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第284話

 瘴気の渦は周辺の魔素ばかりか、いまだに健在だった漆黒の魔物達をも呑み込んで膨れ上がり、しかも極めて短時間で集束を終えた。


 そこから(あらわ)れたモノの姿を見て、オレの脳裏に浮かんだのは『蠱毒(こどく)』という言葉。

 壷などの容器にサソリやゲジゲジなどの毒虫や、トカゲやヘビなどの毒を持つ爬虫類を入れ争わせ、生き残ったモノを神霊として祀るという呪術だ。

 そうした虫も爬虫類も一緒くたにして『蟲』というらしいが、先ほどまで散々オレ達が葬った蛇龍の眷族達はまさに蟲の姿をしていた。

 偶然かもしれない。

 しかし、もし偶然で無いのだとしたらオレ達もヤツから見れば『蟲』だったのだろう。

 今にして思えばヤツがオレ達を見る時の無感動な表情は、まるで虫けらを見るようなそれだった。

 蠱毒の蠱の字は、蟲を皿の上で争わせることからきているのだという。

 ずいぶんと大がかりな蠱毒の儀式だが、瘴気の大渦から出現した存在を見る限り、確かにこれぐらいの規模は必要だろうと思えた。


 三頭の蛇龍……アジ・ダハーカ。


 先ほどまで、オレ達と対峙していた蛇王は、蛇龍の前に跪いて頭を垂れている。

 あの蛇王すらも従える存在。

 そんなヤツと今からオレ達は戦わなくてはならないのだ。


 ……読み違えていた。


 オレは蛇王こそがアジ・ダハーカに化けるものだと思っていたし、一向に姿を変えないのはオレ達から魔法を奪うためだと思い込んでしまっていた。

 しかし、違っていたのだ。

 魔法を奪うことは、あくまで()()()

 蛇王が探し求めていたのは、自らを傷付け得る相手。

 崇拝する蛇龍を顕現させるための儀式の片棒を担ぐことの出来る好敵手こそを求めていたのだろう。

 ……オレ達は、まんまと嵌められたことになる。


「ヒデ、退くわよ! あんなの私達だけじゃどうにもならない!」


「退くって、どこに!?」


「まずは……アイの居るところ。次に貴方の息子の居るところ。それから……どこか、ここよりマシなところに逃げて。探せば、いくらでも有る筈よ。アイ達と合流する時間は私が、この身に代えても稼いでみせる。……早く!」


『そうだね、私も残るよ。アレはさすがにトリア1人で足止めするのは無理だよ。ヒデは逃げて。お願い……』


『……そうですニャ。我輩達だって死にたく無いですけどニャー。主様が逃げてくれないと、我輩達も逃げるに逃げられませんからニャ。我輩達なら心配はいらニャいのですニャ。ちょっと足止めして、全くどうしようもニャかったら一目散に逃げて主様の下に向かいますニャ』


「トリア、マチルダ、トム。オレはそんなことをしてもらうために、皆に協力してもらっていたんじゃない! 退くなら全員で退こう。皆を呼び寄せて……オレのダンジョンに籠れば、ヤツだって倒せる筈だ」


 アジ・ダハーカは何故か動きを見せない。

 久方ぶりに封印を解かれて、身体の動かし方を忘れているのだろうか?

 それとも目的はあくまでも復活そのもので、これ以上の侵攻の意志は無いのか?

 オレ達の言い争う声など、まるで意に介していない。

 ジズ以上に長大な翼を動かすでもなく、それでいて宙に浮いた巨体をウネウネと動かしながら、その場にただ……在る。


「とにかく! オレは皆をここに置いて逃げ出すつもりは無い。まずは戦おう。逃げるなら、それからでも……絶対に敵わないと分かってからでも良い筈だ」


「分かったわよ。貴方って人はまったく……」


『ヒデみたいな人を()()()だとガンコっていうらしいよ』


『主様らしいですけどニャー』


 こうしてオレ達がどうにか、撤退を視野に入れた抗戦で一致した時だった。

 それまで全くと言って良いほど動きらしい動きを見せていなかったアジ・ダハーカが、唐突に三頭全てを天に向けて咆哮したのは。


 物凄い大音量に思わず身がすくむ。

 耳を塞いだトムが目を白黒とさせているのが見えた。

 マチルダは自分で自分の身体を抱くようにして、ブルっと震えている。

 トリアが何かを言っているようだが、さすがに聞こえない。


 ──次の瞬間。


 オレ達とアジ・ダハーカ達の周囲をドーム状の『ナニか』が覆った。


 トムが『空間庫』からチャクラムを取り出し投げつけたが、虚しく手前の地面に落ちる。

 どう見ても不自然だ。

 トリアはそれを見てすぐ初級の精霊魔法を放つが、無色透明だったドームが淡い虹色の輝きを見せたかと思えば魔法自体が掻き消されてしまった。


 簡単には逃がさない……そういうことか。


 オレもダメ元で【転移魔法】を発動させ全員揃ってのドーム外への脱出を試みたが、やはり手前に降ろされてしまう。

 発動しないわけではないが、あくまでそれはこのドームの内側だけで完結する転移の話ということになるのだろう。


『トリア、これどういうことなの?』


「私も知らない魔法ね。カタリナなら何か知っているかもしれないけれど……」


『いよいよ戦うしか有りませんニャー』


「皆、済まない。すぐに全員で撤退すべきだったかもしれないな。こうなったら……勝つしかない」


『それしか無さそうだね。でも……ヒデと一緒なら怖くない。私は戦うよ!』


『ウニャ! 我輩だってあんなの怖くないのですニャ。この機会に、ご先祖様の恨みを晴らすのですニャー』


「まぁ……この魔法だって永続的なものとは思えないしね。撤退のチャンスが完全に無くなったわけでは無いと思うわ。ヒデ、貴方の能力が頼りよ。やるからには勝つつもりで戦いましょう!」


「あぁ、もちろん。こうなったらアレも喰らってやるまでだ。皆、力を貸してくれ!」


『うんっ!』

『ハイですニャ!』

「了解!」


 今まさに、蛇龍との戦端が開かれようとしていた。


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