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第259話

「あら、久しぶり……って、そんな気はしないけれどね。それより、どうしたのよ? ボロボロの血まみれじゃない」


「巨鳥ジズ……って知ってるか? 今、それと戦闘中なんだ」


 突然のオレの来訪にも、全く狼狽えることの無かったのはさすがだが、あまりに酷い様子のオレの様子には、さしものアルセイデスも目を丸くしていた。

 ここは、ド田舎ダンジョン最深層……守護者の間。

 今、オレの目の前にはエネアの本体である森のニンフ……アルセイデスがいる。


「天上の唄い手バル・ヨハニ……その別名だったかしらね。なるほど。どうしてここに来たかは分かったわ。連れて行ってくれて良いわよ?」

「わよ?」


 目の前で、いきなり分裂したアルセイデス。

 初めて会った時のエネアと同じようなサイズの分体。

 つまり幼い女の子の姿だが、見た目通りの存在では無いことはエネアが既に証明してくれている。


「短い間だけどよろしくね。さ、行きましょ」


「あぁ。アルセイデス、ありがとう。いきなりゴメンな!」


「うふふ……また、ね」


 ここに至るまでの事情を知るエネアの本体のアルセイデスならあるいは……といったオレの目論見は完全に叶えられた。

 これで確実に勝てる。

 兄達が正確に今どこに居るのかまでは分からないため、窮余の一策としてアルセイデスを頼ったわけだが、上手く事が運んで良かった。


 再び【遠隔視】と【転移魔法】のコンボで、ジズの眼前へと転移したオレ達だったが、今回のコレは奇襲では無い。

 アルセイデスの分体は、初手に闇の精霊の力を借りる束縛の魔法を選んだようだが、恐らくそれも通用はしないだろう。

 だが、別にそれは構わない。


 本命は……回収だ。


 ジズはこの短い時間に翼の付け根に残置しておいたアダマントの杭剣を抜き去っており、そのままオレに付けられた傷を魔法で癒し始めているところだった。

 まず優先して治したのだろう翼は既に傷ひとつ残っていないようだが、眼や前脚の傷は今まさに治療中といったところで、いまだにジズは地面に留まっている。

 徹底的に付近の魔素を『マギスティール』で奪い尽くしたのが効いたのだろう。

 アルセイデスの分体が放った拘束魔法も、ジズの治癒魔法も明らかに効力が減衰しているように見える。


 これは魔法の構成原理が、全て体内魔力で消費魔力を賄うようには、そもそも出来ていないことによる弊害だ。

 外部魔力……つまりは魔素(マナ)と、体内魔力(オド)を結合して用いるように出来ているため、保有する体内魔力の消費は少なく抑えられているという利点も有るわけだが、こうして魔素が枯渇した場所では、魔法の威力そのものが大きく減退してしまう。

 もちろんジズが飛び立つのを阻害することだけがオレの目的では無かったワケだが、さすがにここまで見越して戦闘プランを組み立てていたということでもない。

 単にジズとの魔法戦が圧倒的に不利だから、やっていたに過ぎないのだ。


 アダマントの杭剣はジズによって地面に叩き付けられ、散々に踏まれたのだろう。

 陥没した地面の中に半ば埋まるような恰好で見つかったが、それでも傷らしい傷も無ければ、曲がったり折れたりもしていない。

 まさに『理外』の金属であるらしかった。


 アルセイデスの分体は、魔法での攻撃は諦め、そのまま後方へと待避していく。

 打ち合わせも何もしていないが、その行動は正しくオレの意図を理解していなければ出来まい。

 安心して次なる一手を実行に移せるというものだ。


 ジズはアダマントの杭剣を構えたオレを、明らかに警戒している。

 得意としている落雷の魔法で攻撃して来ないのは、どうやら中々傷が癒えないカラクリにジズも気付いているせいだろうか。

 治療中でまだ動かせない前脚の代わりに、長い首を伸ばしてのクチバシでの連撃。

 クチバシが当たらずとも、とにかくアダマントの杭剣さえ投げさせなければ良いのだと言わんばかりだが、それは正しい理解とは言えない。


 もう既に『詰み』だ。


 オレは躱し続けていれば良い。

 アルセイデスの分体は、狙われなければそれで良い。

 ジズは、なかなかクチバシが当たらないことに焦れたのか、それとも飛んで逃げたいのかまでは分からないが、翼の治りを確認するかのようにゆっくりと……しかし大きく翼を羽ばたかせ始めた。

 途端に巻き起こる暴風。

 オレはこれを回避しきれずに飛ばされていくが、今はそれならそれで良い。

 どこかしらに叩き付けられるより前に、それは確実に発動する。


 転移した先は、久方ぶりに大空に舞い上がったジズの頭上。


 飛び立ったジズの身体が上昇していくスピードはかなりのもので、その分シビアなタイミングにはなってしまったが、それでもジズを倒すためにはその方が都合が良い。

 ジズ自らのスピードと、オレの【投擲】したアダマントの杭剣のスピードとがまともにかち合い、ただでさえ必殺の威力を誇る武器がいとも容易く突き刺さっていく。

 当たった場所はジズの眼と眼のちょうど中間。

 深々と突き立った杭剣。

 交差していくオレとジズ。

 風圧で地面に向かって吹き飛ばされていくところだったが、ジズの生命力の強さがこの時ばかりはオレに利した。

 ジズがすぐに死なないでいてくれたからこそ即座に気を失うようなことは避けられたし、おかげで空中で体勢を変えられたことで、少なくとも頭から地面に衝突するようなことにはならずに済んだ。

 アルセイデスの分体が魔法で落下点に生み出した泥濘が、僅かにクッションの役割を果たしてくれたことも大きいのだろう。

 あちこちの骨が砕けてしまったし、膝が有り得ない方向に曲がってしまったり、肩が外れてしまってもいるが、どうにか生きていられたのだから……。


 駆け寄って来たアルセイデスの分体が掛けてくれた治癒魔法は相変わらず頼りない効力で、オレの傷を癒したのはむしろオレが『空間庫』から取り出し、アルセイデスの分体が飲ませてくれた上位ポーションの方だった。

 それによって痛みが消えたことでハッキリと感じたジズの存在力の流入が、いとも容易くオレの意識を刈り取ってしまう。


 ◆


 再び目を覚ましたオレを心配そうに見ていたのは……妻だった。


 アルセイデスの分体は、アルセイデスと視覚を共有している。

 つまりエネアとも本体を介してだが()()()()いるわけだ。

 そんなアルセイデスの分体を連れたまま戦闘を行い、オレが意識を手放す破目に陥ればどうなるか?


 その答えこそ、今オレの眼の前にいる妻……ということになる。


 恐らくエネアが妻や兄にオレの危急を知らせてくれたことだろう。

 場所も仙台駅前だ。

 兄達が活動していた青葉城址からは、そう遠いわけでもない。

 周辺のモンスターの間引きはオレが済ませておいたし、兄達だってジズの存在力を喰らったオレの影響で一気に強化されたことだろう。

 皆が駆け付けるまでに要した時間は恐らく5分にも満たない筈だ。


「バカ……」


 妻が泣きそうな顔をして、そう呟く。


「ごめん……」


 そう答える以外に、今オレに言えることなど無かった。

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