第222話
本来ならオレがレッサードラゴンを初撃破した祝宴だった筈が、なんだか通夜の席のようになってしまった。
テーブルには所狭しと、今の情勢下にしては充分ご馳走と言える料理が並び、酒も日本酒やビールのみならず、ワインや焼酎のボトルまで置かれていて、もしオレが単に撤退してきただけだったなら、どうなっていたのか心配になるほど、盛大に祝ってくれようとしていたのだと分かる。
今夜は柏木さん一家も招待していて、最初はワイワイガヤガヤ……それは賑やかな夕食だったのだが、ひたすら元気な女性陣やおチビ達とは違い、父と兄だけでなく右京君まで沈んだ雰囲気を出してしまっていたため、勘の良いマチルダが見かねて事情を尋ねてしまった。
それでも父と兄は口を割らなかったが、右京君にもそれを求めるのは少しばかり酷な話だったようだ。
マチルダのみならず、他の女性陣からも質問責めにされてしまい、結果的にはカタリナの誘導尋問に引っ掛かって、右京君達が何を気に掛けているのかが判明してしまった。
右京君達は生存者を発見したのだ。
本来ならそれは喜ばしいことの場なのだが、観念したらしい右京君から詳しく事情を聞くにつれて、皆一様に表情が曇っていく。
しかし、事情を知っていた筈のエネアも、父も兄も、さっきまでは右京君も、この場では話さない方が良いと判断するほどには、それは確かに厄介なことだった。
先ほどまで陽気に楽しんでいた女性陣も、気まずそうにしている。
変わらず元気なのは、おチビ達だけ。
右京君達が発見した生存者の数は全部で156人。
受け入れるには、さすがに人数が多すぎる。
しかも、この間オレ達が連れ帰った一家よりさらに栄養状態などが良くないらしい。
確かに、そんな人達を見た直後にテーブルいっぱいのご馳走を目にして平気でいられるほど、兄も父も右京君も図太い神経は持っていないだろう。
手持ちの食料や、ダンジョン攻略の過程で得た食材系ドロップアイテムなどは全て置いて来たらしいが、それらも明らかに焼け石に水。
判断は急を要する。
戦える人も中には居るらしいが、衰弱した大勢の人々を抱えて、その場を移動するのは土台無理な話だろう。
彼らが危険を冒して、モンスターの跋扈する領域に立ち入り、食べられる物を持ち帰ることを繰り返すだけで精一杯だったという。
道理で酒好きの兄も父も、あまり酒を口にしないわけだ。
お祝いムードが落ち着いたタイミングを見計らって、この話を自分達から切り出す気でいたのだろう。
上田さんや、佐藤さんら、地元の有力者達に受け入れの際に発生する様々な問題の解消に協力を求めるにしても、まずはオレ達がどうしたいかを決めておかないと、上田さん達に話も通しにくい。
まだ祝宴は始まったばかりのため、ある程度は食事をしながら話すことになるが、なかなか料理も減っていかなかった。
◆
結局、見捨てるという選択肢は取れそうに無かった。
人道的にどうこうという以前に、彼らを見捨ててしまうのは、オレ達に掛かる精神的な負担が大きすぎる。
では、実際にどう助けるのかということになるが、オレ達ここに今いる面々が本気になれば、周辺のモンスターの排除と、進行ルート上の安全確保を行うこと自体は難しくない。
問題は、助け出した後に受け入れる態勢の方だ。
結局のところ、そうした話はオレ達だけで完結するわけにもいかず、上田さん達もこの場に呼ぶ必要があった。
まだそれほど遅い時間帯では無いが、入浴や食事中である可能性は当然あるため、おチビ達が食事を終えたタイミングで、まずはメッセージアプリを介して打診をしてみる。
幸い、上田さんはすぐにでも来てくれるというが、佐藤さんは夕食時に酒を飲んでしまったらしく、自分で運転が出来ないため右京君が車で迎えに行くことになった。
