第230話
今ここに居るのがオレで良かった。
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この日オレ達が訪れたダンジョンは、以前は遊園地として営業していたものの、数年前に閉園した際にダンジョン化したところだ。
小さい頃にプールやゴーカートなどで遊んだ記憶もあるが、いつの間にか深刻な経営難に陥っていたようで、閉園の発表から実際にその日が来るまで、あまり日にちが無かったのが印象的だった。
位置的には温泉街のダンジョンから北西に10Kmほど。
周囲は山林に囲まれていて人家も少なく、そうした意味では大して強いモンスターの出そうなエリアとも言えないぐらいだ。
遊園地が閉園してからも営業を続けていたらしい併設されたゴルフ場も、そこまで大繁盛というわけでも無かったらしいので、そういう意味でも魔素が濃くなる要因には乏しい。
そんな僻地のダンジョン周辺に来たのは大した理由も無かった。
単なる順番。
それ以上の意味は無い。
本来ならオレがここに来ることも無かった筈だ。
今日ここに居るのはオレでは無くて、父やマチルダの筈だった。
念のため、その予定を変えて良かった……そう思わざるを得ない。
さすがにコレはオレか兄が来ていないと厳しい相手だ。
相性的には兄も分が悪い手合いだろう。
……何しろデカい。
伝承に残っているものでは山を何回もその身体で巻くことが出来るとまで言われているので、それも当然かもしれないが実際に目にするとあまりの大きさに圧倒されてしまう。
最寄りのダンジョンで最初の障害として立ち塞がったジャイアントセンチピードなど、比較にもならないほどの大百足。
それがオレが対峙しているものの正体だ。
もちろん単にデカいだけの相手では無い。
日本各地に伝わる大百足の逸話が事実なら、山の神の化身であるとまでされている大妖怪だ。
そんな存在が弱い筈が無い。
レッサードラゴンに対してのグレーターデーモン。
ストーンゴーレムに対してのグリルスならば、イレギュラーはイレギュラーでも両者の強さにそこまでの差は無いだろう。
しかし……それまでゴブリンやイビルボアを相手にしていたところに現れた大百足は、同じイレギュラーでも規格外に過ぎるというものだ。
いったい、この差は何なのか?
大百足は感情らしい感情を見せることなくオレ達を観察していたが、突如その巨体に見合わない猛スピードで襲い掛かって来た。
とはいえ、もちろんオレ達も驚き戸惑っていたばかりでは無い。
トムは、ちゃんと補助魔法を妻とオレとに掛け始めていたし、妻もオレも接敵してすぐに攻撃を開始している。
大百足がオレ達の攻撃を躱すでも無く悠然と頭を持ち上げてこちらを睥睨していた間、かなりの数の魔法が当たっていた。
それらの魔法は、大百足の分厚い甲殻を貫通し傷を増やしていった筈だ。
にも関わらず、大百足には全くと言って良いほど動揺が見えず、本当に生きているのかさえ曖昧に思えるほどリアクションを見せなかった。
そんな大百足が襲い掛かって来たのは本当に突然で、オレでさえ危うく回避が遅れそうになったが、いち早く大百足の動きに気付いたトムは悠々と避けていたし、妻もどうにか初撃を躱している。
大百足の動きが速いと言っても、あくまで巨体にしては……だ。
タイミングさえ間違わなければ、そうそう攻撃は食らわない筈だが今のは少し危なかった。
問題は、大百足の攻撃を回避することより、こんな巨大な相手をどうやって倒すかだ。
レッサードラゴンやサイクロプスより遥かにデカい大百足。
ただでさえムカデという生き物はしぶとい。
それがこんなにも巨体になってしまうと、どれだけ攻撃をすれば倒せるかなど、全く想像もつかなかった。
「亜衣、トム、離れて魔法での援護に徹してくれ! 牙での攻撃はともかく、あの巨体で突進して来たら躱しきれないかもしれない」
「……うん、そうだね。ちょっと離れておくよ。ヒデちゃんも気を付けてね?」
『我輩なら回避が間に合わないことは無いと思うのですけどニャ。我輩が武器で攻撃しても通用しないでしょうニャー』
妻もトムも少し悔しげだが、素直に下がってくれた。
あとは妻達に大百足の意識が向かないようにオレが上手くヤツの注意を引き付けておけば、時間は掛かるかもしれないが安全に討伐が出来るとは思う。
◆ ★ ◆
ヒデちゃんがムカデのお化けに次々と攻撃をしていく。
槍で突いたかと思ったら、手品のように槍を何も無いハズの空間にしまって、今度はいつの間にか手に持っていた真っ黒い杭みたいな剣を投げ付けている。
私もトムちゃんも、ヒデちゃんを魔法で強化したり、ヒデちゃんに当たらないように魔法でムカデを攻撃したりを繰り返しているけれど、あくまで戦いはヒデちゃんとムカデの一騎討ちみたいな感じになってしまっていて……私達が本当に役に立っているのかはハッキリしない。
もっと強くならなきゃ……。
私はいつも、そう思っている。
でも、ヒデちゃんと離れていると、そこまで強い思いを維持出来ていないような気がして仕方がない。
それでいて、ヒデちゃんと一緒に行動していると、ヒデちゃんと比べてしまえば自分がいかに何にも出来ないのかを強く実感してしまう。
……強くなったハズなんだけどなぁ。
ヒデちゃんと、お義兄ちゃん。
2人の強さが突出し過ぎていて、ちっとも強くなった気がしない。
お義父さん、右京くん、沙奈良ちゃん、それから私は、必死に頑張っても2人にいつまで経っても追い付けないでいる。
エネアちゃん、カタリナちゃん、トリアちゃん、それからマチルダ。
あっちの世界から来た皆は立派に戦えているのに、私達はイマイチ。
私と同じぐらいの強さなのは……横にいるトムちゃんぐらいかな?
でもトムちゃんだって、見た目は少し大きいだけのネコなのに、これだけ戦えているのは凄いと思う。
あ、よく見たらシッポが2本も有る!
あれ?
さっきまで1本だった気がするのになぁ。
ヒデちゃんが必死に戦っているのに、トムちゃんの方ばっかり見てたらダメだよね。
あわてて視線を元に戻して、ヒデちゃんの戦いを見守りながら、私に出来る精一杯の援護を続ける。
ヒデちゃんがムカデの注意を自分に引き付けてくれてるおかげで、私達は安全に援護を続けていられるんだけど……そのせいか私の考え事は止まらない。
ヒデちゃんが私のことを大切に思ってくれているのは分かるし、だからああして前に出て戦ってくれているのも分かっているのに、欲張りな私はどうしても思ってしまう。
強くなりたい。
もっと強くなって、ヒデちゃんの横で戦えるようになりたい。
『汝、試練に挑まんとする者。強き渇望を確認したり。これより汝の焦がれるモノを与えん。努々(ゆめゆめ)怠るなかれ。其は飽くまでも先渡し。努々忘れるなかれ。挑むことを止めた時、汝は全ての力を失い、その生も忽ち儚くならんことを……』
頭の中に久しぶりに聞く声が響いた。
これでまた、私は強くなれる。
たとえ今は借り物の力だとしても。
ヒデちゃんの横に、また……立てる。




