第308話
右京君が実はオレ達の陰で、かなり苦労していたらしい。
クリストフォルスの援護が無ければ、呆気なく突破されていてもおかしく無かった程だと言うから、相当に苦戦したのだろう。
幸い、オレ達がアジ・ダハーカから奪った力が右京君に届いたこともあって、結局は自分の持ち場を護りきれたという話だった。
右京君と一緒に戦った自警団メンバーの中には何人か犠牲者が出ているから、手放しには喜べないのも分かるが、話を聞いた限りでは右京君に落ち度は無い。
あまり自分を責めないで欲しいところなのだが、右京君の持ち前の明るさはすっかり鳴りを潜めている。
時間が解決してくれるのを待つしか無いのかもしれない。
父が今回のスタンピードで、強敵らしい強敵に縁が無かったのとは対照的だ。
こればかりは運としか言い様が無い。
沙奈良ちゃんが途中まで守りに就いていた陣地と、父が守っていた陣地には犠牲者は出なかった。
佐藤さんが防衛の指揮を執っていた陣地では、何故か血気に逸って突出した若者数名が敢えなく死亡している。
戦闘経験が不足しているにも拘わらず、武具だけ良い物を与えてしまったことも遠因にもなったかもしれないが、直線的な原因は本人達の資質だ。
──根拠の無い英雄願望。
受け入れた避難民のうち若年層に、そうした危うさを抱えたまま戦っていた者が多かったのは、何となくオレも聞いてはいた。
普段の物資調達では周囲の目も有って何とか自分を律していたらしいが、初めてまともに対峙したモンスターの大群に舞い上がってしまったことと、自分の力が通用する(実際には武具のおかげ……)と勘違いしてしまったのが悪かったのだろう。
父や柏木兄妹の様に突出した力を持った存在が、同じ陣地にいなかったのも災いした恰好だ。
若いと言っても右京君より歳上の連中なのだから、佐藤さんら古参メンバーの指示を聞かずに暴走した挙げ句に死んでしまったのなら、それはある意味で自業自得とも言える。
言い方は悪いかもしれないが……。
全部で9人。
これが今回のスタンピードにおける犠牲者の総数だ。
◆ ◆
「やぁ! ずいぶん待たせるじゃないか」
……?
誰だろう、この子。
普段よりは遅く起き出して来たオレを見るなり、やたらフレンドリーに話しかけて来た幼い女の子。
どうやら息子や甥っ子達と仲良く遊びながら、オレが起きてくるのを待っていたらしいのだが……こんな女の子に知り合いはいない。
「あら? この子、ヒデ君の知り合いじゃ無いの?」
戸惑うオレの様子を見てか、義姉が驚いたような顔をしながら問い掛けてきた。
馴れ馴れしい幼女は義姉の用意したオレンジジュースの入ったコップを嬉しそうに受けとると、ストローを外して一気に飲み干す。
「ご馳走さま! やだなぁ、ボクだよ。ぼ~く。昨夜の戦い、余すこと無く観させてもらったよ?」
この口調……やけに気安い雰囲気……まさか?
「うん、そう。ボクだよ。急にお邪魔するのにいつもの格好じゃあ、キミのご家族を驚かせちゃうかな~って思ってね」
「相変わらずフットワークが軽いな。それで? お忙しい亜神様が何の御用で拙宅へ?」
「うーん、ボクから伝えても良いんだけどさ……出来たらちょっと、ご足労願えるかな? キミの管理しているダンジョンなら、基本どれでも大丈夫だよ」
「じゃあ、最寄りのダンジョンに行こうか。誰か同行させても……?」
「うーん、それは出来たら勘弁して欲しいかも。彼はボクと違ってキミ以外に価値を認めていないんだ」
……彼?