他に運転の出来る人は、沙奈良ちゃん以外は皆アルコールが入ってしまっているため、消去法で右京君が選ばれたわけだ。
さすがに、うら若き女性を1人で男性の迎えにやるのは躊躇われる。
往復でも10分と掛からない距離では有るが、何故だか妙に長く感じた。
上田さんが先に到着したため、簡単には説明を済ませておくことにしたのだが、上田さんにしても、あまりの生存者の人数の多さに目眩を覚えるような仕草をしている。
そうこうしている内に佐藤さんも合流して、改めて状況説明と、方針について話し合う。
上田さんにしろ、佐藤さんにしろ、生存者の受け入れそれ自体には否は無いようだ。
ただ、生存者達を受け入れるにしても、すぐに自活出来るような状態では無いため、しばらくは上田さんの率いる生活支援班にも、佐藤さんがリーダーを務めている自警団にも、直接的に負担がのし掛かることになる。
生活物資にしろ、食料にしろ、今でこそ何とか満足のいく水準に達しているが、大量の避難民を受け入れてしまうと、すぐにでは無くとも近い将来には、必ず不足する物が頻繁に出るようになってしまうことは目に見えていた。
受け入れ先は満場一致で、この別荘地から少し離れた温泉街の元旅館を充てることになったため、住居問題に加え、元から居る人々との軋轢も最小限に留めることが出来る筈だ。
問題はそれよりも、やはり物資ということになる。
食料はまだ良い。
ド田舎ダンジョンにせよ、オレが改装した温泉街のダンジョンにせよ、最寄りのダンジョンにせよ、それなりに食材系ドロップアイテムや、採取や採集が可能な物が豊富だ。
僅かながら、野菜のプランター栽培や、魔石によって齎された技術によって、すっかり綺麗に浄化された河川での漁労も軌道に乗り始めているし、田植えの準備も着々と進んでいるらしい。
ただ、衣類や洗剤、トイレットペーパーなどの生活に必要な物資については、何の予備知識も無しに量産することは不可能だ。
結局のところ、スーパーやホームセンターだったところから得るしか無かったし、近場の物は既に回収し尽くされていて、上田さんら生活支援班も徐々に遠出をして物資の回収に当たっている。
しかし、それも頭打ちになりつつあるらしい。
……解決策は無いこともない。
ただ、少しだけオレが
無理をする必要性が有るのと、いよいよ本格的に法律を無視する手段を選ぶしか無くなるということが、僅かに引っ掛かっている。
今日、オレ達が四苦八苦しながらレッサードラゴンはじめ、強大なモンスターを排除して回った地域には、それこそ沢山の商店が有るし巨大なショッピングモールも有るのだが、そこに商品が残されているとしても、全てを買い取れるほどの資金は既に無い。
上田さん達は、今も律儀に物資を回収する際には金銭を置いて来ているらしいのだが、さすがにそれにも限界が来ている。
もし新たな避難民を迎え入れるならば、このこだわりを無視してでも、物資を確保して来なければならない。
ダンジョンの攻略を明日中に済ませることは、多少オレが無理をすれば可能。
物資の確保もダンジョン攻略が完了すれば、周辺にモンスターが出ないようセッティングすることで、安全に行うことが出来る。
もちろん、今後も今まで同様に生活していくには継続的に物資の確保は行っていく必要が有るが、散々に捜し回ってもこれだけ生存者に遭遇する確率が低いとなると、余剰物資は次々に見つかる筈だ。
食料の確保だけは、今まで以上に佐藤さんはじめ自警団の面々に頑張って貰う必要が有るが、それは受け入れた人々にも段々と協力して貰うことで解決していくしかない。
結局、オレ達が腹をくくれば今回は何とかなるにせよ、今後どこまでなら受け入れられるのかを話し合う良いきっかけにはなった。
お祝いムードは、もう欠片も残っていなかったけれど……。




