第70話
幸運の正体とは宝箱。
しかも【罠解除】スキルの感覚を信じるなら、罠も仕掛けられていないようだった。
サイズとしては、今まで見たことも無いほど大きなもの。
宝箱というより、長持という、日本で古くから使われてきた大型衣装ケースに近い大きさで、オレの両腕を伸ばした長さよりも幅が広い。
まぁ……箱が大きいからといって中身も大きいとは限らないのが、ダンジョンの宝箱なのだが。
小部屋にはモンスターの姿もない。
無造作に近寄り、巨大な宝箱を躊躇い無く開ける。
すると……中には、先端にエメラルドのような翠色の宝石が埋め込まれた短杖が入っていた。
見た目としては、ちょうど魔法使いが持っているような意匠の杖だが、いったい何に使うものだろうか?
殴打武器として扱うにはあまりに短く、そして軽く、加えて全くと言って良いほど武骨な印象の無いデザインだ。
さすがに気になったので【鑑定】をしてみよう。
探索中に仮称マジックポイントを使い過ぎるのは良くないのだが、さすがに【鑑定】1回で悪影響が出るなんてことも無いだろうし……。
──【鑑定】
『翠玉の短杖……ウインドエメラルドの嵌め込まれた魔法の杖。風魔法を使う際に魔法威力を増幅する効果が得られ、消費する体内魔力の量を軽減出来る。他の属性魔法には僅かな作用。魔法が使えない者が持つと、一時的に低位の【風魔法】スキルが使えるようになる』
…………は?
え、何それ?
まさかフレーバーテキスト(ゲームなどで雰囲気づくりに書き添えられるアイテム説明文。たいていは無意味。雰囲気、雰囲気)だったりするのだろうか?
試しに手に持ってみると、実際これは本物のようだ。手にした瞬間に、その使い方が明確に理解出来てしまう。
早速、小部屋を出て目と鼻の先のボス部屋の扉を開け、そこに待ち構えていたデスサイズに魔杖を向けて、おもむろに【風魔法】を放つ。
呪文の詠唱こそ不要だが、体外から魔素を取り込み、体内魔力と結合……循環させ、魔法として魔力を変換させてから射出するのに、おおよそ一呼吸ほどの時間を要するようだ。
とは言うもののデスサイズとて、こんなワンドを向けられたぐらいで、ジタバタする必要を感じなかったのだろう。
悠然とこちらが接近するのを待つ構えだ。
そうこうするうち、短杖の先から射出された緑色の魔力光は、たちまち鋭い風の光輪となってデスサイズの首へと真っ直ぐに向かっていく。
残念ながら一撃で頸部を両断とまではいかなかったが、まるでクジラの潮のように体液を吹き出しヨロヨロと後退していくカマキリの女王に、過日の凄味は無くなっていた。
どうやら取り巻きモンスター達は、いきなりの事態に動揺しているようだ。
今がチャンスと見たオレは、立派に役目を果たした魔杖を肩掛けしているミドルインベントリーにしまい、いまだ硬直しているジャイアントマンティス達を素早く持ち替えた鎗で瞬く間に斬り、潰し、突き刺し……次々と終焉の光の中に包んでいく。
そして、上空をキィーキィーと鳴きながら飛び回るだけのイビルバットの群れを無視して、デスサイズを追走する。
苦し紛れに繰り出された死神の鎌による連撃は難なく回避……そして【パリィ】で受け流して、風の刃に切り裂かれた傷口を目掛けて、鎗の側面に取り付けられた月牙を一閃。
酷くあっさりと、その特徴的な逆三角形の頭部を落とすことに成功したのだった。
こうなると、本来ならデスサイズとオレが戦っている間に、妨害と遊撃として立ち回る役だったであろうコウモリ達に決定打はない。
広い階層ボスの部屋を、自在に飛び回っている分、多少の時間は掛かったものの、結果的には問題なく全滅させることが出来た。
……これは凄い。
スキルの特性上、当たり前のことなのかもしれないが、特別な訓練を必要とせず魔法を使えるようになるというのは、体感してなお信じがたい気分になってしまう。
そして……ダンジョンの魔物は、まだ魔法に対してスレていないように思える。
本能的に動いているようにしか思えない虫型モンスター。しかも階層ボスでコレだ。
よほど知恵に優れているか、それとも【危機察知】のようなスキルを持っているモンスターでない限り、魔法による先制攻撃は極めて有効な状況が、しばらくは続くことだろうと思う。
今回のダンジョン探索で、ここまでに取得したスクロール(魔)は、まだ3つ。
こうなると、まだまだ集める必要がある。
この分だと、恐らくだが……ポーションにもマジックポイント(MP……以後、仮称とするのはやめる)を回復するタイプの物が、そのうちに見つかることだろうが、その最大値を伸ばすらしいスクロール(魔)は、いくつ有っても足りないぐらいの物と言えるだろう。
さほどダンジョン内で時間を使ったわけでもないが、今日は柏木氏のところに寄る必要性があった分、探索可能な時間に乏しい。
心持ちキビキビと動いて、第4層へと向かう。
そして、ここでもモンスターの行動に違和感を覚えることになった。
ジャイアントシカーダ(セミ)や、ジャイアントバタフライ(チョウ)の動きが、明らかに連携を意識したものになっているのだ。
今までは、地上から迫るオーク部隊のことなど構わず、好き勝手に飛び回っていた連中が、的確に遊撃の動きを見せるようになった。
例えばジャイアントバタフライは、接敵するまで壁や天井に待機しておいて、オークの頭上を飛ぶことを控えるようになったし、ジャイアントシカーダが大音量で鳴くのは、敵(この場合、つまりオレ)の直上に迫った時に限定するようになってきている。
結果として、今まで同士討ちじみた行動ばかりだった両者の動きが噛み合い効率的な連携となってしまっている。
第4層に到達したばかりの頃に、これをやられたら非常に苦戦しただろうし、今も厄介なことに変わりはない。
しかし、空戦部隊は魔法で先に落とし、陸上部隊に鎗で対峙……つまり、敵の分断さえサボらず出来ればさほど苦労することも無いと分かってからは、どんどんとボス部屋への距離を稼ぐことが、出来るようになった。
奥に進み、グラトンコンストリクター(ヘビ)や、ジャイアントリザード(トカゲ)といった、爬虫類型モンスターが登場すると、これらの連携もやはり向上していて、またまた手を焼かされることになる。
加えて、奇襲の方法や奇襲を掛けてくるタイミング、潜む位置などが明らかに以前より狡猾になっているのには、ほとほと閉口してしまう。
これ、オレが【危機察知】を持っているから捌けているだけで、有用な索敵手段の無い人だったら、まともに進めないんじゃないだろうか?
よほどに強い探索者で、装備品も充実しているとかなら、ゴリ押しでも何とかなるだろうが、およそ第4層という浅層レベルで経験できるものではないような気がする。
それでも、どうにかこうにかボス部屋の前に辿り着くと、休憩と2匹目のドジョウ(宝箱)を求めて、最寄りの小部屋に……。
残念ながら今度は何も無い部屋だったが、モンスターも居ない。
落ち着いて低位のスタミナポーションを呷り、一息入れたところで改めてボス部屋に向かう。
さぁ……石距、再戦の刻だ。