あぁ、アイツか。
長らく顔を見ていないが、例の自称亜神の少年のことだろう。
アイツのせいで、あちらの世界の事情に深入りしてしまった感は否めない。
可能ならこの誘いを断りたいところだが、知らずにいて今後オレ達が危うい目に合う可能性を考えると、拒否するのも早計か。
感情面では全力でお断りしたい気分だが、亜神を名乗る存在達が齎した情報に助けられた部分が有ったのも事実だ。
仕方ない……。
「じゃあ、早いとこ行ってしまおう」
「うん、うん! キミのそういう素直なとこ、お姉さんは好きだよ」
……その(幼女)見た目で言われてもなぁ。
義姉に亜衣や兄への伝言を託し、推定亜神の幼女と共に最寄りのダンジョン最奥……通称マスタールームへと飛ぶ。
そこには既に自称亜神の少年が待ち構えていた。
『……随分と遅かったではないか? 何か問題が有ったのなら連絡を寄越せと言っておいた筈だがな』
『あ、そっか! すっかり忘れちゃってたよ。待たせてゴメンね~』
いつの間にか以前の姿に戻っている、推定亜神の少女。
気安い口調は変わらない。
オレは何となく、少年の方が少女より上位の存在だと思っていたのだが、どうやらそういうわけでも無いらしかった。
「それで、いつからここに?」
オレの動向を何らかの方法で監視しているにしても、先回りとは穏やかでは無い。
『つい先ほどだ。この身とて決して暇なわけでも無いのだからな。お前が転移する座標を割り出し、ほんの数瞬お前達に先んじたに過ぎない』
『そうそう、ボク達も暇じゃないのさ』
……いや、お前は割と暇そうだけどな?
『あ! 失礼なこと考えてるし!』
『少しは大人しく出来ぬのか? まぁ、良い。何ゆえ楽な道を選ばなかった? 我が主の与えし権能。あれさえ有れば容易く昨晩の敵を無に還すことも出来たであろうに……』
「それはそうかもしれないな。だが、オレが……ただの人間が位階を上げるということが何を意味するのか? それを考えずに飛びつくのは、何だか凄く性に合わなかった」
『……勘か?』
「そうだな。勘かもしれないな」
『また勘か。お前は、つくづく我らの思う通りに動いてくれぬ男よな』
『せっかく、お仲間になれるかと思ったのにね』
やっぱりそうか……。
土台、おかしな話なのだ。
あくまで単なる魔法スキルである筈の【神語魔法】に、副次能力として『位階上昇』なんてものが有る時点で。
しかも、それによって解放されることになっている魔法が、あまりにも強力なものばかりだった。
魔法スキルのレベルが上がることで新しく使えるようになる魔法は、本来ならスキルレベルの上昇に伴い習得し、習得してみないことにはどんな魔法か事前に分かることは無い。
それなのに【神語魔法】に関してだけは『位階上昇』した際に習得する魔法の詳細がスキル習得した時点でハッキリと自覚出来ていた。
その中には確かに、アジ・ダハーカのような敵を一瞬で消し去るようなものさえ含まれていたのだからタチが悪い。
しかし見え見えの誘惑ではある。
さすがに露骨過ぎるというものだ。
あの時、亜衣に止めれていなかったらリスクを承知のうえで、それを自ら選び取っていた可能性も否定しきれないのも事実だが……。
「どうしてオレを?」
『さて……どうしてなのやら? この身にも明確には分からぬ。存外お前の好きな勘かもしれぬぞ?』
『……あ、嘘つき』
「ま、とにかく願い下げだ。オレはオレの大切なものさえ護れたら、それで良い」
『遥かな高みに昇れるやもしれぬのにか?』
「あぁ。これっぽっちも興味は無いな」
『あらら……見事にフラれたもんだね~。ま、キミらしいっちゃキミらしいけどさ』
「話は終わりか? なら帰るぞ?」
『この身が万言を尽くして説得しようとも、どうせ翻意はせぬのだろう? ならば今は引き下がる他あるまいよ』
『そうだね。今すぐは無理そうだよ、この様子じゃ。あ……言い訳どうしようね?』
『ぬ……有りのままを話すしか無かろうな』
どうやら亜神さん達も、何かとご苦労されているご様子で……。
『『余計なお世話!』』
「ご期待に添えなくて悪かったな。じゃあ、オレはこれで」
『また……な』
『うん、うん。また……ね』
未練がましい顔の亜神達には悪いが、構わず自宅へと転移した。
それにしても……また、か。
どうやら、まだまだ楽はさせてくれそうに無いようだ。




