第71話
勢い良く階層ボスの部屋の扉を開けると、そこに待ち構えていたのは、親玉の石距と、取り巻きのジャイアントタートルが2匹、グラトンコンストリクター3匹。そして空飛ぶクラゲ……初見だが恐らくはフライングジェリーフィッシュと呼ばれるモンスターが2匹という混成部隊だった。
フライングジェリーフィッシュは飛んでいるというよりは、宙を漂っていると言った方が正確かもしれない。
その浮遊速度はさほど速いものでは無いが、長大な触手が無数に予測戦闘領域に張り巡らされていて邪魔なことこの上無いので、ここは敢えてクラゲ共を先に落とすことにする。
先制攻撃の風魔法を石距に見せることになってしまうのは痛いが、こればかりは仕方がない。
まず手前のフライングジェリーフィッシュにワンドを向け、緑色の光輪で撃墜する。
そして、モンスター達が反応らしい反応を示す前に続けざまに魔法を放ち、奥のクラゲも撃破。
もう1発……と思ったが、足の遅いカメを置き去りにしたまま石距とヘビの群れが、こちらに迫ってくる。
ボスダコはそうでもないが、グラトンコンストリクターはそれなりに高速で、どうにか魔法で落とせたのは1匹だけに留まった。
天井から襲い掛かるヘビ共の初撃を回避した後は、部屋の広さを上手く利用し円を描くようにカメの方へ周り込む。
敵同士の速度差、そして敵とオレとの間にも速度差があるので、この分断策は見事に成功。
ここでワンドはインベントリーにしまい鎗に持ち換えて、ジャイアントタートル2匹も無傷のまま排除することが出来た。
ここで振り返って残りの敵の位置を確認すると、少し離れたところにボスダコ。そこから少し離れたところにヘビが2匹といった位置関係で、このままいくと石距は今にもグラトンコンストリクターに追い抜かされそうな格好だ。
そのままヘビだけが先行してくるなら楽な展開だったのだが、さすがにそう上手くはいかなかった。
小賢しいことにヤツらは足並みを合わせて、グラトンコンストリクターが前衛、石距が後衛といった陣形を整えてから迫って来た。
まぁ、それならそれで幾らでもやりようは有るのだけれど。
ここでオレは敢えて後退し、さらに彼我の距離を離す。
そして……また武器の持ち換え。
狙いを石距に定めて風魔法でドンドンと切り裂く。
10本も有ったタコ足は今や6本を残すのみ。
石距の本体であるオロチの顔にも、痛々しい切り傷が徐々に増えていく一方だ。
グラトンコンストリクターがどうにかボスダコを庇おうと必死に身体を伸ばすが、石距の巨体を庇うには丸太ほどの太さを誇るグラトンコンストリクターの胴体を持ってしても、些か細すぎるというものだった。
それにこの展開になったからには、石距がオロチの本性を現すのを許すつもりも無い。
ぐるぐると部屋を回るようにしながら魔法で攻撃を加える傍ら、時おり連中の側面や背後に周り込み、鎗に持ち換えて急接近しては鎗の側面の月牙を活かして、そのタコ足を切断していった。
魔法で切り裂き、鎗で切り落とし、石距に残された足は最早たったの2本。
こうなっては石距がオロチに変ずることは、もう警戒する必要が無いと思われる。
前回オロチに変化した時の石距の尾は2本だった。
残りの8本が胴体に変わったと見るなら、それは既に切り落とされた後だ。
今さらタコの姿を辞めたところで極めて胴の短いオロチでは、上手くバランスも取れまい。
既に死に体といった石距達から更に勝機を奪うべく、オレはグラトンコンストリクターを先に仕留めることにして、もはや天井や壁面に登ることも忘れた哀れなヘビ達を鎗の錆に変えていった。
これでようやく石距との一騎討ち……なのだが、なんだか敵は既にヘロヘロな感じだ。
例の瘴気だけは喰らいたくないが、既にオレの残りマジックポイントもあまり多くないような気がしている。先程ほんの僅かに立ち眩みの様な症状に見舞われたのだ。
オロチモードになっていない石距は、4層のボスがちょうど似つかわしいモンスターに過ぎない。
速度差を活かしてさらにタコ足を2本斬り落とし、今さら瘴気を喰らわないようにと、背面から滅多刺しにしてやれば、前回の苦戦が嘘のように呆気なく白い光に包まれ消えていった。
思わぬことで得た【風魔法】に加えて、柏木氏に新しく作成して貰った鎗のおかげではあるのだが、改めて武器と敵との相性の大切さ……そして、既知と未知との違いがいかに大きいかを、嫌というほど思い知ることになった一戦だったと言えるだろう。
さて……思っていた以上に短時間で予定していた分の探索が終わってしまった。
もうあまり魔法に頼ることは出来ないが、第5層の間引きを少しでもやっておきたい気持ちもある。
……どうすべきだろうか?
慎重を期すなら、夜の探索に備えて一度帰宅するというのも、もちろんアリだとは思う。
ただ、消耗しているのがマジックポイントだけなのも事実で体力、精神力とも、むしろ充実しているように感じる。
それならば、昨日までの魔法が使えなかったオレが探索するのと、さほど変わらないとも言えるだろう。
「よし」
……ここで悩んでいる時間も勿体ない。
最悪すぐに引き返して来れば良いのだし、迷ったなら今はとにかく進むべきだ。
慎重に、のんびり、安全第一でダンジョンを攻略しているヤツが、いざという時に家族を護れるものか。
こうしてオレは、長く足を踏み入れる者も居なかったであろう、第5層へと続く階段に歩を進めることにしたのだった。




