身のメリットのことも考えた結果であるのも否定はしない。
無機質な【解析者】の声を聞いた後、なぜだかオレは、そんなことを不意に考えてしまった。
さて、いつまでもこの部屋に居るわけにはいかない。
オレはスキルレベルの上昇した【敏捷強化】に慣れるために兄達が獲物を狩り尽くした後の第2層で、珍しく探してまでモンスターとの戦闘を行いながら階層ボスの部屋の方へと心持ちゆっくりと探索を進めていった。
それが幸いしてか、天井から奇襲してきたクリーピング・クラッドの体当たりを回避すると同時にカウンターで鎗の一撃を見舞ってやると、お馴染みの白い光に包まれた後に久しぶりに見る重厚な装丁が施された書物が遺されていたのだ。
今すぐにでも本に籠められたスキルを確認したいところだが、ジャイアントスコーピオンとゴブリンアーチャーが連れだって近くに迫って来ているため、少しの間それは後回しにせざるを得なかった。
戦闘が終わり、すぐに近くの小部屋に退避。
手早くスキルブックを取り出し『アナライズ』と念じると、使用時にどのようなスキルが得られるが判明した。
【危機察知】だ。
これはオレと父が既に取得しているスキルなので、ソロで探索することも今後は多くなるハズの兄に使って貰うのが良いだろう。
スキルの確認を終えたオレは、時折現れるモンスターの相手をしながら、階層ボスの部屋へと到達した。
幸いヘルスコーピオンも無事に復活していたので、早々に取り巻きモンスター達を排除し、ヘルスコーピオンとの一騎討ちに持ち込む。
通常のモンスター相手では上昇した【敏捷強化】の慣らしには不十分だったため、存分に相手をして貰う。
以前なら避けきれなかっただろうタイミングでの攻撃も悠々と回避できるし、バックステップやフェイントなど機敏さを求められる動作の全てが段違いの鋭さを発揮している。
一通り戦闘時によくする動きの確認を終えたところで、ヘルスコーピオンには退場を願うことになった。
普段の探索時より、余程よく動いたせいか、既にして小腹が空いている感じがする。
ここで小休止を兼ねて、夕食後には入らなかった分のお菓子系アイテムを片付けることにした。
次の階層ボス……デスサイズに関しては、リポップしているかどうかが非常に微妙な時間帯だったので、ここで多少の時間調整をしたかったというのもある。
こうして、ダンジョン内部でのんびりしていると、何だか不思議な気持ちになってくるなぁ。
すると、また先ほどの考えが堂々巡りしそうになってきたので、少し早いが休憩を切り上げゆっくりと身体を起こす。
そのままボス部屋の奥側の扉を開き、次の階層への階段を登っていく。
第3層でも兄達は暴れまわっていたのだろう。
モンスターの影は、非常にまばらだった。
デスサイズのリポップまではまだ時間も有るので、先を急いでいる時には無視する小部屋を1つ1つ確認していくことにする。
残念ながら宝箱は見つからなかったが、兄達も小部屋まではモンスターを狩り尽くしていなかったようで、そこそこの数の戦闘を行うことが出来た。
戦利品も、幾つかはそれなりの物が手に入ったので、まぁ……これはこれで良しとしようか。
少しだけドキドキしながら、階層ボスの部屋へと踏み入ると、そこには無事にデスサイズの姿があった。
ここで初めて武器を鎗から魔杖に持ち替え、デスサイズの首を目掛けて【風魔法】を放つ。
今日の午前中は一撃で葬り去ることに失敗していたので、続けざまに三発。
今回は二撃目で無事に頭部を切り離すことに成功した。
後は取り巻きを片付ければ戦闘終了だ。
過去最短のデスサイズ戦だった。
今回は戦利品を回収してすぐに第4層へ。
今日は兄達が第4層まで到達していたため、ここもモンスターの数は普段より少ない。
そこで第3層の時と同じく、小部屋を丹念に探索することにした。
そうすると……今度は首尾よく宝箱を発見。
中には見たことの無い風合いの手袋が入っていた。
材質は恐らく革……レザーグローブだろう。
宝箱に入っていたのだから、マジックアイテムである可能性が高い。
これは多少のマジックポイントを消費してでも鑑定しておきたいところだ。
そんなわけで、早速……
──【鑑定】
『プランドラーグローブ……略奪者の手袋。倒した魔物から得られる存在力を通常より多く奪う。装着することで手指の動きを阻害される心配は皆無に近い。防御性能は装備した者の頑健さに比例して増減する。素の状態では、普通の革手袋と大きな違いは無い』
お、これは大当たりだ。
善は急げとばかりに普段身に付けている戦闘用のグローブをインベントリーにしまい、プランドラーグローブを装着する。
そして鎗を握ると……最近あまり気にならなくなっていた戦闘用グローブが、これまでいかに手や指の動きを邪魔していたのかが分かってしまった。
それほどに素手の状態との違いが無いのだ。
グローブ装着時特有のゴワゴワした感じなどは微塵も感じない。
これに気を良くしたオレは、その後も第4層の小部屋をそれこそ余すことなく見て回ったが、中に居るのはモンスターばかりで残念ながら宝箱は見つからなかった。
残る部屋は階層ボスの部屋のみ。
小部屋の探索を入念に行った甲斐もあり、石距のリポップも、恐らくは既に終わっている頃合いだ。
階層ボスの部屋の扉に手を掛けながら、オレはしみじみ思ったものだ。
よほど先を急ぐので無ければ、これからは小部屋の探索は欠かさずに行おうと……。




