第220話
なんとかギリギリのところで戦えているに過ぎない。
それがレッサードラゴンと初めて戦った率直な感想だ。
強いなんてもんじゃない。
魔力を帯びた咆哮はその都度オレの戦意を萎えさせるし、次々と放たれる火炎ブレスは、アスファルトで舗装された道路を瞬時に、そして広範囲に炎に包んでしまうほどの威力だ。
まともに食らってしまえば、即死は免れないだろうし、燃え盛る道路はいちいち消火する必要も有る。
炎上する地面や街路樹の消火はトリアに任せて、飛び回ってはブレス攻撃を繰り返しているレッサードラゴンの翼膜を狙って無属性魔力波を放っているが、どうやら翼だけに頼って飛んでいるのでは無いらしい。
既に翼のあちこちが破れているというのに、一向に墜落しそうな気配さえ無かった。
ブレスの回避に追われて、オレの手数が少なくなってしまうのもかなりキツい。
あまり長時間、高温に熱された空気を吸っていたらオレの気道が焼き付く恐れも有るのだが、今のところ何とか戦えているのは、トリアが泉の妖精だからだろう。
植物の精霊や風の精霊との親和性が高いエネアでは無く、水の精霊や氷の精霊との親和性の高いトリアを選んだのは、こうした事態も想定していたからだった。
アスファルトが燃焼する事実は案外と知られていないかもしれないが、アスファルトの元は石油。
石油そのものや、プラスチックなどの石油製材と較べたら燃えにくい状態の物では有るが、原料が原料なのだから、高温の炎にさらされたらいとも簡単に燃えてしまうのも道理だ。
トリアの精霊魔法が無ければ、さすがにこんな化け物とは戦えない。
もちろんトリアも消火作業だけに専念しているわけでは無く、オレに補助魔法を掛けてくれたり、レッサードラゴンの飛行能力を奪うべく、たびたび攻撃魔法を使ってくれている。
それでようやく互角か、いまだに相手が有利な状況なのだから、レッサーとはいえドラゴンとは存在そのものが脅威なのだと、つくづく思わされてしまう。
レッサードラゴンのブレス攻撃が苛烈過ぎて、他のモンスターが先ほどから寄って来なくなっていることが、唯一の救いかもしれない。
今はとにかく忍耐強く戦うしか、状況を好転させる手段も無かった。
周囲のアスファルトは既に燃やし尽くされてしまっている。
高温のブレスで焼かれた後、トリアの精霊魔法で消火の際に急激に冷やされたせいだろうか。
ところどころに、アスファルトの下の地面がガラスのようになってしまっている部分が見受けられる。
ブレスを躱す際には、足を滑らさないように注意する必要が有りそうだ。
何にせよ、ブレスを一撃食らった時点でオレの負け。
対するレッサードラゴンは、何度となくオレの魔力波をその身に受けながらも、大したダメージを受けているように見えない。
甚だ不公平と言わざるを得ないが、こうした展開は以前から何回も経験している。
実際、そうした経験により鍛え続けられた忍耐強さと、格上の敵の攻撃を回避し慣れていることは、今回の戦いでも大いに役立ってくれているのだから、これまで苦労してきた甲斐もあったというものだ。
そして、太陽が真上に昇った頃ついに……レッサードラゴンが地面に降り立った。
残念ながら墜落による落下ダメージは無い。
飛行能力の減衰を悟ったレッサードラゴンが、自ら地面に降りて来たのだからそれも当然だ。
間近に見るレッサードラゴンは、今までに見たモンスターの中でも間違いなく最大級。
もし直立したなら、あのサイクロプスにも並ぶだろうほどの大きさだ。
四肢を地面に付けて悠々とこちらを見下ろす様は、強者ゆえの自信に満ち溢れている。
しかし……こうなったなら、オレにも勝算が出て来るというものだ。
飛行していた時のレッサードラゴンはかなりの速度だったが、地面の上では到底そんな速さで動ける筈も無い。
実際、地上での戦闘が始まると、前肢のどちらかや尻尾を振るう速さ、噛みつきの際の頭部の速さこそ恐ろしいものがあったが、胴体にはほとんど動きが無かった。
時折、地響きを立てながら突進して来るが、図体がデカいだけ有って、実際の速さよりも遅く感じられるぐらいだ。
地面の上なら、圧倒的にオレの方が速く動けるので、さすがに轢き殺されるような無様なことにはならない。
問題は依然としてブレス攻撃だった。
レッサードラゴンは自ら放ったブレスの炎に焼かれても何ら痛痒を感じていないようだが、オレは当然そうもいかない。
鋭い鉤爪や、凶悪な牙、轟音とともに迫り来る尻尾も確かに脅威だが、ブレス攻撃はそれ以上に厄介なうえ速度も直接攻撃よりよほど速かった。
地上に降り立ったことで、ドラゴンの手数はむしろ増えている。
それらを必死に掻い潜りつつ、攻撃するしかないわけだが、これが非常に骨の折れる作業だった。
しかし、今のオレの役回りはあくまでも囮。
消火活動から解放されたトリアは、物凄い勢いで連続して強力な精霊魔法を放ち続け、ついにはレッサードラゴンの翼を完全に破壊してのけた。
時折、熱された空気自体を入れ換えたり冷やしたりするため、攻撃以外に精霊魔法を使うことも有ったが、そうした援護も疎漏なく行ってくれるトリアの存在は非常に有難い。
おかげでオレは攻撃だけに専念できる。
ここからは最小限の動きでドラゴンの攻撃を躱して、これまで以上の接近戦を仕掛けていく手筈だ。
柏木さんの改造により魔槍と化したオレの得物は、この超接近戦に移行してから遂にその本領を発揮し始めた。
さんざんモンスターを狩りまくってきた無属性魔力波による狙撃は、あくまでも副産物に過ぎない。
トリアの攻撃によってレッサードラゴンが再び上空に舞い上がる可能性が消えたことで、ようやく新しいオレの得物の真価を存分に振るう状況が整ったのだ。
間合いが近すぎれば、トリアの魔法の余波でオレの命も危ない。
トリアがドラゴンの翼を跡形も無く消し飛ばすまでの間は、オレもドラゴンからある程度は離れて戦う必要が有ったが、ここからは遠慮をする必要が無い。
オレの槍の間合いまで近付いてしまえば、ブレスも爪も牙も尻尾も喰らう心配は全く無くなる。
次々と槍でレッサードラゴンの身体に穴を穿ち、槍を突き立てたまま無属性魔力波を射出していく。
これまでも頑丈な竜の鱗越しにダメージを与えていた無属性魔力波を、鱗の守りを通過した後に……しかもゼロ距離で。
こうなると、さしものレッサードラゴンも次々に深刻なダメージを受けざるを得なかった。
結果として、事前準備が整った後は極めて短時間で勝敗が決する。
もちろんオレ達の勝利だ。
久しぶりに気を失うほどの存在力を一気に喰らったオレだったが、トリアが喚び出した風の精霊によって優しく安全地帯まで運び出されたらしい。
最後はイマイチ締まらなかったが、こうしてオレはついにドラゴンの打倒に成功したのだった。
まぁ、レッサーなのだけど……。




